目次
発刊にあたって
労働組合運動と統一戦線
四、五(後半)
農民運動と統一戦線
 
発刊にあたって
 七〇年代をむかえ、反独占・民主主義擁護・反帝国主義戦争の統一戦線構築の必要度がますます増大している。この統一戦線は、いうまでもなく独占資本を他のいっさいの国民大衆から孤立させることをその使命としている。そのなかで、いま階級的労働運動と農民運動を構築するためになにをなすべきかが、鋭く問われている。労働者階級は、それなくして資本主義そのものが存在しえない基本的階級であって、独占資本にたいして徹底的に敵対的である。したがって、生産点における反合理化闘争によって強化された労働者階級の組織された力を中核としてこれと農民運動をいかに提携させるかが、広範な反独占統一戦線結成の中心的運動でなければならない。この小冊子をそのための討議素材として活用していただければ幸いである。
 なお、この「労働組合運動と統一戦線」、「農民運動と統一戦線」は、「社会主義協会テーゼ」第二部の一、二章である。第一部とともに検討されることをおねがいしたい。
                             社会主義協会
 
労働組合運動と統一戦線

 日本における社会主義革命の道は、反独占、民主主義擁護、反帝国主義戦争の統一戦線の樹立を通して達成される。この統一戦線の中核をになう部隊は労働者階級である。こんにち日本の労働者は三千数百万にたっし一、〇〇〇万をこえる部分が労働組合に結集している。労働者の組織された部隊である労働組合は、統一戦線の中核的役割をはたすべき任務をもつ階級的大衆組織である。したがって、強力な統一戦線を樹立するためには、労働組合の階級的強化をかちとることが必要である。
 
 労働組合の組織的任務は、労働者間の競争と分散を排除することにある。団結によって、労働者は資本家に抵抗しうる組織的力をもつ。労働組合は、団結力をテコとして、直接的には、賃上げと時間短縮を基調とする日常的諸要求闘争を展開する。だが労働組合の任務は、それだけにとどまるものではない。またとどめてはならない。
 
 労働組合は個個の資本家を相手として、これらの経済闘争をおこなうだけではなく、総資本としての国家にたいし、八時間労働制、工場法などの社会立法、社会保障制度、最低賃金制などを要求し「経済闘争の延長としての政治闘争」をたたかう。また、団結し闘争することを国家権力に認めさせる労働基本権確立のための政治闘争、一般的には自由と民主主義の拡充のためにたたかう。
 
 さらに、労働組合に組織された労働者は、自らの権利を守り高めるだけでなく、無権利状態のなかで、より低劣な労働条件にあえぐ未組織労働者や「土地持ち労働者」の地位に転落させられている農民の利益を守り、その組織化にむけて努力しなければならない。
 
 これらのたたかいのなかで、労働者の意識は狭い職能的利益意識から解放される。すべての働く人間が、人間らしく生きる権利を共有していることの自覚をつよめる。こうして労働組合の運動領域は、経済闘争から必然的に民主的諸権利拡大のための政治闘争分野にむけて拡大していく。
 
 ことに今日国家独占資本主義の攻撃は、経済への国家権力の介入を強め、直接、生産過程にある労働者の労働強化と搾取の増大にとどまらず、社会保障の切下げ、地方自治体財政の圧迫、直接・間接税の増大、物価上昇、産業公害や交通災害等々によって、労働者階級の生活と権利を圧迫し、職場と地域の両面における詐取と収奪をつよめている。生活と権利、平和と民主主義をまもる運動にたいする国家権力の弾圧と攻撃も激しくなってきている。したがって、労働組合の政治闘争の重要性、経済闘争と政治闘争の結合の重要性は、今日ますます大きくなってきている。
 
 階級的諸矛盾の増大と階級闘争の尖鋭化は、いまや国内問題にとどまらない。六〇年代後半から本格化した日本独占の帝国主義的海外進出、なかんずく七〇年安保に象徴されるアジア支配安保体制は、あきらかに、その矛盾の解決の道を、アジアにおける社会主義運動、階級的労働組合運動の圧殺をテコにした資本進出に求めようとする以外のなにものでもない。
 
 こんにち、労働者に合理化を強要する最良の口実としてつかわれている、「資本の自由化」がもつ真の階級的意味はそこにある。政府、独占が企図する七〇年安保体制とは、まさに体制的合理化と「自主防衛」体制の強化を通じて、日本労働者階級の団結と権利を解体と破壊においこみながら、本土の核武装体制を確立することにある。同時に、全日本人民をアジア人民の自由と平和と権利を抑圧するための共同の加害者に仕立てあげようとする野望であるといわなければならない。
 
 しかしながら、日本独占資本の帝国主義的発達が同時にうみだす矛盾の拡大は、反独占、民主主義擁護、反帝国主義戦争の統一戦線形成の客観的条件を成熟させずにはいない。勤労国民話階層のなかで、独占資本との階級的な対決のうえでの中核的役割をになう労働組合は、これらの国民的諸課題を解決する統一戦線の指導的役割を果たさなければならない。
 
 これまでも、総評を中心とした日本の労働者階級と労働組合は、企業のワク内における職能的利害をこえて、国民的諸課題を解決するたたかいを組織しできたが、国家独占資本支配が進展するにつれて、国民的・政治的闘争の領域はますます拡大するであろう。
 
 これらの国民的政治課題は、労働組合の独自的なたたかいだけで解決できるものではない。なぜならば、それらの諸課題を根本的に解決するためには、資本主義制度そのものの廃止を目的とした、社会主義政党を中心とする政治闘争と国家権力の移行が必要だからである。
 
 したがって労働組合の諸闘争は、労働者階級の指導部隊である社会主義政党の理論的・実践的指導と結合することが、絶対的な必要条件となる。社会主義政党の指導する政治闘争と結合することによって、労働組合は労働者階級に課せられた歴史的使命を達成することができる。このようにして労働組合は階級的強化をかちとり、統一戦線の重要な一翼を形成することができる。
 
 資本主義的諸矛盾が充満するなかで、体制的危機意識を深めた国家権力と独占資本がめざす労働者階級攻撃の基本目標は、国と時代とを問わず、労働組合運動から階級闘争の思想を奪い去り、マルクス主義的指導理念の浸透を阻止することにある。労資間の矛盾を階級対立と階級闘争の視点でとらえる労働組合の組織と抵抗を抹殺し、労資協調、労資一体の運命共同体的イデオロギーを注入することにある。このイデオロギー的立場を基軸にすえたうえでの具体的な、そしてもっとも狂暴で露骨に展開されている労働者攻撃こそ、いま全日本の労働者階級のうえにふきあれている体制的合理化にほかならないのである。
 
      二
 一九六〇年代の高度成長政策の破綻を転機として、いまや全産業的規模で展開している体制的合理化の具体的形態は、スクラップ・アンド・ビルド体制である。スクラップ化される産業、企業、さらに職場においては、直接的な首切り、工場閉鎖、強制配置転換などの露骨な合理化攻撃がかけられ、一方、ビルド部分においては、設備投資の拡大や一時的な雇用増大といったみせかけの繁栄のなかで、労働強化や残業の増加、そして職場のシメつけ的支配が強化されている。三池闘争に際してかかげられたスローガン「去るも地獄、残るも地獄」がいまほど露骨かつ巧妙におこなわれているときはない。しかもこんにち、スクラップ・アンド・ビルド体制は、『新全国総合開発計画』があきらかにしているとおり、日本列島総合理化体制として、職場のみならず、地域をまきこんでいる。過密と過疎は、まさにその象徴的現象である。
 
 独占資本による労働組合攻撃が、階級的労働組合にたいする組織破壊攻撃と資本の丸がかえ的労働組合の育成にあると同様、合理化が独占の体制維持・強化策である以上、攻撃の態様が硬軟両側面をもつのは必然的である。また時代区分的にいえば、一九五〇年代後半から六〇年代前半にかけての日本経済の基調が設備投資主導型の高度成長期においては、工場の拡張、新設によるいちじるしい生産規模の拡大のもとでの機械化、合理化がおこなわれた。これにたいし、六〇年代後半の過剰生産的危機段階以降においては、オートメーション、コンピューターの導入などに代表される「省力化」による労働節約型の合理化がいっそう本格化するとともに、労働強化、労働災害ことに重大災害の激増、職業病患者の増加など労働者にあたえる影響ははるかに深刻かつ苛酷となった。それにともない、新労務管理体制のいっそう巧妙かつ複雑な攻撃が加えられてきている。
 
 合理化攻撃の第一の、かつもっとも露骨な攻撃は、工場閉鎖や定年制にともなう直接的な首切りであり、職業病や労働災害とくに死亡災害の激増にみられる、生命と健康をむしばむ「生きる権利」の剥奪である。
 
 第二は、その前段的攻撃ともいえるが、職場追放をふくむ活動家にたいする差別待遇、強制配置転換、協約のなしくずし的な破棄、職場既得権の剥奪、組織分裂を目的とした各種の不当労働行為、就業規則によるシメつけ強化と罰則条項の拡大等々にみられる、職場労働者の「組織し、抵抗する権利」の抑圧であり、剥奪である。
 
 第三は、生産量の増大と要員規制、欠員不補充、交代制勤務内容の改悪、休憩、休息時間のシメつけ、残業の増加と強制などによる労働強化、さらには臨時工、社外工、下請工、パートタイマーの増大とそれをテコとしたすべての労働者の「労働条件の低下」である。
 
 これらの労働条件の低下や権利の破壊、さらには生命と健康をむしばむ合理化攻撃の本質を労働者の眼からそらすために、独占資本は近代的労務管理の技術と思想をたくみに駆使する。労働時限の実質的短縮をもたらさない週休二日制の積極的実施、少数精鋭主義と能力主義の幻想でいろどった職務・職能給賃金体系や仕事別賃金の導入による、実質的な低賃金化、賃上げと合理化をかみあわせたギブ・アンド・テイク方式等々。
 
 また、社内報、提案制度、青年労働者社内教育、IE(産業工学)、QC(品質管理)、ZD(無欠点運動)、目標管理や、それらの職場組織化としてのB・S(ブラザー・システム)、QCサークル、ZDグループ、そして目標管理推進委員会等々、労働者がみずから自分の首をしめながら、それを労働強化や合理化と意識しないような、思想的、組織的攻撃がさいきんとくに顕著になっていることに注目しなければならない。
 
 これらは相互に原因となり、あるいは結果となりながら、系統だった労働者支配体系を形成しつつある。
 
 その具体的な実践が、これまでの労務管理に新しい一員をつけくわえた労働組合管理(レーバー・リレーション)である。労働組合管理のわが国での特徴は、「近代的労使関係」の樹立である。いまだに労働基準法すら認めようとしない前近代的労使慣行を多分に温存させている現状のなかでは、労働協約の労使相互履行原則をたてまえとする「近代的労使関係」は、労働組合にとってもプラスの要因があることは否定でぎない。
 
 その側面を巧妙に強調しながら、独占が企図する「近代的労使関係」のほんとうの狙いは、みせかけの「労使対等」をエサにした産業平和であり、労使休戦である。職場レベル、企業レベル、さらには産業別レベルでの労使協議制、そしてさらに一歩進めた、政府、経営者、労働組合、学識・経験者の四者による生産性懇談会の制度化である。その意味するところは、すなわち、団体交渉路線から話しあい路線への転換であり、より根本的には、労資間における絶対的矛盾に立脚する階級闘争視点を喪失させ、相対的矛盾としての労使関係論視点へと変質させることに終局目標をおいた攻撃の強化である。
 
     三
 総評を中心とした戦後日本労働運動は、共産党の政治主義的指導によって破産した産別会議の解体、再組成をもって出発した。産別内民主化同盟を発端に、各単産でつくられた民主化同盟(民同)を組織母胎とした、その運動の基調スローガンは「組合民主主義」であった。これらのいわゆる「民同」の総結集として、総評は結成された。
 
 「組合民主主義」の基調スローガンは正当なものであった。しかし、そのなかには、産別会議の政治主義的ひきまわしに機械的に反発する、経済主流的運動理念にたつ部分をふくんでいた。組合運動の政治闘争からの「自立性」を、基調スローガンのなかによみとった部分もあった。たんなる反共主義者もいた。反共主義者は、労働組合を共産党から防衛するためには、企業との癒着も善であるという立場をとった。そしてさらには、日本資本主義の従属段階に照応して、もっぱらアメリカ帝国主義の主導下における国際労働運動の再編成の一環として、国際自由労連への接近が求められた。
 
 「組合民主主義」はきわめてすぐれた階級的内容をもっている。なぜならば、そのもっとも重要な意味は、なによりもまず資本の支配や介入からの「自立」にあるからである。だが「民同」は、反共を前面におしだすことによって逆立ちした。企業癒着と反共主義を特質とする民同的体質はこうして形成された。
 
 この民同的体質は、総評のなかに根深く巣喰っている。しかし総評労働運動は、社会党をマルクス主義的指導理念にたって強化しようとする党内左派との結合をつよめることによって、しだいに民同的体質を脱皮しながら階級的労働組合へと成長していった。そのなかで、当初もっていた経済闘争偏重主義を克服し、労働法改悪に反対する政治闘争をたかかいぬいた。また、左派社会党のかかげる「平和四原則」−−全面講和、再軍備反対、軍事基地反対、中立堅持−−を運動の基調にすえて、日本の「平和と民主主義」を守るたたかいに積極的な役割を果たした。
 
 この間に、反共的な労資協調主義者は、「階級闘争至上主義反対」をスローガンに、独占と結託して総評を脱退し、全労を結成したが、総評はこの組織分裂攻撃をのりこえて階級性をいちだんとつよめた。
 
 日本独占資本の戦後復活と高度成長政策の出発点をなす昭和三〇年、総評が産業別統一闘争路線としての春闘方式を確立したことは、客観的情勢にかみあった主体の側の正しい戦線配置であった。特殊日本的な企業別組合の現状のなかで、春闘方式は賃上げと企業間賃金格差の平準化に一定の役割を果たした。労働者のなかに、戦闘的な産業別連帯意識をつくりだした。たとえ、その実体が「産業別勢揃い」にすぎなかったとしてもである。
 
 とくに重要なことは、産業別統一闘争が「産業別総もたれあい」になることを防ぐには、企業別組合が「独走をもあえて辞せず」の決意をもつことであり、それを可能ならしめるものは日常的な職場闘争であることを確認したことにあった。職場抵抗闘争を基礎にした階級的労働運動の強化を基軸にすえつけた総評は、合理化問題にたいしても、三二年「生産性向上運動絶対反対」の階級的立場を鮮明にした。翌三三年七月に作成された総評組織網領草案が、その冒頭において「もし資本が本気で攻めてきたら、それに附えて残りうる組合がいくつかあるだろうか」という痛烈な自己批判から出発したのは、総評運動が上向線をたどっていたゆえにできた自己批判であるとともに、攻撃を敏感に予知しはじめていたからでもあ。た。その頂点的たたかいが「三池闘争」であった。
 
 「三池闘争」は、一、二〇〇名の活動家の首切りに端を発したたたかいであった。それは炭鉱労働者にたいする大量首切りの予告でもあった。さらには、全産業規模におけるスクラップ・アンド・ビルド体制の口火でもあった。
 
 三池炭鉱労働組合は、総評労働者の支援体制につつまれ、さらには全国にまきおこった安保闘争に支えられながら、三一三日にわたる果敢なたたかいを展開した。この長期闘争を可能にしたものこそ、大衆路線のうえにたった職場抵抗闘争にほかならなかった。また、このたたかいのなかで、おしきせ的な指令動員主義を克服し、自発性にもとづくたたかいへと発展させることの必要性を自覚した、活動的な労働者が誕生したことは高く評価されなければならない。
 
 しかし、このたたかいは「長期抵抗・統一路線」の偉大な教訓を遺産として残しながらも、この局面においては、一歩後退するなかで、たたかいの幕を閉じることを余儀なくされた。
 
 三池闘争は、独占の石炭鉱業合理化(法)の集中的実践としての大量首切りであったという点において、そしてまた、職場闘争を推進してきた階級的労働組合の建設に不可欠の中核的活動家層にたいする直接的ねらいだったという点においても、体制的合理化のもっとも狂暴で、かつ露骨な攻撃であった。
 
 三池にたいする攻撃は、その時期からみても、日本独占の帝国主義的再編を予告する労働者への挑戦であったといわなければならない。この本格的な攻撃をまえにしたとき、総評の中核部隊であった炭労ですらが、産業別統一闘争をたたかいぬくことができないという弱さを露呈した。それは春闘が、「産業別勢揃い」にほかならなかったことの表現であったと同時に、それまでの職揚闘争が端的にいえば、「物取り主義」でしかなかったことについての深刻な反省を迫るものであった。
 
 すなわち、反独占視点にたった反合理化闘争をたたかいぬけるかどうかという問題こそ、帝国主義段階における階級的労働運動防衛の試金石であろう。その意味で、労働運動の右傾化とは、ほかならぬ反合理化闘争の回避と資本への屈服過程の表現である。
 
 反合理化闘争の放棄と資本への屈服は、総評に対立する総同盟、全労からはじまった。昭和三〇年、これらの組合は、資本の呼びかけにこたえて生産性協力委員会に加わった。日本独占の帝国主義的再編成をひかえた三九年、これらの組合は、労働組合の右翼的再編、統一として同盟会議を結成した。
 
 反合理化=反独占的立場を放棄した同盟会議は、労働組合運動の指導理念を四つの往に集約した。@組合民主主義、A産業民主主義、B政治的民主主義、C国際的民主主義。これを運動視点で整理すると、@経済主義的労働組合、A「労使」協調、B社会主義政党(=政治闘争)との訣別、C国際自由労連加入に要約できる。「総評の危機」は、三八年同じ四本の柱を基調にして、総評内民間単産の一部が「全国民連」(全国民主化運動連絡会議)を結成したときからはじまる。この段階では、総評とともに春闘共闘委に結集してたたかってきた中立労連系が主体であった。中立労連の一部は、合理化問題にたいして「良い合理化」賛成、「悪い合理化」反対をうちだした。
 
 日本独占の海外進出と帝国主義的再編成は、労働運動の国際的右翼再編成を求める。この要請にこたえて、三九年、IMF・JC(国際金属労連日本協議会)が結成され、四一年総評内の一角、鉄鋼労連が加入した。
 
 総評が一貫して主張しつづけてきた「日本労働運動における戦線統一の母胎」であるとする立場の足元の一角が崩れた。その傾向は、すでに二つの側面からはじまっていた。すなわち共産党は総評が社会党支持を堅持するかぎり、戦線統一の母胎とはいえないという立場を、三〇年の「六中総」において鮮明化した。鉄鋼労連は「政治的中立」を表面にたてて、総評=戦線統一の母胎を拒否した。
 この情勢のなかで、四二年、全通の宝樹戦線統一論が登場する。総評結成時における民同理念が公然と頭をもたげる。すなわち、民間組織論の原型である「中間安定論」−左を切って、返す刀で右をきる−の再登場である。
 
 かつて、それはアメリカ帝国主義の主導下でなされたが、現在では、日本帝国主義の再編過程のなかでおこなわれようとしているところに、昭和二五年の再編成問題との質的なちがいがある。それに屈服するか、あるいは敢然と反独占の旗をかかげるか、「労使」協調か階級的労働組合の防衛か、さらには愛国主義的労働運動への転落か科学的社会主義の立場にたつ労働運動か、この要石こそ、反合理化闘争にほかならない。
 
四、五へ   文献・資料目次へ    表紙へ
文献・資料目次へ    表紙へ
 
労働組合運動・農民運動と統一戦線
*いわゆる「テーゼ第二部」。「労働組合運動と統一戦線」は社会主義協会第四回大会(一九七一年)で、「農民運動と統一戦線」は第五回大会(一九七二年)でそれぞれ決定された。本来、このほか青年運動、党活動なども決定される予定であったが、実際には実現せず、労働運動、農民運動の部分が「労働組合運動・農民運動と統一戦線」として社会主義協会より一九七三年にパンフレットのかたちで発行された。「労働組合運動と統一戦線」は一九七七年の協会規制の際廃棄された。出典は同名のパンフレット(社会主義協会、一九七三年)。「労働組合運動・農民運動と統一戦線」は長文のため、三ページに分けて掲載する。  全文(zip)