2003年12月12日文教委員会 このままでは都立大が崩壊する! 今こそ立ち止まって大学と話し合いを ●4人の教員の辞職は誰の責任か ○曽根委員 それでは、まず、今も話題になりましたロースクール、法科大学院の開設を直前にしての、報道されている四人の先生の退職の問題について、今幾つか質問もありましたから、ダブりを省きまして、まず、こういう事態に至った最終的な責任というのはだれが負うべき問題だと考えていますか。 ○宮下参事 まずは十六年四月、予定どおり開設に向けて努力をしていく責任が、私ども大学管理本部、それから都立大学にあろうかと思います。 それから、このような影響を与えたわけですから、さまざまな理由はありましょうが、事前に就任承諾書を出しておきながら、突然退職願を出されたという四人の先生方にもそれ相応の社会的な責任があろうか、このように考えております。 ○曽根委員 先生方には退職の自由はあるのですか。新しい大学のカリキュラムに承認をしていたということが、ご本人の退職願を縛ることはできますか。 ○宮下参事 四人のうち三人につきましては、体調不良等の理由で退職願を出されているところです。お一人につきましては、一身上の都合ということで退職願を出されているところであります。 ○曽根委員 体調不良や一身上の都合ということですから、これはそういう形で出された以上は受けるしかない、その後の対策については、基本的には大学管理本部が設置者、東京都ですから、埋め合わせを検討するしかないということですよね。 そのことを踏まえて、私.、お聞きしたいのですけれども、まず、この大学院の構想が固まったのは、六月一日に先生の配置が決まって、六月二十七日に申請したというふうにいわれました。私は、これがやはり八月一日の新構想発表よりもかなり前であったことが、極めて重要な事実だと思うのです。 やめた先生方が、もう既に十月ごろから同僚の先生や、それからそのほか大学の内部の方々に、自分は新大学が設立するときにはもうこの大学にはいないだろう、新大学にはついていかないということも、はっきり表明していた法学部の先生がいるということは、私も聞いておりました。 したがって、八月一日以降、新構想が発表されて以来の知事、または大学管理本部サイドからのやり方に対して厳しい批判の意見を持っていた、そして、それまで曲がりなりにも、大綱に基づく大学づくりに協力してきた人たちの中でさえこういう動きが起きてきたという点では、新構想の発表以後の、中身ももちろんですが、管理本部のやり方が、こういう事態を招いた一番大きな事実上の責任があると思いますが、いかがですか。 ○宮下参事 新しい大学に対する考え方はそれぞれあろうかと思いますが、法科大学院は十六年四月に開設する予定でありまして、その内容につきましては、何ら申請時と変わっているところではございません。 したがいまして、職業人の常識といたしまして、就任承諾書を出して約束した限りは、少なくとも十六年度は法科大学院で教えるという責任があったのではないか、このように考えております。 ○曽根委員 それではお聞きしますが、既にこの四人の方の中には、一年間は法科大学院で教鞭をとるけれども、その後は自分は新大学についていかないということは、一年しかいないということも明言されている方がいたと聞いていますが、そのことを知っていたかどうかということと、そうであるならば、もう一年たったら法科大学院の、特に今回民法の関係が、三人の専任教員が必要なところ三人ともやめられてしまって、それでもう、これはだめになったわけですよね、一人でも残っていればまだしもですね。 そういう事態になることが、開学して一年先には考えることができたはずなのに、そのことを心配した文科省の問い合わせに対して大丈夫だというふうに答えたと聞いていますが、いかがですか。 ○宮下参事 そうした発言をされている先生がいたといううわさについては、聞いております。 しかしながら、本年度をもって退職するというようなことは聞いておりませんし、就任承諾書を出して手続が着々と進み、設置の認可がおりたこの時期に退職願を出されるということは、全く想定しておりませんでした。 ○曽根委員 四人の中には、七月までは、少なくとも独立行政法人化をしていく都立大学の改革大綱路線に先頭を切って協力してきた先生がいたわけですね。お名前は申し上げませんが、昨年の都立大学の総長選挙では、現総長と、いわば候補者としても争ったといいますか、選挙の立候補もされた方ですよ。当然、大学の中では、一方は批判的な立場だが、一方はまさに推進派と見られていた、自他ともに認める方ですよ。 その方が、八月一日以降の事態に、そして特に十二月九日にやめられるときには、河合塾への委託発注問題で、私はもう絶望したというふうに、同僚の方におっしゃっていると。 私は、その方はよく存じ上げていまして、もう十年近く前になりますけれども、青島都政時代に、臨海開発懇談会の副座長ですか、責任者の一人として、いわば開発推進のために熱弁を振るった方ですよ。私は批判的な立場で、ほとんどの臨海懇を傍聴していましたから、彼が青島知事に臨海開発推進を決断させるためにいかに重要な役割を果たしたか、よくわかっています。 しかもその後も、都の行政のさまざまな委員会、審議会に多数参加をして、まさにその後の都政を、私たちは野党ですから批判してきていますが、推進する立場に立ってきた方ですよ。石原知事になってからも、知事の「大学改革」に文字どおり、全身全霊を傾けて頑張ってきた方じゃないですか。 その方が、八月一日からの事態に絶望したといってやめていく、これは一体何なのか。 本当に石原知事やそれからあなた方が進めている事態が、自分に協力してきた人たちまで全部見捨てていこうとしている、まさに墓穴を掘ったとしかいいようのない事態じゃないですか。 私は、少なくともこうした方々がもうついていけないとまでいっている、その最後のとりでを壊したのは何かといえば、まさに大学らしい大学ではなくなる、もう大学とは呼べないものになっていくということなんですね、この方がおっしゃっているのは。大学という代物じゃないと思う、今つくられようとしているものは。この本質問題が、やはりこの問題に図らずも出てきた。 知事は、記者会見のときに繰り返し、ついてきたくない人はやめていいのだ、やめて結構と、はっきりおっしゃっているのですよ、公式の場で。それからすれば、やめるのは全く自由だし、そのことについてとやかくいうことはできないはずですが、いかがですか。 ○宮下参事 先ほど来申し上げておりますが、いろいろな考え方は、それぞれあろうかと思います。しかしながら、就任承諾書を出して、来年度法科大学院で教えるという約束をして、その法科大学院そのものの中身が何ら変わっているわけではございません。そうした約束をしたのであれば、その約束をきちんと果たすというのが、社会人として常識であろうと思います。 そういう意味で、今回の事態は、まことに残念に思っているところでございます。 ○曽根委員 それならば、やめていく人に社会的な常識を求めるのであれば、八月一日に記者会見で知事がやめたい人はやめていいと、つまり承諾書をその時点ではもう出して、法科大学院に対してやることを承諾した後の問題ですよ、知事がついてきたくない人はいいのだと。この非常識な発言、しかしこれは知事の発言ですからね。 あなた方がいっているよりもはるかに上位の方の発言として、やめたければやめろといったわけじゃないですか。それを、もちろん退職の自由はあるわけですよ。しかし、それが道義上の責任問われるなんてね。道義上の責任問われるのは知事の方じゃないですか。やめたければやめていいって、全員やめたらどうなるのですか、大学は。 この知事の発言についてはどう思うのですか。 ○大村参事 今、委員の方がご引用された知事の発言は、八月一日に発表しまして、平成十七年四月からできる新しい大学についてのことでございまして、現在の都立大学が都立大学の法科大学院として設ける、十六年四月開校の大学院について述べたものではございません。 ○曽根委員 もうごまかしは聞きたくないのですけれども、じゃあ法科大学院だけ先生として残って、都立の新しい大学はやめるということはできないわけですよ、これはセットですから。少なくとも一年間やったとしたって、その後はついていけなくなるわけでしょう、大学にいない以上は。そんなこと、はっきりしていることであって、専任の教員になれるのは、その大学の人でしょう。そのことを確認して、先に進みたいと思います。 ●大学の自治を破壊する河合塾発注 この大学が、新構想に基づいてこのまま突き進んでいくということが、私は改めて原点に立ち戻って考えれば、独立行政法人法をことし決めたときに、わざわざ衆参両院で議決をされたように、これが大学の自治、学問の自由を侵してはならないということを、重ねて両院で決議された。 このことを踏まえるならば、まさに実質的に、形は先ほどいったように大学の自由、学問の自由を守りますといったとしても、内実は壊されていくというふうにいわざるを得ないと思うのです。 その一つとして、この河合塾の発注の問題、私もちょっと聞いておきたいのですが、これは本来ならば、現大学の先生方が新しい構想に協力してやっていくという形を本部は考えていたと思うのです。委託内容の仕様書をいただきましたが、これはカリキュラムそのものの課程をつくることまで、全部含めて発注できるようになっているわけですよね。 先ほどは、全部を発注するとは限らないなんというお話でしたが、やろうと思えば先生方の仕事を全部干して、カリキュラムを全部つくることを、事実上委託することさえできるような中身になっていた。それが三千万円で発注された。この三千万円というのは、大学が、本部側から提示したようですけれども、一体どういう根拠で計算したのですか。 ○大村参事 本件の委託につきましては、都市教養関係の都市教養学部、人文・社会系各コースの教育課程の設計、都市教養学部全体の教育課程の設計、都市教養コースの教育課程設計、都市教養教育の教育内容の設計、エクステンションセンターの実施内容に関する調査委託など、かなり幅広い内容で委託をさせてございまして、私どもの見積もりでは、大部分を、人件費ということで見積もらせていただきました。 契約の翌日から平成十六年三月三十一日という期間にこれだけ膨大な、ほかの大学の先進的な事例を各分野にわたって、また海外も含めた大学でございますけれども、そういうものにつきまして調べていただくということもございますので、これだけ必要というふうに見積もったものでございます。 ○曽根委員 大半は人件費ということですが、私は、この問題については、十一月に発足をした都立大学の内外の方でつくっている「都民の会」という団体から、三千万円は、現大学のスタッフを中心に取り組めば、ほとんど外注の費用はかからないものであって、都民の税金のむだ遣いではないかという抗議の声明が出ていますが、全くそのとおりだと思います。 私は、新大学、もちろん世界中の大学を参考にするのも結構、国内のほかの大学を参考にするのも結構なんですが、少なくとも現都立大学のやってきたこと、成果を踏まえてどういうふうに組み立てていくのか、都市教養学部という、そういった学部の名前は決まっているけれども、中身は全くまだ見えないわけですから、それをつくっていくに当たっては、現大学の教員の協力を得られなければ、これはやはりできないと思うのですよ、実際。 現に、カリキュラムをつくるに当たっては、文科省への申請があるわけですから、今現場で教鞭をとっている先生方が、実際には文科省の申請のためにカリキュラムの科目の申請の書類を書いているというふうに聞いているのですが、河合塾に委託したものと、先生たちがやっている作業との関係は、一体どういうことなんでしょうか。 ○大村参事 今回の委託につきましては、先ほど挙げた項目の調査分析及び基礎資料の作成ということで、カリキュラムづくりそのもの全体を委託したものではございません。 先生方に、今、実際に文部科学省への申請に向けまして具体的な授業科目をどうするか、そしてその科目は具体的にどういう内容の科目かというふうな、実際のカリキュラムのもとになる授業のピックアップなども、していただいてございます。 ただ、現在の先生方は学問縦割りの大学で育ってこられた方でございまして、従来の大学教育の中では、一つの学問をマスターするというふうなことが目的ということで、まず基礎を勉強し、最後にそれを応用して卒業していくという、基礎積み上げ型の縦割りのコースだった。 それを今度新しい大学では、むしろ実社会に出たときに必要な複数の観点からいろいろ学べるという、学際的なコースにするというふうな部分で、先生方から出てきたいろいろなものにつきまして、逆に学際的な観点から足りない科目、あるいは授業のとり方も含めた、いわば味つけのような部分をどうやっていくかというふうな部分をいろいろ参考にするために、この調査委託を出したものでございます。 ○曽根委員 実際には、基礎資料を河合塾に集めてもらったりして、それをもとにカリキユラムをつくると。しかし、私の知る限り、この二つの作業はつながっているというふうには聞いていませんよ。 私、また八月一日みたいな事態がじきに起きるのだろうと思うのです。つまり、先生方には文科省あての書類を書かせておいて、いざとなれば河合塾がほとんど全部、事実上つくったものがぽんと表に出てくる、こういうことを繰り返しているのじゃないですか、この間。 はっきりいってそういうこと、もうだれも信用してませんからね。七月三十一日までさんざん協力して、先生がどの学科を担当するか、ほとんど決まっていたものを全部投げ捨てて、新学部になったのですからね。こんなことをやった以上は、もうだれも信用しませんよ。 文科省は、このカリキュラムの申請について、大学管理本部がさんざん説明しているようなコース方式、必修や選択は置かないで、いわば学生が自由に選べるようにしたいという考え方については、それはいかぬと、必修科目はちゃんと持たせなさいというふうにいっているのじゃないですか。いかがでしょう。 ○大村参事 現在、文部省と事前伺いの手続を初め、徐々に詰め始めてございます。 私どもの考え方についてはよく説明をし、その中で文部科学省の理解を得、また必要に応じて、文部科学省の制度が必要があれば制度改正のお願いもしながら、この新しい大学がうまくできるように努めてまいりたいというふうに考えております。 ○曽根委員 ちょっとこれは厳密に確認しておきたい。現時点では、制度改正がまだされていないのですから、必修科目は各学科に置かなければならないということは間違いないですよね、文科省との関係では。いかがですか。 ○大村参事 文部科学省とのやりとりで、具体的なそこの詰めまでいく段階ではございません。まだその前の段階でいろいろやっているところでございます。 そういう意味では、これからいろいろなやりとりをする中でどうしていくかという部分はございますけれども、私どもとしては、いわゆる全員必ず受けなければいけないという、必修という考え方の部分については、これはとらない。 ただ、その科目科目で、あるいはそのコースや何かでとらなければいけない科目が出てくるのは確かでございます。例えば教員免許を取るにはこういった科目が要るとか、あるいは看護婦さんの試験を受けるにはこういった授業を受けておかなければいけないとか、実習をしなければいけない、それをどういうふうに表現するかについては、また文部省と相談してまいりたいというふうに考えてございます。 ○曽根委員 文科省との間でもまだこれからでしょうが、文科省が求めている今までの大学の形を余り壊し過ぎないでちゃんとやってくれということと、それから現大学の教職員の協力がこのように得られない、不安が広がっている状態では新大学は難しいと、厳しい指摘がされているというふうに聞いていますが、そういう事態が、このカリキュラム一つ見ても起きていると思うのです。 こういうふうに新構想に基づいてどんどん進めば進むほど、実際に学問の自由とか大学の自治、自主性とかいっても、中身は管理本部が外枠もつくり、そしてカリキュラムも外注に出して受験産業につくらせ、先生たちには書類を書かせて文科省のオーケーは取るかもしれないが、実態としてあらわれたものは、また別のものが出てくるということだって起こりかねないわけですよ、今までの事態を見れば。 これで一体どこに大学の自治があり、これから大学を構成する人たちの、実際に大学づくりに参加するという実態がどこにあるのかということと、それから、それぞれの先生たちが大事にしてきた学問の領域というのは一体どうなっていくのか。 管理本部と河合塾などが中心になって、どんどん勝手に学科つくられて、そこに先生をはめ込み、入りなさいといわれて、いったいどこに自治と自律性が担保できるのか、私は率直にこれは疑問なんですが、管理本部長、こんなやり方でやっていて、大学の先生たちが、少なくとも憲法や教育基本法で定められている学問の自由や大学の自治というものが、実質、ほとんど守る保障がないというふうに批判しているのは当然だと思いませんか。 これは管理本部長、基本的な問題なので、ぜひ答えていただきたい。 ○山口大学管理本部長 曽根委員の意見、毎回文教委員会でお伺いしていますが、文部科学省からも、新しい大学構想に対して不安の声というのは、私どもは聞いておりません。 前回の文教委員会でお話ししましたように、我々は都立大学だけではなくて、科学技術大学、保健科学大学、短大、四つの大学をまとめている大学管理本部でありまして、それぞれのご意見で、今、教学準備委員会を聞きながらやっているところでございますから、反対なさっている方もいらっしゃることは当然ですけれども、賛成なさっている方も大多数おります。その中で大学改革をやっていこうとしているわけです。 もう一つ、一番根幹的に違うのは、三年前から、実は大学改革というのはずっと進めております。 その場合に、我々は平成十二年の九月に包括外部監査を受けておりまして、その包括外部監査の中には、五点ばかり、特に一番大きいのは収支とか学生数、教員数、独立行政法人になるに当たりましては、そうした法人になっていくための経営の視点というものを、多く求められております。当然のように、前回もお話しありましたように、二八%、私学ではもう定員割れを起している中で、この少子化をどう乗り切るかが大学間の競争になっております。 したがって、そういう経営の視点を入れるためにどうしていくかという、根本的なテーマをずっと抱えております。 ただ、その裏側には、教員数とか学生数とかいうことがベースになりますから、当然、反対なさる方はいらっしゃいます。しかし、我々は運営交付金という形になっていきますけれども、多くが税負担でやっていくことには変わりありませんので、できるだけそれを有効に活用するために大学改革をしておるわけでありまして、時の情勢の中に柔軟に変化をするような形で大学をやっていこうとしています。 そういう面では、専門家の委員の皆さんの意見を聞きながらやっていくわけでして、大学管理本部だけがいかにも操作をしているようないい方をされると、非常に心が痛むわけでございまして、これからも多くの社会の方のご意見を聞きながら、いい大学にしてまいります。 ●本気で都民に選ばれる大学を創れるのか ○曽根委員 そういうふうに大見えを切っても、現実には、じやあ受験生やそういう都民の人たちが、そこを目指してまじめに勉強しようというふうになるかどうかということ、これが最後の審判ですよね。都民に選ばれなければ、改革というのは何もならないわけです。 この間、聞くところによると、新大学についての説明会があって、そこで受験指導の方々が集まったのだけれども、例えば未来塾という構想がありますよね。こういうことについて質問が出ても、それは教育庁でやっているので答えられないとか、未来塾というのは教育庁の主管かもわからないけれども、都立の大学が協力してやらなければできないもので、都立の大学にそういうことも含めて聞くのは当然で、それを教育庁に聞いてくれという答えも、ひどいものだと思うのです。 それから新しい大学の構想も、仮称だというのはどうしてなんだと聞かれると、いや、それは文部省からそういうふうにしなさいと言われたか何とか、まともな、ちゃんとした答えができないというのを、出席した方から、私、ちょっとお聞きしたのです。 本当に受験生にきちんと新しい大学を説明し、まじめに大学を受けてもらおうと思ったら、今ごろこんな議論している場合じゃないのですよ。学長予定者だって、とっくに決まってなければおかしいし、そうでしょう。 だって、再来年の春には受けるのだから、今、既に受験準備に入っているわけですよ、受ける高校生は。 そういう段階に来ているにもかかわらず、こんな議論をしなければならない我々も、本当に情けないのですよ。 私は、改めてこれからの大学、改革は当然必要ですが、何を残し、何を変えていくのかということを原点から、大学関係者はもちろんですが、都民の多くの方々の意見も聞いて、我々も意見をいっていきたいし、やっていくべきだと思います。 ●都市研究所をなぜつぶすのか 例えば、今度の大学新構想で私、大変気になっているのは、都市問題を大いにやっていこうというふうにいいながらも、これまで三十年の歴史を持っている都市研究所がどこにも書いてない。お聞きしたら、どうも消えてなくなるらしいと。三十年の歴史を持っている都市研究所を、我々にも何の説明もなく、新構想にはもう入っていない。 一体この成果はどこにどう引き継がれていくのか、大変な疑問なんですよね。都市問題をやるというのだったら、都市研究所をもっと立派な研究所として拡充して、大学の中心に位置づけようとしたって、おかしくないくらいですよ。 この都市研究所については、どういうふうに位置づけようというふうに考えているのですか。 ○大村参事 今回の新しい大学の使命につきましては、八月一日に発表させていただきました構想にございますように、大都市の大学としての使命ということで、大都市における人間社会の理想像の追求ということで、大学全体が大都市のいろいろな課題に果敢に挑戦し、それを分析し、解決をしていくための教育研究を進めていこうということで、都市研究所や何かで扱っている問題も含めまして、大学全体でこれからのさまざまな都市の問題に対応していく、こういうふうに考えております。 ○曽根委員 研究所そのものは、どういうふうにするお考えなんですか。 ○大村参事 大学の個々の組織や何かにつきましては、現在、検討中でございますけれども、大都市の問題につきましては、大学全体でこれをやっていくというふうなものでございます。 そういう意味では、大学院で、各分野で大都市の問題に果敢にやっていくという分野でございますので、現在、都市研究所に所属している教員も含めまして、大学全体でいろいろな問題に当たっていくというふうに考えております。 ○曽根委員 大学全体でやるというと、いかにも本格的にやるように聞こえますが、都市研究所というのは、大学院の中の社会都市科学研究科ですか、これを教えている七人の先生が中心スタッフになりながらも、現実に、今でも都立大学内外の多くの都市間題を研究しているあらゆる分野の学者の人たちに協力を得て、テーマを定めて共同研究をやったり、通年研究というのですか、何年かかけての長期にわたる研究をやったりしているところで、今でも大学全体で支えていて、この研究所の所長は総長なんです。 ですから、大学全体でつくっている研究所なんですよ。 そういう意味では、全くこの形が、今までやってきた形がまずくて、大学全体でやるからこんな研究所はなくてもいいのだというふうになぜなるのか、私、不思議なんです。 例えばこういう研究所があるからこそ、ここにまた研究科の院生もいて、私、すごいすぐれた研究だと思ったのは、中林先生という、地震問題では権威ですよね。この方がトルコとか、この間起きている台湾とかの地震との比較研究、地震の被害、人命救出、それから復興に至るまでずっと追っかけて、各国の防災問題での比較研究というのをやっている。これは、もう何年もかかってやっているわけですよね。これはまさに、東京に今必要な研究だと思いますよ。 それからもっとソフトの面といいますか、都市に住む高齢者がいかに老後の余命が長いか、長生きできるかということと、そのお年寄りが持っている社会的なネットワーク、そのお年寄りの周りにどういう人がどうかかわりを持っているかという地域のネットワークが、いかにそのお年寄り一人の寿命を支える力になっているかという極めて微密な研究とか、これは院生の方も協力してやっていますが、こういう研究の、やはり宝の山だと思いますよ。 それを、研究所そのものを大学全体で位置づけてちゃんと形にするのかなと思ったら、大学全体に広げてやるからいいのだと、そんなふうにならないですよ。だって、いろいろな学部の違いがあるところが集まってくる場所があるからこそ、研究所があるからこそ、こういう研究ができているわけです。大学内外の協力だって。 私はこういうやり方を、やはりいいところはきちんと残していくことがどうしても必要だろう。まともに研究所の人たちとも話し合っていないでしょう、大学管理本部。大学全体でやっていくから、あなた方もう結構ですというようなことをいって、納得できますか、これ。 研究所との協議なんかはやっているのですか、この関係では。 ○大村参事 今度の新大学では、大学全体が大都市の問題に対応していこうというふうな問題でございます。 大都市の問題というのは、複雑な環境の問題も、あるいは福祉の問題も含めまして、今までの学問縦割りではできなくなっている分野もございます。そういう意味では、これからは複眼的な、学際的な、こういったチーム構成が必要になってくる。新しい大学では、まさにそれをねらいとしているものでございまして、大学全体でそれを対応していこう、大学全体が大都市の、この東京という都市のシンクタンクとして役立たせていきたい、こういうふうに考えております。 したがいまして、ご懸念のようなことがなく、逆に今都市研究所の主翼を担っていただいている都市科学研究科の先生たちも一緒になって、今、新大学の設計に入っていただいておりますので、そういうご懸念のないように、今までの都市研究所の研究成果をさらに発展させ、大学全体でこの東京に役立つ研究、そして複眼的な視点からさまざまな解決のできる研究をし、またさらに、さまざまな都市のいろいろな場で活躍できる人材を育てていきたいというふうに考えてございます。 ○曽根委員 大村さんの答弁というのは、私の話を聞かないで答弁を考えているのじゃないかと思うのだけれども、私がいっているのは、研究所があるからこそ、縦割りで狭くなりがちな学問分野が結集できる場所があるといっているのですよ、ここに。 だから防災問題だって、人の生活の問題があり、まちの復興の問題、ハード、ソフト、全部ここで集まって一つの研究ができる、そのために研究所をつくっているのでしょう。理学系だけでやればいい研究は理学部でやればいいというふうになるわけですよ。 だから、大学全体でやるということは、各学部に散らばって、縦割りに逆になりがちだからこそ研究所をつくったのですよ。 そんなことわからないのじゃ、もう話にならないのですけれども、私は都市研究所のこの理念、もちろん七人のスタッフでいいとは思いませんよ、これはもっと広げて、本当に都市の問題を担う、首都東京が持っている大学というのだったらば、この研究所を拡充するということは必要だと思います。 そして、このことは、やはり大学人の、今、都立大を構成している方々の意見を十分に聞けば、当然大事にしなければならないものは見えてくるわけで、そのことをやっていないところに、こういうボタンのかけ違いがあらゆる分野であるということを、申し上げておきたいと思うのです。 ●大学院生の扱いがひどすぎる ボタンのかけ違いの最後に、一つ、前回の宿題がありますので、やっておかなければいけないのですが、大学院の問題なんです。 もちろん学部の問題はあるのですけれども、平成二十二年に現大学の学生はすべて学籍を失い、その段階でまだ籍が残っている学生は新大学に移行させるという方針が、前回の委員会で報告されました。 この二十二年という根拠は何かということと、それから特に大学院の場合はその時点で残っている、例えば博士課程の人が通常三年というふうにいわれますが、実際には九年間そこにいて研究を続けることがあるというのが、それよりも前の段階で、現大学の学生は二十二年には切ってしまうと。 その問題について、あたかもこれは学業不振者であるかのような話が前回あったように思うのですが、大学院生の場合には、長く大学にいて研究、学問を続けるということは、学業不振どころか一流の学者になっていく、研究者になっていくための、通らなければならない大きなステップになるわけで、この点の認識は改めて聞いておきたい。二十二年の根拠とあわせてお聞きします。 ○大村参事 まず、前回の文教委員会でご説明したときのものにつきましては、四年制の学部の方の長期在籍者を中心にお話し申し上げたので、学部の四年を超えて在籍する者については学業不振が多い、そういう意味で、その者たちには改めて早い段階から出られるようにいろいろな指導をしたいということでございまして、当然、学業不振では大学院にもともと入れるわけではございませんので、大学院の方については、またこれと事情が違うというのは、十分認識してございます。 なお、二十二年の根拠でございますけれども、これにつきましては、法人化をしたときの第一期の中期計画が六年間でございました。そういう意味で、六年間がいろいろな意味での一つのめどになるというふうなことで、この六年をとったものでございますし、また、教学面から、ある程度早めに、一応基準の学部四年とか、それから修士は二年、博士は三年という課程は決まっていますけれども、きちっと早めに社会に出すということからも、ダブったとしてもその六年をめどにやるのを一つの目標にしたいというふうなことで、この二十二年を設定したものでございます。 ○曽根委員 大学院については、学業不振じゃないということは確認しておきますよ。 それで、そういう学業不振ではなく、まさに学者として自立していくためのステップとして大学院に残り、留学もし、自分で一生懸命勉強する場としての大学を選んでいくというふうにして、最長九年、博士課程であればいられるという現在の制度から、二十二年でだれがどれくらい引っかかってくるかというのは、現状で考えてみて、私、この間ちょっと申し上げましたが、最後の大学院入学生というのは、やはり平成十七年、新しい大学はもしかしたらスタートしているかもしれないけれども、現大学院の体制のもとでは、十七年入学生が最後になるというふうに考えれば、二十二年では六年になってしまいます。現在、六年を超えて大学院に在籍している方は、都立大ではどれくらいいるのですか。 ○大村参事 現在の都立大学、まあほかの大学院では六年超過者はいないわけなんでございますけれども、都立大学での六年超過者の院生数は二十九名でございます。(「何をやっているのだ」 と呼ぶ者あり) なお、七年以上は十名というふうなことでございますけれども、六年以上は二十九名でございます。 そういう中で、確かに十七年度には新しい大学で現在の研究科構成ということで進みますけれども、なるべくこの人数が少なくなるように、あらかじめいろいろな形で指導していきたいというふうに考えてございます。 ○曽根委員 前回の委員会で十名という話があったのだけれども、実際には、現在の大学院の構成で入る最後の大学院生、これが博士課程に入った場合、九年間いたいと思っても現大学が六年で終わってしまう。そうすると、大学院も当然改組されるということで、今でいえば二十九人くらい残る可能性があるわけですよね。これは全体の博士課程の大学院生が六百人くらいですか、比べると、やはり相当な割合になるわけですよ。 さっきも、何をやっているのだとおっしゃったけれども、学業不振者ではなく、研究者を目指すからこそ長く大学院にとどまって、先生の教えを請いながら着々と自分の学問の道を進んでいる方々ですよ。 大学では一番大事にしなければならない、将来、間違いなく大学か研究所の先生になっていこうとしている、まあ先生方にとっては後継ぎですよね。 そういう方々が、(「そうとも限らないだろう」 と呼ぶ者あり)・・ いや、もちろん民間の企業に行って、民間の研究所で活躍している方もたくさんいますよ。 そういう人たちが二十九人も残ってしまうとすれば、そしてそれが新大学にいやでも応でも移行しなければならない、これはやはり重大な問題だと思うのです。現大学の体制で入っているわけですから、当然、その大学の学問の道、学科、専攻、これを選んできたということから、その卒業を保証するのは最小限のいわば義務として、現大学に課せられていると思うのです。 そういう意味では、例えばこれはおかしいということで訴訟になれば、私、はっきりいって大学管理本部が負けるというくらいな重大な問題だと思うのですよ。その大学に入ったのに、卒業ができないということになればね。しかも、今の規則では、そこで長く学問研究をやれるのにやれないということは、やはり約束違反になると思うのですが、この点はどういうふうにされるつもりですか。 ○大村参事 十七年度に大学院に入る学生につきましては、新大学の学生になりますので、新大学としてはずっとあるわけでございます。新大学の大学院の学生の募集はこれからでございますので、これについて、今の形になるのは二十二年までですよというアナウンスはあらかじめして、それを目標にして受験をしていただくということになります。 また入ったときに、基本はやはり修士の場合は二年、博士の場合は三年で、まず行っていただくというのがベースでございます。ただ、ダブっても六年まで行けるというふうなことでございます。そしてさらに、同じ大学が続いているわけでございますから、新しい構成の大学院の中に編入するとか、個別の道をその前に探りながら、遺漏のないようにしていきたいというふうに考えてございます。 ○曽根委員 これは非常にひどい話で、今までは九年いられるのだけれども、今と同じ大学院の構成だが、新大学に入ったことになるので、大学院にいられる期間は六年になる、そういう規則をつくるのでしょうけれどもね、新大学で。 そうすると翌年、十八年度から新しい構成の大学院に入った人たちも、また博士課程でいうと六年くらいにするおつもりなんですか。 ○大村参事 あくまでも基本は、博士課程であれば三年でございまして、例えば休学というのは、とることは、許可されれば一年ごとの更新が許されるということで、別に権利ではございません。文部省や何かも、なるべくこの基準の中で卒業させるようにとか、そういう部分も含めて指導は受けているところでございますので、基本的にはまず三年で卒業できるカリキュラム編制や教育体制をきちっとした上で、個々の学生の状況なんかに応じて対応していくものでございまして、あくまでも六年とか九年を保証するとか、そういうふうなべースの話にはならないものでございます。 ○曽根委員 ということは、またまた重大な問題なんですけれども、新しい大学では大学院の、今、都立大学でやっているような方式、つまり基本はもちろん博士でいえば三年なんですが、休学または留学を含めれば九年間は学籍が置ける、そういう勉学の条件を保証しているわけですが、そういう規則は持たないという方針なんですか。 ○大村参事 学則でさまざまな規定をこれから規定整備していかなければいけませんけれども、必ずしも現在の都立の大学の間でも、このいろいろな基準はばらばらでございます。 そういう意味では、いろいろな大学のケースを参考にしながら、これからどういう規程を設けていくかということでございまして、現在の都立大学の規程と全く同じにするというふうなこととは必ずしも限らないものでございます。中身については、これから詰めていくものでございます。 ○曽根委員 私は、学部の学生の場合、これは基本的に四年で卒業するのが本分だと思いますよ。しかし、大学院というのは、学部を超えて研究、勉学を続けるために残って、場合によっては留学もしながらグレードアップしていく世界ですから、一人一人を大事にするというのは、大学の非常に重要な部分だと思います。その規定を設けるのは当然だと思います。 その中で、現都立大学で博士課程でいえば九年在籍できるというふうにしている、その後、新大学はどうなるかはこれから検討する、しかし、そのはざまにある十七年度入学の大学院生に限ってはもう六年で切られる、これだけははっきりしている。その後はまた九年に戻るかもしれないのですよ、場合によっては。十七年度大学院に入学の人たちだけが期限を切られている、その根拠は何かと聞いたら中期計画だと。 はっきりいって、制度に人間をともかく押し込めよう、そのために大切な研究者の卵になる人たちを、無理やりでもほかの大学に行くか、何とかしてくださいというのは、あんまりひどいじゃないか。一体大学というのは何をするところなんだ、制度をつくるだけならだれでもできるのだ。 しかし、そこでまともに頑張ろうとしている研究者を、そういうひどいやり方はないじゃないですか。 中期計画にこだわらなければ、現大学で規定をそのまま延長すれば、いずれは卒業して巣立っていくわけでしょう。ちょっと三年くらい延長すれば。 これは新大学が発足しての課程だから、余り私はいいたくないけれども、少なくとも新大学がどうなろうと、今研究に携わって、大学院を目指している人たちについて、それを最大限に保証しますよという、前学長も学生に約束した、この約束の理念を守ってもらいたいのですよ。 何で中期計画にこだわって二十二年で線を引くのですか。大した予算のかかることじゃありませんよ。もう人数は限られているのだから。何とかなると思いますが、いかがですか。 ○大村参事 全く逆でございまして、私どもは、新たな制度として単位バンクという考え方を入れようとしております。 これにつきましては、終業年限について、むしろ制限を取っ払ちゃおうという考え方でございます。そういう意味で、先生のおっしゃる九年だとか六年だとかいう、逆に制限について、なるべく柔軟にできるようにしたいということで、大学院の学生につきましても、一たん中断してまた入ってくるとか、そういうのも含めまして、かなり柔軟にしたいというふうに考えてございます。 ただ、十七年に設置されます大学院の研究科の構成については、二十二年度までですということでございまして、十七年に入った学生さんが必要があれば十八年以降、別の構成にはなりますけれども、新大学の大学院の中で勉強を続けることは可能でございますので、そこについては誤解のないようにお願いできればと思います。 むしろ、規定でいろいろ縛るよりも、この単位バンクを使って柔軟に研究を続けていただいて、一たん中断したり、あるいはまた戻ってきたり、再開したりというふうな、かなり柔軟な運用ができればというふうに考えてございます。 ○曽根委員 全然私の質問の真意を理解してくれないのですけれども、私は、新大学の範囲のことをいっているのじゃないのですよ。大学院まで行けば、その人の研究する世界というのは極めてはっきりしている世界で、それが新大学のどこにあるかという保証は、今何もないわけでしょう、全く構成が変わるのだから。 だから、今の研究を続けて卒業するということを前提に考えれば、今の研究体制、今の大学院体制を保証する、しかも、何百人もいる大学院の中で残っているのがそういう限られた、二十九人、三十人近くいても限られた部分なんだから、その手当てはできるじゃないかといっているわけで、こんなことくらいやれないようで、何が大学だといいたいわけですよ。そのことはいっておきますよ。 ●公立大学協会の西沢会長も、大学との協力を要請 私、最後に申し上げたいのは、八月一日発表の構想をつくった張本人、という言葉は余りよくないでしょうけれども、五月以来検討してきた新しい検討会を立ち上げる中心の西澤先生、西澤さんが会長をやっている公立大学協会が、十月二日に公立大学法人化に関する協会の見解というのを、西沢会長名で出しているのです。 この中には繰り返し、「大学法人は原則として学長を兼務する理事長、(これは都立大学の場合違いますけれども、)を中心として、自主的、自律的に運営されなければならない」。それから、「教育研究についての中期目標を定めるに際しても、設立団体の長は、(つまり知事ですね、)あらかじめ当該公立大学法人の意見を聞き、当該意見に配慮しなければならない」。 それから、「設置者である地方公共団体が法人化を選ぶ場合には、大学における教育研究の特性に常に配慮しなければならない」という、これは法文にあるわけですけれども、こういうことをきちんと踏まえてやりなさい、やらなければならないということを、繰り返し強調しているわけです。 「大学の担うべき高度な教育研究の確実な実施に対する責任を負っていることが法制度の基本的な前提である。だから、設置自治体が法人化を選択する場合には、公立大学と十分な協議を行い、新たな協力関係を築いていくことを要請します。教育研究の特性及びこの特性の最も重要な要素である自主性に常に配慮し、大学側と十分に協議しながら、双方の共同作業として進めていくという姿勢が何よりも必要」だと、ここまで西澤名で出ているのですよ。 私、新大学構想、中身はこの西澤先生が中心になってつくられた、しかし実施しているのは大学本部がやっている。西澤さんの会長名で公立大学協会が出している見解からいっても、事態は全く逆の方向に進んでいる。 都立大学の多くの先生が、もうやめるという事態にまでなっている。もう既に、法学部のほかにもやめるということを表明している方がぞろぞろ出ていますよ。 こんなことで、大学の協力が得られたといえる実態にないことは明らかだ。 四大学のうち一つだけだというかもしれないけれども、一番大きな大学で、しかもキヤンパスの中心を担う大学ですよ。これが公立大学協会の西澤さんの名前で出ているということは、一体どういうことになるわけですか。 この大学に、西澤さんが学長の予定者なんかになったら大変なことになりますよ。自分のいっていることと違う大学に来ることになるから。 この公立大学協会の見解についての評価をお聞きしたい。 ○大村参事 各地方公共団体が設置している大学につきましての団体としての公立大学協会があるわけでございますけれども、そこでの各大学がそのままの姿で独立行政法人化をしたときに、それまでの形とどう変わってくるかというふうなところについてのいろいろ危惧があって、そういうふうなご要望になったと思っております。 私どもの今やっている作業につきましては、そのままの形で法律化するということではなくて、まず新しい大学をつくるというところで進めておりまして、これにつきましては、教学面について、現在、かなり多くの、ほとんどの先生たちの協力を得て、カリキュラムづくりに参加を決定しているところでございまして、これ基づいてできた大学につきましては、当然のことながら、学問の自由とか大学の自治がある新しい大学として発足するものでございますので、ご要望はご要望としてありますけれども、ちょっと違う部分もある、私どものつくっている作業の内容に対して、ダイレクトにそれが当てはまる部分ではない部分もあるということで、ご理解いただければと思います。 ○曽根委員 当てはまらないところもあるが、要望、ご意見はご意見としてというふうな詰もありました。 公立大学協会七十六大学の学長で構成しているもので、私はこういう公立大学の共通の問題だからこそ、協会がわざわざこのように、法律ができたときに、衆参両院で大学の自治や学問の自由を守ることとあわせて、法律にもわざわざ書き込んだ大学の勉学、研究の自主性を担保するためにも、公立大学は設置者、自治体は公立大学とちゃんと協力関係を新たに結びなさいということを、わざわざ強調しているのだと思うのです。 その根本にあるのは、やはり大学は自治体の長が勝手にいじり回してはならない、やはり協力し、お互いの納得の中で新しい大学をつくるならばやっていかなければならないのだ、だれもがわかる当たり前の原則を、やはりいっているわけです。 その根本には大学の自治があり、大学の学問の自由があるわけです。 私は、今の管理本部の作業を続けていくならば、必ずこれは早晩破綻する、大体マスコミを含めて、都民の納得なんか得られませんよ、この状態では。 学長だって、私、だれになるか知らないけれども、こんな状態でだれが学長になったって、来たくないですよね大体、こんな大学じゃ。 そういう点でも、総長さんが十月にたしか声明を出しましたが、やはりきちんとした、対等、平等の立場でのフリーな議論も必要でしょうし、またそこに都民の声も反映させるためのさまざまな手だても必要でしょうし、突き進むばかりではなく、立ちどまって、改めて大学関係者との協力関係を結び直す努力を当局が行うことを求めて、質問を終わります。 |