――――今、気付いた。
 オレが彼女のことが好きだったことも。彼女もオレに好意を寄せていたコトも。オレがそれに気付いていたというコトも。全部。今、気付いた。
 気付くのは簡単だったんだ。簡単だった筈なんだ。
 結局、気付けなかったオレがいうコトじゃ、無いんだろうけど。
 気付くのは、簡単だったんだ。
 でも、きっと。
 気付きたく、無かったんだ。

 僅か一歩。
 いや、半歩でも構わない。
 オレが。そして、彼女が。
 僅かなその距離を踏み出していれば、きっとオレ達はもっと、もっと。
 後悔は、残る。だけど、今のは、嘘だ。

 知っていた筈なんだ。
 オレはいつも彼女を目で追っていた。彼女とは、よく目が合った。だけど、それはただの自惚れだと、ただの偶然だと、自分に言い聞かせてきた。
 だけど、ソレは違った。違った、のに。

 僅か一歩。
 いや、半歩だったのだろうか。
 彼女は、いつも距離を詰めようとしていた。そう、心の距離を。
 さっき考えたのは、自分への言い訳。
 さっき思ったのは、自分への言い訳。
 気付くべきだったんだ。これじゃ、ただのバカじゃないか。

 分かっていた筈なんだ。
 オレはいつからか彼女に惹かれていた。彼女とは、それなりに話した。異性との会話時間という物を計算するなら、家族を含めても、きっと、一番長い。
 分かっていたんだ。オレが、彼女を好きだったコトぐらい。
 きっと、分かっていたんだ。彼女も、オレが好きだってコトぐらい。

 だけど、オレは気付かなかった。
 だけど、オレは知らなかった。
 だけど、オレは分からなかった。
 ――――それは、全部、言い訳。

 オレは、きっと、気付きたくなかった。
 オレは、きっと、知りたくなかった。
 オレは、きっと、分かりたくなかった。
 ――――そう、だから彼女は。
 一歩踏み出そうとしていた。いや、現に一歩踏み出したのだろう。オレの中に。そして、後悔と懺悔の言葉だけが心に残る。罵ってくれれば、楽。蔑んでくれれば、楽。
 なのに、彼女の親友も。両親も。姉も。弟も。みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな、みんな――――――――――――――――――――オレを優しい目で見つめた。
 やめて、ほしい。
 ただの、偽善なんだ。
 オレがここにいるのも。涙を流しているのも。苦しそうに胸を掴んでいるのも。
 ただの、偽善。

 だって、オレが彼女を理解していれば。

 ――――きっと、死ぬことなんて無かったんだから。

 罵って欲しい。蔑んで欲しい。親友が、娘が、妹が、姉が、心優しい彼女が死んだのはオマエのせいだと。オマエがいなければ。オマエがいなければ。そう言ってくれれば。そうとさえ、言ってくれれば。オレはきっと、罪を受け入れられる。自らに罰を、科せることが出来る、のに。なんで、なんで、なんでオマエらはっ。オレが言って欲しい言葉を、絶対に言わないんだっ。なんでなんでなんでっ。
 オマエが殺したんだ。
 その一言さえあればっ。オレは、ずっと、彼女の死という罪を背負っていける。彼女の死という罰を背負っていける。なのに、なんでなんだっ。
 早く、早く。オレを貶してくれっ。罵ってくれっ。蔑んでくれっ。
 みんな、わかっているはずなんだ。
 彼女がオレに歩みを寄せていたのに、オレが後ろに下がっていたからっ。
 だから、だから。

 ――――オレのせいで、彼女は犯された。

 だから、だから、だからだからだからだからっ。
 彼女が死んだのは、オレのせいなんだっ。オレが彼女をうけとめて、オレが彼女を受け入れて、オレが彼女に本当の気持ちを伝えてさえいればっ。
 きっと、彼女は生きていたんだ。きっと、彼女の日常にオレも溶け込んでいたんだ。
 ――――――だけど、オレがそれを想像すると、最後に訪れるのは、崩壊。

 怖かったんだ。
 ただ、彼女を受け入れたその後が、怖かっただけなんだ。
 自分勝手だ。卑怯だ。なんて、奴だ。ただ、怖かっただけ。失うのが、怖かっただけ。心の痛みが、怖かっただけ。何かを得ることが、何かを失うことなんじゃないかって、怖がっていたんだっ。

 彼女の親友は言った。
 オレの気持ちに、彼女は気付いていたと。
 それは、どうだろうか。自分でも感情を隠すのは下手だと知っている。だから、きっと目が合えば顔は赤らんでいたし、表情はうれしそうにしていただろう。そんなの、第三者から見れば、簡単にわかる態度だ。彼女の親友なら、絶対にわかるだろう。だけど、本人は気付いていたのだろうか。きっと、親友の言葉はただの慰め。
 彼女の親友は、そんな表情をしたオレに、次はこう言った。
 彼女がオレのコトが好きだったと。
 そんなの、知っている。本音を言えば、彼女を意識したのは放課後にオマエと彼女の会話を聞いたからだ。オレのコトが好きだと。
 知っている。
 分かっている。
 気付いている。
 ――――――――それなのに、オレは。

 彼女の両親は言った。
 キミのコトを嬉しそうに話していたと。
 彼女の姉は言った。
 毎日のように、クラス写真を眺めていたと。
 彼女の弟は言った。
 嫉妬しそうなくらい、あなただけを考えていたと。
 だから、オレは全てを告白した。ただ、怖かっただけで、オレが彼女を殺したんだと。なのに、なんで、なんでオマエらは、オレに優しくするんだっ。

 あぁ、なんて。
 ……なんて、コト。
 コレが、全て現実だなんて、思いたくないのに。なんで。

 ――――今、気付いた。
 コレは、現実で。だけど夢のセカイ。
 きっと、彼女が創り出した。きっと、彼女のいない、望むセカイ。
 だから、きっと。
 これは、きっと。
 壊れた、彼女のセカイ。

 理解しては、いけなかったんだ。
 理解したら、いけなかったんだ。
 だから、
 オレは、

 今、壊れた――――。

戻る