【 駆ける意味 】
―――如何に天才と呼ばれる主とて、従者の全てを左右出来る訳では無い。
二人に共通するのは長い金髪。
太陽をそのまま映し込んだ鮮やかな其れが、二人の背に流れている。
片や王であり貴族であり厨房の主でもある、青年。
対するは其の従者にして愛機にして、人では無い、青年。
此の状態を何とかして打破しようと想いは一つでも、二人の行動は残念なことに重ね合わない。
何故ならば。
「……」
「……」
不毛な戦いと呼んだ方が良いのだろうか―――一つの野菜が乗った、一つの皿を前に、テーブルを挟んで睨み合う主従。主は一口サイズに刻まれた其れをフォークで示し、隙あらば其れを掲げて従者に向かう。一方で、目線だけを主人に向けつつ手は口で覆ったままの従者は、隙を見せまいと微動だにしない。
戦場にも似た凄まじい緊張と緊迫感が、長閑な昼下がり、屋敷内で此の空間だけを充たしていく。
端から見れば何とも平和な光景で。
本人達からしてみれば真剣そのものの遣り取りで。
「……」
「……」
主人と言えども。
従者と言えども。
退けぬ所があるのだと―――互いの瞳をぶつけ合う。
従者には戦友が、主には親友が、この場にいないことが何よりも今現在、場の均衡を崩すことの出来ない、ある意味最大の基点。だがそもそもの戦いの原因は、カボチャである。誰が何と言おうと、笑われても良いが真実、カボチャが二人の目の前にはある。
―――ハロウィンの飾りでもっとも良く見る其れ。
愛嬌ある笑顔で中身をくり抜かれた其れが、勝者として笑いかけるのはさてどちらか。
この戦いは、何度かの駆け引きがあった上での膠着戦。
『我が君、まさかこのような形でお会い出来るとは…っ…!』
『―――…アウセ、ン…?』
其の声は喜びに震える声、まるで主との再会を数年ぶりに喜ぶかの様に大仰な声。
背に流れるのは自身と同じ金色の髪で、明るく溌剌とした表情は、丸くなった翠玉の瞳に映っている。
彼が何者なのかという驚きの声が、掠れて名を呼ぶ。
其の台詞に笑みを浮かべて小さく頷くと、自身よりも少し大きな其の身長が、眼下に蹲った。
―――寸分の狂い無く、優雅な仕草。
膝をつき、頭を垂れて告げるのは、主に対して誓いを立てる呪文。
滑らかに淀みなく喋る其の声は、間違い無く人の温かみを持っていて。
彼が自ら名乗りを上げるまでは到底信じられなかった―――彼が、人では無く、我が愛機だと。
機械の身体を持った、ものなのだと。
『初めまして、我が君…エルザム様。私はアウセンザイターと申します』
立ちつくす主の緊張を解すかの様な気遣いまで、完璧に。
彼は従者として申し分なく、振る舞った。
―――やがて其の穏やかな声や立ち居振る舞いは、時と場所を選んで行われるものであり、普段の彼はもっと奔放で明朗快活な青年であると知ったのだが。
初めまして、と言う言葉が少々おかしく感じたのか、彼も苦笑する。
幾つかの大きな戦争を越えてきた付き合いがあるのに、斯うして対面するのは初めてだと。
何処か、くすぐったい、感触。
『私の全ては貴方の為に。私は貴方と共に駆ける者。貴方の為の機体となれた事、心より嬉しく思います』
少し仰々しいとも思える恭しい其の態度に、主である――今はレーツェルという名を持つ――エルザム青年は、彼に向かって手を差し出す。其れを彼は嬉しそうに握り返し、笑い合う。
『此方こそ…宜しく』
自分だけではなく、親友の愛機も同じく人の形を得ており、他にも幾つか人の身体を得たという機体があった。
次元を超えてきた来訪者や、人間そっくりの機械人形や、超古代兵器が存在したという経験を経た後では流石に動揺は少なかったが、其れでも驚かなかったというのは嘘だろう。彼らの身体が機械なのか人なのか、食べるものは同じなのか、睡眠や代謝がどうなっているかなど興味は尽きなかったが、生活していく内に其れも慣れた。
稼働時間に左右されるのか、人間世界の知識をある程度知る者や、此方も驚く程の人間社会の知識を得ている者まで様々で、性格もバラバラ。
『…不思議だ』
呟く親友の言葉に思わず頷き、事実は小説よりも奇なり、という言葉を体感する。
―――掌に乗る程の小さな機体のサイズから。
人の姿をして尚、彼の忠誠心は篤く。
篤いと言うよりも熱心と言うべきか、何というか熱烈なファンが持つ様な心境や、行動に近い。更に言えば、やる気も体力もあって従者としての礼儀作法も心得ているのに、何故か、ドジが多い。其れは本人の意図する所ではない形で発生し、専ら其の収拾に、彼の戦友である若き武士が働くことが多くなった。
然し―――愛嬌有る彼の笑みは愛しく、微笑ましく、大切な記憶の一部として自身の中にある。
気が付けば年の離れた兄弟とは仲が良かったと言うよりも既に兄弟として確立された関係であり、一般的な家庭の様に一緒に遊んだ記憶が少しばかり薄い。一緒に遊んだこともある筈なのに、ある程度成長してからの悲しい記憶の方が強すぎて――弟は小さい頃の話を嫌がると言うことも手伝って――あまりよく思い出せない。それから一族の長子としての教育が始まる最中でも、仲睦まじい兄弟とは言われたものの、このような無邪気に慕われるのは初めての体験で何処かむず痒く、そして嬉しく。
私の手伝いをしようと頑張る其の姿も。
うっかりと失敗して酷く落ち込む其の姿も何もかも。
戦友である、親友の愛機と共に訓練に励んでは家のものを壊すなと怒られる姿も。
―――賑やかに時が過ぎていく楽しさ。
『アウセ…有難う』
『え、いえ私は何もしておりませんが…ええと?』
『有難う』
『お…お褒めに預かり恐悦至極…!』
ふと呟いた言葉は自然と心からこぼれ落ちた、感謝。
何か主に褒められることをしただろうかと考え、思いつかないが取り敢えず褒めて貰ったことを喜ぶ愛機。
其れは子を持つ親の気持ちに似て―――思いがけぬ幸運で。
新しく増えた家族が更に又増えて、最初暮らし始めた頃に比べ、二人きりだった隠れ家は今では随分と賑やかになったのだなと思い返す事が出来た。
―――そう、二人だけの時間が少なくなったのはちょっぴり寂しいけれど。
嘗て妻を其の手にかけた罪人が過ごす時間にしては、此は至福とも呼べる一時だから。
(…いつか…消えてしまうとしても……)
戦場で此の命果てるとも。
彼らを失う日が来るのだとしても。
今はただ、彼らと笑って過ごしていく。
『我が君…っ、何故、何故か涙が…!』
『玉ねぎとはそういうものなのだ。…ダイゼも堪えていたぞ?』
『…っ。も、勿論私とて出来ます、必ず成し遂げてご覧に入れます…!!』
青年は苦笑しながらまな板に置かれた玉ねぎと格闘する愛機の姿を眺める。
戦友の名を出すと何故かいつもムキになり、彼のやる気は加速度を増していく事を覚え。
単純に見えて実は難しい彼の内心に色々と想いを馳せながら、先の大戦で多くを喪った自分に与えられたこの絆を、エルザムは愛しく思う。
「…美味しいのだぞ? 栄養価も高い」
カボチャの利点を述べる主。―――其れはカボチャへのイメージアップを図る為。
「然し…其れは恐ろしい実です…!」
恐る恐るだが拒絶の意を示す従者。―――其れは彼の意志が並々ならぬ強さであることを示すもの。
「……」
「……」
真っ直ぐな主の視線を愛機は首をゆっくりと横に振りながら受け止めた。
両者譲らず、睨み合いは既に数十分。
青年はフォークをテーブルに置き、更にカボチャを戻すと、席に着く。同様に、愛機も――ゆっくりと気配を伺いながら慎重に慎重を期して――椅子に座った。
目線だけは逸らさずに―――逸らせば、其の瞬間に敗北が決定してしまうからだ。
勝負に関しては今まで特にどちらが強いと言った判定を出した事はないが、思ったよりも此は長期戦になりそうだと二人は覚悟する。
(我が君…)
主に抗するは従者の無礼かも知れないが、時には主に逆らうことも必要だとは分かっている。
手を抜けば逆に非礼だとして罵られることも理解出来る。
そして、機体としての腕力がどのようなものかは、人の身を得た今でも――主に言われて試してみたので――十二分に知り得ている。
だが其れは卑怯だと、アウセは思う。
人間の身体はとても弱く、機械と違って替えが効かない。
脆いと言い換えても良い程、柔軟に見えて実は弱い。
機体であればパーツ交換が出来る事も、当たり前だが人には出来ない。
我が君は我が君一つの身。
其の身体も心も、脳や心臓と言った体内器官全てが交換出来ない、とても貴重なもの。
―――一部交換可能な部分があるとしても、人間と機械とでは其の意味は全く異なるのだと、仮に出来たとしてもそれは決して元通りではないのだと。
我が君の、弟様を見ていれば分かる。
(…私たちは、未だ知らない)
分からない事が沢山あるのだ、此の世界には。
機械の頃には別に興味もなく、知らなくてすんだ何もかもが、人間の世界では当然の事であり、プログラム上の識別コードの様に大切だ。
例えば身体のこと。
例えば心のこと。
例えばそう、こういった行事のこと。
―――書物による知識の吸収ならば、AIに対する学習プログラムですむ。
厄介なのは人の心。
其の時々によって形を変え姿を見せず、然し確かに存在している何か。
プログラムとは違う、何か。
(私とて成長しているのだと言うことを知って貰わねば…!)
とは言うものの、人間と機械の思考は似ている様で違う事を、未だ駆ける騎士は理解しておらず。
戦友が見れば其れは違うぞと冷静な突っ込みを貰えるのだろうが、武神は此処に不在で。
不思議と前後関係のおかしな思考のまま、騎士は主と対峙する。
「…何を、拗ねているのだ」
「別に」
ソファに座って新聞を読む男の隣に腰掛け、尋ねてみるが返事は酷く素っ気ない。
ご機嫌斜めだとからかえば違うといった否定の言葉が返ってくる。
他人から見れば普段通りの表情で、いつも通りに新聞を読んでいるだけに見えるのだろう。
だが然し、自分の目は決して誤魔化されはしない。
翠玉の王は瞳を悪戯っぽく輝かせて、愛しい恋人に肩を寄せる。
癖のある銀髪も、東洋の剣に似た色の瞳も、愛する人であるからこそ愛おしく。
触れてみようかと手を伸ばせばすっと避けられてしまう―――此は、確かに拗ねている。
しかも思いっきり。
今は、二人だけだった頃に比べると随分と家族が増えて、その分二人だけの時間も減ったのは間違い無い。
賑やかなのは嫌いではないが、其れと此とは又別、と言うお話。
無頓着に見えて密かに子どもっぽい所があるのだと知ったのはいつ頃だったか。
―――愛しい、愛しい親友殿?
「ふふ、君が好きだよ」
「…なっ」
小さな声でそっと、わざわざ耳元で囁くのは少しばかりの冗談と、めいっぱいの愛情で。
突然の愛の告白に、一体何事かと頬を染める男が酷く愛らしくて。
可愛いなと口にすると馬鹿を言うなと怒られる。
愛機達は今日も今日とて模擬戦を庭で行っているから―――今此の瞬間は確かに二人だけのもの。
向日葵の様な元気さで愛機たちが帰ってくるまでは、こうして二人。
「好きだよ、ゼンガー」
「……だから、その…」
他愛のない睦言を、何度でも繰り返そう。
重ねた掌から、温もりを伝えて。
―――私はそんなに立派な人物ではないよと自虐的な言葉を吐けば、親友は怒り。
泣き方を忘れたと呟けば、親友が代わりに泣いていた。
思い出せばいつも。
私の周りで、誰かが悲しみ、泣いている。
『我が君、あの』
『? どうした?』
其れは式から数日経ったある日の事。
厨房で調理器具の整理をしている時に、ひょっこり顔を出したのは愛機の騎士。
自身の不器用さを熟知しているせいか――調理の邪魔にならぬようにと――滅多に厨房には現れない彼が、何故此処に。いつもとは少し違った様子で何かを言おうとしているのか、拳を腹の上で握りしめたまま此方を見てくる其の姿が更に疑問を強くさせる。
ぎゅっと張りつめた表情がまるで戦場の様に強く、脆く。
―――本当に、どうしたのだろう。
式中の様子について後から聞いた所によると、普段の倍以上に大人しく、一切の失敗もなく、従者としてこれ以上はないと言う程、来訪者に対して完璧な振る舞いを見せていたと聞く。其れは思うに、主のハレの日に際して従者としての心掛けが彼をそうさせたのではなくて、兎に角色々と複雑な心境を抑え付けていたが為ではないかと、かの若き武神は言った―――かく言う彼とて己の主の事を思って悩んでいたのだろうに。
式当日の片付けでは二人で皿を拭き、食器棚にしまいつつも、式の話題は簡単に打ち切られ、明日からの食材やメニューの話になった―――何となく、あの時を思い出す。
二つの愛機は忠実であるが故に、悩み。
経験不足とでも言うのか、幼いが故に、惑い。
主の為に、今自分が為せる事は何かと考え、自身の存在意義を問う。
『なっ、何かお手伝いしましょうかっ!』
『……。では其処のテーブルにシンクの下のものを出しておいてくれ』
『はい!』
―――空元気だと分かっていても、其れを暴きはしない。
アウセは言われた通りにシンクを開き、大小や種類に合わせてテーブルに並べていく。主が良く使う調理器具や、其の出し方など癖を既に知っているからこその配慮で。―――ふと。
主である自分にもひた隠しにする迷いは、恐らくこれからも告げられる事はないのだろうと想った。
自分自身も無理に聞き出そうとしないし、すれば其れは彼を傷付ける事になる。
彼の自尊心、主に仕える者としてプライドが。
不自然にならない程度の視線を彼へ向けつつ、自身も作業を続ける。
『………』
てきぱきと動き、特に文句の付け所もなく。真っ直ぐで真剣に経験を積み、新しい知識を復習し、人間社会のことを覚えようとする。常に元気で明るく振る舞う彼の御陰で、屋敷の中は良い意味での喧噪が絶えない。
思えば、主の無茶にもよく付き合ってくれている―――親友と自身の操縦は決して丁寧なものではなく、寧ろ機体の特性に甘えた更に無茶でしかない。
ビアン総帥が生み出した最高の愛機とはいえ流石に無茶をさせている、と思う時がある。
そうしてよくよく整備長に怒られたりする事も―――彼らにはそんな記憶もあるのだろうか。
機体の時の記憶。
人間の身体の時の記憶。
そのどちらもが彼らであるのに。
時折胸を刺す痛みはきっと、愛しさが溢れ出す故の痛み。
(機械は人間によって使われるだけの存在……)
人は本当に身勝手だと、思う。
自分たちで生み出したものを、自分たちの都合で廃棄処分してしまう。
―――彼が私を主と慕う其の心でさえ本当のものだろうか?
機械の生みの親、人間が望む関係として、彼らは強要されているだけなのだろうか。
奇跡と呼べる此の瞬間でさえ、人間の都合通りで時折気まずくなる。
人は、何の為に自らに似せたものを創造するのか。
『…アウセ』
『はい?』
大小のボールとフライパンと鍋を器用に持ってテーブルに並べていく騎士が此方に振り向いた。
溌剌とした表情と、人懐っこい笑顔が、主の言葉を待っている。
其れを、暫し見つめ。
掌に乗る、小さな身体であった頃から。
心を持ち、人と同じように喋る事が出来た頃から。
彼は自分を主として慕ってくれて居た。
―――けれど本当に自分は彼の主たり得る人間だろうか?
彼が想ってくれている程、自分はきちんと主として其の想いに応えていただろうか。
良かったのだろうか、私で。
青年の美しい緑色の瞳が一瞬翳り、心が暗いままに愛機に質問を投げかける。
『私は…お前の主として相応しくない』
『…!?』
一体何を言い出すのかと。
―――そもそも何を言われたのか、刹那知覚異常が起きたのかと思った。
ところが聴覚センサーに異常もなければ、視覚は完全に主の姿を、其の口の動きを捉えていて、記憶や仕草などあらゆるセンサーが此は本当の主だと告げている。記憶やセンサーなどの総合的記録情報との一致により、間違い無く目の前にいるのはエルザム・V・ブランシュタイン本人であると言って居るのに、何故、どうして急にそんな、言葉が投げかけられたのか。
アウセは一瞬力の抜けた手からボールが落ちるのを辛うじて防いだが、其れでも微かに震える唇。
主の姿を真っ直ぐに見つめるが、其の表情は普段と変わりがない様に思える。
矢張り主は主のまま、普段通り―――ならばどうして?
脳内で主の言葉を反芻して、質問の意図が理解できないのでもう一度繰り返して。
直ぐに浮かんだ言葉を否定して、感情のままに主に言葉をぶつけるなどと言語道断だと理性が騒いだが、堪える事が出来ずにアウセは言う。
『い、一体誰がその様な事を我が君に!? はっ! もももしや、わ…私に何か…い、至らぬ点でも…!?』
『…い、いやそうではなくて―――』
落ち着いた神経であれば直ぐに、パニックに陥ってしまい取り乱す自分を見て、主の表情が憂いと言うよりも戸惑いに近い顔だったと気付いたに違いない。主の言葉がふとしたもので、深い意味はないのだと気付けただろう。
だが今の騎士に其処までの余裕はなく、主が発した言葉の真意を考えるのに必死だった。
真っ直ぐで純粋で主想いであるが故に彼は暴走していく。
―――自分に何か非があるのだと想像は悪い方向へ、更に加速して。
恐慌状態が此処まで来るとなかなか停止することが出来ない。
『ではっ、では何故その様な発言をされたのですかっ? 我が君にその様に仰るという事はきっと、私が何か粗相をしたに違いないと…!』
『違う、落ち着けアウセ―――』
テーブルに放り投げられたボールが乾いた音をたてた。
発言主である青年は、まさか此処まで騎士が慌てると思っていなかったのか、騎士と同じく慌てだした。但し、此の事態の切欠を作った当人である為、幾分冷静にどう収拾を付けたものかと考え、何とか騎士を宥めようとする。
然しえてして一途な者程、マイナス思考は拍車がかかっているもので。
何処まで其の考えは落ち込んだものなのかは分からないが、騎士は突然泣き出した―――本当に、大粒の涙を零して、ボロボロとその場にへたり込む。どうして良いのか分からず申し訳ありませんを繰り返しながら、其れでも私は貴方の愛機でありたいのだとか嗚咽と共にまくしたてる。
何事かと駆けつけた、背後の戦友達にも気付かず、彼は泣き喚く。
戦友達には心配は要らないから、何とかするからと目配せをしておくが、それにしても。
『………』
―――正直呆気にとられてしまった。
別段多弁では無い、彼が。
此処まで自分の気持ちを赤裸々に言うのも初めてなら、感情豊かな者が溢れさせる感情の洪水というものにも圧倒されてしまう。
生まれてからずっと周りに居たのは軍人一族宗家としての自分を支える人たち。皆立派な人たちで、何よりも家訓自体が感情を制御する事を常とするものだったので、弟の激情でさえもある意味まだ沸点が低く、親友に至っては沸点が低いと言うよりも押し殺してしまうのが癖なのかと言う程、少々分かりにくい。尚かつ、その様な状況にあった自分自身はそうであることが当然である環境で育ち、何の疑問も抱かなかったが故に、感情の発露というものが少しばかり他人よりも鈍い傾向がある。
だからこそ思わず目を丸くして驚いてしまった訳なのだが、同時に―――酷く、愛おしい気持ちにもなった。
初めて、其の感情を伝えてくれた事に、嬉しさを覚えた。
分かりにくい主だったことだろう。
さぞかし、多く事の抱え込んできたのだろう。
―――如何に自分が馬鹿だったのかと、思い知らされる。
『…すまなかった…アウセ』
『我が…君…?』
謝罪の言葉に騎士は漸く泣くのを止め、主の顔を見た。
事態は彼が思っているよりも単純で、簡単だからこそ難しいのかも知れない。
彼はこんなにも自分を慕う気持ちを正直に表していたのに。
自分よりも余程強く、分かりやすく、想いを伝えてくれていたのに。
見ていなかったのは自分。
分かっていなかったのは自分。
―――少しずつでも良いから、自分に向けられる好意を理解しようと、肯定していこうと、あの式で思っていたのに、忘れているとは何という鳥頭。
青年は騎士の頭を撫でた。先程の言葉と、今の謝罪と、そしてこの主の行動が繋がらずに騎士は困惑する。
鼻が詰まっていたり、喉が枯れていたり少し頭が痛かったりするので、上手く喋ることは出来ない。然し、主の穏やかな瞳を覗いてみれば、自分自身の思いが杞憂であったことは間違い無いだろう。ほっと一安心したのも束の間、ああ何という無様な姿だと急激に自身を恥じた。
一方で、取り敢えずは泣きやんだものの、さて自分は主として、彼の想いにどう応えていこうかと―――青年は思案して、微笑んだ。思いっきり泣きはらした目や鼻がすっかり赤くなってしまっていて、流石にこのままの顔ではリビングには帰れまい。
ならばする事は一つ。
『私が悪かった…だから…先ずは、其の顔を何とかしなければ、な』
『…!』
其処で漸く冷静になる事が出来たのか、騎士は頭を抱えて主に背を向けた。
何やら聞こえるボソボソとした呟きから察するに、主の前で醜態を晒したと落ち込んでいるらしい。
本当に、感情起伏の激しいものだと―――青年は苦笑する。
「……」
「……」
あれから何が変わったのかと問われても、何も変わっていないと思う。
特に今まで通り、普段通りの関係。
戦友である武士に何やら凄まじい折檻を喰らったらしく、それ以来どうにもカボチャが苦手の騎士。
生まれて初めての好き嫌いに、主人としては何とかせねばと燃え上がるこの展開。
「…譲りませぬ」
「私が其れを許すと思うか?」
必死の騎士を前に、翠玉の王は不敵に笑い。
―――ハロウィンの夜は不毛に過ぎてゆく。
<了>
writing by みみみ
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