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2004年9月30日文教委員会

「つくる会」教科書導入問題、障害児の通う養護学校再編問題で質疑

●白鴎中学に戦争賛美の教科書採択

○曽根委員 私からは、都立白鴎高等学校の附属中学校の設置条例に関連して、幾つか質問したいと思います。
 今回は、都立白鴎高校の附属中学を設けることによって、白鴎高校を中高一貫校にするという内容ですが、我が党は、中高一貫教育に取り組むということであれば、すべての中学卒業生に安心して高校進学ができるよう入試を撤廃し、全員入学を保障する中で実現させるべきだと考えております。
 本委員会でも、この間、北海道や福岡の中高一貫校を視察してまいりましたが、その大多数が若者や子育て世代の定着のために地元の中学からの希望者をすべて受け入れることで、公立高校を存続させていこうということが大きな動機となっておりました。これも自治体の教育分野の一つの試みとして、私たちは否定するものではありません。
 しかし、都教委の計画している中高一貫校は、これと全く様相が異なっています。わざわざ歴史の長いもとの旧制中学を中心に選定し、学力テストこそやらないとはいうものの、結構難しい内容の入試も行って、東京じゅうから生徒を集めるものです。この白鴎を含めた東京の中高一貫校十校、この中での設置目的や教育目標は何か。なぜ、伝統校を多くその中で選定したのか。このことをお答えいただきたい。

○伊藤参事 都立中高一貫教育校におきましては、六年間を通した一貫教育という特質の中で、教養教育を行うことにより、使命感、倫理観、社会貢献の心や日本人としてのアイデンティティーを身につけ、さまざまな場面、分野でリーダーとして人々の信頼を得られるような人間の育成を目指していくことを設置の目的としているところでございます。
 また、十校の選び方でございますが、都立の中等教育学校及び併設型中高一貫教育校の設置数につきましては、保護者や生徒の身近なところに整備をするという視点から、通学時間や地域バランス等を考慮いたしまして、当面合計で十校の整備を行うことといたしたものでございます。
 また、都立中高一貫教育校は、各分野においてリーダーとなるべき人材を育成するとの整備方針に照らしまして、古くから各界に人材を輩出し、また地域に信頼されている伝統校を中心に学校を選択したものでございます。

○曽根委員 今お答えにあったように、日本人のアイデンティティーを身につけるというのは平たくいえば愛国心を育てるということにほかなりませんし、リーダーとなる人間を育てるということでは、これは今新しい文科大臣もはっきりと教育基本法に愛国心を書き込もうというふうにいっておられるように、教育基本法の改定の動きを先取りするものにほかなりません。
 しかも、それを六年かけて、一種のリーダー養成、エリート教育で進めるという点、しかも、今回、白鴎中学の歴史教育には、戦争賛美のつくる会主導の教科書が採用されています。これは戦争のための人づくりじゃないかと多くの教育関係者が批判するのは当然だと思います。

 また、そのために伝統のある学校を選んだといいますが、選ばれた各高校の生徒や保護者、OBの方々から、都教委が求めている伝統と我が校のそれとはまさに伝統違いだという声が上がっております。白鴎でも、石原流の日本人教育を持ち込まれたら、白鴎高校のリベラルな伝統は破壊されてしまうと批判していますし、元首相の未亡人の三木睦子さんらも、つくる会主導の教科書採択を批判しています。
 私の母校である小石川高校も中高一貫校化によって、理科教育重視など勝手な方向づけがされていますが、小石川の特徴と全くかみ合っておりませんし、同窓会からもこの点ではクレームがついているはずです。PTA会長を初めとして、一致して、小石川のよき伝統を受け継ぐというなら、せめて同じ担任のもと三年間通し、縦割りの八クラスで競い合うという伝統を守るために、学校規模を拡大して、一学年八クラスを維持できるよう、それまでは何としても募集停止はしないでほしいという強い意見が出ているはずです。

 この小石川高校についてもお聞きしますが、旧第四学区の生徒には大変魅力があり、人気が高いとされている高校ですが、なぜ四学級の中等教育学校にして、入りにくくしてしまうのか、今のままではなぜだめなのかという声が大変強いわけで、これをどう受けとめておられますか。

○伊藤参事 文教地区中高一貫六年制学校は、中等教育校として開設するものでございまして、中学校部分の前期課程からの入学の機会が新たに設けられることになります。都教育委員会としては、中高一貫教育校とともに、魅力ある都立学校づくりを推進してございまして、学区制の撤廃により、より多くの選択ができると考えております。今後とも学校関係者の期待にこたえるよう小石川高校の伝統を踏まえ、さらに発展するように努めてまいります。

○曽根委員 幾ら魅力ある高校とか、また小石川の伝統を受け継いでとか、都の教育委員会が力んでみても、今だれもが小石川高校と聞けば、「あ、いいですね、自由な校風で」といっていたのが、このままいけば、「ああ、あの教科書を使っている学校ね」と、まゆをひそめていうようになりかねません。既に白鴎高校ではそういう事態が起こっているわけです。大多数の都民にとって魅力的な高校どころの話じゃなくなります。
 白鴎中学で歴史教科書に扶桑社版のつくる会主導の教科書を選びましたが、これによって多くの白鴎の関係者、大変不満を持ち、批判をしています。このつくる会主導の教科書を選んだ理由は何でしょうか。

○近藤指導部長 扶桑社の歴史教科書採択理由についてでございますが、都教育委員会は平成十三年度に学習指導要領の社会科の歴史的分野の目標であります我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てることに照らして、すぐれていること。そして、都教育委員会の教育目標に示されております我が国の歴史や文化を尊重するということに照らして、すぐれている、こうした理由で採択をしたものでございます。
 なお、教科書の内容につきましては、平成十三年度の際と変わっておらず、今回も同様の理由で採択したものでございます。

○曽根委員 今、近藤部長さんは、白鴎高校が目指す中間一貫校としての特徴や、また都立高校の教育の方向といいますか、東京都の教育目標に照らしてというようなお話でしたが、不可解なのは、この白鴎高校、つまり白鴎高校からつくります都立台東地区中高一貫六年制学校の中学校用の教科書調査研究資料という、これが教育庁から教育委員会に資料として出されているわけですが、ここの中で八つの教科書について、台東地区の中高一貫校の特徴を反映させるように、一つは日本の文化、伝統を扱った箇所の数、二つ目に、広がりや深まりのある学習活動を行うための課題の箇所の数、三つ目に、身近な教育資源を活用した箇所の数という三つの指標に沿って、その指標を反映する部分が何カ所出ているかということで、数にして比較する資料を出していますが、ここで見ると、最初の日本の文化、伝統の点では、扶桑社は八社中四番目、二つ目の広がりや深まりの学習活動を行うための課題では、六番目、身近な教育資源を活用するという点では、八社中最下位という状態なんですが、これは自然に考えれば、台東地区中高一貫校にふさわしい基本的な三つの方向について、扶桑社の教科書は必ずしも上位ではない、むしろ下位の方だということにこの数字だけ見るとなるんですが、このことは、教育委員会で選定の際に何ら問題にならなかったんでしょうか。

○近藤指導部長 調査研究資料は各教科書の違いが明瞭にわかるように作成された資料でございまして、順位を付しているものではござません。都教育委員会は教科書の採択に当たりまして、学習指導要領の各教科の目標等踏まえて調査研究を行い、その結果をまとめた中学校用教科書調査研究資料、そして中高一貫教育の特色と学校の特色を踏まえて調査研究を行い、その結果をまとめた台東地区中高一貫六年制学校調査研究資料を採択のための資料とし、教育委員会の権限と責任において、仮称ではございますが、都立白鴎高等学校附属中学校で使用する教科書として最も適した教科書を採択したわけでございます。

○曽根委員 優劣を表現したものでないといいますが、それでは、それぞれの指摘された箇所がどういう表現になっているのかという資料がついているわけじゃなくて、数字しか出てないわけですから、私たち自然に受けとめれば、大体同じぐらいの指標を反映した表現があるというものをポイントで拾ったものだなと、大まかではあるが、それ以上の評価のあれはないわけですから、これによって数字の上での上下が出てくるというふうに考えざるを得ません。それを何ら参考にしないばかりか、無視して決めてしまった。
 しかも、この資料というのは、唯一現場の先生や教育関係者がいろいろ入った教科別の専門家のグループがあって、そこで現場の先生方、実際に教科書を使う先生方の意見が反映できる、しかもそれも間接的にですが、唯一のルートなんですね。
 それが全く論議もされず、これが採用されない理由も示されないまま無視されているということ自体が、大変重大な教科書の選び方の問題点だと思います。
 政府の方針では、繰り返し、教科書は学校で選ぶ方向が確認されているはずです。なぜ、これに逆行するような、こういう選び方をしているんでしょうか。

○近藤指導部長 現在、都道府県内の義務教育諸学校において使用する教科書の採択は、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律に基づきまして、都道府県教育委員会があらかじめ教科用図書選定審議会の意見を聞き、区市町村教育委員会等に対しまして、指導、助言、援助を行うことにより、採択権者が採択するということになってございます。
 お話の平成十六年三月十九日に閣議決定されました規制改革・民間開放推進三カ年計画では、将来的には学校単位の教科書選定の可能性も視野に入れて、教科書採択地区の小規模化を検討すると述べておりまして、今後国の動向を見据えてまいりたいと考えているところでございます。

○曽根委員 今答弁にあったように、将来的にはといいながらも、今後学校ごとに選んでいく方向なんだよということは、この間何年にもわたって繰り返し閣議決定で確認されています。にもかかわらず、都知事や、また教育長は、この間学校の先生に選ばせるのはとんでもないという発言を、くり返してきました。

 教科書というのは無償なんだ、だからこそ、高校は学校で教科書を選んでいますが、高校なんかと違って、教育委員会の責任で選ぶんだ、こういうふうに楯にしていますが、私は、無償だからこそ、国民の税金で、いわば買うわけですから、国民だれもが納得できる選び方を決める必要がある。
 ですから、私は、率直にいえば、子どもたちや父母の方々、学校の先生などもちろん参加したもっとオープンな教科書を選ぶ仕組みが必要だと思いますし、ましてや今都教委がやっているように、ごく少数の限られた教育委員会のメンバーが、少数だけで選んでしまうというやり方が、将来の政府が目指している方向とは全く逆行しているということをいわざるを得ないじゃないですか。
 大体、教科書を使って教える先生が、選択に全く入れない。意見を出しても無視されているという現状はとんでもない話だと思います。
 改めてお聞きしたいんですけども、つくる会主導の歴史教科書、この間全国の公立中学または養護学校中等部で何校中何校選ばれているんですか。

○近藤指導部長 扶桑社の歴史教科書の採択状況についてでございますが、中高一貫校を含む公立の中学校では、平成十四年度使用では、一万三百九十二校中採択した学校はございません。平成十五年度使用では、一万三百五十八校中三校で使用しております。平成十六年度につきましては、学校総数はまだ公表されておりませんが、三校で使用されております。平成十七年度使用につきましては、現在文部科学省で集計中でございます。
 また、盲・ろう・養護学校の中学部でございますが、平成十四年度使用では、九百五校中七校でございます。平成十五年度使用では、九百七校中七校でございます。平成十六年度使用については、学校総数はまだ公表されておりませんが、六校で採択されております。
平成十七年度使用につきましては、現在文部科学省で集計中でございます。

○曽根委員 全国で、戦争に反省がないとか、戦争賛美であるということが問題になって、まだ数校でしか採択されていない教科書を選んだことで、白鴎高校のOBの方も含め、全国の学校関係者から、また国際的にも、友好都市である北京やソウルを初め、そういう関係者、市長などからも批判が相次いでいます。しかも、都教委が受け入れたいとする、リーダーになれるような受験生からも大学受験に不利だと敬遠されているということをどう認識していますか。

○近藤指導部長 教科書の採択は、採択権者であります教育委員会がその権限と責任において公正かつ適正に行うものでございます。都教育委員会は、その権限と責任において、仮称でございますが、都立白鴎高等学校附属中学校で使用する歴史教科書として最もふさわしい教科書を採択したわけでございます。
 また、大学受験には不利ではないかということでございますが、台東地区中高一貫六年制学校は六年間の体系的で一貫した教育課程により、基礎、基本を徹底しまして、総合的な高い学力を培うとともに、調和のとれた教養教育を展開することを目指しております。
 扶桑社の教科書におきましても、学習指導要領の目標に沿った内容となっており、それらの基礎、基本を十分に身につけることができるものであると考えております。

○曽根委員 やはり都教委は、自分が行ったことの余りの異常さに気がついてないと思うんですよ。どんな教育をしていくかなんていうのはこれからの問題ですが、しかし、どんなに力んでみても、せっかく中高一貫の第一号をつくるのに、それにふさわしい受験生が集まってくる保障が客観的になくなっていっているわけです。

 しかも、教育長は、この選択が行われる前にこの教科書の採択を推進する立場の議員の会合に出席しているようですが、後日都民の団体である教科書ネットワークから公開質問状を出されて、公的な団体に呼ばれたので、説明責任を果たすのは当然というような趣旨の回答をしているようです。これは教育委員であり、教育長としての公的責任を果たしに行ったということになりませんか。

○近藤指導部長 横山教育長は、平成十六年六月十四日に憲政記念館で開催された正しい歴史教育を子どもたちにをテーマとする国会議員、地方議員合同シンポジウムの主催者から東京都教育委員会における平成十三年度の教科書採択に関する事実関係について話をしてほしいという旨の依頼がありまして、そして出席をしたものでございます。
 国会議員の公的な立場からの依頼があった場合、その会議に出席し、事実関係を説明することは東京都教育委員会として説明責任を果たす意味からも必要なことであると考えております。したがって、当日の教育長のシンポジウムへの出席は公務ともいえる内容でありますが、東京都以外の会への出席ということを考慮いたしまして、本人の申請によりま○曽根委員 個人で行ったんなら、わざわざ説明責任なんていう言葉は使わないはずであって、事実上公務であるということは今の答弁からも明らかです。個人としても公人としても、教科書採択に直接かかわる横山教育長、教育委員が、明らかに特定の教科書を普及、宣伝している、そういう人たちの集まりに接触すること自体が厳しく戒められているはずです。(「そんなことないよ」と発言する者あり)いや、そう何ですよ。
 (「自由じゃないか、どこ行こうが」と発言する者あり)
 教科書の会社側も、そうした直接採択にかかわる人に宣伝してはならないということも、会社側の方も厳しく戒められているわけです。これは教科書選択が膨大な数の教科書を扱うことになる可能性があるという点では当然だと思います。

 そういう点で、教育長が教科書採択にも賛成をし、それからこうした会合にも出席をして、いわばその団体を事実上応援するような発言までしているということは、教育長として異常なことだとは思いませんか。教育長、教育長自身の(答弁を)。

○横山教育長 今ご指摘がございました会合への出席をいたしましたが、いろいろ公的立場か、私的立場という、確かに会合に出席そのものが公務として行ってもよかったんです。
 あるいは職免という手もありました。ただ、それ自体が非常に物議をかもす、そういうことからあえて休暇という権利を行使して行ったわけです。ただ、会合の性格が、私の認識は、特定の教科書の採択を推進するという文言は全く入っておりませんし、そういう趣旨の会合ではないという認識で参ったわけでございます。

○曽根委員 出席したメンバーから見ても、これがつくる会主導の教科書の推進団体の一つであることは明確です。したがって、そういうことが明確になっているのに、事実上それを知りながら出席したこと自体が大問題だと思います。

 しかも、一万校の中でわずか三校、養護学校も、養護学校は数が限られていますが、わずか六校という、余りに少数しか選ばれないということの背景には、やはりこの教科書が公然と戦後教育の理念を示す憲法と教育基本法に反しているからなんです。だから、選ばれないんです。
 このことを事実上知った上で、この教科書を採択するということと、またこういう会合にも出席するということと、教育公務員として教育基本法を遵守しなければならないという使命と両立するというふうに教育長はお考えですか。

○横山教育長 今のお話の教科書が、教育基本法に反するとおっしゃっていますが、私ども採択権者として採択した教科書というのは当然のことながら、学習指導要領に基づいて編さんされた教科書が、国の検定を経た検定済みの教科書の中から選定しているわけですから、それをもって教育基本法に違反する教科書というご指摘は当たらないと思っていますが。

○曽根委員 教育長は、私、率直に本音をしやべってほしいと思うんですけど、私は教育本法に違反するとはいってませんよ。
 しかし、文科省の教科書検定制度そのものが、じゃ、検定官の判断基準が学習指導要領に沿って出ているのかどうかという保証は何もないわけで、あれはいわば検定官のさじ加減一つなんですよ。そうでしょう。だから、歴史的にもこの表現が一時的には許されたが、次には許されなくなるという事態が次々起こっているわけです。
 そういう中で、私が教育基本法に反するというのは、教育基本法も憲法も明確に、あの太平洋戦争を初めとして第二次世界大戦で日本が行った侵略行為や韓国併合、朝鮮併合など、そうしたものに対して、二度とあってはならないという反省に立った法律だからなんですよ。
 こういうことを法律に書き込んでいるのは、憲法と教育基本法しかありません。
 教育公務員としてこの二つの法律を遵守することは義務づけられているはずで、今改定のいろんな話が出ていますが、現行法である以上は、これを守る義務があるわけですよ。
 それに対して、やっぱり率直に、教育長が、この教育基本法を変える方向で自分は考えているなら考えていると、だから、この教科書を選んだなら選んだというふうにはっきりおっしゃったらどうですか。

○横山教育長 どうも議論がかみ合わないんですが、今委員がおっしやったように、検定制度そのものを否定するならば、現在の日本の教育行政というのは成り立たないわけで、私どもはあくまで教育行政を担う者として、現行法体系の中で仕事をしているわけです。
 また、教育基本法の解釈とおっしやいましたが、私自身の教育基本法に対する解釈とは全く違います。

○曽根委員 事実上、教育基本法と、よって立っ憲法を否定する行為をしておきながら、それを認めないというのは、私、余りにも姑息だと思うんですよ。
 教育長としての資格が根本的に問われる問題です。多くの都民はこれを許さないでしょうし、この理念で中高一貫校をつくり続けるならば、それは本当に都民からまゆをひそめて見られる学校になっていくに違いありません。
 そういう学校を次々と、せっかくの伝統ある学校をつぶしてつくり変えていくことになりかねません。断じて許されないことを申し上げて質問を終わります。

●養護学校の不足を、ろう学校や寄宿舎にしわ寄せはやめよ

○曽根委員 私からも、この特別支援教育の今回の概要案について質問しますが、かなり今までの質問とダブる面がありますので、その点は省略しながら聞いていきたいと思いますが、最初に、全体の計画についてお聞きしたいんですが、今度の計画の、私、一番の根つこといいますか、根っこの問題点は、五十五校一分校をただの一つもふやさないという点にあると思うんです。
 その根拠として、今後十年間で約千人、養護学校の対象の子供がふえるだろう、しかしそれは学校数をふやさなくても吸収できるというふうにしている点なんです。もともと、現状から千人ふえるという予想もさることながら、既に一番最後に養護学校を新設した平成九年のあきる野学園ができてから現在までに、もう既にかなりの生徒数、児童数がふえているはずです。その分、足りない分もさまざまな教室の不足が起きているはずなんです。
 その点について最初にお聞きしたいんですが、平成九年のあきる野学園新設以来、何人の養護学校の児童生徒がふえたのか。また、そのために教室不足、転用教室などは何校の幾つになるのか、またカーテンで仕切ったような教室は幾つになるのか、教えてください。

○伊藤参事 養護学校の新設でございますが、平成九年四月に都立あきる野学園養護学校を設置いたしました。その後、平成十四年四月に都立足立養護学校の花畑分校を本校化し、南花畑養護学校を設置してございます。平成十六年度の都立養護学校の児童生徒数は、あきる野学園養護学校が開校した平成九年度と比較をいたしまして千五百六人、南花畑養護学校の開校した平成十四年度と比較して五百五十八名が増加してございます。
 次に、平成十六年度における都立盲・ろう・養護学校管理諸室等を転用して確保している普通教室数でございますが、四十校一分校で二百八十一教室、またカーテンなどで間仕切っている教室数は三十八校一分校で二百六十八教室でございまして、平成十六年度の都立盲・ろう・養護学校におきましては、このような対応で普通教室の確保を図っておりまして、現在、不足している教室はない状況でございます。

○曽根委員 不足している教室がないということをわざわざおっしやるのが、姿勢として私、本当に根本から疑いたくなるのですけれども、音楽室が、例えば小中高の三部門がある学校で、結局小学校、中学校部門の音楽室をつぶして高等部の音楽室一個だけで九年制をやっているというところもあるわけでしょう。そういうのを、九年制じゃない、十二年制をやっているわけですね。それを足りなくないというのは余りひどいいい方だと思うんですよ。
 そうした、この間のふえた分、千五百人以上を吸収するためにもう既にそういうことが行われている、これも解消しなければならないわけですね、本来の姿に。その上でさらに千人ふえる。計画では四百七十教室を確保するというふうなお話ですが、実際には、今までふえた分も含めて、また、はっきりいえば平成九年以前にも不足している分を含めれば、本当に本来の養護学校の定数に見合った教室を確保するだけでも、学校数がこのままでいいなんということはあり得ないと思うんです。

 一点だけ例としてお聞きしますが、この五十五校一分校の一分校というのは間違いなく青鳥養護の久我山分校ですね。この久我山分校は、分校として青鳥養護から高等部門を残して小中が久我山盲学校の敷地内にプレハブニ階建てで移ってからもう十五年になるわけですよ。いつかは本校になるというふうに聞かされて、我慢に我慢を重ねてここまで来ているわけで、この分校が、これから十年たっても分校がなくならない、分校のままということは、確かに若干の改修やなんかはあるかもしれませんが、なぜ学校にしないのか。
 これだけでも、はっきりいって五十五校一分校をとにかく動かさないことだけを至上命題にしているとしか思えないんですが、この青鳥久我山分校についてはいかがですか。

○伊藤参事 青鳥養護学校久我山分校の本校化につきましては、従来から要望があることも承知してございます。青鳥養護学校久我山分校も含めて養護学校全体の児童生徒数が今後さらに増加することも見込まれるために、盲・ろう・養護学校全体の教育環境整備を検討する中で総合的な対策を講じていきたいというように考えております。

○曽根委員 そうすると、改めてちょっとお聞きしたいんですが、五十五校一分校というのが現在、概要案として出されていますが、総合的な検討を踏まえて、最終的な計画段階ではこの数字は完全に今決まっているわけではない、最終段階では、場合によっては例えば久我山分校を本校化して五十六校ということもあり得るということですね。

○伊藤参事 今後の児童生徒数の動向等も考慮いたしまして、第一次実施計画及び第二次実施計画、第三次実施計画の中で検討してまいります。

○曽根委員 わかりました。学校数も含めて第一次実施計画、第二次、第三次と検討していくということですね。
 したがって、私はあくまで、五十五校一分校という概要案として出されていますが、これはまだコンクリートされていない、やっぱり全体の学校数を、私から見ても、どう見てもふやさないで入り切れるわけないと思うので、その点をコンクリートしないで議論していきたいと思います。

 もう一つ、この点で気になるのは、東京都は小中学校に置かれている身障学級を特別支援教室に変えていくということを今検討しているわけですが、もしそうなって、学級じゃなくなって特別支援教室になったために、今まで身障学級に通っていたような子どもたちが、一部とはいえ養護学校に移ってくるということも考えられると思うんですね、こういう方針でいった場合。
 例えば、今八千人近くいる身障学級の生徒児童が一部でも養護学校に移ってくるということになれば、例えば一割移って八百人来たって、それだけでこの計画は破綻するわけですが、これから千人ふえると考えている子どもの増加の中には、身障学級が特別支援教室に変わっていくんだということを前提にして考えられているんですか。

○伊藤参事 今回の計画につきましては、今後十年間で約千人の生徒増加数が見込まれてございますが、これは都内の児童生徒数全体に占める都立盲・ろう・養護学校在籍者の割合や、生徒の増加傾向、増加状況などから推計したものでございます。委員ご指摘の身障学級の点につきましては、現行推計の中には想定してございません。

○曽根委員 ですから私、一方で身障学級をなくすということを進めながら、実はその子どもたちが養護学校に移ってくるということを想定していないというのも大変矛盾した話なんですが、率直にいえば、かねてから申し上げているように、身障学級は今の制度で残すべきなんですよ、この点からいったって。もしこれを学級解消してそれに近いものをつくるといっても、保護者の方々の中には不安に思って、養護学校の方がやっぱりいいというふうにして、たとえ一割移ってきたって大変なことになるという点から見ても、私は、身障学級についてもこの際、現状の形を充実させていくべきだということをあえて申し上げておきたいと思うんです。

 それで、そういう中で、説明会が三回ぐらい行われているようですが、お聞きしたところ、合計で三カ所八百五十人程度、通学している児童生徒の保護者の方々の一割ぐらいになるでしょうか。養護学校の保護者に基本的に全員この計画説明が、聞いていただいたとはいえない状況だと思います。
 まして、これからお聞きしますが、ろう学校や寄宿舎の関係者には特段詳しい説明が必要だと思うので、これは改めて各学校の保護者を対象に個別にきちんと全員を対象に説明がされるという、最小限の説明責任は果たしていただきたいとうことを要望しておきます。

 その上で、今そういう説明が足りないこともあって、また計画自体がやはり全体として非常に現行の学校の枠を出ないということから、そのしわ寄せの一つがろう学校に集まっているわけです。私のところにも、杉並、石神井、大田、品川、江東などの、これは統廃合になる対象のろう学校の保護者の方々から、さまざまな署名を取り組んでいる、請願を出したいという話が来ております。その方々のお話を聞くと、やっぱり学校側の説明などが、もう統廃合が決まって動かないかのような説明だということに大変不安を持っていました。

 皆さんの要望の中身については先ほどもいろいろ話がありましたので簡潔にしますけれども、まとめていうならば、一つとして、現在、幼稚部、小学部に通う子どもたちは卒業まで現在の場所に通学できるようにしてほしいというのが第一。
第二に、その後も、現在の六カ所の幼小部門を減らさないようにしてほしい、少なくとも。本当はふやしてほしいんだけれども、減らさないようにしてほしいという要望が第二。
 それから杉並については、中高一貴校をつくるのはいいんだけれども、幼小部門は残して、幼小、そして中高一貫と、どんな形にせよそういう一つながりの学校の制度にしてほしいという三つぐらいの要望があると思うんです。

 先ほどいろいろお話があって、サテライト方式の分教室で、分教室を残しながらまたサテライト方式など、いろいろその後も検討していくというような話があって、少しずつ保護者の方々の要望に都教委としても近づけようという努力はされているのかなというふうな印象を受けました。それはそれで貴重な問題だと思いますが、私、やはり先ほどもいったように、この八つのろう学校を四つにしてしまうという最終的な計画をやっぱり根本から見直すことがどうしてもこの問題では必要だ、そのことからすべての問題が起きてきているわけなので、そのことをはっきり申し上げたいと思うんです。
 その上で、少なくとも幼小部門がある現在の六カ所、ここを基本的に、どんな形にせよ今通っているところに通わせてほしいということと、その後に続く、新しくそこに通ってくるであろう子どもたちにも、その学校がやっぱり残っていてほしいというのは、今通っている子どもさんの保護者の皆さんの共通の願いだと思うんです。
 その点で、六カ所を残すことができないのかどうか。この点は最終決定は十一月だそうですから、それまでに再検討をお願いしたいんですが、いかがでしょうか。

○伊藤参事 ろう学校の児童生徒につきましては、言語の発達、コミュニケーション能力の伸長のために、児童生徒間で切磋琢磨できる集団が必要でございます。このために、学級規模を確保することを目的に、幼稚部、小学部を含めた再編整備を行うものでございます。
 しかし、幼稚部、小学部の生徒の通学負担につきましては配慮が必要であることはご指摘のとおりでございます。そこで、当分の間、分教室を設置し、幼稚部、小学部に在籍する幼児、児童の通学を保障するものでございます。

○曽根委員 この点は先ほど来質問がいろいろありましたので、そういう若干でも改善していこうという構えがあるのであれば、私は、どんな形にせよ、今の学校のある、幼小部門のあるせめて六カ所については、その後に続く、幼稚部に入ってくるであろう周辺地域の子どもさんたちにその門戸をあける制度を考えてほしいということは強くお願いしたいと思うんです。
 本当は、幼小部門というのはいわば幼稚園ですから本当に身近になければならないわけなので、全都六カ所というのも非常に少ないと思いますが、それぐらいは私は工夫次第でいろんな方法はあり得ると思います、杉並も含めて。このことを申し上げておきます。
 実際に転学しなければならない場合を想定して、先ほども質問がありましたが、どれぐらい通学時間が延びるのかということをいろいろ皆さん心配して、時間を計ってみたり行ってみたりしているわけですね。当局としては、一番通学時間が延びる場合、どれぐらい延びるというふうに見ているんでしょうか。

○伊藤参事 品川ろう学校に通う幼児、児童が大塚ろう学校に通うようになったと仮定した場合が最も通学時間が延長されると考えられます。品川ろう学校から最寄り駅の臨海高速鉄道の大井町駅まで徒歩七分、大井町駅から大塚駅までが二十九分、大塚駅から大塚ろう学校までが徒歩十分でございまして、合計所要時間は四十六分でございます。これが通学時間が最も延長される場合と考えてございます。
 なお、平成十六年度に品川ろう学校の在籍者について試算したところ、平均三十二分程度の通学時間が延長になると見込まれております。

○曽根委員 先ほどの切瑳琢磨の詰も含めて、やはり計画を立てている都教委の皆さんが障害児の通学の実態をやっぱり知らないんだと思います。いや、率直にいって私も知らなかったんです。
 今、四十六分という話があって、大塚ろう学校に行く場合、大塚駅からろう学校まで十分というふうに計測していますね。十分じやないんですよ、これが。障害児にはいろんなタイプの子がいて、通学時間はまちまちです。本当に十分ですいすいと大人並みに通える子もいるけれども、そうでない子もいるんですよ。

 私、杉並ろう学校の父母の方々が有志で請願を出したいということで、これは残念ながら今議会に出されると次の議会まで送られちゃいますので、今回審議にならないのですけれども、その代表の阿部さんという方が、息子さんのともや君という今幼稚部に通っているお子さんは、今でも杉並の下高井戸駅から、大人なら歩いて五分の杉並ろう学校まで、その大人なら五分の距離を一時間半かけて通っているんだというんですよ。だから、大塚ろう学校に移ったら、大塚駅から歩いて十分の大塚ろう学校まで三時間かかると考えなきゃならないというんですね。そんなばかなと、私も思いましたよ、そのときは。
 それはやっばり実態を見ないとわからないと思って、その何日か後にその阿部さんの通学におつき合いさせていただきました。
 どういうふうになっているかというと、まず、調布にある自宅を七時五分前に一緒に出発しました。バス停までは割合順調に七分で行き、バスが七時七分に来て、調布駅には七時半に到着、この辺は順調にいっています。車や動くものが好きなお子さんらしくて、これはちょっと写真を撮ってきましたが、いつも運転席のすぐ後ろで前を見ているんですね。
 それから、その後に、調布から京王に乗りまして、七時二十六分に電車が来て、十五分間で急行で桜上水まで行って乗りかえます。この桜上水到着が七時四十一分、五分待って、七時四十六分に各駅停車が来て、四分間、次の駅で、下高井戸七時五十分に到着しています。

 ここまでは、バスと電車を乗り継いでそんなに時間はかかっていないんですが、この中にも例えば、電車の中は通勤電車ですから、(写真を示す)こういう状態でともや君は通学しているわけですね。ここに、大人の間に挟まれてここにいるわけです。こういう状態になったときに、障害の子どもによっては、やっぱり声を上げてしまうとかパニックになるとかいうことはあるそうです。トモヤ君の場合はしっかりと落ちついてずっと外を見ていました。お母さんがしっかり手を握って、放さないで十五分間。

 それから後、下高井戸に着いてからが一時間半なんですが、私もちょっとどうしてなのかなと思ったんですが、まず電車をおりて、ホームの一番端っこにあるモニター画面があるんですね、電車のドアを見る。この画面のところに行って、休憩になるわけですね。この休憩というのは、ともや君にとっては必要な時間なんですよ。十分間、実際にお話どおり十分間、彼はここに座り込んで、ホームの端でじっとしているんですね。いつまでもじっとしているわけじゃなくて、あるとき突然立ち上がって歩き出すんです。
 それから次に、駅を出て、駅前のベンチでまた休憩があります。これも彼にとっては必要なペースらしいんですね。この時間は大分短くなったけれどもやはり、そうですね、その場で学校の先生やなんか随分通り過ぎていきまして、大体駅前でも二十分間ここでベンチに座って、車を見たり電車を見たり人の通っていくのを見たりしているんですね。
それから、また歩き出して、次に、下高井戸の放射五号の通るところ、交差点に来て、信号を渡ってからまたここでとまって車の通行を眺める。この時間が、いろいろ移動しながらずっと眺めたりして大体二十分ぐらいやっぱりここで時間を過ごす。ここで無理に引っ張ったりするとパニックを起こすという状況なんです。この時間も随分短くなったそうです。(写真を示す)
 こういうふうにして途中でもまたとまって、ということもあります。それで、途中でパニックを、ちょっと軽い状態になると、座り込んだり靴を脱いだりなんかします。

 やっとこの杉並ろう学校に到着したのが、校門を入ったのが八時五十二分、しかし玄関に到着するまでにまだいろいろあって、途中にべンチもいっぱいあるんですね、校庭の中に。
 九時に玄関に入っているんです。したがって、もう二時間以上たっているんですが、さらに、玄関に入ってから教室にすぐは入らないんですね。これもやっばり休憩があるわけです。ここに、うちの格好をしたあれがありまして、(写真を示す)そのうちの中に入ってみたりして、私もついにタイムアップになって九時十五分に失礼したんですけれども、そのときまで教室には行かないで玄関でやっぱりいました。
 ですから、私も二時間二十分はつき合ったんですけれども、それ以上はつき合い切れなかった。これは決して異常なことではなくて、彼にとっては必要な通学のペースなんですね。

 これは環境が変わったら全部白紙でやり直しだということなんですよ。
 したがって、まだ幼稚部の子どもさんですし、小学部に上がっても、こういう聴力障害の子どもさんにもさまざまな重複障害もあり得ますし、そういう点では、通学時間というのは本当に延々と延びて、場合によっては三時間、四時間ということもあり得るんだということを承知の上でやっぱり計画というのは考えなくちやいけない。ですから、少なくとも現在の六カ所というのは私は減らすべきじやないということを声を大にして申し上げておきたいと思います。

 それからもう一つ、ろう学校で、石神井と大田の方から、専攻科の募集停止が来年からにされてしまうじやないかということで、これは既に、簡単にいいますと、高等部の二年か三年、二年の途中ぐらいからどの専攻科に行くかを決めて、そのための授業のコースに入っているそうなんです。つまり準備段階に入っているわけで、コースが決まって、自分で決めて努力をしている子どもに、来年度、専攻科へ行けないよ、葛飾か立川に行きなさいというのではあんまりじやないかという声が出ています。
 これは私は本当にそのとおりだと思うんです。物理的には、これは何とか今準備に入っている子どもたちの専攻科入学は私はできると思うんですよ、工夫すれば。それぐらいは保障してやっていいと思うんですが、いかがでしょうか。

○伊藤参事 石神井ろう学校と大田ろう学校の閉校と、中高一貫型教育を行うろう学校の設置は、平成十一年発表の東京都聴覚障害教育推進構想で既に述べられてございまして、計画の早期実現が待望されているところでございます。
 石神井ろう学校と大田ろう学校の高等部専攻科の生徒は、高等部設置校四校全体におきましても合計で一学年が二十八名、二学年が二十七名でございまして、一学年当たり一校七名前後という状況でございます。来年度の専攻科入学の対象学年でございます高等部三年生が、石神井ろう学校が七名、大田ろう学校が二名でございまして、さらにろう学校専攻科以外の進路も含め、進路希望が多様であると聞いてございます。
 都教育委員会といたしましては、教育環境の悪化が予想される中で、青年期の適切な学習集団を確保する観点からも早急な対応が必要であると認識してございます。

○曽根委員 最後におっしゃった学習環境の悪化というのが私は一番懸念されるのは、行きたい専攻科が自分の学校にあるのに、遠く離れたところの学校の専攻科に、枠はできるかもしれないけれども行かなきやならないということが一番学習環境の悪化になると思うので、早急に対応というのは、やはり何とか工夫して、少なくとも今専攻科を目指している子どもたちにはその道を保障していただきたい、その学校で教えていただきたいということを、改めて、これは計画はまだコンクリートでないということですから、申し上げておきます。

 次に、時間もあれですので寄宿舎の問題について聞きたいと思うんですが、先日、本会議の後だったので夜十時近くになってしまいましたが、城北養護学校の寄宿舎を見させていただきました。先ほど来出ている話とちょっとかみ合わせていいますと、やはり定数の問題が、定数と入舎率の問題がやっぱり実態と違うなということを強く感じざるを得ません。
 縮小理由の中には入舎率が低いということが出されていますが、これはあくまで昨年ですか、これは実績は、昨年の五月一目時点で宿舎にその時点で入っている人数と、それからできたときに決めた、城北でいえば四十人ですか、四十人で割ったもの、これが入舎率ですね。それで表がきょう資料に出ているはずですね。
 そうすると非常に低く見えるんですが、城北の実態を校長先生にお聞きしたんですけれども、こういうことなんですね。例えば今年度でいいますと、入舎希望が六十七名あった、この時点で定数を超えていますね。何とか希望者の入舎を保障したいということで一学期ずつローテーションで入舎してもらって五十八名を迎えることになった。しかし、入舎見送りが九名出てしまったという話なんですね。こういう実態ですね。その五十八名を受け入れるのは当然、定数をかなりオーバーしていますから、一学期ずつ分けて、何とか希望者には一年のうちの部分的な期間であっても寄宿舎体験をさせていこう、こういう実態だということで、この城北でお聞きした話なんですけれども、これそのものは事実ですね。

○伊藤参事 委員ご指摘いただきました城北養護学校でございますが、寄宿舎の舎生が二十名ということで五室しか使用しておりませんが、施設上は九重あるという状況がございます。したがいまして、寄宿舎の定員が四十名でございますので、五部屋ということで、一部屋当たり八人でございますが、現在二十名という状況でございますので、一部屋当たり四名で一部屋を使っている状況でございますが、使用していない四室につきましては、プレールーム、更衣室等で使用しているのが現状でございます。

○曽根委員 そういう現状でした。
 私、食堂も見ましたけれども、はっきりいって、かつてのように重度の寄宿生が半分以下、三分の一程度という時代ならまだしも、今、重度の子どもさんが寄宿舎でも八割を超えているということですので、ストレッチャーだとか車いすで、食堂一つとっても、四十人の定員はとても入らないということは明らかで、物理的に入らないということは明らかでした。
 ですから、確かに居室は九つぐらいあるんでしょうが、実際には使えない、居室として、という状況なんだと思います。詳しいことは私、専門家じやないのでわかりませんが、実態としてこうだということはご存じで、だから都の教育委員会も、何が何でも四十名、希望は六十七名あるわけですよ、だから四十人入れてやれとはいっていないわけですね。これは事実ですね。無理なんでしょう、だって、四十人入れるのは。

○伊藤参事 城北養護学校の寄宿舎定数につきましては、四十人ということで、舎生の状況を定めてございまして、指導員体制につきましても、その人数で受け入れが可能な体制を組んでございます。

○曽根委員 だったら、何で四十名入れさせてやれないんですか。

○伊藤参事 これは入舎につきましては、生徒、保護者等の希望等状況もございまして、現在のところ、舎生の状況につきましては、現状の状況につきましては二十名という状況でございます。

○曽根委員 これ以上やっても水かけ論になっちゃうので、実態としては、学校長も含めて、無理だから入れていないんですよ。希望はあるから、それにこたえるために最大限頑張って五十八名まで、しかし一学期間のみとか、もしくは、通年でいる子ももちろんいますよ、その子の状態によっては。
 しかしそれ以上は、物理的にも、それから人員配置の上でも無理というのが現場の声であって、これは私、率直にいって、現場に行っているから、それはもう本当にそのとおりだと思います。その点は、だから今回、入舎率が悪くて効率が悪いというようなことを、現場に行ったら絶対いえませんから、これはもう外すべきだと思います、理由から。
 この統廃合によって、やはり教育的な寄宿舎体験の意味が失われてしまうというのは、本当にこれは残念でなりません。ましてや、知的養護のところで計画されているように教室に転用してしまうというのは本当に、寄宿舎をせっかくつくってきた歴史をぶち壊しにしてしまうと思います。
 したがって、私は、現在の寄宿舎の数と役割はきちんと守るべきだと思いますが、その上でも(今まで取り組んできた寄宿舎での生活体験、自立訓練など教育的な役割を改めて確認しておきたいと思いますが、いかがでしょうか。

○伊藤参事 ご質問の点につきましては、現在、教育的な入舎の主なニーズにつきましては、基本的生活習慣の確立、親と離れ集団生活を経験する、集団生活のマナーを身につけるなどが挙げられると思います。これらは本来、教育課程の中で生活指導や宿泊行事等を計画的、継続的に指導を行っていくべきものでございます。

 今後、寄宿舎の入舎基準を見直し、原則、通学困難に限定するに当たっては、生活訓練施設を整備し、生活指導や宿泊行事等の充実を図り、社会参加、社会的自立に向けた指導を実践してまいります。

○曽根委員 教育的な役割というのを今まで取り組んできたことの意味はそれなりに認めているようですけれども、しかしあえてそれを今後は認めない、そういう理由での入舎を認めないというのは、私はやっばり計画自体が今までやってきた実績を結局はむだにしてしまうことになると思います。その点で、改めて再考を求めておきたい。
 もう十時ごろ行ったので一人しか起きていなくて、中学三年の女の子でしたが、ここでしかできないことは何ですかと聞いたら、′やっぱり友達と生活ができることだというふうにおっしゃっていました。そういう時間が本人にとってはすごく大事だということだと思います。

 それから、校長先生の方は、家族にとっての寄宿舎というので、一番喜ばれるのはおふろだと。何しろ、あそこは肢体不自由校ですから、スロープでずっと入れるおふろがあるわけですね。これは、どの家庭に行ってもあの設備はあり得ないわけですよ。たとえ一定の期間とはいえ、そういうふうに安心して入浴させてもらえる設備があるというだけでも家族にとっては大変な喜びであり、ほっとすることもあると思います。

 私は、高齢者の介護ですと、例えばニカ月ぐらいのショートステイというのがあって、家族にとっても本人にとっても、ある意味で専門的な、何といいますかステップアップの時期を持つということが制度として介護保険ではできているわけで、障害児の中にももちろんそういうものがあると思うんですね。そういうことも含めて、寄宿舎は私は、都教委が見ようとしていない、また見ていない大事な役割があると思いますので、改めて存続を求めておきたいと思います。

 最後に、・校外施設について申し上げます。
 ニカ所の校外施設、土肥とそれから聖山の両施設が廃止をするという計画が出ていますが、これの代替施設はどうなるのか、そして利用料はどれぐらい負担が上がるというふうに考えているのか、お聞かせください。

○伊藤参事 まず、代替施設の見通しについてでございますけれども、学校における移動教室の宿泊施設の選定に当たりましては、土肥、聖山の両校外教育施設に限らず幅広く考える学校がふえてございまして、平成十五年度の実績で移動教室の宿泊先を見ますと、民間施設や他の公的施設を利用する学校の方が、両校外教育施設を利用する学校よりも多くなっているという状況がございます。
 都教育委員会においても、都内及び近隣県の施設調査を行うとともに、今まで各学校が利用した民間施設や他の公的施設の情報に関するデータベースを作成し、各学校が活用できるように努めていきたいと考えてございます。
 次に、利用料の点でございますけれども、土肥、聖山の両校外教育施設を利用する場合は宿泊料が無料でございましたが、他の公的施設や民間施設を利用する場合は、宿泊料が必要になる場合がほとんどでございます。
 今後、他の公的施設や民間施設を利用する場合の経費につきましては、各学校が実施時期や活動内容、宿泊料、交通費等を総合的に検討し、今までの両校外教育施設を利用した場合の経費と大きく変わらないよう、保護者負担額を考慮する必要があると考えてございます。
 なお、移動教室に要する児童生徒の共通経費は、就学奨励費支給対象となってございます。

○曽根委員 時間の関係で少し省略しますけれども、例えば修学旅行で民間の旅館等に養護学校でも行きますが、大体九千円前後。一万円に届かないようにみんな工夫しているというのが養護学校の先生方のお話でした。もちろん一泊ですよ。
 そのことからいえば、先日お聞きしたところ、都の教育委員会は、八王子にできるユース・プラザなど、そういう施設の利用も考えているようですから、一概に一万円近くになるとはいいませんが、今、基本的に無料ということから比べて保護者の負担がはね上がってしまうことは間違いないわけです。
 では、そういうことを検討しなきやならないほど両施設の利用効率が悪いのかというと、そんなことは決してないわけで、土肥の施設についていえば、海の施設ですから利用する期間が限られているわけですよね。それを一年ならして平均でとれば、それは低くなりますよ。しかし、六月、七月、八月に集中して見れば、ほとんど満杯なわけですよね。当たり前の話ですけれども。

 それから、聖山の高原学園についても、お聞きしましたら、五十六校中五十三校が年間を通じて利用しているわけですよね。聖山のある地元の長野県更級郡大岡村の関係者の方から先日連絡があって、何としてもこの聖山高原学園を残してほしいと。廃止のうわさが向こうに行ったらしいんです。正式には話していないでしょうから。

その中で、年に何回か聖山高原学園だよりというニュースを、これファクスを送ってもらったので、絵がつぶれていますけれども、こういうニュースを出して、これは大岡村の、千五百人の村ですけれども、全戸に学園から配られているそうなんです。
 それで、この最新号、実は十月一日付ですからあした付なんですけれども、これ送ってくれたんですが、廃止のうわさを聞いたんでしょう。聖山高原学園がなぜこの大岡村に開設されたのかということを、村の職員の方だと思いますが、わざわざ初代の園長を務めた桜井さんという方を東京に訪ねてその話を載せているんですね。
 昭和四十七年、当時、障害児教育に非常に力を入れていた東京都が校外施設をつくろうということで先に土肥ができて、次に山の家もつくろうということで長野県の話が出たと。長野も非常に盛んに誘致していて、それで大岡村を紹介され、訪ねてみたと。そうしたら、村を挙げて東京都の施設を歓迎するということで、そこに決まったという話が書いてあります。
 訪ねたら、とにかく北アルプスを一望にする大変すばらしい景色と、それから空気がきれいなこと、そして村の人たちが総出で歓迎してくれたという話が書いてあって、初代の桜井さんという、その人はもう退職されていますが、本当に聖山の思い出は忘れられないということを書かれていました。

 私は、非常に象徴的だと思いますが、当時、身障教育に本当に力を入れようとした東京都が長野県まで探しに行って、わざわざこの学園をつくったと。そのときに第一号の利用で大田ろう学校の九十三名がバスで行ったそうなんですね。そのバスを村長さん以下、村役場総出で万歳で迎えたと。そのときから三十年たっていますが、ただの一歩も変わっていないと。
 何しろ山の中ですから、村は今でも毎年二千五百人近い障害児を、とにかくここで過ごす期間事故のないように、行方不明になったりする子が出ないように、農作業とかしながら見守っているということを話していました。
 この学園には、村役場から二人の方が、東京都に委託費四千五百万円ぐらいの中からこの事務や管理を委託されて、出向して働いていると。そのほかにボイラーをたいたり、草刈りをしたり、窓ふきをしたりで二十人近くが臨時雇用で貴重な雇用の夢にもなっているということです。

 今度、大岡村は何でも、この間多数決で長野市に編入されることが決まったそうなんですが、そうすると自治体の名簿からも消え、地図からも消えていく村になるわけですが、この村総出でずっと守ってきた聖山学園がなくなれば、もう人も消えてしまうということで、何としても残してもらいたいという話がありました。紹介しておきます。
 私はこれを読んで、何でこれをなくさなきやならないのかと。スキー場もあり、山もあり、湖もあり、キャンプ場もあり、山でできることは全部できる。子どもたちが毎年楽しみにして、文京盲学校の生徒は、専攻科に行って、はり、きゅうの技術を身につけたら、ここに毎年農繁期に行って、教室を開いて、稲刈りやなんかで疲れた村の方々のはり、きゅうまでやっているんです。
 そこまで交流を深めている、まさに人間関係も三十年間営々と築いてきた学園を何でつぶさなきゃならないのかということが本当に根本的にわからないんですが、これの存続について改めて再検討を求めますが、いかがでしょうか。

○伊藤参事 校外教育施設の廃所の理由といたしましては、利用率の低下や施設の老朽化、児童生徒の障害の重度重複化、児童生徒の障害においたニーズの多様化、保護者のニーズの多様化や、希望どおりの時期に利用できない実態等を総合的に勘案し、閉所することにしたものでございます。
 移動教室等で最も重要だと考えられますのは、学年の教育内容、目標や移動教室の目的、ねらいを明確にして移動教室を実施することでございます。今後、学校と保護者間とで連携をとりながら、実施場所や活動内容について選択していくことが必要であると考えてございます。
 今後は、先ほどもお答えいたしましたように、児童生徒及び保護者の多様なニーズに対応いたしまして、宿泊施設の情報に関するデータベースの作成や医師等の付き添いの充実を行うなどの配慮をしてまいりたいと検討していきたいと考えております。

○曽根委員 二つの施設で、もし足りないのであれば、民間、その他、ユース・プラザも含めて検討することは大いにあり得ると思いますよ。しかし、たかだか四千数百万円の委託料をけちって、大事な三十年来の長野県大岡村とのおつき合いや、この貴重な財産である高原施設を、山の施設を失うということは、障害児教育にとっても大きな損失になるということを改めて申し上げて質問を終わります。

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