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【しあわせになりましょう】 story by mimimi
残り三ヶ月もない、カウントダウン。
結婚の約束を取り付けたは良いものの、式までするとなると此は大騒動だ。
―――改めて自分の無茶を思い知らされる一方、意地の様に此だけは貫き通したいという想いもあり。
好きにすればいいと呆れた顔で認めてくれた大切な人の為にも。
その日は世界で一番の幸せ者。
普通でないからこそ普通の幸せを求めて。
ただ、嬉しくて。
然し式場の手配や準備、仲人から全てが、規格外での取り扱いの自分たち二人には想像を絶する。
事は急ピッチに、けれども確実に進めなければならない。
自分たち二人だけでは到底不可能だ―――ならばと思いついた顔は、
果たして幸運と呼ぶべきか不幸と呼ぶべきか。恐らく、向こうにしてみれば青天の霹靂と言ったところ。
次元の向こうで跳んだ時、まさか自身の未来がこうなるとは考えられまい。
『………』
『………』
情報部にいる同僚へ、極秘通信を使っての実にプライベートな相談事。
後にも先にもこんな事は起こりえない―――それ程までに丸い瞳をした同僚と、
金髪の青年の真剣な瞳がモニタを介してぶつかり合い、
隣で事態を見守る男の祈る様な胸中も含めてたっぷり1分。
溜息と共に吐き出された言葉は肯定。
お前たち二人には敵わないなと苦笑する彼が、次に紡いだのは祝いの言葉。
『おめでとう』
『…!』
其の瞬間、モニタでは見えない男の顔だけではなく、モニタを挟んだ青年の顔まで真っ赤になった。
男は兎も角としても、青年がこうまで相好を崩すのも珍しいと実に新鮮な体験だと思いつつ、
同僚は又詳細な連絡を交わす約束をして通信を切った。
―――例え生物としての理を外れても、祝福を望む心に違いはない。
そして、祝福される権利も又、持ち合わせているのだから、卑屈になることもない。
ただ思ったよりも初々しい二人の反応には、つい。
思い出し笑いが止まらずにいる。
招待状を出すに辺り、二人で頭を付き合わせて非常に悩んだ。
出すのか、出さないのか。
『…二人きり、が良かったかな?』
『……』
否、と小さく呟いた男の肩に手を置いて。
甘える様な仕草で腕を回す。
『…お前が……』
左手の薬指に輝く指輪はあの聖なる夜の想い出。
二人きりの。
だからこそ今回も二人きりの方が良かったかも知れない―――冗談と思われても仕方の無い事だから、此は。
誓いをたてるのも、口付けあうのも自分たち二人がいれば事足りる。
誰が、何が、二人の未来や仲を保証せずとも良い。
―――想い一つで、世界を変える。
『…お前こそ、どうなのだ?』
『私は君の意見に従うさ』
『―――狡い、事を…』
低く呟かれた言葉は明らかに拗ねた感情を秘めていた。
お前からそんな疑問を振っておいて、結局俺に戻すなどと。
結婚式とは本来は新郎新婦の為のものである半面、親族や友人たちに二人のことを知らせる役割をも持つ。
故に散々からかわれた事はあるが然し改めて正式に結婚式をすると言えば態度は恐らく変わってくる
―――少なくとも、唯一神を持つ教徒たちは此を承知しまい。
其処まで敬虔な信者は友人たちの中には居ないだろうが、此が冗談ではなく本気と言えばどうなるか。
ただそうであるという事実と、事実を明らかにして報告するのは又次元の違う話だ。
生物としての理を外れて、未来を歩もうとしている自分たち二人は、では一体誰に祝福されるのだろう。
『…出すしかあるまい』
大きく溜息をついてそう言った親友の顔は自分とは違い、
細々した悩みなどは出てきてから悩めばいいと、言外にそう告げているような表情をしていた。
其の横顔を眺めていると、不意に此方を向いて。
『…俺は、別に……』
『ゼンガー?』
耳まで真っ赤にしながらその後何を言おうとしたのか。
真っ直ぐな瞳は、断たれる事の無い愛を紡ぐ。
招待状は誰の手からともなく届き。
二人を知る人は皆驚きと、そして少しばかりの可笑しさを笑みに変えて。
興味半分、驚き半分の祝いを。
知るからこその出席を。
様々に贈られてくる言葉で、祝いの道が作られていく。
二人へ続く神聖なる寿ぎ。
日本と呼ばれる国の古都、京都。
山奥の寺、日本の墓が建ち並ぶ中に、一際大きな面積を持った洋風の墓石が一つ。
Cattleya Fujiwara Bransteinnと刻まれた其れは、あの忌まわしい日付で時間を止めている。
つい最近まで、きっと自分の中の時間をも止めていた。
跪いて供えた白百合の女王は、穏やかな時間の中で、首を傾げる少女の様に揺れて。
「…カトライア、君なら何と言う…?」
―――今の自分を。
此の二人を。
初めて出逢った時から変わらない彼女の印象は、今でも鮮明に思い出せる。
何処か少女の様にあどけなく笑い、お茶目で料理が上手で、
自分以外の人間を近寄らせもしなかったトロンベが唯一彼女の手から餌を食べ、
けれどしっかりとブランシュタインの名を背負うことの出来た強き女性。
不幸だったと片付けられはしない、引き金の感触。
耳に残り、脳裡で命じ続ける彼女の声。
『私を、愛しているのなら』
恨み言さえ許さないまま、彼女の亡骸は宇宙の闇へ消えた。
空の棺は重く、冷たく―――まるで宇宙の如く。
「………」
無言で彼女の墓石の前に立ち続け、魘されている過去を断ち切る。
因縁も何もかも、あの大地の揺り籠で終わらせた様に思えても、やはり此の心は此処へ来ると思い出す。
恐らく其れはきっと。
「ライディース…」
誰にするかと悩んで、一番最初に浮かび、一番最後まで残った候補者の名前。
間に立つ人―――愛する親友との仲を証明してくれる者。
親しき人か仲間か同僚か。
それとも、と。
己の不甲斐なさを罵り憤り、だが少しでも歩み寄る宣言をしたのは弟の方だ。
―――赦されざる罪を犯した自分を、受け入れる。
地球に反旗を翻したDC戦争から次元の交錯する空間まで行き渡った、今までの戦争の中で僅かであっても。
弟と自身の関係は変化してきた。
其処に急激な変化は無い、だが嘗ての様に零の可能性では無い。
許す、許さないの関係から、受け入れる、近付く関係へ―――恐らく変わり始めている。
ならばと期待する半面、矢張りと諦めたくなる想いもある。
「……」
頼むべきか、頼まざるべきか。
何かあったら直ぐに、つい彼女の墓の前まで来てしまう自身が情け無いと思った。
似て非なる容姿は向かい合えば鏡のようだ。
青鈍色をした瞳と、其れより少し薄い銀の色をした瞳。
癖の強い髪も声も何もかも同じでいて、違うのは唯一つ。
薄銀の瞳をした男の左目には大きく引き攣れた傷がある―――あの、
最期にして最後の戦場で付いた傷であろう事は確かだけれども、其れは結局確かめられずにそのままだ。
紫銀色をした瞳は一つしか輝きを持たず、けれど己に似て真っ直ぐで、己に似ず柔軟に攻めてくる。
思ったよりも幼い一方で、考えているよりも成長は早い。
最近は何やら人の身を得た愛機たちと仲良く、何処か兄弟分の様に接していた。
―――影鏡に生み出された機械の映し身。
嘗ての敵で、命を遣り取りした仲の二人が今は。
「……」
「……」
カードの表が明らかになる瞬間、二人が挟む空間にはしるのは戦場にも似た緊迫。
ごくりと息を呑む音さえ聞こえそうな程静かに。
然し素早くカードはめくられる。
一つめくった後、二枚目は今までの記憶を頼りに同じものを探す。
13枚4組のトランプで数字のセットは2組ずつ。
似た相貌の睨めっこは無言で続き。
偶然相手が探していたものを自分自身が引き当ててしまった時は運の無さを嘆くしかない。
『…結婚式の、手伝い?』
『ああ。お前に頼みたいのだが…』
―――無神経にも程がある…!!
そう、低く唸られ、思わず振り返った先には何とも言えぬ表情をした男。
吐き捨てた様な侮蔑の言葉は、愛機たちよりも長く人の生活を続け、心を持つ者だからこそ。
きっと祝福してくれるだろうと考えていた己は何処までも甘ちゃんだったと言うことだ―――
隻眼の男は、トランプの神経衰弱で勝負をしようと、突然切り出してきた。
『…何…?』
『今更お前たちの結婚に反対なぞせん。…だが、俺にも俺の意地がある…』
きつめに放り投げられたトランプの束と、決して此処で退かぬ事を暗に仄めかす瞳。
対峙し合う中、思い出す。
一体何度此の男と斯うして真面目に向き合っただろうか。
冗談では無いという言葉を、何度聞き流したか。
応えられないと、既に心に決めた者が居ると言っても、強引に己を求めてくる相手に。
―――己はきちんと本当に、応えていただろうか?
『逃げるな、ゼンガー』
俺を見ろ…!
まるで初めて出逢った頃のような言葉。
嘗て敵であった者を生かしていること、自らの懐へ置くこと、お人好しにも程がある、と。
お前はどうしたいのかと、問われ。
『………』
しっかりと向き合い。
一勝一敗一引き分けと来た、最後の一戦。
賭けるは己の誇りと、そして。
「……」
「……」
―――希う、どうか祝福を。
互いに。
「此は…ラーゼンか」
「此方はエクセレン、だな…」
式の招待状と共に送ったメッセージカードは早くもしっかりとした束になって二人の元へ届く。
残念ながら都合の付かない者も多く、思ったよりもこぢんまりした式になることは間違い無いのだが、
出席出来ない代わりにと送られてくるカードは多い。
式当日はきっと忙しくて見ることが出来ないだろうと、夕食後に二人で眺めることが最近の日常だが―――
届くメッセージを眺めては、金髪の青年は不思議な気分に陥り、男の肩に自らの頭を乗せた。
其れに思うところがあるのか、男は口を噤む。
―――幸せなど、疾うに諦めたものを。
そう。
諦めた筈だった。
彼女を殺した男が、何故幸せになるのかと。
『…私を、嗤うか?』
『………』
弟が非番の日を見計らって尋ねた軍施設。
行方不明扱い、地球圏に未曾有の戦争を引き起こした謀反人、お尋ね者であることに変わりはない為、
本当にひっそりとこっそりと、会いに行った。
最初は、声をかけることさえ躊躇っていたが、此処まで来たからにはと一念発起、話を切り出した。
『…本気なのか?』
『…勿論』
漸く此処でまともな反論を喰らったと思う。
異性同士なら兎も角同性同士、尚かつ戦争犯罪人の身の上。
幾ら隠れた形で身内程度のパーティだ式だと言っても、新郎新婦は単なる新郎新婦ではない。
―――罪を犯した者は、罰を受け続けなければならない。
因果だと、宿業だと、血の一族が為せる運命だと父は嘆息し。
自身も又、同じ道を辿るのだと分かっていたのに。
『……』
弟は眉を顰めた。
幾度と無く見てきた顔が、だがこの時ばかりは少し違っているように思えた。
奔放な兄に呆れる顔でもなく、義姉を殺した男の顔を見つめる怨嗟の瞳でも無い。
―――葛藤…?
思わず閃いた結論だったが、直ぐに其れはないと打ち消した。
そも、何に葛藤するというのだ。
認められはすまい。
弟は―――。
「―――ム…おい、エルザム!」
「…? あ、ああ…」
「風邪を引くぞ…疲れているのだろう」
「…ん…すまんな」
親友が風呂へ行った後にベッドの支度をしたのは覚えている。
新しく選択したばかりのシーツをはったベッドに、つい年甲斐もなくダイブを試みた結果、
我ながらふかふかのシーツが恋しかったのか、
其れとも親友の言う通りに疲れていたのか―――意識が見事に途切れていた。
親友曰く、リビングに自身の姿が見えないのでおかしいなと思って、
念のために寝室まで足を運べば、其処ですやすやと眠るお前の姿を見つけたのだと。
「………」
「我が友よ、言いたいことがあるなら言い給え」
時折此方を見てくる親友の瞳は諺通りに、目は口程にものを言う。
小さな咳払いを一つ、青年の言葉に男は渋々と言った様子で口を開く。
とんとんと指で顔を示しながら。
「……しわ」
「は…?」
「寝皺だ、顔に―――」
「…!」
瞬間余りの恥ずかしさが顔と言わず耳まで支配し、青年はその場で鏡を見る愚を犯さずに部屋を出て行く。
―――洗面所と風呂場で、健気な程に顔面マッサージをしていた青年が居たなどとは、極秘事項だ。
『……では』
沈黙に耐えられなかったのは自分の方だ。
あの大地の揺り籠で仇を共に討った事が、多少なりとも二人の距離を縮めたように思えたものの、
結局まだまだ兄弟の確執は依然として続いており、
数年の時を経た溝はそう簡単に埋まるものではないという実感だけを得て、立ち去ろうとした瞬間。
そう、弟の無言は、今回についての否定に違いないと僅かばかりの寂寞感を抱え、帰路につこうとした瞬間。
『…一度だけの、祝福ならば』
『…!!』
―――捻り出したような弟の低い声に、思わず慌てて振り返り目を見開く。
既に弟は黙って背を向け、歩き出している。
全く此方を見ようともしないのは、幼い頃の別れに似ている。
自身が家を出て兵学校へ入ると言った時の、強がり。
そんな風に思っていては、又怒られるだろうか―――青年は小さく、はにかんだ。
「…ダイゼ〜…」
「気の抜けた声を出すな、しゃっきとしろ」
何やら引き出物とやらを選びに行ってくると出て行った主たちの留守番を務めるのは愛機であるDGGの二人。
蒼き鬼神であるダイゼは晩餐の為にひたすらじゃがいもの皮むき中で、
だがどう考えても其の量は青年が指示していた量より多く、其処に本人が気付いていない、
更に言えば親友である疾風の騎士も突っ込まない辺り、今夜のメニューが変更されそうである。
「何なのだ、一体」
「決まっているだろう! 我が君の“けっこん”についてだ!」
「…又その話か」
意気込む騎士の姿には悪いが、ダイゼにとってその話題は少し今は距離を置きたいものである。
本音を言えば此の複雑な心境をどうして良いか分からない以上、主とも距離を置きたいとさえ
――こんな事は此の身体になってから初めてのことで、戸惑うしかないのだが――思ったこともある。
故に今までは騎士の相談にも乗ってやれなかった、
話をじっくり聞いてやれなかった不実さも手伝って、ひとまず見切りを付けたじゃがいもを置き、向き直る。
「ダイゼはどう思っているのだ?」
「…喜ばしい事、だろう」
「……本当に?」
「ああ」
普段はまるで我が主のように天然という性格に近い親友は、こんな時ばかり妙に勘が鋭い。
瞬き程の間を置いて返事をした事で、動揺が伝わってしまっている。
―――我には、正直…分からぬ。
いっそ式当日までは人の身を得ずに完全機械化へ移行し、
総メンテナンスの名の下に格納庫へと戻ってしまおうかとも考えた。
ところが其れは親友も考えていたらしく、
私は格納庫へ戻った方が良いのだろうかと延々悩みを打ち明けられては、ダイゼとて返す言葉が減っていく。
「…我が君…」
「……」
初めて“けっこん”と言う言葉を主の口から聞いた時、二人は別々に行動していた。
其れは恐らく主たちの判断であろう―――少なくとも偶然ではない。
我ら二人に、同時に事を伝えるのではなく、一人一人にきちんと知らせて伝えたいと考えた故の―――
然し主たちには申し訳ないが、逆効果ではないかとも、今となっては思ってしまう。
『我が君…』
『我が主…』
告げられたのは大まかな“けっこん”の概念。
人の身を、そして心を得たばかりの自分たちにも分かるように教えてくれた其れは、
けれど、矢張り未だ理解するには多くの時間が必要だった。
アウセに青年が告げたのは“愛する者と生きる覚悟を決める式、いわば互いに為す永遠の契約”で、
ダイゼに男が告げたのは“此まで通りの、そして以上の絆を死ぬまで保つ誓いの儀式”である。
その後延々と主たちによって解説や噛み砕いた説明が為されたのだが―――
二人にしてみれば先ず“けっこん”とやらが寝耳に水の話なのでどう対応して良いのか反応に困った。
尚かつ、二人が猜疑の念に抱かれてしまったのは一点。
『何故、…どうして、我が君は私に相談して下さらなかったのだろう……』
『……我らには、難しいと判断されたのだ』
『だが、このように…きちんと説明して下されば私たちとて…!』
『………。二人の、ご判断だ』
『……!!』
―――少なくとも、ダイゼが考える限りでは、
二人の主たちが今まで自分たちに何か相談事を持ちかけたことは無い。
小さな事――今晩のメニューをどうする可だとか、部屋のインテリアだとか――ならば幾らでも尋ねられたし、
自分たちも答える事が出来た。
だが、今回の場合は。
『まるで…』
『アウセ…!』
『だが、だが…っ』
どんなに心に想っていても、考えていても、口にしてはいけない言葉があると、少しずつ知った。
一つは人を傷付けてしまうような悪い言葉。
もう一つは、己が心を暴くような、白日の下に晒してしまうような言葉―――そう、アウセが今口にした、言葉。
『私たちは蚊帳の外ではないか…!?』
『…ッ!』
騎士も分かっているのだ。
此の言葉の意味を、此の言葉を口にする事がどんなに恐ろしい事かを。
―――主への疑心は、信頼を崩壊させる。
誰よりも何よりも其れが身に沁みて分かっているからこそ、主に対して自分たちは従う。
如何に愚直と呼ばれようとも、其れが自らの存在に於ける不文律。
破ってはならない、タブー。
『アウセ、何を言っているのか分かっているのか…!!』
『…だがダイゼ、私は間違っていないだろう…!?』
きっと己よりも温厚で、優しい騎士の激情は、留まるところを知らなかった。
溢れ出してくる感情のままに言葉を飛ばし続け、ダイゼの肩を揺さぶる。
縋り付くような、突き放されたような。
其の禁忌を犯していると分かっていても、膝の震えが止まらなくても、
自らの存在を揺らがしてでも、今問わねばならないのだ、互いに、互いの心に。
何故、どうしてと。
『言って…一言でも、たった其れだけで―――!』
『…ならぬ…我らは主に仕える身であって―――…』
『あの方は、我が君は私を“家族”と呼んで下さった!』
『!!』
―――言って欲しかったのだと、素直に寂しさを認められぬは何故。
頑なに、主であり従である己を強いるのは何故。
どうして、此の目の前の親友のように、感情が出せぬのか。
愛しい者とは又違うが、其れでも“家族”は同じ位大切な存在なのだと、主は言う。
どちらがと比べるのではなく。
かけがえの無い、と言う言葉通りに。
共に居る事で、幸福を分かち合える存在だと。
『私は…悔しいのだ、ダイゼ……』
『……―――も…』
『もし、お前の言うように、私たちが臣下たる存在であれば…認められる臣下であるならば、
主の重大事項に…少したりとも、関われなかった事は……哀しい事ではないのか…?』
『…我、も……』
『! ダイゼ…―――』
後で二人、顔を付き合わせて話し合えば、
その時――主たちから“けっこん”を打ち明けられた時――直ぐに、
普段ならば口に出来るはずの祝いの言葉は出てこなかったのだ。
ただ躊躇い、戸惑い、口籠もる事で、自分たちの心を押し隠そうとした。
恐らく、賢明なる騎士の主には伝わって居るであろう―――我が主にも。
決して主の私事に立ち入るまいと心掛ける心情が、此処では裏目に出ている。
―――僅少の、異なり。
騎士が抱える寂しさは、自らの命よりも何よりも大事な主が、
自らの知らないところで判断を下したという事実、主に近しい者として抱えていた自らの信頼が揺らぎ、
突き放されたのだと孤独を感じ、急に主との距離が遠くなってしまったのだと言うに近い。
だが、己は、何処か違う。
主には主の生活があって、考えがあって、やり方や方法がある。
我は其れに従うのみ、但し主の命が危険に晒される場合を除く―――其れが、今までの信条であって、
己が己の内に掲げる至上命令であった。
其れを言葉にした事は一度たりとしてないし、現すものでもないと考えていた。
行動規範として、己が覚えておくだけでよいのだと。
其の規範に、齟齬が生まれている。
自ら定めた筈の其の規範によって、線引きをし、寂しさなど排除したはずの感情が、揺れている。
酷く、落ち着かない。
『……我は…我が主に、従う…』
『ダイゼ! お前は本当に其れで良いのか…!』
『…決めたのだ…立ち、入らぬと』
『……お前…』
どうして、寂しい?
自らは気付かずに震えているダイゼの手を、アウセは握りしめた。
人であるが故か―――機械の身であった頃には到底感じられなかった此は、心。
何が変わる訳でもない。
だが、それでも二人は共に歩む覚悟を形にし、そして。
―――告げた。
疾うに分かっていた筈の約定は、己の心を縛り付けているのだ。
アウセの様に、せめて一言だけでも何か、前以て言ってくれていたならば、
混乱する事もなかったのにと喚く事を許さない。
己に科した戒めを、破る事が出来ない。
初めから距離を置いたのは他ならぬ己であったというのに、今更、其の距離に淋しさを感じるなどと。
許せないのだ、決して。
『頑固者め…』
『……そうだな』
何やら胸の辺りで繰り返し叩かれている拳は、親友の者らしい。
幾度と無く、馬鹿だ阿呆だと小さく罵りながらも、其の力は弱い親友の拳。
主に似て不器用だからなと、ダイゼは呟いた。
「…私はだな〜…」
あれから何度と無く交わした議論に終わりは来ないだろうと思う。
―――議論と言っても、己がひたすら騎士の愚痴という愚痴を聞くだけなのだが。
其れでも気が晴れるのか、随分と大人しくなった。
尤も、あんな風に感情をぶつけ合うのは主の居ない時やところであって、
主の前では何も無かったように普段通りに振る舞う事を、自分たちは常に心掛けている。
“けっこん”を告げてくれた時に、自分たちが何も言えなかった事。
其れが、矢張り主たちにとっては気掛かりになったであろう事は、想像に難くないからだ。
「今は、過ごすのみだ…アウセ」
「む〜…」
余計な心配は、これ以上かけまい。
あの後主たちが帰ってくるまでに激昂を抑えたアウセは、相も変わらずドジを披露してしまったし、
己とて主に変わらず接した、つもりだが―――果たしてどう見えているのやら。
背中に凭れかかってくる親友に、凭れたくなるのは此方も同じ。
先輩格である黒髪の守人に此の気持ちを何というのか尋ねてみようとしたが、
守人も何やら忙しいらしく連絡を取ってみても暫くは時間の都合が…すまないが又此方から返すという
謝罪が帰ってくるだけだ。
もしかするとあの守人でさえも、矢張りこんな複雑な胸中を抱えているのだろうか。
其れとも、疾うに此の、結婚式の何かを知っていて、手伝っているからこそ忙しいのだろうか。
「…ラーゼン様はどう思っているのだろう…」
「……」
流石兄弟機というか、戦場の相棒と言うべきか。
発想が全く同じだった。
『そうか…おめでとさん』
とうとう来るべき日が来たというか、何処か想像していたはずだけれども
意外と迎えてみれば不思議にショックがあるというか。
隻眼の男が突然――ソファでうとうとと微睡んでいた――自分の隣に座り、告げた一言。
あの二人が、“結婚”するという話。
何の考えも無しに口からこぼれ落ちた言葉は、本心か否か。
もう、分からない。
―――北欧神話、巨人族の名が付いた機体、スレードゲルミル…通称、スレイ、スレード。
『いや、俺ではないが』
『ああ、それもそうだよな』
人の身体を得る時に、彼は一体何を見てきたのか。
どの機体よりも柔軟な姿勢と性格、行動を見せ、まるで最初からそうであったかのような振る舞いが出来た。
気付けば輪に交わろうとせず一歩退いてDGGの二人を眺め。
かと思えば子どものような悪戯を考えて実行していたり。
己が愛機であったと言われたけれども、他の二機のような間柄ではないと感じる。
何処か、微妙な。
『式の日取りとかもう決まったのかね〜?』
『6月の…吉日大安だとか』
『ふむふむ』
カレンダーをめくりながら、揺り籠の門番は日付を確認しようと思ったが、
此には大安だの仏滅など書いていない。
そも、主たちは本来東洋圏の人間ではないのだ―――マスターの内一人、
剣術の師匠を持つ男の容姿は西洋人だが、学んだ武道が武道だっただけに、妙に東洋的だ。
―――祝福を。
もう二度と、哀しい終わりでは無く、二人が共に在る未来を。
混ざり合った記憶の片隅に、蘇る過去という名の未来。
秘めた想いは墓の下まで持って行く―――そんな古風で悲劇的な恋をした二人の話。
『スレード』
『んー?』
『俺は…諦めたくないのだが』
『いいんじゃねぇの? 別に…其れで』
二人の内のもう一人、其のマスターに向き直り、挑戦的な瞳を隠さずに指を突き付ける。
守るべき者を得た剣は、けれど其の牙を押し隠した訳ではなく。
戯れに過ぎぬ言葉遊びを、もう一人の主に問い掛けてみたところで返ってくる事はないと分かっていても。
『未来は其れこそ無限大だからな。何が起きても不思議じゃない』
―――そう、諦めさえしなければ。
終わりは始まり、始まりは終わり。
そんな言葉遊びを楽しむ暇すら、きっと人の人生には無い。
だからこそ精一杯に、諦める事を忘れて、生きるべきだろう。
『…ふむ』
分かったのか分かっていないのか、実にハッキリしない返答だけが、男の口から漏れた。
そして結婚式当日までもう数日しか残っていない今日。
「自由にすればいいだろ〜、わっざわざ俺に言う必要なんて全くないんだからな」
そもそも巻き込むんじゃないとか何とか言って居る愛機は、けれど何だかんだ言って付き合いが良い。
今も斯うして黙々と作業を続ける己を、下手くそと罵りながら手伝う。
「ごーいんぐまいうぇい! があんたの信条じゃないのかよ、そーもーそーも!」
「…そうだな」
隻眼の男からの返事は、心此処に在らず―――気のない返事。
自分自身がどんなに受け入れたつもりになっていても、実際の心の動きは其れとは異なっていて、
どうして、と問う事さえ無駄なのかいやそうではないと自問自答をひたすら繰り返す。
諦めるなと何度も呟き、自信を付ける。
その、涙ぐましい努力はいつか実るのだろうか。
変わっていくと感じるのは何も当事者の二人だけではなく。
変わらないものなど何も無いと、刻まれたこの記憶でさえ。
―――未来に対しては何の確証も持てない。
「マスター」
「…ん?」
「花、選ぼうぜ」
「…ああ」
流れ行く時に残酷性があるなどと、もう口にはすまい。
傍に居るだけしか出来ないのなら―――傍に居る。
大切な、主と共に。
「義姉さん、此で…良かったでしょうか」
軍服を身に纏っていないのは、今日が非番だからだ―――自身が供えたものでは無い百合の女王が飾られた墓。
京都の山奥に哀しい位広く取られた其のスペースは嫌味とも償いとも取れる難しい空間。
其処を訪れて初めて、結局兄弟というのは何処まで行っても似る者なのだろうかと考える。
何度訪れたか分からない其処は、けれど訪れる度に毎度違う心境を連れてきて。
日本式に手を合わせようと水桶を置くより早く目に入る其れ。
ふと先に供えられた白百合の花束の下に、石で重しがされた封筒がある。
差出人の名前は書いていないが、宛名は墓の主。
そして封筒の裏に小さく、達筆な文字で。
『―――恥知らずとも冷酷な夫だとも如何様にでも笑ってくれて良い、ただ…許されるならばどうか君に報告を』
其の後に何かを続けようとして続けられなかった言葉は、彼女に何を伝えようとしたのだろう。
兄の選んだ道を受け入れた自分も、恐らくは怒られるか。
いつか、彼女の下へ行った時には。
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