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【 子猫を拾った10のお題 】 |
お題拝借:『1−A お題教室』(閉鎖?)
01:子猫を拾った
強風大雨警報のニュースを聞いて、耐えることが出来たのは5分間。
落ち着かないなと友人に言われたのを切欠に、レインコートを探して飛び出す。
殆ど意味をなさなかった其れは然し多少の雨避けにはなった。
―――尤も其の対象は己では無く。
雨合羽の庇護を受けるのは腕の中の小さな命。
見つけてしまったのが運の尽き。
一体誰が置いていったのかは未だ以て分からないままだけれど。
大きな、ぼろぼろの段ボールに小さく丸まって震えている其れを。
どうしてもそのまま通り過ぎることの出来ない己は何かと。
此処が荒涼たるサバンナであったなら、恐らく死んでいた命を見。
小さく懸命に泣く其の姿は、未だ温かくて。
眺めていたのがほんの数秒でも、振り返って視線が合えば。
「……」
逃げられない、懇願の眼差し。
02:えさをあげよう
「―――だから私の所へ?」
苦笑する青年は笑ってずぶ濡れになった男を迎え入れた。
前髪から滴り落ちる雨粒を、前もって用意しておいたタオルで包む。
台風が近付く中、一体何処へ出掛けるのかと思えば。
帰ってきたその腕の中には、小さな小さな命が寝息をたてていて。
レインコートの意味もなく。
くしゃみ一つですむ前に、風邪を引かないようにと先ずシャワーを勧めた。
名残惜しそうな視線が注がれていたけれども、其処は譲らない。
「どんな動物でも小さい頃は抵抗力が弱いのだ。君の風邪がうつる可能性は捨て切れまい?」
「…其の仔を、頼む」
「無論」
出て行く直前に彼が告げた一言。
思えばその時に彼は決めたのだろう。
見捨てられた筈の命を、人間のエゴで又救うのだと。
不器用な優しさだと、常に思う。
『温かいミルクを作っておいてくれないか』
それでも。
懇願する様に真剣な眼差しが自分を頼ってくれたことが嬉しく。
何のことか分からなかった謎も、今ならハッキリと解けるので。
青年は微笑を浮かべつつ。
柔らかい“手”に触れると、少し動いて。
にゃ、と鳴く。
君にも。
君を迎えに行った我が友にも。
食通の名にかけて、栄養の付くものを振る舞おう。
03:名前をつけよう
じーっと毛布に寝転がる姿を眺め。
手頃なボールにじゃれつく姿を見。
元気に飛び跳ねて鳴く、其の仔に。
さてどうするべきかと悩む我が姿一つ在り。
因みに小一時間程斯うしている。
周りから見ればその大小の差に何が何やら。
時折構ってやると何が嬉しいのか懸命に手を出してくる。
ゴロゴロゴロゴロと飽きもせずに、そうして1時間が経過し、ついに呟く。
「…名前…?」
『君は其の仔の親になるのだろう。だったら名付けの権利は君にある』
たまの非番だゆっくり面倒を見たまえ、
但し名付けると言っても変な名を与えぬ様に―――と釘を刺されたのは良いものの。
親友の表情が、何となく悪戯の計画を練っている時にも似ていた様な気がして。
少し、不安だ。
そも今までそんなことはしたこともなかったし、こんな体験も無い。
柔らかくて温かくて。
大きな丸い瞳。
明るい茶色に白の混じった毛並み。
つい口をついて出た一言に。
「…琥珀?」
振り向きにゃーと応えてくれた。
04:じゃれつく子猫
「…何が可笑しい」
「いや、何にも」
とは言え笑いを我慢するのは身体に悪いものだなと思う。
ふりほどいてしまえばいいものを、敢えて出来ずに無邪気に遊んでと見上げてくる小さな其の
――名を琥珀と付けたらしい――仔に構わずにいられない様子の親友を見れば微笑ましくてたまらない。
こんな彼の姿を元部下達が見れば何というのだろう。
一度本を読んでいた時に飛びつかれたことがあって、彼の愛読書が危うく単なる紙切れに戻りそうな時があった。
それ以来、あの仔の側では絶対に本を読まなくなったという話も。
あの慌てっぷりはさぞかし良い見物になっただろうに。
―――と、思っていても口にしないのが人間関係を円満にする秘訣。
特に我が親友の前では。
身軽で直ぐに何処へでも上がろうとするのを案じて、戸棚へと雑誌類も締まってある。
どっと疲れた顔をした男が、猫とは凄い生き物なのだなとか何とか言ったのも忘れられない。
言わずもがな、書類もきちんと整理した。
大事な書類を読んでいる時は必ず書斎に籠もるのだが、
然しかりかりと扉を削られてはいつかこの家中に琥珀の爪痕が刻まれるに違いない。
尚かつ。
「男前が上がったな?」
「…止めろ」
飛びつかれた瞬間の、肩の傷。
情事の最中にからかうのも、悪くはない。
05:君とよく似てる
少し、大きくなった。
ただ種としてはそんなに大きくならないらしいので、どうやら此が成人サイズ。
もう手には抱えられないけれども肩にはじゃれつく。
漸く薄れかけた傷に触れながら、勿体ない等と漏らす親友はさておき。
リビングのソファで、夕食後に読書をする楽しみも最近は琥珀の為には仕方ないと我慢することにした。
そうすると自然ベッドの上で読む様になってしまい、専ら同衾の親友には拗ねられるのだが。
からかわれた分、仕返しになって丁度良い。
だが矢張り相手の方が一枚上手の様で。
「私も君に傷を付けたいものだな」
昨晩の親友の一言―――にやりとそう微笑された瞬間、
微かな寒気を感じたのは気のせいではあるまい、恐らくは機嫌を大分損ねてしまっているのだろうから。
思わず、溜め息一つ。
何も知らずに呑気におもちゃとじゃれあいながら、時折こちらの方を向いて首を傾げる。
親の心“仔”知らずか。
とてとてと寄ってきては膝の上に座る。
寝転んで幸せそうに伸びをする。
相手の都合も考えずにマイペースを貫く様が。
「お前ら…似てないか?」
呟いた言葉は、再びの溜め息と共に。
06:ソファの上で
夕食の買い出しから帰ってくると、ソファを独占している一匹を発見。
「君の―――ご主人は何処へ行ったのかな? 琥珀」
じーっとこっちを見るのだが、残念なことに明後日の方向を向く。
ご飯の時は機嫌良く寄ってきてくれるのだが、其れが終わると後は酷く素っ気ない。
一緒に過ごす様になってから、いつの間にかそんな距離を置かれてしまう様になった。
拾い主である我が友には温情を感じているのか良く懐いている。
非常に、良く―――まさか、好敵手として見なされているのだろうか。
彼を取り合う者として。
「…琥珀?」
彼が与えた名を呼ぶと、一応は振り向くのだが。
譲りはしないと真っ直ぐに見つめてくる瞳は。
心なしか不敵に笑っている様に思えた。
07:昼寝の時間
猫はどうにもこうにも気紛れな生き物らしいが、
然し其れに似た性格を持つ親友が居る限りには対処に困らないのだろうと思う。
とは言え、残念なことに猫の言葉を理解出来る人間は未だ嘗て存在しないので、
己も猫語を理解出来ない人間として琥珀の瞳をじっと見つめてその奥底を類推するか、
仕草や態度から機嫌の善し悪しを区別しなくてはならない。
実は此がなかなか難しい。
元々人の心情を計るという作業に関して長けている方ではない。
寧ろ苦手な部類に入るのだ。
現に今も。
「……」
因みに、此方は友人の話。
琥珀が眠るソファの横で押し倒されている己からつい現実逃避をしてしまった。
麗らかな午後の昼下がり。
満腹で満足といった様子で眠る琥珀を目敏く見つけた親友は、食後の運動でも如何と露骨に己を誘う。
専ら寝所において読書の時間を割いてしまう今日この頃。
フラストレーションが少しずつ蓄積されていたらしく、高い沸点も下がってしまったらしい。
―――艶やかな微笑は、危険信号。
「如何?」
「問題外だ」
「声をたてない様にするのが難しいとでも言うのかな…いつも私が強請ったところで、素直にならない君が」
「…!」
不利な体勢に持ち込まれた以上、隙を窺っての逃亡を図るしかないのだが此も又難しい。
囁く低い声に負けそうになる。
―――真っ昼間から何をしているのだ…!!
理性の怒号も彼に口付けられれば霞んでいくと分かっているから。
彼に胸高鳴る心臓は、未だ尚己を縛り付ける。
「ゼンガー」
「…っ…」
琥珀は未だ起きない。
08:頬を撫でさせて
一体いつの頃の話だったか―――。
人の身体がもどかしくなると言ったことがある。
動物であれば。
彼らの様な、触れ合うことこそコミュニケーションであるとする生き物に。
なりたいなどとまるで子どもの様な想いを告げた。
例えば猫や犬の様に、親しく人と触れても良い存在ならば。
斯うして君との距離を置かずとも良かっただろうにと。
言い終わってからとしまったと後悔して、苦笑して誤魔化そうとしたけれども無理だった。
『……すまん』
いつもながら気負う友人は酷く不器用で。
恋愛に関しては殊更不得手で。
其れは何度身体を繋げても、何度愛を囁いても、我が心から消えぬ不安と同じ様なものかと思う。
喪うことが怖く。
無くすことを懼れ。
俯く親友の頬に触れようとして、思いつき別の“手”を借りることにした。
『!?』
突然、ふにっと頬に触れた何かが分からず、顔を上げた親友の驚く顔に笑いかけ。
『案ずることは無いさ』
何度も琥珀の“手”を借りて、彼の頬に触れる。
人間の皮膚とは違う、柔らかな不思議な感触に彼も笑い。
何が起きているか分からない丸い瞳と、私とを見比べ。
そうかと、頷いた。
09:幸せのぬくもり
小さな命。
どんなに強い力を持つ様になっても、決して道を違えぬようにとの師からの教え。
心宿らぬ剣は、人だけではなく己をも傷付ける様になるのだと言われ。
守る為の剣であることを己に課したその日から。
温かな其れは何よりも大切な、愛おしい存在。
時々扱いに困った時もあるし、怒った時もあったけれど、其れも可愛くて仕方がなかった。
恐らくは照れ臭いと言うに似て。
親友曰く、普段は見られぬ表情をしているらしいので。
確かに、貴重な一時。
「…エルザム」
だから逃げない。
真っ直ぐに相手を見据えて。
心の底では単なる気持ちの駆け引きだと分かっているから、
他愛ない日常の戯れに真剣になることはないと思うのだけれど。
それでも、偽名ではなく、本当の彼の名前を呼ぶ時はいつも。
卑怯だと分かっていてもつい。
彼の拘束が緩くなるのを分かっているから。
どうしてもその名前で呼んでしまう。
―――大切な言葉だと、言うに言えないのは矢張り、照れがあるからだろうか。
「好きに、しろ」
「!」
緊張から少し掠れた一言。
尤もそんな許可など与える前に、とっくの昔に逞しい胸板がはだけられたシャツの下から覗き見えている。
親友の緩くウェーブのかかった長い髪は絹の手触りにも似て。
薫る甘さは夜の記憶を引き出させる。
ちらりと横の気配を窺ってみたが、どうやら未だ暫くは起きてこない様子なので、先ずは一安心。
暫く見つめ合っていた視線が一方的に切断されて、親友が観念したという風に自らの額を己の胸に寄せて呟く。
曰く、狡いと非難こもごも。
「良くもそんな呑気なことを言う…」
「仕方ない」
お互い頑固なのだからと言外に含めた言葉を、其の意味を理解して貰えたのだろうか。
案外あっさりと青年は引き上げる。
前髪を少しかき上げて、不服だとばかりに眉根を僅かに寄せ。
「―――全く本当にたちの悪い」
我が恋人よ、と口付けた。
10:2人と1匹
然し此で終わると思ったら大間違い。
転んでもただでは起きない、起きるはずがないのだからそれなりの覚悟は出来ているのだろうなと笑いかけ、
親友の顔がどうやらしまったと感づいたところでもう遅い。
「な、何を!?」
「さあ?」
「惚けるなっ、離せ…!」
暴れる彼を掴まえてウキウキと先ず両手を一つに纏めてしまう。
手頃な紐を持ち出して巻き上げると、その先を逃げない様にきちんとテーブルにでもくくりつけておいて。
それから台所へ行って何やら甘い香りのするもの―――即ち蜂蜜の瓶とスプーンを持ち出して、
再び彼の元へ戻ってくる。
血の気の引いた青い顔をしている親友は此からどういう事が起きるのか、
一体自分は何をされるのかが何となく理解出来たのだろう。
尤も、理解出来たところで逃がすつもりはない。
―――好きにしろと言ったのは君だったな?
そう問い掛ければ反論する余地が無くなってしまい、ますます追い詰められるのだから。
琥珀は其の名に似たのか、甘いもの――特に琥珀色に似た柑橘系のもの――がこよなく大好きで、
全く主人に似ず蜂蜜を薄めずとも食すことが出来る、しかも其れは人間の目から消えていても、
皿を丁寧に舐めてくれる様子から考えて特に大好物であるらしい。
其の証拠に。
「…!」
「ほら、琥珀もお目覚めだ」
寝起きに一つ大きく伸びをするのが癖で、きっと甘ったるい蜜の香りに誘われて目覚めたに違いない。
主人の危機など全く知らないし分からないが、獣の嗅覚は正確に反応している。
きょろきょろと辺りを見回した後、臭いに誘われて此方へと寄ってきて。
こうなると現金なもので、普段は全く相手にしない癖に足下にすり寄って其れを下さいと強請るのだから
いやはや猫というものは―――いや、猫に限った話ではないのだけれども。
「え、エルザムッ」
「…今、此の手がつい滑って君の胸に蜜が落ちたところで私の責任ではないし、
何よりも琥珀が綺麗に舐め取ってくれるだろう―――なぁ、琥珀?」
にゃーと鳴く仔の何と薄情なことだろうと涙目になりかけている親友を余所に、
怪しい微笑を浮かべたまま、二人と一匹の午後は過ぎて行くのだった。
<了>
writing by みみみ
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© 2003 C A N A R Y
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