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【 選んだのはお前だ〜科戸(しなと)の風〜 】 |
『―――何処へ行きたい?』
そう問いかけられても、答えられなかった。
この身に在る罪が重すぎたから。
美しく真っ直ぐな君を視るには、汚れていた自身。
共にいるだけで幸せを、感じることが出来たから。
「…っ…また―――!!」
ゼンガーは瞬時に駆け出していた。
恐ろしく危うい親友の姿を、部屋で見つけることが出来なかったからだ。
別に弱い人間ではないのだが、如何せん今の心境ははっきり言って脆い。
あの日、雨に濡れながら自嘲した彼の瞳が忘れられない。
曇天の圧迫した灰色の雲よりも重く、蒼き海よりも漆黒の宇宙よりも猶深い心情を秘めて。
彼は言った。
私は罪人なのだ、と。
『……』
名を呼ぼうと思ったが、渇いた喉と唇が其れを許さなかった。
開けたドアの向こうに涙もなく、淡々とした口調で自らの罪を告げる姿が、異様に目に焼き付いて離れない。
『…何故、私は』
『…』
『君の…もと、に……』
そう言った彼が己の腕の中に倒れ込んでくる。
意識を全て手放して、ようやく眠れたかのように安らかな寝息をたてて。
結局合わせることがなかった緑の瞳は、瞼の奥に隠れているのだろうか。
雨は地上の全てを洗い流す勢いで降り続けた。
開かれたドアの向こう、光が見える筈もなく。
ゼンガーはエルザムを抱きしめた。
「エルザム…っ!」
心当たりが多いわけではないが、何処へ行けばいいのか見当がつかない。
疾うに一番可能性の高いところは探したが、彼の姿は見つからない。
病み上がりの――風邪をひいている――身体で無理をすれば、肺炎でも起こりかねない。
自暴自棄、そんな行動原理か。
肩で息をしながらも駆け回る己の姿。
どこか滑稽だと感じるのは何故だろう。
『またか―――』
エルザムがゼンガーの元へ来てから2日。
3回目のため息だ。
全く手の付けられていない粥の皿を見て、ゼンガーは心配に支配される。
案の定、あれだけの雨に濡れた身体は風邪をひいていた。
しかも、昨日1日は眠り続けていた身体に少しでも何か与えてやらなければ。
そう思って作ってみたのだ。
だが。
『エルザム? 入るぞ』
ノックをして尋ねるが、返事はかえってこない。
部屋に入ってみると、全く変わらない格好でベットにいる親友の姿がある。
昨日意識が戻ったままの状態で。
寝ておけばいいものを、身体を起こし、顔を窓の外に向けている。
『…今日も…』
『……』
『今日も、雨なのだな…』
『ああ』
新しく持ってきた粥をテーブルに置くと、ゼンガーはエルザムの隣に座る。
『天気予報は変わらず雨を知らせている。…地球も今は梅雨だからだそうだ』
『…ああ…』
それでか、と納得のいく表情をした。
沈黙が二人の間におりる。
冬の朝、霜立つ大地のように。
「……」
自分でも何がしたいのか解らない。
ああ、と思い当たることが一つだけ浮かんだ。
死にたいのかも知れない。
丁度よく自分は罪人なのだから。
裁かれて然るべきだ。
エルザムが緩慢とした動作で外を歩きながら考えるのはその程度だった。
あの部屋にいて病人として優しく扱われていても、其れを許すことの出来ない自分がいる。
彼の好意に甘えてしまっているだけだと厳しく言う。
濁った緑色の瞳が細められ。
寂しさや悲しささえ無くした色を混ぜ合わせて。
「…それでも、私は―――」
呟いた。
『…いい加減に食べろ』
『―――』
『このままでは倒れてしまうぞ』
『……否、と言ったら?』
『何…?』
『…断る、と言ったのだ』
『お前、何を…!』
『…何が、いけない…というのだ……?』
『…っ…―――!!』
「強い風だ…」
建物の外へ出ると、外は風の嵐だった。
雲が見る間に流れてゆくのを視ると其れがはっきりと解る。
自らの長い金糸の髪が揺れるのを抑え、歩き出す。
やはり目的も何もないがとりあえず歩くことをやめはしない。
其れすらやめてしまえば、今度こそ終わりのような気がした。
何が終わるというのか、解らないままに。
「さて、どうするか」
きっと今頃は大慌てで自らを探しているのだろう、
親友の姿を思い浮かべると心が少し軽くなった。
ふとあの時の更なる罪を想い出す。
『やめ…っ………ん…!!』
『―――聞こえん』
『…っ…! …ふ……や…ぁ……』
『私は罪人だ―――だからもう、これ以上……』
『…んっ…あ……ぁ………は…ん…』
『罪を犯しても、……畏れるものは―――無いのだ―――』
愛する者を無理矢理犯し、組み敷く。
嫌がる彼を押さえつけ、貪るように求める。
心に絡みつく闇をそのまま味あわせようと企む。
そして、光の無い空間で淫らに蠢く行為を知っても。
「エルザム…何処にいる……?」
「私を捜しているのか、ゼンガー…」
君を罪で穢しても、君は穢れはしないだろう。
私ばかりが罪を重ねて堕ちてゆくのだから。
だけど君が欲しくなる。
その瞳に射抜かれて。
<了>
writing by みみみ
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