【しあわせになりましょう】 story by mimimi


 元、主の緊急事態。
 戦った期間は短いけれど。
 其れでも主であった事に変わりは無く。
「…!」
 何とか人前で無様な真似は晒さずにすんだものの、結局後少しと言うところで力尽き、崩れ折るその人を見て。
 黄泉路の案内人は戸惑う。
 ―――姿を見せたくないが、放っておく訳にはいかない…だからどうか目覚めません様に。
 ただもう一度だけ、触れる事が出来たから。
 役立たずと言われていても、今助ける事が出来るから。


「…う…」
「主役が倒れるなど前代未聞だな」
「仕方あるまい」
 苦笑を浮かべているのは新婦、其の反対側のソファに座るのは隻眼の男。
 今日は今までで一番早くに朝起きて準備をし、
 会場の手伝いをしていたがそろそろ我慢の限界と言ったところなのだろう、
 男は整えた髪をしきりに撫でつけているが、本音は恐らく其の逆だ。
 一刻も早くこの格好を止めてしまいたいという欲求に駆られているが、主役に近しい人物としてはそうもいかず、
 二人の顔に泥を塗るまいと言う実に健気な態度で式に臨んでいた―――が、
 今この控え室ではそんな事をする必要もないので、だらけている。
 普段の格好そのままに――違うのは外見のみ――ソファにふんぞりかえって新郎新婦、主に新郎を睥睨する。
 ははんと鼻で笑っているのは無様だと先程揶揄した新郎の姿。
 披露宴の最中、最後のお色直しで出てきた途端、矢張り慣れないものだったせいか思いっきり躓き転び、
 その結果頭からワインを被った―――当然、新郎の意識が朦朧とする中、
 新郎がアルコールに弱い事を知っている誰もが式よりも新郎の体調を気遣ってくれた御陰で、
 式の殆どが終わった今何とか主役が会場にいないままでも式は進んでいる。
「………」
 かと言って人前で倒れる様な醜態を見せなかったのは、
 僅かな意地がアルコールに弱い身体を抑え付ける事が出来た、日頃の鍛錬の賜物かも知れない。だが―――。
「(あの時…俺は、控え室の前まで来て…倒れた様な……?)」
 新郎には不思議でならない。
 己の記憶が確かであるならば、控え室まで後少しと言うところで膝が言う事を聞かなくなり、
 結局行儀が悪いとは言え、アルコールの身体が悲鳴をあげて無理も通せないまま廊下で力尽きたはずだった。
 だが実際は違う。
 其れから直ぐに駆けつけたであろう、新婦の青年――言語矛盾はこの際無視するが――と、
 隻眼の男が控え室に入ると、ソファに横たわる己の姿がありよく頑張ったと目覚めた瞬間に、青年が褒めてくれた。
 ―――額や身体のあちこちに巻かれた冷えたタオルよりも、
 其の青年が己に膝枕をしてくれていた事が、実は一番嬉しかったとは…言って居ないが。
 もし本当に廊下で己が倒れてしまったとするならば、誰かが己を運んでくれた事になる。
 ―――誰が?
「……」
 此処は関係者以外立ち入り禁止の区域で、尚かつ新郎新婦の部屋は其の一番奥にある。
 関係者には間違い無いが、直ぐにその場を離れた己を誰かが追ってきたのだろうか、
 其れとも此の騒ぎを聞いて愛機たちの誰かが駆けつけてきて、己を運んだ後直ぐに戻ったのか。
 ―――否、恐らく其れならばエルザムたちと廊下ですれ違う筈。
 そんな話は彼らの口から出てこない。
 にしても。 
「…よくも…好き、勝手に……」
「喋らずに今は休め、我が友よ。会場は私が何とかしよう」
「そうだこの馬鹿」
「〜…」
 隻眼の男は己が言い返せないのを良い事に実に好き勝手な言葉を並べ立てている。
 兎に角一番口に上るのは馬鹿とかあほとか間抜けとか。
 確かにそう言われては今日という晴れの日に勿体ない、
 何よりも新婦の楽しみを奪ってしまった事をどうしようもないとひたすら謝罪するしかないのだが、
 生まれついての体質ばかりは数ヶ月で治せるものでは無い。
 実に不測の事態だったと予想外の出来事に青年は笑い、
 男は今日一日で随分と溜めたらしいストレスを吐き出しては呆れ果てている。
 ついで、仲人から何から様々な人が入れ替わり立ち替わり控え室の出入りを繰り返す中、
 主役が居ない事には何も出来ないだろうと青年が暫くの休憩を男に言い渡して部屋を出て行く。
 また戻ってくるからと言うものの、
 矢張り主役が揃っていなくなるなど前代未聞だろうから―――何とか此の体調を恢復し、
 己が出て行くしかあるまい。
「……」
 ―――嗚呼其れにしても…。
 気怠い身体が休息を欲しているのは間違い無い。
 此処数週間は何かと気が張りつめていて、毎日あれやこれやと日々の任務とこの日の為の準備に追われていた。
 漸く纏まった休みがとれる、等と実に甘えた事を考えてしまい―――男は意識を手放した。
「おい、ゼンガー」
 其れも知らずに立ち上がって自分の為に最初は汲んでいた水を、
 新郎に分けようかと気付いて水が欲しいかと尋ねようとしたのだが既に眠っているのか、男の瞼が降りていた。
 今日までずっと慣れない打ち合わせであったり人生初めての経験をし続けてきた男にとっては、
 此は僅かな休憩であり、久方ぶりの安息の時間とも言える。
 かといってこのまま呑気に眠らせておくのも主役としては情け無いし、己の親切を無にされた恨みもある。
「ゼンガー?」
「……」
 ―――寝ている。
 当たり前だが、此の声は聞こえていない。
 額に置いてあったタオルを取り、新しいものと変えてみても起きないとは余程の熟睡ぶりか。
 己自身にとっても久方ぶりの静謐な時間に、ぼんやりと思い出す、此までの事。

 二人が結婚についての決定を、周りの皆に伝えた時、最初から巻き込まれていた己は兎も角、
 DGGと呼ばれる愛機たちはスレードと違って結婚という概念に戸惑いを覚えていた。
 但し、其れは少なからず己も同じで、実を言えばスレードに訳もなく心細さを打ち明けた時もある。
 その時初めて、普段は平坦なあの瞳の色に、瞬き程の瞬間、漣が起きたのを見た。
『別に…何も変わらない。俺も、あの人たちも』
『だが』
『人は時々不安になるんだよ、永遠なんて無いと本能的に分かっているからこそ』
『……』
 素っ気ない一言一言が、けれど逆に彼の心の内を垣間見せて居る様な気がしてならない。
 普段ならば冗談でも真っ直ぐに此方を見つめてくる瞳は、
 こんな時ばかり明後日の方向を眺めながら、別の作業をしながら言葉を紡ぐ。
 互いに探しあぐねているのだ、きっと。
 機械の身体―――とは己も同じであるが、然し最初からそうであった者と、
 ある日突然其の生身の肉体を得た者とでは、かなりの差があるだろう。
 そう言えば書斎にある童話の中にそんな話があった。
 おじいさんが作った木の人形は、人間になりたいと願う、そんな話が。
 少年の姿をした其の人形は、嘘を付くと鼻が伸びるという話で、初めて読んだ時、其れは非常に便利だと思った。
 ―――目に見える形で、相手の嘘を見抜けるならばどんなに楽か。
 結局最後は人間の身体を手に入れるけれども、そんな魔法は此の世界には存在していない。
 信じる事は自由だが、其ればかりを願っている訳にもいかない。
 己の過去や身体についてを打ち明けられた初めての日―――
 制御出来ない負の感情が全身を支配下に置き、二人を苦しめてしまった。
 小さな己の身体の中にある、心という大きな存在が、面倒だと。
 そして、一度死んだはずの己が又生きている事、己の意思ではもうどうにもならぬ程、
 此の身体は己一人のものではなくなった事に苛立ち、嘆き。
 どれだけ諭されても、死への渇望は止まらなかった。
『殺せ…!!』
 優しさが時に罰になり、凶器になる。
 無知は罪。
 安易に想像出来る最悪の未来は、砂時計の様に早く、近い。
『…永遠なんて無い。誰にも、何にでも』
『……』
 あの時収拾を付けておいた筈の心境は、こんな切っ掛けで又しても己の心を揺さぶる。
 だが今回は傍に―――スレードがいる。
 いつでも斜に構えている様で、そのくせ何処か一歩退いてDGGの二人を見て。
 顔が笑っていても瞳は真剣で、実は誰よりも人一倍色々と考えていて。
『俺の事が分かるのか?』
 初めて人の身を得てから会った時の第一声は其れ。
 主を主とも思わない態度に口喧嘩はしょっちゅうの事、でも仲がよいと言われた。
 ―――つくづく、不思議な関係。
 似ている様で似ていないのかも知れないし、実は同じ所で繋がっているのか、居ないのか。
 ただ、今のこの一言だけは、きっと彼は己と同じ気持ちを抱いていた証拠。
 いつか来るその時までは―――。
『結婚と大層に言ってはみても…束の間の、小さな小さな喜びだ』
『…スレード?』
 俯いた顔で表情が見えなくなった愛機に声をかけ、覗き込もうとした瞬間。
 突然伸びてきた手に鼻先を掴まれる。
『俺達がしっかりしないでどーすんだよっ』
『っ、痛いぞ!』
 あっという間に普段の彼に戻ってしまい――――然し分からない、掴めない性格の一端が垣間見えたと思う。
 直ぐに消えてしまったから、依然として彼は彼として分からない事も多いけれど。
「……」
 額にかかる前髪を指で梳く。
 普段より少し、整えられたその髪が、今日はやけに軽い。


「我が主!」
「元主殿!!」
 お前らドアを壊すんじゃないぞと言いたくなる程の勢いで駆け込んできた、
 新郎の愛機たちを見て、ウォーダンも大きく背伸びをした。
「…よし、俺は行くからな」
「…は。申し訳ありませぬ、直ぐに駆けつけられず…」
「ウォーダン殿、エルザム様にも我らがおります故、ご安心をとの連絡を…」
「ダイゼ、気にするな。ゼロ、伝えておく」
 ―――久方ぶりに得た二人きりの時間は二十分に楽しんだ。
 寧ろ僥倖な程にゆったりと出来たのは、主役不在の中あちこちで動いてくれる彼らの存在が在ってこそ。
 スレードも今頃は厨房で、ダイゼの代わりに働いているのだろうかと思った。
 確か最初の役割はそうだった筈だ―――主役である青年が厨房を抜けると同時に、
 応援としてダイゼがスレードを引っ張るとか何とか。
 いざ式が始まってしまえば準備用の人員程は必要なくなる為、自然と朝とは違う配置変更が言い渡される。
 その中、己は変わらず会場配置で、彼奴は確か厨房配置だったか。
「…スレードならば厨房でアウセと共に、ラーゼン様に指導されております」
「ん、すまんな」
「いえ…」
 冷静な気遣いをしつつも、ハラハラとした主への不安さが拭えない若き武士の姿は的確なだけに少し苦しい。
 主だけを見ていればいいものをつい、微細な神経が周りにも配慮を心掛けてしまう。
 其れが、直前まで彼を悩ませていた原因であるとは思うのに。
 零式がてきぱきとクッションを枕代わりにしていたり、袖から扇を取り出して主を仰ぐのは流石と言うべきか。
 少し位は大まかに構えられれば、
 彼とてもっと気楽に生きられる―――要らぬ世話だとひとまずは置いて、その場を後にした。
「……」
 其の後ろ姿を、会場にあって、姿の見えぬ者が眺めていた。

「油断でしたな、元主殿?」
「ま…たく…だ」
 冷たいタオルも良いが、此も心地良いものだと元愛機が仰ぐ事によって生まれる風に顔を向ける。
 ―――折角、久方ぶりに会って、こうやって話せる様な機会が出来たのに、己が此とは。
 隣で同じように冷えたタオルを振る現愛機の姿もある。
 此方は元愛機の零式ほど冷静ではなく、薬などを持ってきた方が良いのでしょうかと、普段にない慌てっぷりだ。
 実に珍しい光景ではあるのだが、己がそれどころではないので苦笑も浮かべられない。
「む、無理は為さいませぬ様…!」
 横になっていた身体を少し起こしただけでこめかみ辺りに鈍い痛み。
 此で気でも失えば完全に若き武神は顔面蒼白に間違い無い。
 ―――普段の大人しさは何処へ行ったのだ。
 おかしいと言えばおかしいのだが、生憎しつこく繰り返せば今は己の側に余裕がない。
「すまん、な…」
「気にされるな、今は休む事が一番でしょう」
「そうです…!」
 つい口を突いて出た謝罪の言葉はあっさりと封じ込められてしまった。
 若き武神にしてみれば零式程には人の身に詳しくない以上、どうすればよいのかが分からない。
 何となく薬を口にすればよいのではと思うが、提案するべきかどうか。
 と。
「…?」
「今、誰かが……」
「…ん…?」
 扉をノックする音。
 どうぞと零式が声を発するが、誰かが入ってくる気配も無い。
 二人は訝しげな表情で一度視線を交差させた後、
 零式が――自分では身体の自由がままならぬ――主を直ぐにでも庇える体勢を取り、
 ダイゼは扉にぴったりと張り付き外の気配を伺う―――まさかとは思うが、この結婚式に何処ぞの不逞の輩が…?
 漂う緊迫感に息を殺し、再び二人が視線を合わせ、意を決して開けてみると。
「「………」」
「…?」
 其処には誰も居なかった。
 気配を探ってみても近くを見回しても、
 念のために廊下へ出て数メートルの距離をチェックしてみても―――在るのは救急箱のみ。
「…此が…」
「…ふむ」
 困惑の表情で其れを告げるダイゼに、零式は開けてみる様促す。
 恐らく爆発物の類かもしれない、確認をしてみるべきだと。
 ダイゼが恐る恐る開けてみたが爆発も何も起こらなかった、本当に普通の救急箱だ。
 ―――だが。
「…まさか」
「どうした、ダイゼ」
 丁寧に説明書まで付いた、酔い醒まし用の薬。
 きちんと一回の分量ごとが和紙に包まれていて、其れ以外にも酔い醒ましに効果的な術が書いてある。
 其れでも其れを置いていった筈の人物の姿は何処にも見当たらず、
 直ぐに立ち去ったにしても物音が立たなさすぎだ。
 ―――若き武神の知りうる限りの交友範囲で、其れを成し得るのは唯一人。
「……壬人殿、が…?」
「…成る程」
 今回、裏方中の裏方として会場の警備を引き受けた者の名を聞いた。
 決して明かさないでくれと言われた彼が、恐らくこの薬を届けてくれたのだろう。
 其れでも姿を見せるようなことはせず。
「…何故…」
 主の晴れ舞台。
 何よりも素晴らしいこの日まで、隠れなくても良かろうと若き武神は苦く思う。
 全く恥じる事は無い、立派な任務だと。
 ―――誇れるのに。
「ダイゼ」
「…!」
「取り敢えず…其の薬を使おうと思うのだが?」
「は…はい!」
 良く言えば奥ゆかしく、悪く言えば臆病になってしまう―――そんな彼を。
 主にはいつかきちんと知って貰いたいと、武神は心に誓った。


Illustration by 鷹夜 譲