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【しあわせになりましょう】 story by mimimi
『手伝いに行くんじゃろう? ならばそれなりの格好をせねばな』
『あ、いえ然し―――』
『遠慮する事は無い、少し待て。確か昔…』
不肖の弟子が、少し変わっているとはいえ祝いの席の主役となった事が、
矢張り師匠としても嬉しいのだろうか、テスラ・ライヒ研究所の
リシュウ・トウゴウ師範――零式、ゼロにとっては保護者代わりの人物――はいそいそと
何やら式場へ己が行くと言う事を何処から聞きつけて支度を調えてくれた。
自身は此処を離れる事が出来ないのでその分、余計に手間をかけて。
大柄な己の身体に合わせて仕立て直してくれた紋付き袴。
古来の正装である其れは、不思議とよく己の身体に馴染んだ。
そして変わらず薫る柔らかな匂い。
『…感謝、致します』
『構わん。ゼンガーとエルザムに宜しく言っておいてくれ』
『承知』
一礼の後、零式は会場へとやってきた。
来るまでに汚れてはかなわないと着替えは会場ですませて、
前日から準備を行っている皆の中に加わり、受付を担当する―――人と似ては居ても此の身体は元々機械の身。
けれど不思議と皆が受け入れて迎えてくれる事に、つくづくひとは不思議だと思う。
そして、そのひととなった己自身も、後輩である主の現愛機たちも、
ひとが持つ心という者に触れ、戸惑い、今日を迎えた。
今の時間は未だ関係者のみの受付になっており、見ると慌ただしく何やら
荷物を両手に抱えたその現愛機たち―――DGGと呼ばれる二機が、会場に駆け込んでくる。
食欲を刺激する匂いが漂う辺り、今日のメニューだろうか。
「お早う御座います、ゼロ様」
「お早う御座いますっ」
「お早う、ダイゼ、アウセ。…厨房はこの廊下を突っ切って左奥の扉だ」
「的確な案内、有難う御座います」
「ふむ」
丁寧な礼をしたのがダイゼ、己の直接的な後輩に当たる、主の現愛機。
元気よく挨拶をしたのがアウセ、主の配偶者である、金髪碧眼の青年の愛機。
己の予想は当たっていたらしく、ダイゼは包みを抱えて二人分の受付をすませていく。
―――主が何やら祝い事を迎えるのは非常に喜ばしいが、結婚とは如何なるものでしょう?
主たちが結婚すると聞いて素直に祝いの言葉を述べたのはダイゼだが、
アウセ以上に顔に出ない分複雑な内面を持ち合わせているのも又、此の若き武神の特徴でもある。
元気で朗らかな騎士は、主がまさか取られるのではないかという、
実に簡単な嫉妬心に囚われていて、最初は随分と膨れていたものだが、
今となっては其れも主の幸せならばとキッパリ割り切って二人の結婚を受け入れ、今日という日を迎えた。
だが武神は違った。
騎士の様に寂しいと、言えれば其れで良かったものを、
変に我慢をしてしまった所為で少々内面的な齟齬を来した時があった。
―――我ら機械の身には、人に於ける結婚という繋がりが分からぬのです…そのままでは、駄目なのでしょうか?
真っ直ぐに澱みが無い、けれども妙に早く人間としての成長をしている武神にとって、
心は些か荷が重いのかも知れない。
何が違うのだと、問い掛け、悩み。
「…零式殿」
「ん?」
嘗ての様に、主が与えたゼロという名では無く、零式と呼び違えるのも、器用すぎる側面で。
口元に柔らかな笑みをたたえていても、堅さの抜けない瞳が、見た者に違和感を与えるのだとは気付いていない。
「本日はよろしくお願いします」
「ああ。…気楽に過ごす方が良いぞ、張りつめて倒れられてはアウセが心配する」
「はい」
「ダイゼー、先に行くぞー」
「ああ今行く! では」
多少からかってはみたものの、アウセの様な折り合いが付くのは今日が終わってからか、
もう少し後になるか―――人間で言えばまるで思春期の様な心情は、脆く強く、けれどしなやかさがあると思う。
出来ればどうか、その後者によって武神の心が育つ事を祈るばかり。
「ゼロー! 今日はおめでとー!」
「我ではなく、元主殿が、だ。間違えるなアルト…キョウスケ殿、お早う御座います」
「お早う」
そんな物思いに耽る暇無く賑やかな声で入ってきたのは―――。
「…七五三…」
「は!? ゼロ今何て!?」
幼さの抜けきらない容姿を持った少年と其の主。
輸送機の中で着替えてきたのか、既に正装で会場へ入ってきた二人は見れば確かに兄弟と呼べるも知れない。
其の主、元主の部下であるキョウスケの恋人である女性、エクセレン様は既に会場で、
等と説明をしている隙にアルトは自分たちの控え室を見つけて荷物を運んでいく。
其の主であるキョウスケ曰く、受付は二人いれば十分だろうからアルトは別に回そうとの事。
―――確かに身体を動かしていた方が性に合うかも知れない。
荷物を置いてきたアルトは主の腕を引き、こそりと囁く。
「式始まったら主役は忙しくなるんだから、親分さん来たらささっと会おうな〜」
「…そうだな」
物静かな外見に秘める内の情熱は計り知れない此の青年が、少しの間を置いて返事をした。
少し、普段と立場が逆転しているのは、他でもない主の様子が落ち着かないからで、
其の理由は未練とでも言い表せばいいのだろうか―――
人間でも機械でも恋情の想いはそう簡単に割り切れるようなものでは無いと分かっているが、
元主も何とも厄介な御仁だと思う。
好かれているのは実に微笑ましいが、まさかこういう形で、とは。
故に慣れない気遣いを此処であっけらかんと振る舞う愛機は少し成長したとも言える。
―――先程其の容姿を七五三と評したのは、悪かったかも知れぬ。
だが。
「アルト、そう言えば出発の時に言って居たズボンの裾はどうなって…」
「ああっ、兄貴其れは今言っちゃ駄目だろ!?」
ゼロが又俺の事馬鹿にするんだからと言い合う二人の会話を流しつつ、視線を下げてみると、本当に。
「だからゼロ見るなってばー!」
「……」
思わず、堪えきれぬ笑いがその場に木霊した。
そうして漸く柔らかな表情になった主を見て、愛機も安心した様子で笑う。
照れ笑いというか何というか。
笑みには笑みを。
―――今日はそう言う日だ。
「だーっいいかげんにして下さいよエルザム様ッ」
厨房はさながら火事現場に近い。あちこちでまな板と包丁が奏でる音、箸と皿の音、
フライパンが奏でる焼き加減が幾つも同時に聞こえてくる。
穏やかな口調で喋ったところで此処では何ら意味を成さない。
其れを分かっているからこそ主も元愛機も声を成る可くハッキリ発声させて会話、
もとい怒鳴り声を厨房に響かせる。
其の周りでは先程駆けつけてきた後輩二名がハラハラした様子で時折此方を見ながら作業を行っている。
集中力を奪う様な格好になってしまっている現在、一刻も早く其の原因には厨房を去って貰いたい―――
アンダーリムの眼鏡に手をやり、額に指当ててつつラーゼン――エルザムの元愛機――は
もう何度目かになる大きな溜息をついた。
―――おかしい、先程までは厨房は平和だった。
相談役であるギリアムによってきちんと予定数の予定通りのメニューが、仕入れは為されていたし、
受付も未だ始まっていないこの時間に来る、若しくは今会場にいるのは関係者だけなので、
関係各所に後輩たちが持ってきた朝食代わりのお弁当、つまり重箱を配って、
さて披露宴用の飾り付けや盛りつけや最後の仕上げをしようかと指示を飛ばしていた瞬間。
『ラーゼン、頼みがあるのだが―――…』
『我が君!?』
『エルザム様!?』
『今日の主役が何をしに来たんですかー!!』
厨房にひょっこり顔を出したのは、今日の主役中の主役である片割れの一人、つまり自分の元主である、
エルザム・V・ブランシュタインその人で、しかも未だ礼服にも着替えていないラフなスタイルは、
どう見ても明らかに。
『…エルザム様、端から俺達に任す気じゃなくて最後まで自分で面倒を見るつもりだったんでしょ?』
『………』
悪戯のばれた子どもじゃあるまいし急に視線を逸らすなんて、
嗚呼もうどうしてこの人は時々自分勝手というか融通が利かないというか頑固というか、
あの旦那もそりゃ苦労する筈だわ元俺の主なんだけど俺も今もの凄く苦労してるし―――
と言いたい事は心の内に収めるのが、主に仕える者の務めだ。
驚きを隠せないアウセやダイゼを余所にさっさと腕まくりをして
何処から取り出したエプロンを身につけて、素早く手を洗浄した厨房の主はてきぱきと指示を出す。
ダイゼには持ってきたものの確認を、アウセには一度会場を回ってきて貰い、
立食パーティの会場がどんな風に出来ているか、どの皿が適しているかを判断して貰う―――
所まで指示を出し、嘗ての愛機と視線が合う。
『…ラーゼン』
『はい?』
『我が友の、ゼンガーの様子を一度見に行ってくれないか?』
『其れは貴方の仕事でしょう、そもそも今日は手伝わないって』
『頼む』
あーあもう困った人ですね本当に!
確かに、本番までは未だ十分に時間がある。
厨房にかかっている時計は事前に確認をすませておいた、会場内と同じ時刻を刻むもの。
どれだけ料理に没頭していても、今日を誰よりも楽しみにしていた此の元主が、時を違える事など絶対にすまい。
投げかけられた、懇願の言葉から、恐らくは既に会場を一周してきた後位ではないのか、
きっとあの旦那様は暇を持て余しているに違いない―――安易に想像できる暇そうな様子を思い描き、
ラーゼンは思いっきり溜息をついてオーバーリアクションのまま、元主に告げる。
『分かりました、でも俺が此処へ帰ってきた時には必ず戻って貰いますからね! 控え室に! 旦那の所に!!』
『ああ、約束しよう』
『……』
―――嘘だ。
とは、今までの付き合いから学んだ主への直感的な閃きに過ぎない。
其れでも此処は一度退くしかないだろう。
疲れたといった様子で出て行くラーゼンの後ろで、青年は満面の微笑を浮かべていた。
―――然し、結局の所。
「取り敢えず一旦戻って下さいって!」
先程の依頼をきちんとこなし、恐らく何か少しの会話をこなしてきたであろう元愛機は
マシンガントークを止めない。
今日ばかりはお互いに意地と意地のぶつかり合いを避けられない事は安易に予想が付いていたものの、
主と愛機は似るものなのか、お互いに厨房で作業をしながら喧々囂々の言い合いをこなす。
『…あのー、旦那?』
『ラーゼン?』
『必ず、引きずってでも連れてきますから! ね、すみませんがもうちょっと待ってて下さい』
『いや、別に俺は…』
『大丈夫! 俺に任せておいて下さい!』
そう言って自分と入れ違いに入ってきた男、ウォーダンに話し相手を頼んではみたが、
其の彼に主役が何をしているのだと問われて全くですよねとしか応える事が出来なかった、
と言う悔しい事実は今の原動力になっている。
妙に広い控え室に一人、あの様子からして今日の詳細を剰り知らないあの旦那。
今一番傍に居て欲しい人物が、自分を放って置いて厨房に来ている此の現実。
―――鈍いとか強いとか言う問題ではなくて、やっぱり今日という日は、
二人にとって最上の日である様にしてあげたい、からこそ。
呆れ果て困った様子で説得しに来た元愛機に、
中華鍋を片手にした青年は殊更早口で調理のリズムと合わせて告げる。
愛機がマシンガンで連射可能ならば、此方は完全に機を待ち狙いを外さないライフルに近い。
「ならば君は私が妥協する人間だと思うのか?
ダイゼ其れは此方の皿に配膳を頼むそれからスープは成る可く最後に回して―――ラーゼン、会場の様子は?」
「ああもう取り敢えずまだまだ皆さん談笑中ですからねっ何せ主役が登場しません事には!」
「そうか其れは何より」
此である。
煙に巻かれる所では無い。
何よりじゃないだろうと心の中で突っ込んでおいて、妥協を偶には覚えた方が
良いんじゃないだろうかこの人の場合と先程から全く無駄に終わっている説得を繰り返す。
控え室で緊張した面持ちの男が一人――同居人が何とかギリギリまで待機してくれているが、
彼とて今日は今日の仕事があるのだから出て行くに違いない――ぽつんと座っている様子を見かねての話だ。
其れに約束した。
必ず連れて行くと。
「だから貴方の人生のパートナーが手持ち無沙汰で待ってるんですから
貴男も着替えて早く旦那を迎えに行って下さいよー!」
「分かっている」
「本当に分かってるんですか〜?」
何だかんだ言って手伝わされている自分は、非常に情け無いと思う半面、
嘗ての主の隣に頼りになる者として再び立つというのは、誠に嬉しい。
形は違えども斯うして主に又仕える事。
其れが何よりも、今日という日に於いて、我が最上の喜び。
とは言え其ればかりでも駄目だろう。
忙しい合間をぬってギリアムというもう一人の説得役に、厨房へ来て貰う様に頼んだ。
控え室から帰ってくる途中偶然捕まえた彼に、現状を説明して
頭を下げて何とか此の元主を説得してくれまいか、隙を作るだけでも良い、
其れで自分が引っ張っていくと交渉を試みた。
何が何でも。
引きずってでも。
―――愛しい人が、傍に居る事で。
「…カーマイン?」
「!」
流れていく時はより素晴らしいものになる。
Illustration by 鷹夜 譲
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