「巫浄さん、俺と・・・」
「ごめんなさい、私もう好きな人がいるんです」
「巫浄さん僕とはお付き合いできませんか?」
「・・・私、貴方とは付き合えません」
「アルクェイドさん」
「ごめんね〜。私志貴じゃないと駄目なの」
「あの・・・アルトルージュさん」
「ん〜やっぱり駄目、志貴君と比べるとてんで駄目」
「シオンさん」
「・・・無駄です。非効率です。貴方がしようとしている事は時間の浪費以外の何者でもありません。貴方もご存知でしょう。私が志貴以外の男性を慕う事など天と地がひっくり返る確率よりも・・・・」
「と言う訳だ七夜」
「何がと言う訳なんだ?」
腐れ縁乾有彦に突然放課後呼び止められ、おまけに翡翠達五人がタイプの大きく異なる(だろう)男子生徒に告白されていると思われる会話を録音されたテープで聞いていた七夜志貴はいささか・・・かなり気分を害しながら質問を投げかける。
「言っておくが有彦、俺には人の告白シーンを嘲笑う様なでば亀趣味は持ち合わせていないぞ」
そう吐き捨てて席を立とうとした所に珍しく・・・と言うよりめったに見られない・・・まじめな口調で有彦が尋ねる。
「そうじゃねえよ。お前に少し聞きたいことがあってな」
「なんだ急に?」
「お前率直な話、誰と付き合う気だ?」
「・・・別に良いだろう」
「良くねえ」
これまた珍しい事に、いささかはぐらかす様な答えを出す志貴に有彦はめったに見れない真剣な表情で更に問い詰める。
「お前だってわかっているんじゃねえのか?今の状況はまずいって」
「・・・ああ、それはわかっている」
腐れ縁の真剣な口調に覚悟を決めて向き合う志貴。
「判ってはいるんだ。この状況が続く訳が無い。いずれは俺がきちんとした区切りを見せないといけない事位は・・・ただどうしても甘えちまってな」
「長続きしねえぞそんな関係。ズルズル引きずればその内、引くに引けない所まで落ちるぜ」
「ああ判っている」
「まあ俺もこんな似合わねえ事する気は無かったんだが、友人として一言言っておこうと思ってな。冗談抜きでそろそろ決めろよ。誰にするのか」
「自分で言っていりゃ世話無いな。とにかく・・・悪いな有彦、迷惑かけた」
「まあ良いさ。それと七夜もう一つ」
「何だ?」
「夜道と翡翠ちゃん達に気を配っておけ」
「何だそれ?夜道と言うのはわかるが翡翠達に気を配れって・・・」
「最近翡翠ちゃん達に振られた野郎共の一部が暴徒化しつつあるって噂あるから」
「暴徒?」
「正確にはストーカーかも知れんな」
「なるほどな・・・判った。それとなく・・・と言うか事実そのまま言って注意しておく・・・最も、あいつ等をどうこう出来る学生がいるとも思えんが」
「それでもだって。ついでに身体張って守ってやりな」
「ああ、それは無論だな。じゃあな」
「おお。じゃあな」
「ただいま」
「お帰り〜」
志貴が帰宅すると直ぐに翡翠が玄関にやってくる。
「遅かったね志貴ちゃん」
「ああ、すこし有彦の馬鹿とじゃれ合っていた」
「そっか。」
「皆は?」
「もう帰って来てるよ。姉さんはお夕飯の準備でアルクさん、アルトさんは居間でテレビ見てる」
「で、シオンは自室か?」
「うん、なんか調べ物するって」
「そっか。じゃあ俺も部屋にいるから飯が出来たら呼んでくれ」
「うん」
「・・・ふう・・・誰かに決めろか・・・」
自室に戻った志貴は寝転がると誰とも無くそう呟く。
それが出来れば苦労はしない。
誰が一番好きなのか?誰を本当に思っているのか?
(判らない・・・)
他者からすればふざけるなと言われるだろうが、それが偽り無い志貴の気持ちだった。
一番古い付き合いの翡翠・琥珀、二人の内にするのか?
それとも欧州での鮮烈な出会いを果たしたアルクェイド・アルトルージュのどちらかを選ぶのか?
もしくはあの出会いからずっと純粋な思いを育み、自分を追いかけてきたシオンを取るのか?
もしくは・・・すったもんだの末婚約者となった秋葉を選ぶのか?
「・・・うじうじ考えても仕方ないか・・・どうするか・・・」
解答を見つけるのは難しそうだった。
時間も過ぎ夕食時となった。
「・・・」
「志貴ちゃん?」
「・・・」
「ねえ・・・志貴ちゃん・・・」
「・・・」
「志貴?」
「・・・」
「志貴、どうしたのですか?」
「・・・」
「もう志貴君!!」
「!!へっ?どうした?」
「どうしたって・・・」
「お箸進んでいないよ」
「えっ?」
見れば確かに志貴の食事には箸一つ付けられていない。
他の全員は大部食事が進んでいる。
「あっ・・・ご、ごめん」
慌てて食べ始める志貴。
「志貴ちゃん・・・今日のご飯おいしくない??」
琥珀が半分涙目で聞いてくる。
「ち、違うって琥珀、琥珀の作るご飯はいつも美味いから泣かないでくれ」
慌ててフォローする。
「どうしたのですか?志貴随分と物憂げでしたが」
「ああ・・・少し考え事を」
「どうしたの?志貴が考え事なんて珍しいわね」
「あのな、俺だって人間だからな。それなりに悩んだりする事はあるって」
「そうよ、アルクちゃんみたいに大雑把じゃないのよ志貴君は」
「むっ、どういう意味よ姉さん」
「あ〜もう、喧嘩しないの」
いつもの喧騒、見慣れた光景。
それを眺めながら気分が落ち着くのを自覚すると夕食を済ませる。
「じゃあ、俺少し走ってくる。ああ、それと翡翠」
「何?志貴ちゃん」
「ああ、今日有彦から嫌な噂聞いたんだが、なんかお前達に告白した連中の一部がストーカーじみた事を企んでいるらしい、一応戸締りには注意しておいてくれ」
「うん・・・ねえ志貴ちゃん・・・」
「ん?どうした?」
「そのさ・・・私達が告白されたって聞いた時どう思った?」
「・・・何故か知らないが異常にむかついた」
嘘偽り無い志貴の返答に翡翠も聞くとも無く聞いていた他の四名も嬉しそうに表情を綻ばせる。
「??そんなに嬉しいか?」
言わば志貴の感情はやきもちに近い。
それに嬉しそうにしている五人の感情がやや理解出来ずに志貴が尋ねると、間髪入れずに
「「「「「うん!!」」」」」
満面の笑みで答えた。
その剣幕にやや引いた志貴だったが、直ぐに気を取り直す。
「じゃあ行って来るよ」
「「「「「行ってらっしゃい」」」」」
翌日も翌々日も志貴の表情の憂鬱は消える事はなかった。
それこそ自宅でも学校でも。
「・・・おい、七夜」
「ん?ああ、有彦か」
「ああじゃねえって・・・やけに元気がねえがどうした?」
「ちょっとな・・・」
「・・・もしかしてお前まだ・・・」
「・・・昨日今日で結論が出るとは思わなかったけどな」
それだけ言うと志貴は人目を避ける様に教室を後にする。
「・・・少しストレートに言い過ぎたかね?・・・思い悩んだ挙句自殺なんぞしなきゃいいが」
オレンジの頭をかきむしりながら思わずぼやく有彦。
彼にしてみれば少し気に留めて置けと言う程度であったのに、腐れ縁がここまで真摯に考えるとは思わず、やや途方に暮れていた。
そして・・・有彦以上に不安を隠しきれないのが翡翠達。
一番付き合いの長い翡翠・琥珀ですらあのような憂鬱な志貴を見た事はない。
七夜志貴と言う少年は常に穏やかに微笑み明るく励ますまさしく太陽のような存在だった。
暗殺者の直系と言う闇に近き血を受け継ぎながらそれでも周囲を暖かく包む。
それが彼女達には心地良いものだった。
だが、ここ数日、その明るさは消え苦悩する様子が消える事は無い。
「志貴ちゃんどうしたんだろ・・・」
そう呟くが肝心の志貴が何も話さない為彼女達としてもどうしようも無いと言った所だった。
そして更に数日後の深夜・・・
ちょうど翌日が休みである為か翡翠達が眠った後も志貴は寝付けず月明かりだけが照明の微かな明かりで天井を見上げていた。
志貴も七夜一族の名に恥じず夜には極めて強い。
とは言えここ数日、悩みに悩んでいて碌に睡眠を取って無かった。
「ふう・・・寝るか・・・これ以上皆を不安にさせる訳にも行かないからな・・・」
志貴も感じ取っている。
翡翠達が不安がっている事位は。
だが、その彼女達に関することである以上簡単に相談も出来ない。
「はあ・・・袋小路だな・・・本気で・・・」
そう呟いた時だった。
(主よ)
(?どうした朱雀?)
四聖達がざわめき始める。
(不穏な敵意を抱く連中が家を包囲しました)
(・・・数は?)
(およそ二十)
(死徒か?)
(いえ・・・気配から察するに人間かと)
(人間?何で・・・いや、おおよその予想はついた)
志貴は静かに立ち上がり念には念を押して『七つ夜』を懐に収める。
(青竜、他の皆起きていないよな?)
(はっ、流石にこの敵意では)
(じゃあ寝かせておこう。この程度で起こすのも悪い)
音も無くドアを開けて外に出ると直ぐにやはり音も無く閉める。
直ぐに志貴は
「ロック」
家を丸ごと封鎖する。
これで、どんなに足掻いても暴徒は家に侵入できないし結界内には外の音は漏れる事は無い。
守りを万全にしてから中庭に向かう。
そこには予想通りの連中がいた。
髪を金髪に染めたり柄の悪い服装をした典型的な不良が居間のガラスを叩き割ろうとしている。
だが、結界をただの人間が破壊出来る筈も無く、手持ちのハンマーや更には石を闇雲にぶつけているだけだ。
「おい、こんな真夜中に近所迷惑だぞ」
志貴が義務で声をかける。
すると、不法侵入犯共はこちらに眼を剥く。
その内の一人が睨みながら低い声で脅す様に話しかける。
「ああん?何だてめえ」
だが、この程度の口先だけの脅しなど怖くもなんとも無い。
「なんだもくそも、この家の住人だ」
「ほう、では君が七夜志貴か?」
そんな優越感が含まれた声が不良達から聞こえる。
そこには自分と同じ位の年であろうか。
一人の青年が不良達と一緒にいた。
顔立ちはそれなりに良いだろう。
だが、目つき、見た目・・・いや、空気・・・何もかも人を見下す事に生まれた時から慣れている。
「ああ、七夜志貴は俺だが、何だあんた?」
志貴は露骨な嫌悪感を見せて尋ねる。
「ふん君の様な下等な人種に名乗る名前を持っていないよ。僕は何しろ選ばれた人間なのだからね」
ある意味予想通りの答えだった。
「ふう・・・で、そんな『選ばれた人間』様が家に何の様なんだ?」
「君に用は無い。ここで不当な扱いを受けているプリンセス達を助けに来たナイトなのだよ」
「は?」
「僕にはわかっているんだ。貴様が卑劣な脅しを持ってあのような美少女達をみすぼらしい小屋に軟禁している事位は」
「・・・あ〜一つ聞くが・・・何処でそんなトンデモ情報手に入れた?」
毒気を抜かれた様に志貴が情報ので出所を尋ねる。
「誰でもない彼女達から聞いたのだ」
「へ?」
「この僕が彼女達に告白したのだ。普通なら喜んで受ける所だろう。それが全員悉く七夜志貴、お前がいるからと言う風に断ってきた。そこで判ったのだ。君が僕のものになる筈の彼女達を軟禁している事が。だからこうして助けに来たのだ」
自己陶酔の極みと言うか青年は自分に酔っている様だった。
「・・・いや・・・それってただ単に振られたって言わないか?」
先程までの嫌悪感も綺麗に失せて、ついでに戦闘意欲すら喪失した志貴が力なく尋ねる。
これが相手の策略だとすればそれはそれで大したものだ。
と言うより志貴自身真摯に
(これなら策略の方がましだ)
そう感じていたほどだ。
だが、現実とはいつも願望を裏切るものである。
「何を言っている!この僕を!神から全てを与えられた僕になびかない女性がいるものか!」
「・・・」
無性に放置したくなってきた。
封鎖している限りこいつらは絶対家に侵入できない。
無論上級魔術師がいれば話は別だが、そんな者もいる様子は無い。
(主よ・・・放って置きましょう)
(玄武に同意します。この様な愚者に主が手を下すなど主の技法が穢れます)
((・・・・・・・))
四聖すらあきれ果て、玄武と白虎が進言で朱雀と青竜は無言で放置を嘆願している。
(まあ待て、後二つ聞きたい事があるから)
もはや義務感・・・いや、義理でこの場にとどまり志貴は尋ねる。
「じゃあ何でこんな真夜中、それもこんな大人数で押し寄せてくるんだ?そういった救出物は自分一人で来るのがある意味醍醐味じゃないのか?」
「何を言うかと思えば、決まっていよう。昼間では卑劣な君が国家権力に縋り付くのが眼に見えているだろう。それでは面倒な事になる。僕の高邁な決意を嫉妬だけは一人前の下衆たちに説くなど一苦労だからね」
それは自分達が違法行為に手を染めている事を自覚しているだけだろう。
志貴はそう突っ込みたいがため息一つで諦めた。
そんな事を言ってまたろくでもない演説を開始されればそれは苦痛以外の何者でもない。
「で、これが最後の質問だが、お前ら仮に翡翠達を奪還したらどうする気だ?」
あくまでこの馬鹿ご一行の視線で聞く。
「ふ、僕の家に連れて行く。そして僕にふさわしい女性となるべく再教育してあげるのだよ」
今不穏な言葉を発しなかったか?
「おい・・・それはどういう意味だ?お前の言うふさわしい女性というのは?」
何をいまさらといった様子で演説を再開する。
そのためか志貴の口調に棘が甦りつつあるのを気付いていない様だった。
「決まっているだろう。僕に絶対服従し、僕の命令一つで全てを捧げる様になる女性となるのさ」
「・・・」
ガチリと歯車がはまった。
「で・・・その不良共の役目は?」
「ははは無論君を半殺しにしてから彼女達の再教育に手を貸して貰う為だよ」
なるほどよく見れば全員欲望に狂った眼をしている。
そう・・・二つの意味で遠慮なく暴力を振るえる事にだろう。
だが、それが止めとなった。
「は・・・はははは・・・俺もお前らが来たのが夜で助かったと思っているよ」
もはや殺気を隠そうとせず志貴は薄く笑う。
「何?」
先程までリンチの対象となる事が決定していた筈の青年にこれだけの数の自分達が押されていた。
それも殺気だけで。
「これなら翡翠達に余計な手をわずわらせる必要は無いからな・・・ロック」
更に逃走を食い止める為敷地全体を封鎖する。
「さて・・・始めるか・・・」
その瞬間彼らは肉食動物に追い詰められた草食動物を思い浮かべた。
その後の展開などわざわざ書く必要など無い。
たとえ不良共が一万いたとしても志貴に勝てる筈もない。
高速移動で相手を撹乱し、死角を突き一撃で昏倒させる事で着実に各個撃破していく。
『七つ夜』を出すまでも無い。
時間にして十分も掛かったが、結局、不良は一人残らず気絶ないし完全に戦闘意欲を放棄し、意識のある者は志貴を怪物でも見るような眼で怯え、後ずさりして逃げようとしている。
そして首謀者である青年は
「・・・・・・」
生まれて初めて自分の思い通りに行かなかったのか呆然として立ちすくんでいた。
「さて・・・後は・・・」
そう言って首謀者に近寄ろうとした時、志貴は大き目のボストンバックを発見した。
それを開けるとそこには明らかに拘束のためと思われる道具と、そして女性を辱める為と思われる道具がぎっしりと詰まっている。
「けっ・・・反吐が出る」
嫌悪も露に志貴は唾を吐き出す。
それは実践しようとしていたこの馬鹿共と、そしてその様を想像した己自身に対しての罵声だった。
想像しただけでも彼女達が汚れる気がした。
ましてやそれを赤の他人が薄汚れた欲望だけの為に行うなど・・・許せる筈がない。
そして・・・そこまできて彼はようやく気付いた。
いや、悟ったと言った方が正しいかもしれない。
自分は誰一人手放す事が出来ないと。
(なんだ・・・結局そこに結論が落ち着いちまうのか・・・まったく傑作だ・・・)
自身に対して失笑を浮かべる。
だが、その時殺気を感じる。
青年が錯乱した表情でサバイバルナイフを構え志貴に突っ込もうとしていた。
だが、それを見ても志貴の表情に変化はない。
むしろ冷たい笑みを浮かべて
「・・・ちょうど良い。貴様に特別サービスだ」
その呟きと同時に澄んだ音が響く。
青年のサバイバルナイフは根元から叩き切られ、志貴の手には無骨な短刀『七つ夜』がにぎられ・・・その瞳は蒼く変貌を遂げていた。
そしてその蒼き死神の瞳を至近距離で見てしまった青年は
「ひっ、ひいいいいいいいいい!!!」
恐怖の叫びを発して腰を抜かし、表情を歪め四つん這いで逃げようとしている。
恐怖の余り失禁した事にも気付いていない。
「いいか」
その青年の前に立ちはだかりその顔を向かせる。
「これが最後通牒だ。今後あいつらの前にも俺の前にもその面を出すな。今夜の様な事を企むな。もしそれが俺の耳に知れたら・・・お前がこの世に生まれた事自体を悔いるほど冷酷に・・・残忍に殺す」
相手の眼を見て・・・いや、相手に己の瞳を焼き付ける様に見せ付ける様に、己の蒼き瞳恐怖を生涯刻み込む様に淡々と事実を口にする。
「・・・・・」
口をパクパクさせて壊れた機械の様に首を縦に振る。
「いいな。判ったならとっとと立ち去れ・・・オープン」
その言葉がスイッチとなったのか
「ひいいいいいい!!!」
悲鳴を上げて不法侵入、略奪・婦女暴行未遂犯はほうほうの体で逃げ出した。
(やれやれ我ながら柄に無い事をしたものだ)
(しかし圧巻でしたぞ主よ。あの啖呵主にしか切れませぬ)
感銘を受けた朱雀が賞賛する。
(まあ、あの馬鹿のおかげで俺の取るべき答えがわかったと言うのも皮肉だが)
(・・・では主は)
(ああ・・・選べなけりゃ全員を選ぶか誰も選ばないしかないだろう。そして俺は誰も手放す気は無い。なら答えは一つだけだ。それが苦難だとしても、あいつらを幸せにする為だったらその十字架も甘んじて受けてやるだけだ・・・キザかもしれないが)
翌朝、
「おはよう」
「おはよう志貴ちゃん」
「今日は少しおそようだね」
いつもに比べると少し寝過ごした志貴が朝食の準備をしている琥珀と食器の用意をしている翡翠に挨拶を交わす。
「ああもうそんな時間だな」
あの後、極秘裏に乱闘の痕跡を完全に消去してから眠りに入ったので起床もこんな時間になってしまった。
「どうしたの?志貴ちゃん、なんかここ最近悩んでいるようだったし・・・」
「私や姉さんで良ければ相談に乗るよ」
心の底から心配げに訪ねる姉妹に志貴は久しぶりに穏やかな笑みを見せる。
「ああ、それは大丈夫。やっと結論が出たから・・・ありがとうな二人とも」
この時ようやく答えを出せた為気分が高揚していたのか、それとも純粋に二人を愛おしいと思ったのかは志貴本人にも不明であったが、判る事とすれば常日頃の彼らしからぬ行動を取った。
おもむろに、まず琥珀、続いて翡翠の頬にキスをする。
「「!!!!」」
その瞬間二人は頬を真っ赤にして硬直する。
気のせいか二人の頭から湯気が立ち上っている。
それはそれで致し方無いのかも知れない。
何しろ志貴がこの様な大胆な行動を取ること自体初めてだ。
初めて出会った頃からただ一途に想って来た相手からされただけにその衝撃も(無論良い方向で)多大なものであった。
「??おい、翡翠、琥珀どうした?」
志貴が声をかけても返って来るのは、
「「志貴ちゃんにキスされた・・・」」
突然の反応に夢心地でそう呟く声だけ。
だが、その反応は背後から返ってきた。
「「「ええええええええ!!!!!」」」
完全な無防備状態で後ろの三重奏を受け止める志貴。
振り向かなくても判るが一応振り向く。
予想通り羨ましそうなアルクェイド、アルトルージュ、シオンが立ち竦んでいた。
「志貴!!ヒスコハにキスしたの!!」
「ずるいわよ!!私にも!!」
「そうです!この様な特権的行為は断固許せません!!」
重戦車もかくやと言った勢いで志貴に迫る三人。
(主よ、真にこれで?)
(ああ、これで良いのさ。彼女達が心の底から笑えるようになるのに俺が必要なら)
この出来事が事実上『裏七夜頭目の七婦人』生誕の契機となった出来事である。
更には七人目の夫人が夫となる男性にその思いを告げる数ヶ月前の出来事でもあった。