【しあわせになりましょう 番外編】 story by mimimi


 ―――賑やかですのね…どうして…?
「…今日は、お祝いの日だから」
 異界の印である紅玉を瞳に宿す少年と少女は、
 不思議と親である女王蜂が死んだ今でも其の能力を操る事が出来た。
 静寂を望む異界の主が無くなった以上は以前程ではないが、能力は多少なりとも存在する。
 滅んだかに思えた異界の少女は偶然命を長らえて、新しい道を歩み始めたばかり。
 今日ここへ来たのも、同じく異界の力を持つ少年――アインストとの幾度もの戦闘により、
 体内に因子を持つ事になったアルトの別人格――ナハトに惹かれての事だが、
 すんなりとお洒落をしてきている辺り、矢張り其れは男性体と女性体では、勘の良さが違うのか。
 ―――お祝い…?
「そう。…少し…変わった、お祝い」
 ―――貴方の説明は…よく…分かりませんの。
「仕方が無い」
 首を傾げて分からないと言う少女が、もし普通の身であれば―――人間であれば、
 気に入らないと態度を変えていたかも知れないが、其処は同族であり、
 尚かつ自身の神経を煩わせない存在であるからこそ、少しは穏やかに対応出来る。
 もとい、彼女の方が親主に近かった分、力は強いかも知れないのだから、
 今回ばかりは機嫌を損ねるとまずい事になる。

『…成る程、此は珍しい宴席だ』
『彼奴ら、何をやっているかと思えば…』
『…フッ…若いな…』

 月の些細な満ち欠けに合わせて開閉を繰り返す黄泉路の門は、
 本来死者と生者の世界を分ける為にあるもので、滅多なことでは開かない。
 だが、幾つかの条件と、強い想いがあると―――門では無い、新たな扉が開くのかも知れない。
「……」
 ―――誰、ですの…?
「さぁ…ね」
 夜の子は滅多に浮かべない穏やかな笑みを浮かべて、回答を誤魔化した。
 今日1日、アルトの中に居ても感じられた温かな人の感情。
 此の世は雑念や怨念ばかりの世界ではないと、そう信じさせるだけの時間をくれた。
 だから外へ出ようと決めたのだ、疲れて休んでいるアルトの精神と入れ替わりに実際の空気を吸う事で。
 何やら受付係の黒き守人と、其の相棒である早馬は気付いたようだが、
 わざわざ人前で夜の名前を呼ぶ程愚かではないだろう、一部の人間だけが知る、アルトとナハトの関係を。
 いつか明かすにしても、今では無い。
 ―――意地悪、ですのね…。
「…俺も…良くは知らないからな」
 ―――けれど…繋げたでしょう? 空間を…今と…あちらと…。
「………」
 其れには答えず、夜の子は静かに動き出した。
 会場内で、一際大きな鏡のある場所へ。
 とある人影たちが一番良く会場を見渡せるであろう、介在地点を求めて。

「レオナ待ってよ〜、あたしも今日はそっちへ泊まりに…」
「テスラ・ライヒ研に行くのではなかったの?」
「そのつもりだったんだけどさ、みんな居るんなら折角だし…」

 女さん三人集まればかしましいとは昔からの諺だが、
 二人だけでも十分に賑やかな会話が交わされ、場が華やかになるのが真理である。
 頃は昼の3時、披露宴も終わったから此から女の子同士で集まって
 お茶会に行くか行かないかの雑談が繰り広げられていた。
 其処へ最後に会場を出て、新郎新婦への挨拶もすませてきたガーシュタイン家の令嬢と、
 彼女を待ち構えていたリューネが合流した。
 今日会場へやってきた招待客の中には明日も休暇を取った者が何人か居るらしく、
 久々の集まりなのだからいっそ友人たちの所へ泊まってしまおうと何やら盛り上がっている。
 当然、女同士の集まりなので男性陣は待たされているが、そう簡単に女性陣のお喋りが終わるはずもなく
 ―――宿泊の話から自然と皆が渡された引き出物の話へと移った。
 新婦が誇る料理の腕は自他共に認める超一流で、しかも洋菓子から民族料理までジャンルを問わない。
 今回の披露宴で出された料理も、様々なバリエーションと立食形式に相応しいあっさりとした味に、
 思わず多忙だったであろう新婦の手腕に皆感嘆した程。
 主役が一体何をして居るんだと笑いの種にもなったが、
 然し其の腕は衰えるところを知らないなどと、数多くの女性たちにとって羨望の的である。
 さてそんな新郎新婦が渡す引き出物と言えば何かと、話題が当日までひっきりなしに続いた。
 新郎の趣味か果たして新婦の趣味か、其れともあの二人の奇抜さに合わせた何かかも知れないと
 憶測に憶測が重ねられ、今日の朝、式が始まるまで皆の予想は続けられた。
 ―――が、完全に中身を言い当てた者は結局居らず、大まかな予想の範囲で的中と言うことに。

「レオナもさ、楽しみじゃない!? だってあのレーツェルさんのクッキーとバウムクーヘンだよ〜!」
「ええ、勿論」

 甘いものには目のないメンバーが大いに盛り上がった引き出物の中身、
 其れは―――木の年輪に見立てて、夫婦の仲が続くようにと縁を担いだバウムクーヘンに、
 黒ごまで作られた“トロンベ”型のクッキーと、
 単身と長針の中央に此また“トロンベ”が小さくくっついた壁時計。
 クッキーはデフォルメされた小さな馬の形をしており、色もきちんと黒い。
 ミルククッキーも一緒に入ってはいたものの、恐らく新婦にしてみればメインは一目瞭然。
 一方のバウムクーヘンも真っ黒ではなくともチョコレートコーティングされたものだったので、
 きちんと冷蔵ラッピングも施されていた。
 小さな袋に包まれた其れらの菓子は、けれど出席者一人一人に渡すことを考えれば
 莫大な量ではないかと簡単に想像出来、多忙な中でも気配りを忘れない、
 彼自身の細やかさに思わず溜息しか出なくなる。
 ―――何でも出来るように見えて料理が大の苦手である、レオナに話題が向くと、次は彼氏との仲になり。
 彼氏じゃないわよと真っ赤になって言い返すのを皆が揃ってからかい始める。

「もう認めてあげたら〜?」
「だ、誰が…!」
 
 こうなると意地を張り出すのが彼女の癖で、周りも其れを分かっているからこそ、
 いつまでも煮え切らないのは駄目よとか何とか畳み掛けるように会話を盛り上げる。
 喧々囂々とまではいかなくとも、男性が不思議がる女性の話の流れはそうそう途切れるはずもなく、
 会場を後にする彼女たちの口論は続く。

『女性が多いですなぁ…私の頃はまだまだでしたから実に羨ましい』
『だが女性を戦陣に立たせるのは我らの業かも知れぬ』
『…強くあるものだ、女性とは』

 去っていく“娘”と“親族”の後ろ姿を眺めつつ、その場に居る、或る男性の言葉を継ぐ形で、
 三者三様の感慨深さが―――鏡の中に木霊した。
 其の様子は恐らくナハトと、少女――アルフィミィ――しか感じられないだろう。
 他でもない、彼らの世界と此の会場を繋げたのは此の二人であり、
 彼らとは既に此の世にあらざる者、即ち死者である。
「どちらにしても…賑やかです…」
 ―――血が…繋がっているからこそ…絆が、あるからこそ、ですの。
 ことこういう年齢の男性というものは娘に関する話題になると
 途端に元気になることを失念していた夜の子にとっては、
 女性陣のあの会話も、鏡の向こうで交わされる会話も剰り大差がない。
 まさかとは思うがそのまま酒宴でも始められた日には元へ戻す自信が無い。
 だが少女は隣で微笑んでいる―――人の縁とは奇なもので、
 此処に彼らが斯うして存在出来るのは、恐らく人の想いであり、又、彼女たちとの血縁が原因だろう。
 どれ程戦い続けても其れを勝るものが存在するのだと教えてくれた、あの二人の言葉が、今は良く分かる。
 勝利でもなく、敗北でもなく、命を繋ぐ者達。
 ―――楽しそう…。
「うー…」

『エルザム達はどんな格好をしたのでしょう、其れがとても気になりますな』
『…ゼンガー、あの青年も此処に居るのだろう…一目見ておきたいものだ』
『彼らの幸せを心から祈るばかりでは、未だ足りぬ…と?』
『そうです! 折角の機会ですから!』
『ふむ…』
『ふふ、一理あるな』

「…!?」
 ―――あらあら?
 待て、何を勝手に動こうとしているのかと問うよりも先に彼らは動き出てしまった。
 全く以て天才の考えることは分からないし、其れを抑えてくれる者が居ない為、すっかり暴走している。
 かと言って此の会場の誰にも迷惑をかけることもないのだし、放って置いても良いのだが。
「…もう、無理…!」
 ―――私に、バトンタッチですの…? こんな時に…。
 太陽が地上に出ている間剰り長く外にいたことがなかった此の精神も限界に来たようで、
 夜の子はすかさずアルト叩き起こして入れ替わる。
 結局残されたアルフィミィが彼らを又おくらねばならないと言うことになるが、そう上手くいくかどうか。
 どちらにせよ、今日は晴れの日だ、目出度い日だというのであれば、もう少しの我が儘も良いのではないか。
 ―――おめでとう、ですのね。

 彼ら三人の心の中に溢れる気持ちを、言葉にすると、確かに彼らと同じ気持ちになる。
 少女は笑って、其の言葉を繰り返した。

Illustration by 鷹夜 譲