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【 願う果てに〜戦輪〜 】 |
戦場での出逢いが再びの定めだったのか。
それとも何か別の因果が働いたのか。
改めて機体を対峙させると沸々とそんな感情が出てくる。
あの頃――教導隊時代――と変わらぬ彼の姿に、
一つ安心を覚えてしまったのは5年もの時間を経た所為なのだろうか。
驚嘆の意を以て口から出た言葉に、当惑した表情が重なる。
「エルザム…!?」
「久しぶりだな、我が友よ」
突如北米基地に入った通信は傲慢にもこう告げた。
死か、降伏か―――好きな方を選べ、と。
戦争の最中にあって、妙に正々堂々としたその態度。
疑う余地も無い程に、想像し得る次の行動。
敵からの通信が基地司令部のスピーカーから聞こえ、
それが全てのパイロットたちにも伝わった瞬間、己の身を駆け抜けたのは一体何か。
表情が乏しいと言われる我が身にあっても、思わず感情を現してしまう程の其れ、とは?
突きつけられた要求の両方をはね除けたため、当然戦闘へと行為が移る。
圧倒的な数、そして敵の新型機動兵器。
空戦戦闘を得意とする機体は、未だ数少ないままでの不利な状況下。
防衛目標を抱えながらも、迫りくる敵を次々と薙ぎ払い。
実戦配備などまだ先の、試作器までを投入しての明らかな逼迫感。
誰もが口に出さずとも、この戦いの難しさを問うている。
最近新しく加わった部下たちも同様に、死中に活を見出そうとしたものの、それもいつまで保つのかどうか―――
正直、こちら側の勝機は低いと見えるが決して諦める訳にはいかない。
何より、確かめたいこともあるのだ。
敵の兵たちを抜けた奥に居るであろう、指揮官機。
先程の声の主が誰であるのかを確かめる為に。
声の主が何の意図を持って己の目の前に現れたのかを知る為に。
其れを知るまでは。
「…問答無用で、斬り捨てる…っ…!」
いつも答えは自分の中にあるのだと誰もが知っている筈だ。
ただ、其れを認めたくない状況だったり、見つけることが難しい場合もある。
それでも、最後の最後まで自分自身を騙すことは出来ないから、必ず目にすることになる、というだけなのか。
独力で、その答えを見つけ出すことと、誰かの手により、示されるのでは。
感情論からすれば、大きな差が現れてくる。
今回も同じ、だ。
己の中にいる己自身は、その結末を想像していたのかも知れないし、想像できなかったのかも知れない。
だからといってそのまま他人に示されるのを待てる程、幼くは無い。
確かめるのだ、己で。
ただ……心が戸惑いを覚えたのなら、其れは奥底で否定していたかった事実なのだろう。
しかし敵は敵なのだ。
目の前にいるのは、確かに敵なのだ。
心が躊躇う前に、浴びせかけられる攻撃に反応する身体がある。
染み付いた習性は己の生来の性格と加わって敵を打ち払う。
そして。
(あの声、まさか……)
あちこちで聞こえる爆発音。
その音が部下で無いことは、
通信機から聞こえる返事――中には妙に明るい声が混じっているのだが――で先刻承知している。
だが、もしやあちこちで上がっている黒煙の下にいるのが、同じ連邦軍兵士だったとしたら…。
敵の機体に届く武器などたかがしれているだろう。
その技量も機体性能もあちらの方が上手と読める。
ならば状況はますます自分たちにとって不利に働いている。
ついつい、敵を倒すあまりに――何故なら元々己が率いる部隊は強襲攻撃を得意戦法とする故に――
少しずつ離れてしまう部下達に陣形指示を出しながら、狙うは一転突破のみ。
自分1機でも、この弾雨の嵐を駆け抜ける自信がある。
否、抜けなければならない!
大きくバーニアを踏み込んで、通信機の向こう、
呼び止める部下の制止を片隅にやりながらモニターを強く睨み付ける。
戦場で、駆ける想いが瞬時、交叉する。
命の遣り取りに情けは無用。
なのに、その一方で理解できる、出来てしまうことが在るのだ。
(お前が俺の前に立ち塞がるのか)
(君が私を倒すのか)
目など見なくとも、声を聞けば分かる。
姿は見えずとも、仕草が教えてくれるだろう。
お前だと―――君だと。
宿命なのか、業なのか。
何が二人を導いたというのか。
他の機体とは明らかに異なる様相を呈していた機体。
一別しなくとも、見ただけで指揮官機と分かる其れ。
黒くペイントされた、紋章入りの―――。
「エルザムっ!!」
とうとう耐えることが出来ずにゼンガーは叫んだ。
すっと目の前にいる機体が周りの機体を制したのが分かる。
一度は身構えた他の機体は、方々へと散らばっていった。
均一で秀逸なる、統制。
昔、指揮訓練の時に見たのと酷似した、あの時以上に洗練された動き。
下士官の一人に至るまで、見通された流れの下に。
其れをこなすことの出来る人間は、己が知る限り唯一人。
あの5年間を共に過ごした、無二の親友。
「エルザム…っ…!」
ぎり、と強く噛み締めて名を呼ぶ。
人払いをしたというのに、眼前の機体はそれ以上動こうとはしない。
悠然と構えて、こちらの動きを、見つめている。
その時。
《―――聞こえ―――の、――…パイロッ…――聞こえるか、…こちらは……―――》
「!?」
無理矢理割り込んでくる声。
ノイズの向こうでこちらへと呼びかけているらしく、其れは共通周波数を使っているように思えた。
慌ててチューニングを合わせると、今度こそ、思った通りの明瞭な声が耳に届く。
《こちらはエルザム・V・ブランシュタイン。そちらのパイロット、
単機で敵の中枢まで踏み込む勇猛さが素晴らしいな……名を聞こう》
分かっているだろうに、改めて名乗らせるつもりか、お前は。
喉の奥まで上がってきた言葉をしまい込んで告げる。
「ゼンガー・ゾンボルト少佐、連邦軍ATXチーム所属、隊長を務めている」
一息でそこまで言ってしまってから、別に名前だけでよかったのだと後悔してしまったのは内密の話だが。
音声のみの通信機からは、少しの間をおいて言葉が返ってきた。
《…君か》
「……疾うに分かっていただろう」
《確かに…、な》
音声のみでも互いの表情が分かってしまうのはどうしたものか。
男は――通信機の向こう、案外パイロットシートに座りながら腕でも組んで
余裕かもしれない――相手が、苦笑しているのを読み取る。
悪戯が見つかって、ばつが悪そうにしている子供のような。
しかしながら、こちらの直球の怒りさえ受け流してしまえる軽さがある。
「…俺は…」
《何故? と、言いたいのだろうが―――》
相手の機先を制する物言い。
変わらんな、と物思いに耽ったのは一瞬の出来事。
相変わらずの様子ぶりにはもはや郷愁さえ覚えるが、今はそれどころでは無い。
背後で増え続ける黒煙の数。其れが味方なのか敵なのか、はっきりとはしないが恐らく。
相手にも見えているはずだ、同じ――否、己よりも更にはっきりとした――光景が。
「……」
《生憎今回は時間も無い。君たちは見事に総帥達の意図に応えてくれた…それだけで充分だ》
急いているようにも思えるが、声の響きは先程と変わらない。
つまり、時間が無いというのは。
「嘘、だな」
《……》
「答えろ、エルザム。貴様何を考えている…!?」
《……》
「……」
沈黙を保ったまま、2機は対峙し合った。
思惑を読むには足りないものがある、
だから互いの本当の思考について考えてみたところで、残念ながら其れは、想像の範疇を出ない。
やがてどうにも待ちきれず、背中に背負う巨大な刀に手をかけると、相手が一言だけ、
《我らが下に来れば―――――》
と言うのが聞こえた瞬間、最大速力で目の前から消えようとしている。
尚も追おうとしたが、部下達から入った通信にふと我に返る。
戦場で熱さに呑み込まれれば、死へと直結する。
そんなことすら、忘れていた。
何となく、まだ顔にはその熱が残っているようで、頭を左右に振って少しでも冷やそうと試みる。
《さらばだ、また会おう…我が友よ》
そう言っていた彼の言葉を、全く信じるつもりにはなれないが、それでも。
『また』と言っているのだ。
確かに攻撃はこれだけではあるまい。
次には更なる術数を以てやって来るのだろう。
ならば、己に出来ることは其れを全力でもって阻止し、迎え撃つこと。
逆に言えば…其れ位しか出来ない、と言う事か。
自軍用の周波数に戻した無線機からは、次々と戦況報告が成されている。
勿論、部下達の報告――どちらかと言えば単なるおしゃべりに近いのだが――も。
それを耳にしながら、男の視線は彼が去った方向へと自然に向いた。
お前は何かを知っているのか。
俺をどうすると?
会って顔を付き合わせて、話さえすれば分かり合えるだろうに。
今は互いに敵同士であるが故に。
時間が無いし、会える状況でも無い。
こんな時には自由に地球とコロニーの間を、昔のように、行き来する事も不可能だ。
会えぬ…。
願ってはいけないことだとは思いつつも、ゼンガーは考える。
(エルザム、お前に逢いたいのだ)
と。
<了>
writing by みみみ
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