(カミング)スーン
まるで消火器を散布したようなつむじ風が私の周りを巻き込みながら過ぎていった。《消火器》と表現したのは、それ相当の量の砂塵がまみれていたからだ。《それ相当の量》と表現したのは、実際にそう表現出来る位の量だったからだ。ならば此処は砂漠のど真ん中になるのか。しかし此処は、地図の上では大都市になる。《地図の上》と表現したのは、あたり一面廃墟と化しているからだ。何故廃墟と化しているのかというと、それ相当の爆撃があったからだ。何故それ相当の爆撃があったかというと、それ相当の戦車やミサイル、機銃といった鉄具等が使用者達と共に街を変貌させたからだ。


そもそものきっかけが何だったのか、おそらくは始めた本人達でさえもよく解っていないのかもしれない。《起こるべくして起こった》のかもしれないし、《神の啓示である》というセリフも何か信憑性を持つものがあった。どっちにしても、地球上の人口の90%以上が、そして殆どの地位や財産が死に絶えたのは間違いないと言っていいだろう。だから、私の目の前で倒れている少女も今となっては唯のか弱い存在になっている訳だ。もし戦争が起きていなかったら、彼女は今頃どこかのテレビ局かCDショップで握手会かなんかをやっていたんだろうか。
設楽美紗緒ーーー今をときめいて「いた」人気アイドルが私の目の前で横たわっていた。その寝顔は追っかけだったら拍手喝采を浴びせたくなるような実に可愛らしいものだった。周りの荒涼とした風景との違和感がかえってそれを引き立たせていた。


彼女をおぶさって仮の寝床にしている郵便局へ向かう。歩く振動で背中に伝わる割と大き目な胸の感触が伝わる度に、こんな状況にも拘らず、股間が熱くなり、自然と腰が引けてしまう。随分と勝手な愚息だ。立ち止まって揺さぶるように持ち直しをすると、丁度私の肩に彼女の顔がもたれた。柔らかな寝息の音が微かに伝わってくる。寝息だけで甘い匂いが感じられるほどだ。次第に私の中で奇妙な感覚が湧き出てきた。それが何かよく分から無かったが、《表に出してはいけない》感覚だというのは何となく分かっていた。
ようやく郵便局に着き、私が使っているベッド用の長椅子に彼女を下ろした。確か未だ未成年だったと思うが、程よく括れたウエストに不釣合いなほどのバストは、それだけで何かしらの妄想を起こさせてしまう。こうやって仰向けに寝かせているだけで《絵になる》女というのはそうはいないのではないだろうか。側らで眺めているだけでそう感じてしまう。


辺りも大分暗くなってきて、そろそろ食事の準備をしなくてはと思い立ち、受付台の下に隠してあった缶詰を取り出す。幸いな事に食料の確保は上手く出来ていた。暗所で食べる気にはなれなかったので、焚き火をつける為に外へ出た。といっても都会に木材というのは中々あるものではなく、やっと必要なだけの木材を揃えたときには郵便局の位置も把握出来ないほどの暗闇に覆われていた。急いで焚き火の準備に取り掛かる。昔ながらの方法で火を熾し、ようやく数メートル内を照らせ始めた頃、暗闇の中から何かが動いた。しかし、それはさほど恐れるものではなかった。彼女ー設楽美紗緒が起きただけの事だからだ。彼女は暫く私のほうを見つめ、それから辺りを見回して、此処に居るのは自分を含めて2人だけだと確信すると、途端に地面に突っ伏し、やがてか細くて弱弱しく、嗚咽を漏らした。彼女にとっては余りにも悲惨な現状でしかないが、それを客観視している私にとっては、その悲哀に繰れた姿さえ、美しいと感じさせるものだった。


ようやく現状を確認できるほど彼女が落ち着きを取り戻し、いざ対話を始めてみると、ややハスキーな口調で丁寧語を喋っている。まさか普段もテレビの時と同じ口調だとは思いもしなかった。
「爆撃が始まったとき、これは夢なのだと火の粉や爆風やガラスの粉を肌で感じながらそう思い込んでいたんですけど・・・・」彼女のいう事には私も共感できた。何しろ何の予告も無しに始まった爆撃である。おそらくそれは世界中で一斉に開始されただろう。目の前にあった(いた)文明や親愛なる人が一瞬にしてスクラップに、躯に成り果てたのだ。彼女でなくても、私や他の生き残っている人達もそう思いたがっているだろう(先程90%以上の人が死に絶えたと言ったが、それは私のある種の現実逃避のつもりで、実際は・・・・)。
兎にも角にもこうして地の底の牢獄を思わせる様な闇の中で私と彼女の2人が存在しているというのは、何かしらの安堵感と焦燥感を感じさせ、更には誰も頼れる者がいないというのが2人にとって(彼女は特に)ハッキリとした絶望感が肌身に突き刺さるのが感じられた。時間が経てば徐々に対応していくのかもしれない・・・・・時間が経てば。
やがて私と美紗緒が出会ってから2ヶ月が経ち、それに従うように、環境にも何とか順応出来る様になってきた。そうなった事で自然と余裕も生まれてきて、彼女と他愛のない会話も出来る様になって来た。特に美紗緒の話す《文字通り今だから言える》芸能界の暴露話は私にとっては最上級の娯楽になっていった。一方、私が美紗緒にしてあげられる事といえば、私の在り来りの日常について語っても面白くないだけなので、彼女の身を護る事に熱意を注ぐ事にした・・・のはいいのだが、廃墟と化したこの地では大したアクシデントは起こらず、その《平和》が逆に私を嫌悪感の塊にさせた。更に追い討ちをかける様に、食料やタンクの水がもう直ぐ底を付きそうになっていた。そこで思いきって郊外のほうに移動する事にした。彼女もその事を認めてくれ、翌日にでも行動を開始する事にした。その夜、残りの食料を郵便局にあった手提鞄に詰め込んでいると、突然雨が降り出した。苦労してつけた焚き火もやがて煙と共に消えてしまった。仕方なく美紗緒と2人でお互いに身を寄せ合って身体を冷やさない様にした。ある程度雨水をドラム缶に溜める事ができ、雨が止んだ後にそれで風呂を沸かす事にした。雨後の地面の上で火を熾すのはかなりの労をしたが、やっと燃え上がった焚き火がドラム缶の水が湧き上がっていくのを見るとそんな疲れは吹っ飛んでいった。2人で使うので実際には行水程度の物になってしまうが、それでも体を洗うのには大変有り難かったし、何より翌日からの大移動を始める良いアクションになった。最初は美紗緒から浴びるように進めたが、風呂を沸かした人から入るべきだと彼女に言われて、ついその通りにしてしまった。手短に済ませた後、彼女にその場を譲った。美紗緒は、勿論私と同じ環境にいる訳だから当然体の垢も結構たまっている筈だ。にも拘らず、最初に出会った時の様に、いやそれ以前にテレビで見ていた時の様に彼女は変わらない美貌を保っていた。陳腐な言い方だが、この世のものとは思えない程だ。
何度か彼女の全裸を覗き見しかけた事があったが、私の中に残っている(或いはそう思っているだけの)理性と言うやつがそれを阻止した。しかし今夜はその警告を聞き流し、《私自身のために》確認をするべく《男として当然の行為》をし始めた。郵便局の真横にある駐車場、そこを風呂場にしており、そのためのぞきに興じている私の姿を美紗緒に見られないようにするのはなかなかの労を要した。しかし皮肉にも彼女自身は私を信頼しきっていて、かなり身を乗り出しても直ぐには気付いてくれなかった。そうして垣間見た彼女の裸身は、思わず違和感を感じてしまうほど実に綺麗なものだった。
シミ一つない素肌、程よい形の鎖骨、メロン程の大きさを持ちながら、決して垂れる事のない胸、その頂にある桜色をした乳房、思いっきり抱きしめたら折れてしまうのではと思われるほどのウエスト、果実を連想させる尻、そして其処に触れるどころか見てしまう事さえタブーになってしまうのではと錯覚してしまう股間の茂みーーーしかし私はその淫らで、肉欲を掻き立てられずにはいられない彼女の裸を直ぐに見飽きてしまい、さっさとその場から立ち去った。インポテンツになったかと思いもしたが、1、2回ペニスを擦ってみると直ぐに勃起した。これだけで直ぐに勃起してしまうのに何故彼女の裸では起たなかったのかーーー彼女が戻ってくるまでその勃起したペニスはカウパー液も垂れずに脈を打ち続けていた。


移動を開始してから暫くは何事も無く無事に過ごせた。過ごせたと言っても長距離を歩いているので脚はかなり酷使しているのだが。それでも郊外に近づくにつれ、街にいた時より大分精神的に安堵感が増してきた。まれにほぼ無傷の家屋を見つけたときには思わず目頭が潤んでしまいそうになってきた。実際美紗緒などはその場で顔を両手で覆って、暫くその場に立ち竦んでいた。いっその事そこに住んでしまおうかと思ったが、しかし大抵は食料はおろか衣類やら書物やら一切合切持ち去られた後で、これからの事を考えると十分に暮らせることは難しいと思い、結局は断念せざるを得なかった。そのたびに美紗緒は深いため息をついたり、時には私を恨んだりして、それでも唯一の味方である私の後について行くしかなかった。とはいえ仮眠出来る場所としては最適だったため、それで美紗緒の機嫌は多少は直る事があった。
それにしてもーー自分で90%以上の人間が死に絶えたと言っておきながらーー未だ他の生存者に出会えていないのは、大分酷な事だった。仲間が1人いると言う状況がかえってそれを浮き彫りにさせた。何人かが廃屋で身を寄せ合って共同で暮らしても良さそうなのに、そういう気配すら感じられなかった。私達と同じように何処かに向かって行ってるのだろうか・・・そう思わずにはいられなかった。