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【 銀糸の月と金糸の太陽 】 |
格納庫に走る緊張。
鳴り響くアラームと点滅するランプ。
整備兵が走り回り、整備長が怒鳴り声を上げて指示を出す。
その中、自らの機体に近づいていく一人の男がいた。
―――ゼンガー・ゾンボルト。
少し長いのではないかと思う前髪は銀。
それと同じ色の瞳が髪の下で何かを思案している。
軍人らしい容貌と気配が他を圧倒し、また自らが習う剣術の所為もあってか姿勢はすらりと正しい。
表情は滅多に変わらず、本人も感情を表に出すことを苦手としているため、
親しく付き合っている者ならまだしも、初めてあった人間には怖がられてしまうことが多い。
「少佐! 整備終わってますので、どうぞご搭乗を!」
「分かった」
コックピットハッチを開け、シートに体を預ける。
ハッチが閉まるとしばらくは暗いコックピット内に、少しずつ明かりがともっていく。
計器、モニター、各部のスイッチ。
慣れた動作で起動の手順を踏んでから、モニター画面を眺める。
そこで思わず『彼』を探している自分にふとおかしさがこみ上げてくる。
(確かに反応速度の誤差が無くなっている…スラスターも問題ないな…装甲もまた―――)
殆ど徹夜作業であろう整備兵に感謝を思いつつ、操縦桿に手をかけた。
銀糸の月は太陽を眩しいと思う。
優しさをたたえ、輝きをたたえ、高貴さをたたえていても尚。
隣をゆずる、否前へと押してくれる。
己の力となってくれる。
『俺はお前に甘えてばかりだな…』
『そんな事はないさ』
けして叶うまい、その輝きに。
迷っている自分を導いてくれる、安心させてくれる。
強くありたいと思うのは、その隣に肩を並べていたいから。
その隣にいてもいいと思うのは、太陽が導いてくれるから。
静かだった格納庫に再び喧噪が訪れる。
戦士たちの帰投だ。
腕を無くしたもの、頭部を破壊されたものなど無惨な機体たちが返ってくる。
だが、それでもパイロットたちは誇らしげだ。
その中殆ど無傷と言っていい機体が格納庫へと進んでくる。
パイロットたちだけでなく、整備兵たちでさえもがその姿を見つめる。
言わずと知れた機体の搭乗者を思って皆一様に。
―――エルザム・V・ブランシュタイン。
コロニー統合軍総司令官、マイヤー・V・ブランシュタインの息子にしてブランシュタイン家の長男。
エースパイロットでもあり、指揮官としてもその名は知れ渡る。
金髪碧眼の容姿と振る舞いは優雅であり華麗さを見せつける。
それでありながらも、本人には誰隔てない気さくさがあるのだからして。
しかしその“天才”は彼自身の秘めたる努力の結果であると、『親友』は知っている。
(…駆動モーターに少々…それとロシュセイバーの出力が……)
少しばかりの反応誤差に気付く。
だがそのほんの少しの差が、自らの命を失わせるのだから。
今度は整備兵だけではなく自分自身でも機体に触れようかと思うのだが、整備兵が強くそれを拒否するのだ。
今度こそ、と決意を固める。
コックピットハッチを開けて、格納庫へ降り立てばそこはもう一つの戦場。
そんな光景を眺めながら緑の瞳が探しているのは。
金糸の太陽は月を美しいと思う。
その強さを、その意志の真っ直ぐさを、貫くことの出来る心を。
破邪の剣にあってこそなのか、元来為せる技なのか。
『君は変わらない…昔のままだ』
『そうか?』
変わらずにそのまま。
強く美しく純粋な心を持つままに。
淀みのないその真直な心にはなれないけれど。
過去の全てを諦め切れればいいとでもいうのだろうか。
月はただ側にいるだけで。
どちらがどちらを見つけるわけでもない。
自然と二人は出会う。
お互いの姿を見つけたのは同時だったが、先にエルザムが口を開く。
「…ただいま、というのかな? この場合」
「……」
少し違うだろうと違和感を訴える銀の瞳に苦笑する。
「何にせよ、こういう挨拶が出来る友人を持っているというのは幸せだな? ゼンガー」
「そうだな」
「君のことなのだが?」
「無論、承知だ」
兎にも角にも簡素なその言葉。
きっと初対面の人間なら、この一言二言の会話で疲れてしまうだろう。
逆に、エルザムにとってはそこが彼の可愛いところだと思っているし、
話していて飽きることがないと感じている。
感情を表面に出すのが苦手なだけで、実は内心百面相をしている姿など。
腹を抱えて笑い出しかけたというのは、怒られそうなので胸にしまっている。
「…今日は本当に綺麗な青空だった」
「ああ」
突然ぽつりと呟いた言葉は、無骨な男の風雅を好む一面。
いつも何かを考えているせいか、眉根がすっかり寄ってしまっているのだが―――まぁ、彼らしい。
有言実行と言うよりは“無言で即行動”の男は、また言う。
呟きのようでもあるが、それとなく隣にいるエルザムへの言葉であるのは百も承知だ。
「月が綺麗なんだろうな―――」
「雲もなかったからな、幸い風も強くない」
「今日は非番だった気がする…」
「奇遇だな、私もそうだ」
ゼンガーがエルザムの方へ顔を向けると、悪戯そうな微笑をたたえた青年がいた。
銀糸の月は太陽を心配した。
『時々、お前は自分で自分を殺してしまいそうになっている…全てを背負い、そのまま姿を消してしまいそうな程に』
太陽は自らの背徳の罪を理解していた。
求めることは罪。
望んではいけない者を、望もうとしているのだと。
金糸の太陽は月を心配した。
『君は自分の幸せを敢えて見過ごしているのかと思う…君は自分の幸せを放っておいて人の幸せを願ってしまうから』
月は思いに応えることが出来ぬ己に戸惑う。
そして罰に怯えるのだ。
本当にこのままでいても良いのかと。
「…成る程。見事な満月だ」
エルザムが空を仰ぎながら言う。
基地より少し離れた小高い丘に二人は座りながら話していた。
頭上に輝く満天の星、その中で一際月が仄かな輝きをともしている。
風が少しばかり強く吹けば、肌寒いと思うかも知れないが、今夜の風は優しい。
通り過ぎれば緩やかに二人の髪をなでていくだけだ。
「この頃はあまり見る機会もなかったからな」
満足そうに微笑を浮かべるゼンガーの表情は、滅多に見られぬものだ。
口元を綻ばせ、目を細めながら。
慈しむような暖かさを以て。
「しかしエルザム、お前は明日―――」
そう言いかけたゼンガーの唇に何かが当たった。
エルザムの指かと気付けば、至近距離にその顔がある。
「…君からの誘いを断れるほど私は聖人君子になったつもりはないのだ…」
銀の瞳と緑の瞳が刹那交錯し二人の距離が縮まって。
淡白色の月光の下、二つの影が重なった。
お互いの背中の傷を知るのはいつだろう。
お互いのぬくもりを知るのはいつだろう。
触れたくとも触れられぬ距離に運命づけられた二人に。
今は星だけがその未来を見据えた。
<了>
writing by みみみ
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