薄愛性心(2)
一般の客より料金を低めにしてあるので他の障害者達もそろそろ来るんじゃないのと店長は言っていたが、それでも待ち惚けを喰らわされていることには変わりなかった。私だけのだだっ広いこの個室でベッドに寝そべって取りあえずは他の事を考えてみる。この建物内でセックスやら他愛のない無駄話に時間を費やしている私より若い(大半の)娘達、或いは別の場所でもしかしたらセックスを堪能しているかもしれない私より若い、或いは同年代、更には年上の女性・・・そういった彼女達に共通してるのは《男のペニスを条件は違えど受け入れている》と言う事だろうか。《条件は違えど》と思ったのは、皆が皆相手を好いている訳ではないと言う事だ。私達の様に相手から迫ってくるという事もあるし、文字通り相思相愛の二人もいるだろう。そうして吐き出された精液や愛液は下水を・・・そこまで思慮する事はないが、とにかく誰もいなかった。
誰もいない広い部屋だから、不意に鳴り出したインターホンの音がやけに耳に響いた。


《別に私じゃなくてもいいんじゃ・・・》二人目の相手を見て最初に感じたのはそれだった。室内でも外さない黒のサングラスと白のステッキでどんな相手なのかは直ぐに理解できたが、そんなに深刻な状態でもないのでだったら他の娘でも大丈夫なんじゃないかと思ったが、しかしそれは思い違いであるのが部屋で衣類を脱ぎ始めてから分かってきた。サングラスを外したその《眼つき》は、白のビー玉を埋め込んだかのようで、普通の娘が見たら思わず引いてしまうだろう(私も一応普通の女なのだが)。
しかしそれ以外は健常者と大して変らないのでプレイそのものはスムーズに行うことが出来た。唯一の欠点は時折キスを求めてくる事で、こればっかりは丁寧に断わったのだが、恐らくは私に目線を送るつもりで(禁止されているのを知っていながら)キスを求めてきたんじゃないか・・・・彼を玄関まで送っていった後にそう思考した。しかしセックスに関しては割りと手馴れてた方だったので前に付き合っていた女性がいたのかもしれない。もしその彼女が彼の事を《愛して》いたのならキス位は普通にしていたのだろう。或いは単にキスという行為が好きなだけか。それとも自分の顔を見せるつもりでした事か。もしそうだとしたらかなりの悪趣味な性格なのではないか・・・・一方的な解釈をしながら私はベッドメイキングを施していた。

その数時間後に三人目の相手がやってきた。今度の男はやたらとクンニに執着する性格で、実際に男の眼の前にその部分を突き出すと待ってましたと言わんばかりにあらん限りの舌技を駆使して私に悦楽を(セックス自体をしないで)与えてくれた。その男は両腕が肘から先が無かったが、それとこの性癖とは特に関係が無い様に思われた。おそらくは舌で感じられるヴァギナの感触と愛液の味が彼の好みだったのではないか。そうでなかったらあんなに執拗にクンニリングスをする理由が分からない。


「他の娘達から何かキモがられててさあ」
その日の終わりに店長に呼ばれて、いきなりこう言われてしまうと憤りよりも先に困惑を感じてしまう。
やがて現状を理解して行く内に、キモがられているのは彼女達にでは無く、男達つまり客にそう思われているのだと悟った。彼らにしたら女とエッチしたくて来てるのにその目前で《目に障るもの》を見たらたちまち気持ちが萎えてしまうのだろう。非人道的極まりない考え方でもどことなく否定できない部分もあり、やりきれない気持ちが胸の中で渦を巻いていた。
「それで考えたんだけどさあ、向こうからこっちに来てもらうんじゃなくて、こっちから向こうに向かうっていうのはアリだと思うんだけどお前どう思う・・?」
「・・・・どう思うって、策があるんなら別にわざわざ聞く必要ないでしょうが」
「いや、そりゃそうかもしれないけどさ、お前のリズムってのも在るわけだしさ。俺にも一応支配人としての立場もあるわけでさ。それを考えたら客の立場も頭に置いてかないと店長としての・・・・」
他にもいろいろと理由があったようだが、途中から筒抜け状態だったのではっきりとは分からない。取り敢えずは私の出番は暫くお預けになっていた。家に帰ってさてこれから如何したものかと思い悩んでもたいした案が浮かんでこず、おそらくは啓三が何か言ってくるに違いなかったが(障害者の為のセックスケアというものにかなり熱心だったのが以外だった)。せいぜい出張サービスでも始めるとか言い出すんじゃないか。生欠伸が緩く私の考えを惚けさせていった。

夕刻になって習慣で目が覚めたが、昨日のことがあって出勤する気にはなれず、今日は休もうと電話を入れると啓三もそれで都合が良かったらしく軽々とOKしてくれた。そうしてもう一度ベッドに潜り込み、しかし眠れる訳ないから暫く新聞を見ていた。
外食して適当に近所をふらついてもまだ一日を終わらせるには早く、コンビニで適当に雑誌を買って、財布を開けるとレンタルビデオの会員証が入っており、そういえば久しく映画を見てないなと思い、そのままビデオショップに向かった。別にそれほど慌しかった訳でもなく、見ようと思えば見れる筈なのだが、『ただなんとなく』面倒臭くなって見なくなっていった。だから久方ぶりに入ったショップでは話題作・新作のコーナーを見ても別段見たいとは思わず、しかし旧作のコーナーを見て回る気も起きず、結局は人気ランキングの4位と5位のやつを(トップ3は全部借りられていた)無造作に取り出した。自宅に戻り、何も考えずにデッキにビデオをぶち込んで再生のボタンを押し、幾つかの広告の後、やっとその映画を観る事が出来た。その内容は別段良くあるコメディもので、内容もよく判らないまま取敢えずは一人で笑っていき、そのままテープは終わっていった。時計を見ると零時を過ぎたあたりで、私は前々から思っていた事を啓三に伝えようと電話を取った。
「ちょっと私の意見言っていい?」
何か揉め事があったらしく、かなり不機嫌な態度で対応してきた。タイミングが拙かったと思いながらもやや強引に話しかけた。
「向こうがこっちに行き難いんだったらさ、こっちから向こうに行ったら良いと思うわけ。要するにデリヘルよデリヘル。それだったらトラブルも最小限に抑えられると思うんだけどさあ・・・・」
暫くの間を置いてから『じゃあその方向で』ということになり、細かい事は明日にでも確認しようといって電話を切った。他にすることも無く、仕方ないので大分前から冷蔵庫にあった缶ビールを一気に流し込んで、そのままベッドに潜り込み、テレビをつけたまま眠気が来るのをぼんやりと待ち続けた。完全に意識が途絶えたのは情報番組のビデオランキングの時だった(はずだ)。

翌日、普段より早めに店に来て、啓三とあれこれと話し合った。簡単にデリヘルと言っても色々と問題があり、料金をどうするか、広告について、障害者を相手にするという事での相手側への信頼、といった類の事を細々と話し合ったが、開店前の数時間ではこれといった決定案も生まれず、翌日に繰越となった。そう決定した時になって自分の現在の立場がいやでも分かった。立場上は一応この店のイメクラ嬢の一人であっても、何をする訳でもなくただ宙ぶらりんな状態だ。私を無視して何所かに向かった店長を見て、その事を切実に感じた。そしてそのまま啓三とささやかな祝いを交わしたファミレスに立ち寄った。あの時と違って丁度家族連れで込み合っており、かなり騒がしい状態だったが、用意されたテーブルは何故かあの時と同じ場所だった。目の前に置かれたお冷とメニュー表を除けて、真っ先にオーダーしたジョッキと韓国風冷麺が眼前に現れた。