「…ブルーは、心がなくなればいい、って少しでも思ったことは、ある…?」
シーツに包まるように横たわっていた少年が問いかけてきた。 
 
23.心がなくなれば…?
 
ジョミーの問いかけは唐突だった。
甘くて濃厚な情事の時間は数時間前に終わりを告げ、事後処理を済ませて広いベッドの上で時間を
持て余していた時に問われた情事後とは思えない一言。
「…何か、あったのかい?」
「…なん、で…?別になにもないけど…」
「君は不満を言う事はあっても弱音は言わないからね」
心がなくなれば、という一言は弱音を滅多に言う事のないジョミーが無意識に使った言葉に思えたブルーは
弱音すらも素直に言えない状況に追い込んでしまった自分に苦笑する。

(…情けないな)
「…別に…弱音ってわけじゃ、ただ…ちょっと」
「ちょっと?」
「何も考えなければ楽かな、って…」
ジョミーのその言葉にブルーは何も言わず、その表情からは何も窺えない。
ごめん、と呟きジョミーはシーツを頭からかぶった。
今のはきっと、ジョミーの心の奥底にじわりと滲み出た小さな小さな弱音なのだ。
当初はぶつかり合い、仲間の輪にすら入れなかったが日々が続いたがジョミーの前向きな姿勢と、向上心、持ち前の明るさで最近はミュウとして
仲間として、打ち解ける事が出来てきたと、ジョミー本人の口から聞いてはいたが、それでも完全に打ち解けたわけではなく、未だに風当たりが強いことも多々ある。
思念のコントロールが上達したからといっても、ふとした瞬間に自分に向けてくる暗い感情を読み取ってしまうのだろう。
暗い感情は例え意図せずとも鋭い凶器になり心を削っていく。
少しずつ削られていった心が、いつの間にか大きな傷になり、苦しい痛みに変わっていったのだろう。
そして無意識に吐き出された「痛い心なんていらない」という感情が先程の「心がなくなれば?」という言葉。
ジョミーの気持ちを思うと身を引き裂かれそうな気持ちに襲われ、今すぐにでもその痛みを取り除いてやらなければ、と横たわっていた身体を肘で支えるように起き上がった。
「…僕にも覚えはあるよ。起きた惨劇を受け入れたくなくて怒りや悲しみを、心を閉じ込め、生きる為だけに必要な事だけを求め続けた…」
少しトーンが落ちた声色と共にシーツで隠し切れなかった蜂蜜色の髪の毛を優しく撫でられた、優しい掌がゆっくりと髪の毛に絡んでいく。
くすぐったくて、でもほんの少しだけ切ない思念を感じ取りジョミーはシーツから瞳を覗かせると掌と同じように優しい瞳をしたブルーと視線が絡んだ。
ふわりと微笑んだブルーはそっと目を伏せた、そして膨大な記憶の海から300年に及ぶ様々な歴史を救い上げていく。
ブルーの言う、起きた惨劇とは、きっとアルタミラでの事を言っているのだろう。
ミュウとして覚醒し過酷な実験を強いられた事、それで失った仲間達の事、現在に至るまでの悲痛な歴史…
「でも心がなくなる、ということは感情さえも存在しないということだ。喜び、悲しみ、怒り…失った仲間達への想い、
そしてテラへの思慕すらも存在はしない。心がなかったら今の僕はここに存在すらしていないだろう」
伏せられたままの瞳、淡々と話すブルーからは何の感情も読み取れなかったが、ゆっくりと姿を現した真紅の瞳がジョミーをしっかりと射止めた。
「湧き上がった感情はどんなものであれ未来への行動に影響してくる、それが良い結果になるか悪い結果になるかは
僕にも分からないけれど、先に進むための助けになると思っているよ」
 
「それに…心を失って君へのこの想いすら抱けないなんて、それはとても悲しい」
 
あまりにも悲しい表情をするので、自分がとても悪い事をしてしまったようでジョミーは慌てた。
どう返答をしようか全く言葉が思い浮かばないけれど、そんな表情のブルーを見てる事が出来ずとにかく何か言わなくては!と
思っていたジョミーだったが、次の瞬間、ブルーの口の端が上がって身体にふと刺激が走る。
「それに、こんな事しても気持ちいいと感じる心がないとね…?」
「…っ!ぅわ…!?なにして…!!やめ…」
予想にもしていなかった下半身への小さな刺激。
大きな刺激にならないように、掌で、指先で、そっと触れては、じれったい動きをしては身体に熱を灯していく。
「気持ちいいだろう?」
「……ッア…っ、気持ち、よくなん…か!」
口ではどれだけ否定しても、撫でられる太股は小さな刺激に震えてしまう。
その反応は相手を煽るだけだと分かってはいるものの、与えらていく熱は徐々に全身へと流れていく。
このやりとりでさえ、心をなくしていたら出来ないもの。
優しく髪の毛を撫でてもらっても何も感じず温かな感情が満ちることもない。
そんな寂しい事を少しでも考えてしまった自分が悲しくて、こんな弱音をブルーに言ってしまった事が恥ずかしくてジョミーは勢いよく背を向けシーツに丸まった。
思念を読み取るまでもなく、丸まったその背中からはジョミーの思っている事が滲み出ているようでブルーは思わず苦笑してしまう。
ジョミーは弱音を吐いてしまった事を後悔しているようだが、重責を全て背負わせてしまい、すぐ隣で支える事が出来ずにどかしさを感じてる
ブルーにとっては自分を頼ってくれているようで嬉しい事だったのだが、上手く伝わらないものだな、とそっと口にしてシーツを思いきり奪い取った。
「ジョミー、僕は君がその心で感じてる気持ちを、いつでもどんなものでも知りたいんだ」
隠れるよう丸まった子供からシーツを奪い取り、驚いた子供の露になった柔肌の上に覆いかぶさる大人。
そう考えると、ほんの少しだけ罪悪感と背徳感が芽生えたが、でもそれすらもジョミーがいなければこの心に芽生える事はない感情。
自分を見上げてくる翠の瞳から視線は外さずに、彼の白い肌に手を這わせた。
そして胸の中心で手を止めて、小さなつぼみが花開くようにふわりと微笑み、ゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「ここに心があって僕は幸せだよ、君は?」
 
ブルーのその問いかけに、ジョミーは頷く代わりに手を伸ばして強く抱きしめて応えた。

 

 


感情すら芽生えない心は悲しい。