癒されない。癒されない。癒されない。
 どんなに心を通わそうとしても癒されない。友達と会話をする、電話をする、メールをする、愚痴を吐く。全く意味が無い。
 無意味に笑いかけないで。
 私に笑いかけないで。



  あなたの口付けでも



 心惹かれる男の人ができた。そんな事を姉に話したら大笑いされた。
 なんでそんなに笑うの、なんて拗ねてみたら、姉は笑いながらもゴメンゴメンと言って顔の前で手を合わせてた。そんな態度に私の機嫌はますます悪くなる。
 わるかったって、なんていう姉の目は相変わらず笑っていたけど、一応許すことにしておく。これ以上怒ってたら肌に悪い。実はこれは姉の受け売りだけど、まあいいや。

 後に姉が言うには『心惹かれる』なんて古臭い言葉が妙にツボにはまったらしい。
 とりあえずこんな姉だから、初恋だってことはふせておいたんだけど、なんだか正解みたいだ。こんな笑われるなら言わなきゃ良かったと思う反面、この姉は恋愛経験も豊富で親身になってくれるのも事実だから、相談せざるをえないほどの人なのだ。多分。

 と、まぁ。そうなると当然その男の人のことを事細かに説明することになる。
 その説明するときの顔が、姉曰く「女がセックスしてるときの顔よ」らしい。なんだか物凄く恥ずかしかった。
 その説明はこんな感じ。
 無愛想で授業中も全然発言しない彼はそれでも何故か人気があったの。もちろん、顔は整ってるから当たり前のように人気は出るんだけど。そうじゃなくって、彼に関わるとなんだか心が暖かくなるって評判でね。私はあんまり興味なかったんだけど、階段で一番上から転びそうになったとき、襟を引っ張って助けてくれたんだ。もちろん首が絞まって苦しかったけど、そのあと彼が謝ってからさすってくれて、微笑みながら頭までなでてくれて。私はもう顔真っ赤にしてありがとうって言うしかなかったの。その時なのかなぁ、彼に心惹かれたのは。
 で、姉のあの台詞だ。自分でも珍しいくらいに饒舌で、早口だったのが分かるので、ハンパじゃなくて恥ずかしかった。

 そんなこんなで姉への説明が終わったら、姉にアドバイスを求めた。ここまで言ったんだからきっといいアドバイスを――――なんて、甘い幻想だったみたい。
 曰く「男なんてねぇ、裸で股開いて『私を……、愛してっ』って、扇情的に言えば大抵落ちるわよ」だとか。って、ふざけてるのか、本気なのか、それを考えるとこの姉は本気のようで怖い。
 でも、でもさ。

 ――中学生でそれは出来ないよ、お姉ちゃん。

 夜のベッドの中でそのことを思い出していた私は、やっぱりぼやくしかなかった。でも、股が濡れ始めたのは否定できない事実だった。



 次の日、いきなり彼に話しかけられた。
 瞬間頭の中が沸騰して何も考えられなくて。正直に言うと、親友が隣にいなければ変な女だと思われてたんだろう。親友に感謝だ。
 そんな彼の話は「あれから一週間近く経つけど、喉は大丈夫だったか?」という優しげなもの。親友の彼女は不思議がってたけど、私は大丈夫と頷いて、またありがとうと何度も頭を下げた。そんな私に彼は苦笑いをして、「ちゃんと下みて歩けな」と、ちょっとぶっきらぼうに言う。「はっ、はいっ!」なんて言う私に、彼と親友はそろって「なんで敬語よ?」とかなんとか。恥ずかしくて顔から火がでるなんていう表現がぴったりなほど、私の顔は紅くなってたんだろうなぁ。

 それから、彼と話す機会が増えた。彼は、無愛想かと思いきや、優しいとかそういう意味ではないイイ性格をしていたようで、親友と一緒に私をからかうことが増える。
 ちなみに親友は、私が彼に心惹かれていることを当然見抜いたらしく、「恋愛成就のためにアイツと一緒にあんたをからかってるんだ」なんて。嘘ばっか。私が彼に興味ない時もずっとからかってた人が何を言ってるんですか全く。



 ――自然と、時間は過ぎていく。
 彼とはどんどん一緒に過ごすことが多くなった。親友と彼の息がぴったりで嫉妬することもあったけど、やっぱり彼といるのは楽しくて。彼が笑ってくれるのが嬉しくて。親友が突っ込みをいれてくれるのもアクセントになって。
 過ぎていく時間はとても早く、充実していた。
 何よりも楽しくて、今までで最高の時間を過ごしたと思う。
 ものを秘密にするのが苦手で、尚且つ多少だけど生活リズムの変わった私に、問いかけて来た姉以外の家族にもこのことを毎日のように話すことになった。

 とても、幸せだ。
 笑いすぎて、涙がでちゃうくらい。

 だけどさ、幸せって終わりの時も来るんだね。



 犯された。
 いきなり後ろから殴られて、気を取り戻したときには私の体は大きな車の中で、三人の男に犯されていた。処女膜は疾うに破られ、お尻の穴も口も見たくもない醜悪なもので埋め尽くされていた。そして、痛みしか感じずなすがままになっていた。
 死ぬのかな、なんて思ってたら、男の一人が『彼』がわるいんだぜ、なんて言ってくる。それに、極端に嫌悪した。
 お前が彼の名前を口にするなと、声を大きくして言いたかった。
 お前みたいな奴が、彼を否定するなと声を大きくして言いたかった。

 殺したく、なった。

 そんな殺意に気付かず、男は彼を貶す。私が犯されてるのは簡単な理由だったらしい。彼にカツアゲを吹っかけたら断られ、喧嘩になったら一対三なのにボロ負けした。だからいつも一緒にいる女――私を犯せという話に。

 嫌悪感があふれる。それは胃のあたりから湧いて来て、爆発した。
 口に入っている汚いものに思い切り噛み付く。何か出たのは精液か血液か分からないけど、汚らしいそれを吐き出した。後ろから私を犯していた二つのソレも、無理矢理抜いて思い切り蹴り上げる。よくそんな力があったものだとも思うけど、車の鍵を開け扉を開けた。
 裸なのはもう気にしない。どうでもいい。だから、早く通行人の皆さんに聞かないと。

 ――だれか、ナイフか何か持っていませんか。此処に殺したい人がいるんです。



 幸か不幸か――圧倒的に不幸なような気がするけど、丁度その時他の事件を担当していた刑事さん――榊って言ってた――が近くにいて、物騒な発言をした私を保護。そして車の中にいた男達を暴行の現行犯で逮捕した。
 ――結局私は何の為に犯されたんだろうか。
 この事を知ったら彼は私を避けるだろう。そして、知られることは必至で、私を嫌悪するのもきっと起こる事実。

 ――それなら、と。

 街を徘徊した。
 どんどんと自分が汚れていくのが分かる。体はもう、これ以上ないくらい汚れているけど、心までひどく荒んだ。だけど、最悪だと分かっていても街を徘徊し、他人の笑顔を一瞥し、私にかけてくる笑顔には嫌悪して。自分から汚くなっているっていうのに、それは多分二番目につらいことだった。でも、彼に嫌われるよりかは、会えなくても、嫌われるよりは遙かにマシだから。

 私は街を徘徊し続けた。
 なのに、あなたは、――なんで、こんな私を見つけてしまうのですか?
 ひどい、ひどいよ。私はこんな姿を見せたくないから、あなたから逃げていたというのに。
 こんな汚れた私を見せたくなかったから――「ばーか」――そう言われるとは、思っていませんでしたよ。そう、私はばかなんです。だから、もう、会わないでください。そう言ったらまた「ばか」って言われた。私が、そらしていた目をそちらにやると、「どれだけ探したと思ってんだ。オレがお前のこと、嫌うなんてありえないだろ? むしろ、謝るのはオレの方だろうが」と笑顔で、だけど泣きながら言う彼がいた。

 涙があふれた。

 私が心惹かれた彼だ、心惹かれた彼のままだ。
 涙が止まらない。どうしても涙が止まらない。
 だって、彼はきっと全て知って、それでも私を探してくれたんだ。

 それが、どうしても綺麗過ぎて。私はもう我慢が出来なかった。

 ――さよなら。
 警察から出て、一番最初に買ったもの。姉が迎えにきて、落ち着いた振りをして一気に逃げた後、一番初めに買ったもの。

 鋭利なナイフで首を横から掻っ切った。

 私の血が彼にかかってしまうのを申し訳なく感じながら、彼の叫び声を遠くに感じながら、私はずっと祈り続けた。

 ――誰も彼を責めない、彼が幸せな世界を誰か創ってください。皆私のことを笑って済まして、彼を責めるなんて想像すらしない世界を創ってください。幸せな、夢のような世界を――

 ――あなたの口付けでも醒めることのない、夢のセカイを。

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