Yes!プリキュア5GoGo感想
〜うららの選択〜


第4話「うららの台本を届けろ」は、すばらしい話でした。
それと同時に、色々と思うことがあったのでまとめてみます。




まず、この話は5の第3話「はじけるプリキュアはだれ?」の裏返しです。

1年前に春日野うららは…
・「友達を作ると芸能活動に支障が出るから」、ずっと一人で過ごし、
・「学校は楽しいですか?」という質問に、作り笑いで答えるのが精一杯で、
・オーディションで端役をもらいました。


それから1年…
・仲間に助けられながら、オーディションの練習をして、
・みんなが戦っているのが心配だったので、オーディションを棄権し、
・落選はしたものの、監督や仲間からは好印象で捉えられました。

アングルや話の構成も似たシーンが多いので、意識して作っているのは間違いないでしょう。
仲間(のぞみ限定?)の事になると、周りが見えなくなるのも、彼女らしいといえばその通りです。





「オーディションをすっぽかした」事に関しては…
・プリキュアは「ま、仕方ないな」で納得している。
・スコルプは撃退できた。
・鷲尾マネージャーも、「今回は仕方ないから次がんばろう」と前向き。
・オーディションの審査員も、好意的に受け止めている感じ。


「雨ふって地かたまる」で、結果オーライです。
監督も、うららの表情を「ほう…」といった顔で見ていましたので、かなり印象に残っているでしょう。
(確認してないけど)1年前の監督と同人物なら「いい表情するようになったな」と感じていたかもしれません。
長い目で見れば、普通にオーディションを受けて落ちるよりも、「いい経験になった」といえるんじゃないでしょうか。




さて、ここからが本題です…。
うららの行動は、あくまで「結果オーライ」です。

本当に、うららは「みんなを見捨ててオーディションを受ける」か「オーディションを蹴って助けに行く」の2択だったんでしょうか?


例えば、こんな展開だって考えられます。
・話を聞いたうららがオーディションに呼ばれる。
・シロップに「今度は私の勇気をみんなに届けて!」と台本を渡す。
・シロップの伝言を聞いたプリキュアがスコルプを圧倒

・この流れなら、オーディションもほぼ受かるでしょう。


…でも、こうはならなかった。
…というよりも、うららが「勝手に心配して自滅した」という方がしっくりくる展開でした。


そもそも、今回の話でレモネードの存在意義は「みんなを勇気づけた」だけです。
どうしてもレモネードがいなければならない状況ではありません。
(トドメ技はだれが使っても一緒でしょうし…)
あれ位の劣勢は毎回ですし、放っておいても勝ててた可能性はかなり高いでしょう。
(「うららもがんばってるんだから!」で全回復→反撃パターンは目に見えてます。)


それでも、うららは「みんながどうしても心配だったから」と駆けつけてきました。
うららは何が心配だったんでしょう…。
・「自分が台本を忘れたから、エターナルに見つかった」という自責の念か?
・「これで誰かが傷ついたりしたら」という不安か?
・「みんなが戦ってるのに、自分だけここにいていいのか」という焦りか?

どれにしても、プリキュアの実力を過小評価している感はあります。
というよりは、のぞみたちの「がんばれ」を受け止めることよりも、「失う」怖さが前に出ているのでしょう。

(うらら自身が、そういう性格を知っていたから「友達を作らない」と決めていたのかもしれません。)

…うちのサイト風に言えば「Yesシステムの呪縛」になるんでしょうけど(笑)




今回のうららの選択で何が問題なのか?

今回は「結果オーライ」でした。
ですが、エターナルが都合を考えず襲ってくる以上、これからも同じことが起こりえます。

そのとき、うららはどうするのか?
・めったにないチャンスのオーディションだった
・のぞみたちは『うららにがんばってもらう』ために戦った
・敵はそれほど強くなかった

これだけの条件が揃った上で、うららは、のぞみたちを助けに行くことを選びました。
・もっと条件が悪かったら?
・ブラッディやカワリーノクラスが相手で本当にピンチだったら?
・規模の小さい収録だったとしたら?

そうやって「友達のためにすっぽかす」のを2度3度と続けていけば、「仕事より友達を優先する」という評価がつき、それなりの仕事しか出来なくなります。
(撮影とかで、スタッフが何時間もかけて準備したところに、「プリキュアあるからごめんなさい」を繰り返せば、間違いなくそっぽを向かれます。)



アカギ〜闇に降り立った天才〜の台詞を借りればこういうことです。

それ(埋め込まれた迷いの種)は、後々必ず効いてくる…
もっと、重たい…重たい…重たいシーンで……!!





「物語の外」から今回のエピソードを見てみると…
今回は、シナリオ・構成・作画・演技ともに気合が入っていました。
そして、今回うららを合格させる気は最初からありませんでした。
台本が「みんなを置いて、私一人で行きます」であった時点で、この映画に合格させる気はありません。
また、ストーリー序盤でうららを多忙にしてしまうと、毎回合流させるのが手間がかかります。
そういう意味では「合格させてはいけない」ストーリーだったと言えます。


じゃあ、なんでこういうストーリーを作ったのか?
(「1年前の裏返し」も、理由の一つですが、それは置いといて…)


プリキュアシリーズで、こういう「神回」は、後々のストーリーに絡んでくる場合がよくあります。
・無印8話とか42話とか…
・SSでソフト決勝の話が最終回のラストに繋がったり…
・かれんが変身失敗の頃をずっと引きずっていたり…




GoGoの終盤、うららは「もっと重たいシーン」で選択を迫られるんじゃないでしょうか?
そこで、彼女は「みんなが私のために戦ってくれてるんです。私もここでがんばります!」と
「一緒にいなくても、みんなの気持ちに応えて、心が繋がる」ような、別の答を出すんじゃないでしょうか。


そして、成長したうららは「Yesシステムの呪縛」すら乗り越えて飛び立つのでしょう…




ま、私の予測は当たらないので有名なんですけどね(笑)





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