志貴が結婚して暫く経過したある日、正確に言えば四月の中旬も差し迫った時、何時もの様に志貴は士郎と死都を丸ごと殲滅し終えた。
「お疲れ」
「ああ・・・」
志貴の労いの言葉に沈んだ声で返すのも何時もの事である。
「気にするなと言えばきつい言い方かも知れんが背負うなよ。いくらなんでも身がもたんぞ」
コンビを組んでから何回と言った警告を改めて士郎に告げる。
「ああ」
それに頷くのも何時もの事。
それに志貴も溜息をついて終わりとするのも何時もの事。
この男の強固な意志は良く知っている。
と、その時、不意に士郎の肩口に痣を見つけた。
「士郎?お前どうしたんだ?その痣」
「!!!」
その言葉にさっきまでの沈んだ様子とは一転して露骨にあたふたする士郎。
「この戦闘でついたものじゃないよな?」
「ああ無論だ。死者や死徒の一撃食らったらこの程度ですまん」
「そうだよな・・・どうした?」
「ああ・・・エイプリルフール知っているか?」
「・・・っ」
その言葉を聴いた瞬間志貴が嫌悪の表情も露に吐き捨てる。
「ああ・・・嘘をついても良い日とか言うあれか・・・」
「そうそれ・・・藤ねえに面白半分で付いた嘘のせいで家で大暴走が発動してな・・・その痣はその時出来たの」
「お前なんて言ったんだ?」
「いや、直ぐにばれるだろう嘘をと思って“藤ねえの飯は今後無し”って」
「・・・そりゃ人選と嘘の内容が悪い」
「ああ・・・・今更だが後悔してる・・・それにしても志貴、お前どうしてそんな露骨に嫌な顔してるんだ?」
「ああ・・・エイプリルフールに嫌な思い出が今年出来たから」
「今年??何あったんだ?一体?」
「ああ・・」
十日程前にまで話は遡る。
式も滞りなく済み、初夜も済ませ、正妻問題も無事(乱闘寸前が数回起こったが)解決し中休みの様な空気の中志貴は一人思案に暮れていた。
それは明日四月一日の『エイプリルフール』と言う行事についてだ。
悪友の有彦曰く『嘘をついても良い日』と言う事で、志貴もものは試しで『七夫人』にしてみようと思っていた。
で、そこで問題になってくるのは嘘の内容。
口が裂けても・・・いや、死ぬ事になろうとも『離婚』だの『別れよう』なんて言える筈も無い。
こんな物は試しの事で彼女達の心を傷付ける位ならしない方が良い。
最初は本気かと信じさせその後で嘘かとほっとする様な和やかな内容が良い。
「・・・夜の方を休養させる・・・いや、信じないか・・・」
どうもあの初夜以来『七夫人』には『絶倫』・『ケダモノ(夜に関しては)』と本人にはありがたくもなんとも無い称号(レッテルとも言う)が貼られている。
止めると言っても『嘘だ』と一蹴されるのがなんとなく眼に見えている。
(正真正銘嘘だが)
「う〜ん・・・そうだ」
更に思案する事数分、志貴は手を叩く。
「それなら逆で・・・これなら信じるな」
薄く笑う志貴だった。
これが思わぬ結末を招くとは露にも思わずに。
そして当日の夕食、全員揃っての席で志貴は思案に思案を重ねた嘘をいよいよ告げる。
「皆、今日の夜だけど・・・」
「志貴私です・・・その今夜は・・・」
シオンが頬を赤らめながら告げる。
だが、それを志貴は済まなそうに(無論演技)言う。
「ごめん。シオンの番は明日の夜に回しても良いか?」
「えっ!!」
シオンの表情が暗く重いものになる。
他の『六夫人』も驚いた様に志貴を見る。
「ど、どうしたの?志貴ちゃん」
代表して翡翠が尋ねる。
「ああ、別に今日は具合が悪いとかそう言う事じゃないんだ。以前はローテーショにしようかなと思ったんだけど今夜からはやっぱり全員と相手しようかなと思うんだ。無論俺も本気で」
その台詞・・・特に最後の箇所に『七夫人』が凍り付く。
その反応を見て志貴は内心ニヤリと笑う。
(成功だ・・・よし)
そしてすかさず『嘘でした』と告げようとした時、『七夫人』が突然大騒ぎを始める。
「ア、アルクェイドさんの所為ですよ!!兄さんにあれがばれたからそのお仕置きなんですわ!!」
「そうよ!!アルクちゃんが志貴君の大事にしていた刀剣コレクションの一本折っちゃったから!!」
「えーーー!!私だけじゃないでしょ!!妹も姉さんも一本づつ折ったじゃないの!!それに元を正せば琥珀が一番の原因でしょ!!」
「な、なんで!!」
「だって琥珀が言いだしっぺに『志貴ちゃんのお部屋お掃除しよ』って言ったから・・・」
「アルクェイドさん!!姉さんに罪を着せないで下さい!!」
「で、でも翡翠ちゃんも酷いと思うよ!!部屋の惨状を見て『レンちゃんに罪を被ってもらいましょう』って言うから・・・」
「そうだよね・・・」
「さつき、レンに『枯渇庭園』まで使って口止めを強要したあなたでは説得力がありません」
「と言うか・・・シオンだってレンちゃんが犯人らしく見せる為にエーテライトで操って暴れさせたのに他人事みたいに・・・」
だが、そこに一同の騒ぎを静まり返らせる声が響いた。
「・・・へえ・・・そうだったのか・・・」
『!!!!』
全員振り向くそこには全員見た事の無い、ドス黒い笑みを浮かべた志貴がこめかみに青筋まで浮かべていた。
それを見た瞬間責任の擦り付け合いを止めて二頭身の落書き調の姿で部屋の隅っこで肩を寄せ合いガタガタ震える『七夫人』。
「そうか・・・あれはみんなの仕業だったんだ・・・大方全員で俺の部屋掃除して俺の部屋を荒らして共謀してレンに罪を擦り付けたと言った所か・・・」
それは数日前、志貴がやはり士郎とのコンビで仕事から帰ってみると自室が荒らされ、更に志貴の唯一の趣味と言える刀剣コレクションの内で最もお気に入りの品が根元からポッキリ折られていた。
その惨状を見たとき志貴は本気で気を失った。
直後、レンが部屋を荒らしたと謝りに来た。
レンに甘い志貴だったので厳しくは叱責しなかったが、それでもお仕置きはしっかりと行った・・・と言うか行っている。
簡単に言えば精の補給は行わない、淫夢も禁止と言った厳しいものだった。
「・・・みんな・・・」
『はい!!』
志貴に呼ばれ直立不動で答える。
「まず琥珀・・・俺言った・・・と言うかお願いしたよな・・・料理は任せるけど掃除だけは止めてくれって・・・」
「そ、その・・・志貴ちゃんのお部屋の掃除もしたかったから・・・」
「それにアルクェイド、アルトルージュ、秋葉・・・合計で何本折った?」
「えっと・・・私は一本・・・」
「わ、私も一本・・・」
「私も一本です」
「あの時、合計八本やられたんだが残り五本は誰が・・・いや、簡単か・・・シオン、レンを操って五本折らせたろ?」
「そ、それは・・・も、申し訳ありません」
「それに翡翠、何でレンに罪を被せようなんてお前らしく無い事提案したんだ?」
「そ、それは・・・」
あの時は初夜の恐怖が生々しかった為正直に言えなかったとは言えなかった。
「最後にさつき・・・いくらなんでも酷くないか?固有結界使ってまでレンを脅迫なんて・・・」
「え、えっと・・・その・・・」
そのあまりの迫力にさつきの足は完全にすくんでいる。
「・・・」
志貴に寄り添うのはレン。
「ああレン、ごめんな。お前にはひどい事しちゃって」
一転して優しげな声でレンの頭を撫でる志貴。
「・・・さて・・・今日はエイプリルフールだったから嘘で済ませようと思ったんだけど・・・予定変更・・・本当に全員の相手するか・・・お仕置きとして無論本気で・・・今夜は・・・覚悟しておけ・・・それとレンお前もおいで。久しぶりに補給してやるから」
一方で『七夫人』には死刑宣告が下された。
翌日・・・
「ごめん母さん、いきなり飯たかっちゃって」
「良いのよ志貴」
志貴は自身の結婚後、両親が暮らし始めた家で母の朝食を食べていた。
「それにしてもどうしたの?志貴がここに来るなんて・・・琥珀達はどうしたの?」
「うん、少し眩暈がするって言っていたから大事取らせて寝させている」
寝ている原因は・・・言うまでも無い事である。
「あら?そうなの?」
「と言うか魔も体調を崩すんだな・・・」
「そりゃそうでしょ父さん。それにしても父さんはどうなの?体調は」
「義手以外はまだ動きがぎこちねえ位か・・・」
「それでも無理は駄目ですよ。御館様」
「母さん、もう父さん当主じゃないんだしそろそろ御館様って止めたら」
「それもそうなんだけど・・・長年の癖だから・・・」
「まあこいつが言いやすい様に言わせるだけさ」
家族団らんの空気で朝食を食べる中、『七星館』の一室では、久しぶりに志貴の精を受けて満足げに眠りについているレンと志貴の責めに疲れ果て身動き一つ出来ずにいる『七夫人』の姿があった・・・
「そ、それはまた・・・」
士郎は引きつらせてその話を聞いていた。
「試しにやってみた俺が馬鹿だったって話しさ。来年以降はもうやらないが。士郎お前も気をつけろよ。人選もそうだが内容のいかんによっては嘘を言った方が大ダメージ受ける事あるから・・・お前のように」
「ああ気をつけよう」
皆さんも嘘には気をつけて・・・