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【 選ぶのは君だ 】 |
未来の為に、眠りにつくという。
けれど目覚めるのはいつのことだろう。
10年? 20年?
―――それとも。
男は立ち上がり空を眺めた。
3日後にはもう感じることのできなくなるこの世界。
逢っておきたい人がいる。
今は未だ地上にある“大地のゆりかご”アースクレイドル。
半円状のドームの形をしたそれが大地を睥睨している。
イージス計画――やがて迫りくる衝撃波を防ぐ為に計画された人類の盾――が、
もし万が一失敗してしまったとしたら。
軍内部でなくとも、政府関係閣僚その他。
地球全体がそれを恐れ、ある一つの計画をうちあげた。
地下に潜り込み、時を待つ。
永い悠久の時を冬眠した身体で待ち続け、地球が再生した頃に再び。
人類という種が未来へと続いていく為の箱船。
静かな流れに身を寄せる聖櫃、アーク。
これを後世の人々が、人類は愚かにも自らが生み出した罪から逃げ、
あまつさえその罰を受けることを拒否したのだと……笑うだろうか。
例えそうなったとしても。
『彼女』の希望を、守りたいと思った。
「ゼンガー少佐?」
「はい」
「…そんなに急いで…何処へ?」
尋ねてきた彼女はどことなく不安そうな色を浮かべている。
今日から3日後には、朝日は拝めても日没は拝めない。
既に準備は最終段階を終了しつつあり、残るは人の心のみと言ったこの頃。
当然、周りの研究者たちからも親族や恋人たちに最後に一目…と言うものも少なくない。
彼らが本当にここへ帰ってくるかどうかは解らないが、ここまで付き合ってくれた―――それだけで十分だとも思う。
しかし、どちらにせよ今生の別れとなることは間違いない。
アースクレイドルが再び地上に出てくる時は、地球は新たな歴史を刻んでいるのだろうから。
…急いでいたように見えたのだろうか…。
彼女、ソフィア=ネート博士は苦笑を浮かべてこちらを見つめる。
「逢っておきたい者がいます」
「……」
幾分柔らかい――何度と無くこの物言いで誤解を生じたこともあり――態度で言ってみたつもりだったが、
やはり元来からの堅牢さは早々に変わらなかった。
どうしても固い印象を与えてしまう。
彼女はしばし間を置いてから、
「それは…また―――」
急ですね、と付け加える。
確かに急すぎる。
出て行った者たちがちらほらと帰ってくるのは丁度今頃で、今から出て行けば逆に。
「―――逃げるのか?」
「フェフ博士!?」
突然現れた影に、ゼンガーは更に表情を硬くした。
イーグレット=フェフ博士―――ソフィア博士とともに、アースクレイドル建造者の一人だ。
大きな偏見ではあるが、科学者特有の性質を持っているというのか、とにかく気難しい。
むしろゼンガーにとってはかなり相手をしにくい人物なのだ。
常に挑戦的な物言いをしてくるところといい、アースクレイドル護衛兵でさえ一睨みで黙らせる程の風貌といい。
つまるところ、厄介なのだ、一番。
そんな人物が薄く嘲りの笑みを浮かべ、先程の言葉の意味を問う。
「そうとっても仕方がないだろう? ネート博士は君を信頼しているのだ」
「…無理なこととは承知しています。だが」
「だが?」
真一文字に結んだ口を開き、ソフィア博士に向き直る。
「必ず帰ってきます。…この命に代えても、貴方を守ると誓ったのだから」
以前誓った言葉。
決してここを戦場にはさせない。
戦いしか能のない人間が貴方にできるたった一つのこと。
「―――フン、命に代えて?」
そんな決意を砕くかのように、博士の言及は続く。
「君はアースクレイドルの軍事責任者だ。君がいなくてはアースクレイドルは守られない。
…それなのに、命に代えて? 馬鹿馬鹿しい、順番を間違えている」
「フェフ博士!」
彼女の制止もさらりと無視し続け、なおも強い視線がゼンガーを見据える。
「君の任務はあくまでもここの防衛だ―――それ以上でもそれ以下でもない。
それ以外に君がここにいる理由など無いぞ?」
怒りはある。少なくとも、相手はこちらの言い分を全く聞く気はないだろうからだ。
しかし、怒ってしまえばどうなるのか。
脳裏を掠めたのは『彼ら』の――真っ先に浮かんだのは『彼』だったが――元へ帰る自分だ。
しかし、それは疾うの昔に諦めたものだ。
何より己がそんな情けないことを許さない。
博士が言葉を続けるのはありありと見て取れる。彼女が狼狽しているのも。
「案外、無責任な男だな、君は。そんなくだらないことで職務を放棄する気か? まあ、それも良いだろう…」
罵倒するのにも飽きたのだろうか、博士は踵を返す。
「その場合は私の可愛い子供たちが君の代わりをするだけだ…むしろ本来はそうあるべきだったのだがな」
しっかりと釘を押し込んでおいて、去っていく。
言いたい放題、反論を言う暇すら与えずに。
「…ゼ、ゼンガー少佐…あの……」
「大丈夫です、ネート博士」
俯き加減、最高に申し訳なさそうに言う彼女を安心させようと告げる。
「気にしていません、慣れています。では、すみませんがこれにて失礼します」
それでもついそう言うなり足早になるのは、逸る気持ちがあるからなのか。
早く、もっと早く。
『彼』に別れを告げなければ。
(そうか…君は―――――)
あの時『彼』は何と言ったのか。
車を走らせながらゼンガーは考えた。
ここへ配属されるずっと前、ふと呟いた言葉。
軍事責任者となることが決まった後でも、もう一度同じ言葉を言われたのを覚えている。
2回も同じ台詞を言われながら覚えていない理由。
「(何故だ……?)」
物覚えが良い悪いの問題ではなく、単純にここまで印象のある言葉を忘れてしまうなど。
情景もその時の天気も、彼の表情をも事細かに覚えているのに。
何故か突然音声の切れたテレビのように映像だけが鮮明によみがえる。
(ふふ、これで身を置く戦場も違えたのだな)
(何?)
(前回のように…運命が皮肉を送ってくれる、という訳にはいかなくなったということだ)
諦めか苦笑か。どちらにせよ、微笑を浮かべていた。
揺れる金糸の髪が近づいてきて。
耳元で囁く。
時々は、逢いに来て、くれるだろう?
首元まで朱に染まっただろう己の顔を縦に振ると、少しだけ寂しげな感じが薄れた。
お前はどうなるのだと尋ねると、曖昧な返事が返ってくる。
(珍しいな…お前が迷うなど)
(簡単には決めかねる選択肢だ、こと人生に関わるものならば)
窓際に腰掛けて遠くへと視線をやる。
太陽からの光を遮るようにして目元に手を上げて言う。
(だから、君のような決断力が羨ましい)
(何を馬鹿な―――)
そのままゼンガーは軽く否定の言葉を続けようとして。
「…そうだ…思い、出した」
目的地に着き、車を止めたところでようやく『彼』の言葉を思い出すことができた。
『その道を選んだのは君なのだ、君が選んだ道なのだ。
例え何者かの力が作用した結果なのだとしても―――ゼンガー、我が友よ…君は迷いはしないだろう』
「(そうだな…過去も現在も未来も俺は変わらない)」
エンジンを切り、瞼を下ろして闇を見つめる。
虚空に浮かぶ彼の姿は、今も同じものであるはず。
精神統一、気を引き締めて。
車を降りて、『彼』の家へと向かう。
『選ぶのは君なのだから』
<了>
writing by みみみ
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