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【しあわせになりましょう】 story by mimimi
「こんなものか?」
「いやもう少し左右のバランスを取って―――」
「ふーん…」
三者三様の思惑と顔つきで挑むのはメッセージボード。
今日の主役である新郎新婦へのお祝いメッセージが書かれたカードを、
コルクで作られた此の枠にどう収めてどうデコレーションするのかを先程から神妙な面持ちで討論している。
主にはスレードとウォーダンの役目で、会場にあちこちに小さくデコレーション
――ピンクや赤や白のリボンとハートの風船――を付けていくのがアルトの役目だ。
取り敢えず大まかに飾り付けをしたコルク版を見ながらアルトはふむふむと、
此も一つの社会勉強の様に二人の遣り取りを聞いている。
祝いのカードなだけに普通の掲示物の様に何度も穴を開けるのは勘弁願いたいところ。
ABC順であれば特にどう置いても構わないよと相談役であるギリアムに言われて悩む事数分。
「…ん? 何か用か、アウセ?」
「…あ、いや私は…」
「?」
近寄ってきていたのに気付かれて思わず後ろ手に隠したカードが一枚。
今日も今日来た来客者用の為にカードが数枚小さなバスケットに収まって、ペンと一緒に傍にある。
会場を見ておいでと主に言われて初めて気が付いた其れ。
―――実は未だ、主の為の言葉を私は…。
複雑な、処理に困る此の感情を、人は一体どうしているのか分からないと親友に嘆いた。
二人揃ってテスラ・ライヒ研究所の先輩の所へ相談しにいった事もある。
主が幸せになるのであれば其れは其れで結構な事ではないか、
なのにどうして私はこんなにも寂しいという感情を抱えているのだろう―――…?
同じ様な悩みを持つ親友の為に、スッキリとした表情を見せるけれども、内面は。
『我が君、おめでとう御座います』
『有難う…アウセ』
分かっている、其の一言。
戦場の武勲を褒め称える様に、口にするのは容易いはずの一言。
けれど何故。
「だからさ、やっぱり此処はスタンダードに行かないと読みにくくないか?」
「…そうするのが良いか…」
―――ABC順ならば、私は前の方へ置かれる事になる。
ダイゼは昨晩何とか書き上げたと言って居た。
彼も散々悩んだ末に当日は忙しいからと昨日の夜に書き上げて、
こっそりメッセージカードの束に自分の書いたものを混ぜていた。
私もそうすれば良かったと思った。
本当はとっくの昔に心の中で用意していた言葉を、カード一枚が手放せなくて。
今も未だ、私の掌に乗っている。
人は其れを運命と呼び、気紛れで翻弄される事しか出来ないと嘆く。
―――我が君。
いつからかでは無く、そう、呼ぼうと思っていたのだ。
私に声があるのなら。
私の手があるのなら。
―――私は貴方の為に生まれてきたのです。
『……アウセ?』
『はい』
『本当に…?』
『勿論です』
いつもコックピットの中で見せる厳しい表情とは正反対の丸い瞳。
驚き、どうして良いか分からない、そんな顔。
恐らく私が知る限りは初めてかも知れない―――私たちはいつも格納庫であなた方を待つ身だから。
茫然とした表情で、騎士は主の次の言葉を待っていた。
が。
『……』
『ってああ何をなさいますか我が君! 自分で自分の頬を叩くなど…!』
『いや…』
騎士は慌てて主の腕を掴む。
どうやら叩くだけでは飽きたらずにつねろうとまでしていた様で。
―――駆動範囲確認、相対距離合わせ、関節各部異常無し。
機械であった頃の癖そのままに身体を動かそうとすると、身体の方が反応が早い様に思えて少し戸惑う。
人の脳というのは、機械のAIとは違うのか。
当たり前だがそんな事をいちいち確認する毎日だった。
『我が君ー!』
『アウセ其処にカーペットが…っ』
『はッ!?』
食後のティータイムを楽しむ為に取り出してきた季節の食材籠。
果物が沢山入った其れを抱えてやってきたはいいものの、
主しか見ていなかった騎士には塞がれた視界の下に、後で片付けようと思っていた
カーペットがあるのに気付かず。
少しだけ通路に出ていた丸まったカーペットの頭に蹴躓いて、そこら中に果物を落としていく。
其れでも反射的に――主がいつも市場から仕入れてくる新鮮な果物を庇おうとして――
騎士は器用にも後ろへこける。
当然、床に後頭部を打ち付けた鈍い音がして、エプロン姿のまま主は血相を変えて近寄ってきた。
『もももも申し訳ありませんッ!!』
『そんな事よりも―――』
『! はッ…大丈夫ですから!』
『だが凄い音がしただろう? 今お前は人の身なのだ、大事を取って…』
『…!』
兎に角謝罪をするしかないと先ず頭を下げた騎士に対し、主は違うだろうと叱る。
まるで子どもだなとは同じく人の身を得たスレードの言葉。
子ども?
人の様な?
真剣に我が身を心配してくれる主を前にして、騎士はここ数ヶ月の事を思い出す。
そう、思い出す。
―――此も機械の頃とは何か違う感覚。
生まれは機械でありながら、人の身を得た我らを、貴方は優しく迎えて下さった。
矢張り最初は戸惑いながらも―――だが、初めて挨拶をした後に貴方は私の髪に触れ。
『私よりも癖が強くない様だな…雨の日は苦労しなくてすみそうだ』
『?』
後で鏡を覗けば映るのは主と同じ様な色をした髪と瞳を持つ自身の姿。
けれども違う。
似ている様で全く違う。
長い髪も、少し屈強な身体も何かも。
―――私は、貴方と同じが良かった…?
機械の頃にはまるで縁の無かった鏡を、物珍しげにまじまじと眺めていればふと思いついたそんな一言に戸惑う。
主が私の此の髪を雨の日にも強い良い髪だと褒めて下さったのだと、兄弟機であり、
人間の言葉を借りるならば“親友”のダイゼに報告する日々。
毎日何かしら話題が主の事ばかりだなとダイゼは笑う。
『…?』
『こうか?』
『いや少し違う…口元をこう―――』
人に何かしら好意的な印象を与える、笑顔というものを本格的に研究したのも良い想い出。
笑顔自体は別に難しい事でも何でもなくて、人が歩く事が出来る様に、笑う事も出来た。
けれど何処か未だ堅さが抜けないなと苦笑する我が君の言葉に懊悩し、親友を頼る。
嗚呼我が君、どうか私が貴方に相応しい者であります様。
どうか、貴方に認められる私でありますよう。
「…ダイゼとアウセの違い?」
「機体とOSの馴染み具合かな―――アウセの方が未だ、人の身体を上手く使いこなせていないのは」
突然、結婚式場の控え室で何を言い出すかと思えば。
帰ってきた途端に間食はどうだとおにぎりを差し出すのも。
彼ならではというか何というか。
付き合いは長いというか濃い筈だが、其れでもお互いに掴めていないところは未だ多いらしい。
最後の漬け物を口に入れつつ、考える。
「……だが、二機は殆ど同時に機体の構築及びOSプログラムが行われていた筈では?」
「同じDGGと言っても私と君のOSが異なっているのは知っているだろう。
操縦方法の違いから来るものだが…君は多くが零式から戦闘経験を引き継いだのに対し、
私の場合はより私のチューンが加えられた程度に過ぎない。
確かに私以外の者には大変扱いにくいモーションパターンではあるが、
あくまでも癖の抽出であって基本的なOSは―――」
「今までと同じだと?」
「TC-OS Ver.trombe!…と言ったところかな」
「……」
男はそうかと言っておいて腕を組む。
あれは単純に不器用なだけだと思っていたら、
親友は更にもう一つ先の思考をしていた―――事に驚くより他はない。
言われてみれば確かにそうだと言えるだろう。
然しもっと簡単にあれは――己に対して少なからず敵意を向けてくる場合も含め――彼の性格ではないかと。
時折力の加減を間違えたり、主を思うが故に真っ直ぐな暴走をしてしまったり。
親友に諭されつつも自分の意地を貫く姿は、其れだけで推し量る事の出来ないものだ。
「……子離れ」
「ん?」
ふと思いついた一言が妙に的確だなと自画自賛。
そう、まるで彼の姿は初めての子どもを育てる時の親の如く。
誰よりも其の子を思い、誰よりも心配して、時には考えすぎに陥る。
―――カザハラ所長に子育ての極意でも尋ねておいた方が良いだろうか?
苦笑を浮かべている此方を怪訝な視線で睨んでくる新婦を余所に、然し笑いは収まらない。
「エルザム…お前は意外と親馬鹿だったのだな」
「失礼な…!」
拗ねて明後日の方向を向く其の姿。
成る程、確かに親子かも知れない―――騎士と同じ、其の拗ね方。
『ダイゼ?』
『アウセが…拗ねてしまって……』
困ってはいるけれども心底ではない、我が愛機の姿も、きっと恐らく今の己と同じなのだろうと男は笑った。
『後輩君も俺みたいな脳天気なら良かったのにねー』
『そんな事は…』
アンダーリムの眼鏡を洗浄しつつ、和やかな声を出すのはラーゼン。
ダイゼが最初、ゼロに相談した時は恐らくゼロ一人だけで受けるものだと思っていたら、
何故か其処にはラーゼンの姿が居た。
―――で、今は二手に分かれてそれぞれ話を聞いている。
だが彼は何も質問をしてこないし、自分から今日ここへ来た理由についても言及しない。
他愛のない話、お互いの世間話をしつつ、早一時間が過ぎようとしている。
―――ダイゼは今頃、きちんと話をしているだろうか。
そんな心配が胸を過ぎる。
良くも悪くも此の騎士は、自分よりも他の事を優先しがちだ。
『…やらなかった後悔よりも、やった後悔の方が意外とスッキリしてるんだよ』
『……は?』
『いやいや此は俺の人生経験だけじゃなくて、人がずーっと重ねてきた歴史に裏打ちされた格言らしいんだけど』
はい、と渡されたのは紙コップの紅茶。
其処の自販機で買ってきたんだけど紅茶しか残って無くてね
いやはやテスラ・ライヒ研究所って所はつくづく珈琲派が多いところなんだなぁ
インスタントで御免よと言って居る先輩を見上げ。
一口飲んでみた其れに少しの違和感を感じる。
―――自販機?
何となく感じた味覚は、此が主がよくいれてくれるものと酷似しているのだと知らせ。
思わず見上げた顔がにんまりと悪戯心に満ち溢れていたのを見て。
『…ラーゼン様』
『ん?』
『本当に…其の後悔は、大きいのですか』
『うん。もんのすんごぉーく、大きいよ―――だって俺はそうだったからね』
『!?』
いつも周りに最速お馬鹿な様に見せかけてニコニコと振りまく笑顔は単なるフェイク―――眼鏡の様な壁。
不意に主が見せる様な、痛切な暗闇の表情。
其れは悔やみ。
哀哭とも呼ぶべき、過去への追憶。
『実に青臭い話なんだけどもしっかりちゃっかりばっちりがっちり人生の真理だから覚えていても損はナッシング!
何と言ってもやるにこした事は無い!』
何故かそう言ってびしっとポージングを決めた先輩が、空になった紙コップを捨てようと背を向ける。
『…エルザム様だってきっと一杯悩んで迷って、其れでももし今斯うしなかったら
後でもっと今よりも大きくてしんどい気持ちになる後悔するって思ったんだろうさ。
俺達はあの人の幸せを誰よりも何よりも一番に願っているけど、
エルザム様にとって其の一番はあの旦那だったって訳で』
『……』
チクリ、と棘の様な感覚。
彼の男―――エルザム様の親友にして最愛の、ひと。
主最愛至上主義を掲げる自身にとって、最も悩むべき存在。
だけど本当はもう自分も分かっている。
ただ、寂しくて。
―――認めてしまうと、貴方が遠くなる様で。
『寂しいよねぇ…一番思ってるのは自分だって心の底から自負しててもさ、
主が選んじゃうのは別のひと、だなんて』
『…!』
その時の驚きは何だろう、安心に近い。
不思議な安堵感か―――自分と同じ事を考えている人が此処にも居たんだと。
ダイゼは悩めば悩む程口数が少なくなってしまう。
だから実は剰りお互いの気持ちを吐露出来ていなくて、
だからといって自分もじゃあ此の想いを言葉に出来るかと言えば、どうも上手く出来そうにない。
けれども此の先輩は見事にすらすらと滑らかに喋る。
自分の心を、言い当てる。
『でもやっぱりさ此処でエルザム様を祝福出来なかったら、後々ものすんごぉーく俺は後悔すると思うのね。
其れは今寂しくなるよりももっとずっとしんどい―――だからさホラ』
『! 此は…』
『さぁ一人で恥ずかしいなら俺とレッツトライ! 二人でやれば怖く無いっメッセージカードー!』
何やら訳の分からない盛り上がりで書いた文章。
ああでもないこうでもないと何度も下書きをして。
未だに文字が下手な自分を根気よく先輩は指導してくれて。
―――そうして出来た此のカード。
『…出すのは自分で出した方が良いよ、きちんとね』
『は、はいっ』
何事もチャレンジあるのみだと元気に送り出してくれたあの後。
再会したダイゼも、何処かスッキリした顔つきで。
何度も礼をして去っていく後輩二人の姿を、
先輩二名が――若いって素晴らしいねぇなどと言いつつ――苦笑しながら見送ったのは又別の話で。
アウセは心を決める。
―――主の幸せが私の幸せ、もしいつか主が不幸せになるのであれば
其の時は私が主を助ければ良い…唯其れだけの事…!!
勇気を出して、此の言葉が出せるのは自分自身しか居ないから。
貴方の傍で、貴方の幸せを一番に願うからこそ。
―――此の想いを、貴方に伝えよう。
「す、スレード!」
「?」
「急になったのだが、此を…」
「? ああ…何だもっと早くに言えよ」
「すまない」
「アウセだから一番だな、了解した」
「頼みます」
仕方ねぇなぁと苦笑するスレードと、特に何も言わないウォーダン。
嗚呼、確かに。
出す出さないと悩んでいた時よりも、出してしまった今の想いは晴れ晴れと爽やかに。
祝ってしまった悔しさはきっと尽きないけれども―――出さなかった場合よりも想いは軽い。
だから此で良い。
―――どうぞ貴方が幸せであります様に。
騎士は漸く、久方ぶりの笑顔を顔一杯に広げた。
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