優等生であるブルーの勉強用ノートには一切の無駄がない。
所々に書き込みがあったり、大事なポイントには赤く印がついていたり、そんなノートだ。
小学生なのに落書き一つないノート。 
落書きなんて、そんなものが書いてあるはずはなかった。
 
9.怒るにも怒れない
 
ブルーの可愛い弟は今年で5歳になった。
幼稚園に入園し、友達もたくさん出来て、その日あった出来事を身振り手振りで教えてくれる。
そんな可愛い可愛い弟、ジョミーの話を聞くのがブルーの楽しみ、趣味のようになっていた。
 
「おかえりなさい、ぶるー」
ぱたぱたと小さな足音と一緒にジョミーが出迎えてくれた。
走ってきた勢いのままブルーに抱きつき、もう一度おかえりなさい、と言う。
この出迎えの仕方は機嫌が良い時だ、幼稚園で嬉しい事でもあったのだろうか。
そんな事を考えながら抱きついたままのジョミーを苦しくない程度に抱きしめた。
「ママは?」
「んっとね、おとなりにいってる」
首をかしげて、隣の家がある方向を指差す。
何をしても何を言っても可愛いなぁ、とジョミーを見ながらブルーはにこりと笑った。
ふと、視線をジョミーの手に向けるとジョミーはだめ!、と言って持っていた何を背中に隠してしまう。
小さな背中に隠しても隠しきれておらず、それはノートだと分かってしまったのだが深く追求せずにリビングへと向かった。
「鞄を部屋に置いてくるから、それから帰りの遅いママを迎えに行こうか?」
時計の短い針は5の数字を少しだけ通り過ぎていた。
きっと会話が弾んでしまって時間を忘れているのだろう、そして慌てて帰って来る事がたまにあるのだ。
待ってて、と言ってブルーは部屋に戻ろうとするが、小さな手でそれを阻まれてしまう。
普段は大人しく待っているのに今日はどうしたんだろう?、と理由が分からずジョミーの様子を伺っていたら、
あのね!と頬を真っ赤にさせて嬉しそうに持っていたノートを広げて見せた。
よく見ると、これはブルーが授業で使っているノートだ、今日この授業はないから部屋に置いていたノート。
「ぶるー、みてみて!ぶるーのおかお、かいたの!!じょうずでしょう!!」
2ページ使って大きく描かれた丸い物体。
目も鼻も口もあって、前髪もちゃんと描かれている。
特徴をよく捉えて上手に描かれている似顔絵、ブルーだ。
これが普通の紙や画用紙に描かれているものだったら額に飾って自分の部屋に飾ってしまいたいほど嬉しい。
ふっりらとしてる頬にお礼のキスを何度もしてやりたかったが、このノートは…明日提出するノートであったのだ。
「…ジョミー、このノート、どうしたの…?」
「ん?マムがねぶるーのおへやをおそうじしてたから、じょみもてつだってたの!そのときにかいた」
ブルーのノートを勝手に使っているジョミーを見たらマリアは注意しただろう。
でもそれがされなかった、という事は部屋の掃除中にお隣に行ってしまったのだろうか。
中途半端を嫌うマリアが掃除の途中で隣家に行くほどの急用でもあったのか、かろうじて働く思考でブルーは考えた。
ジョミーはこのノートが明日学校に提出される大事なノートだなんて知らないのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが…
でも人のノートを勝手に落書き帳にしてはいけません、と注意しなくてとブルーが口を開きかけたが、ジョミーの方が早かった。
 
「あのね、きょう、大好きなマムとパパをかきましょう、っていわれたの。でもじょみ、ぶるーも大好きだからぶるーもかきたかったの」
 
だからといって人のノートに勝手に描いちゃいけません、と言う台詞はブルーのどこかへ消えてしまった。
そしてその代わりに…
「ありがとう、ジョミー!!とっても上手に描けてるよ!!!」
 
次の日、落書き一つなかった優等生ブルーのノートに何かの顔と思われる落書きが出現しており、小さな事件になっていた。
そして毎日のようににこにこしながら授業中も眺めている。
 
 
 

「…なに、この古臭いノート…うわ!なんだこの落書き!?」
「それは僕の似顔絵だよ」
「ブルーって成績優秀なのに美術は最悪だったんだね」