「一先ず・・・間借りの件も含めてまとめてと言う事で」

凛達の帰宅を告げる玄関の声を聞き士郎は一先ず話を止める事にした。

「そうだな、嬢ちゃん達も帰ってきたみたいだし」

「うむ」

それにセタンタ、ヘラクレスも同意する。

「??士郎君、ランサーこの家にはまだ同居人がいるのですか?」

唯一現在のこの家の状況を知らないバゼットが尋ねる。

「あ〜それは」

そう言う前に、廊下をばたばた走る音が聞こえ、勢い良く障子が開かれると同時に、

「士郎!!」

戦闘の時の様な険しい表情の凛が飛び込んできた。









時を戻そう。

凛がここまで険しい表情で飛び込んできたのには理由がある。

それが発覚したのは下着や服、日用品諸々を買い込み衛宮家に戻る途中だった。

「結構時間掛かったわね」

凛の誰にとも無しに呟いた言葉にアルトリアが応じる。

その表情には若干の疲労とかなりの辟易が浮かんでいた。

「そうですね。私としては服は今までの物で充分なので下着だけでよかったのですが・・・」

「何を言っているのよアルトリア、貴女こんなにも可愛らしいのだからもっと着飾らないと」

それに対して真っ向から反論するのはメディア。

彼女がアルトリアに色々な服(ほとんど少女趣味を詰め込んだフリル衣装)をコーディネイトしていた。

「アルトリア貴女の気持ち良く分かります。私も別に今のままで十分なのですが」

「駄目よライ・・・じゃなくてメデゥーサ、貴女だってもっと女性らしい服装をするべきよ」

「ですがサクラ・・・私は決して可愛らしくありません」

「そんな事無いわよ。メドゥーサ、こんなにも美人なんだから自信を持って良いのよ」

「はい・・・」

アルトリアの言葉に賛同したのはやはりメドゥーサ、そしてそれに更に反論したのは桜だった。

アルトリアにとってメディアであったように、メドゥーサは桜のコーディネイトを受けていたようだ。

メドゥーサも『聖杯戦争』の括りが取れたとは言え、やはり桜を主としてみているらしく、彼女の押しには弱いようだった。

「最も、お嬢様の可憐さには遠く及びませんが」

それに対抗するように、やはりイリヤのコーディネイトをしていたセラが大きく胸を張る。

「全くセラ、そんな本当の事で張り合わないの。張り合う分だけ贋物っぽくなるわよ」

そんな他愛の無い会話を続けていたが、

「あっそうだ、士郎の家に帰る前に家に寄って行って良い?郵便とか回収しないといけないから」

と、ふと思い出したように凛がそう言ってくる。

「そうですね。それに家の掃除もしないと」

「それは次の休みにしときましょ。士郎やセタンタにヘラクレスに手伝わせればすぐに終わると思うし」

「ちょっとリン、ヘラクレスは私のよ。それにシロウもそうよ。勝手にこき使う事しないで頂戴」

「待ちなさいイリヤスフィール、いつからシロウが貴女のものとなったのですか?」

そんな事を言いながら遠坂邸前にやって来た凛は早速ポストを調べる。

「あら?封書が入っている・・・ってこれ協会からの?」

その手には確かに一通の蝋で封をされた封書がある。

「協会から?またリンにいちゃもんでも付けに来たんじゃないの?キシュアに真正面から文句言えないからリンでその鬱憤を晴らしているんでしょ。本当に協会も腰抜けよね」

「それはそれで嫌ね・・・でも士郎の奴には悪い事したわ。あいつの事結果的には私がばらした様なものだし」

「ですがリン、シロウはその件については」

「解っているわ。あいつがそんな事気にしてない事なんて。ただあいつに貸しを作ったことが少し忌々しいだけよ」

「まったくリンも素直じゃないんだから・・・シロウに守ってもらって嬉しいくせに」

「うるさいわよイリヤ。それよりも何かしら・・・」

そういって荷物をアルトリアに預けてから封を破り、中を確認する。

それに視線を走らせると同時に凛の表情が強張った。

「姉さん?どうしたんですか?」

一変した表情の凛に桜が首を傾げる。

「・・・」

無言で妹に便箋を手渡す。

それを読むと同時に桜も表情を強張らせた。

「ね、姉さん・・・これ・・・」

「こういう手段に出てきたみたいね奴ら」

「どうしたのですか?リン随分と表情が硬いですが」

アルトリアの怪訝な表情に凛は怒りの表情を浮かべて説明に入る。

「協会の連中、私に士郎に協会への帰属を説得するように要求してきたわ。見返りに全学部への無条件での推薦って餌をちらつかせて」

「そんなの無視しちゃえばいいじゃない」

「全くその程度の知恵も回らないのですか?トオサカは?」

呆れたように意見するイリヤとセラに、苛立たしげな表情で凛はこの事態の深刻さを説明する。

「それが出来るなら苦労しないわ。その事も予測しているんでしょうね。連中、期限までつけてきたのよ。もし断ったり期限時間までの間に返答を出さない、私が説得に失敗した場合には・・・」

「場合には?」

「・・・士郎を封印指定に認定して執行者をこっちによこすって」

「ふ、封印指定!ちょっとそこまでやる!普通!」

思わぬ事態に驚愕した声を発するイリヤ。

いくらなんでもそこまでの強硬措置に出るとは露にも思わなかった一堂は硬直する。

「姉さん、協会は本当に先輩を?」

「・・・この通達がポーズなのかそれとも本気で士郎を捕縛する気なのかはわからないけど、用心するに越した事はないわ」

「それとこれは協会の総意なのか、それとも一部の暴走に過ぎないのかでも私達の対応は変るわね」

「一部の暴走だったらまだ良いわ。でも・・・これがもし協会の総意だとすれば・・・」

最後まで聞くまでも無い。

協会の総意・・・それは最悪、魔術協会をも敵に回す事を意味していた。

「それと、リン、その期限って何時まで?」

「えっと・・・それが・・・後二時間後」

「何ですか!それは」

「むちゃくちゃも良い所よ!」

「仕方ないでしょ!そう書いてあるんだから」

「とにかく帰りましょうリン、サクラ。シロウの身に危険が迫っているのなら急いで体勢を整えないと」

「そうね・・・解ったわ急ぐわよ」









再び時間帯を戻す。

「士郎!!」

敵襲でも来たかのような形相で凛が飛び込んできた。

その後ろから桜達も飛び込んでくる。

皆一様に表情が固い。

「凛?どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも・・・って!!」

事情を説明しようとした凛だったが、バゼットをその視界に捉えたと同時にガンドの構えを取る。

「!!ちょ、ちょっと待て!凛」

思わず立ち塞がる。

「どきなさい!そいつ執行者よ!」

「いや落ち着け!彼女は元だ!元!」

「へっ?」

「士郎君、どうしてここにセカンドオーナーが?」

「ああ、バゼット、気にすんな。ここは冬木の魔術師共の巣窟になっているからな」

「セタンタ、もう少し穏健な言葉使ってくれ・・・」

「まあ良いでしょう。挨拶に行こうとしていた矢先ですから、丁度良い。初めまして冬木のセカンドオーナー、リン・トオサカ、魔術協会元封印指定執行者バゼット・フラガ・マクレミッツと言います」

「一応知っているわ。執行者の中では屈指の格闘戦能力を持つ人間凶器ってね・・・で、その元執行者が何の用なの?」

「それよりも凛お前こそどうしたんだ血相かいて」

「これよ」

そう言うなり、凛は便箋を差し出す。

それを走り読みする。

「やれやれ、こう来たか。脅しとしては有効だな」

軽く溜息を吐きながら士郎は静かに感想を述べる。

「何悠長に事構えているのよ?後もう少しで執行者がやってくるわよ!何か対策練らないと」

「それには及びません」

「へ?」

突然口を挟んできたバゼットに一堂の視線が注がれる。

「どういうことです?バゼットさん」

「ええ、こちらに来る前に元同僚と出くわしまして・・・その・・・こちらに喧嘩を売って来たものですから・・・」

「なるほどな、で、高値で買い取った挙句に相手をぶちのめしたと」

セタンタが奥歯に物が挟まった言い様のバゼットに変わって解説した。

「はい、今は深山のリュウドウジ跡に放置しています」

そう言うと士郎は何を思ったのか、一つ頷くと思わぬ事を口にしていた。

「アルトリア、メドゥーサ、悪いんだけど、その執行者ここに連れて来てくれないか?」

「「??」」

その指示に全員が眼を丸くした。

「どう言う事ですか?シロウ、その執行者を連れて来て」

「簡単だ。そいつらが協会の総意で来たのか、ごく一部の功名心からなのかを調べ上げる」

「無理よシロウ。連中だって執行者としての面子が有るもの。簡単に口を割るとは思えないわ」

「別に口を割らせる必要は無い。それよりも頼む」

「解りましたすぐに・・・」

「シロウ連れて来ました」

その声に全員がぎょっとする。

「もう連れて来たのか?」

「はい」

何時の間にかメドゥーサが二名の執行者と思われる男を連行してきたようだった。

しっかりとロープで拘束されている。

最も完膚なきまでに気絶しているので動く気配は全く無いが。

「バゼットさんこいつらですか?」

念の為バゼットに確認を取る。

「そうです、彼らです。意気揚々と『錬剣師』を捕縛に来たと語っていました。それでどうする気ですか?」

「ちょっとこいつらを志貴の所に連れて行く。あっちで本格的に調べてもらうさ。琥珀さんが新作の自白剤の人体実験用のモルモットを探していたのを思い出したし丁度良い」

物騒な台詞に全員が硬直する。

まさか士郎の口から 『人体実験』だの『モルモット』だの非人道的な言葉が出るとは思わなかったようだが、それよりも凛達が驚愕したのは

「じ、人体実験・・・」

「シロウ・・・コハクと言えばあの朗らかな女性よね?・・・」

琥珀の表の顔しかを知っている凛達からしてみれば、琥珀のイメージと言えばいつも朗らかな笑顔を見せて、夫である志貴の傍を決して離れようとしない、夫唱婦随を体現したかのような癒しの美女。

その彼女と人体実験の実験体をモルモットなどと抜かすマッドサイエンティストとは結び付かない。

「ああ、だけど油断するなよ。ああ見えて琥珀さんは『七夫人』の中で『謀』の称号を持つ位謀略に長けているし、薬剤師としても超一流だぞ、潜りだけどな」

「そ、そうなの?・・・人って見かけによらないものね・・・」

「おまけに七夜退魔剣術二刀流の当代だしな、並の死者や死徒なんて目じゃないぞ。じゃちょっと行って来る」

そう言うと、懐から取り出した指輪を嵌めてから未だに気絶している執行者二人の襟首を掴むと風に包まれその姿を消したのだった。









ここで余談だが、その後、件の執行者達であるがその後、姿を見る事は無かった。

士郎が大まかな事情を話すと琥珀は嬉々として『ありがとうございます〜衛宮様、困っていたんですよ〜モルモットがいなくて〜じゃちょっとお茶でも飲んで待っていて下さい。すぐに吐かせますから〜』そう言って男達を『七星館』地下の琥珀専用の実験室に連行していった。

そして僅か数分後、どの様な自白剤を投入されたのかまるでロボットの様に機械じみた動きで出てきた男達はやはり片言の日本語で、今回の事が協会のある幹部による独断だと言う事、その幹部には封印指定の認定の権限は無い事、そしてこれらはその幹部と自分達の功績ほしさの断行だと言う事、洗いざらい全て告白した。

事情聴取が終わると、すぐに琥珀は彼らを再度地下実験室に連行して行った。

おそらく、まだまだ新薬の実験体に利用するつもりなのだろう。

そして、後日完全な裏付けが取れた所で、その某幹部は『真なる死神』と『錬剣師』の手による、手厚い制裁を受ける事となったのだがそれは別の話である・・・









事を琥珀に任せて士郎が帰宅すると凛達が居間で待っていた。

「どうなのシロウ?」

「ああ、とりあえず吐いた。一部の幹部の独断だったみたいだ。念の為にシオンさんが中心になって裏付け作業するって。完全に裏が取れたらそいつにお礼しなくちゃいけないけど・・・で話を戻すけど・・・」

「それなら聞いたわ。バゼットの就職の件に部屋の間借りの件でしょ」

「ああ、とりあえず職の方は色々案は出してみたんだが・・・」

「事務仕事はバゼットが難色を示して、藤村組のボディガードは完全拒否、教師もバゼット本人が鉄拳制裁しかねないから没って所でしょセタンタから聞いたわ」

「そうなんだよ・・・だからより一層悩んでいてな」

そこに桜が名案とばかりに

「それなら女性格闘家なんてどうですか?バゼットさんの実力なら世界も狙えますよ!」

「なるほど、それも一案ね」

「そうですね」

とそこまでは良かったのだが・・・

「そうですよね。女性の方が規格外で駄目でも、バゼットさんの容姿なら性転換手術でも受ければ簡単に男性にもなれますし」

桜が一言余計な事を言った。

「サクラさん、あんまり与太話抜かしているとぶちのめしますよ」

怒りの笑顔で釘を刺すバゼットを直視し、桜はブルブル震えながらメドゥーサの後ろに避難した。

「確かにバゼットの実力なら女性よりも男性と殴りあった方が良さそうですものね・・・」

とそこへバゼットが妙案とばかりに手を叩く。

「それなら士郎君のボディガードが良いかも知れませんね。『錬剣師』の呼び声高い彼なら今回のような事例も多々起こるでしょう。戦いに事欠きませんね」

「「私は反対です!!」」

それにアルトリアと何故かメドゥーサが反対を示す。

「シロウの剣はこの私だけで十分です!二本目は多過ぎます!!」

「アルトリアの戯言はさておいて、シロウは年上の女性に弱い面があります。その様なサクラにとって危険な状況を作る訳には行きません」

議論は白熱するが紛糾しなかなかまとまらない。

「・・・とりあえずバゼットさんとしては身体を思いっきり動かせられる職場が良いんだよな?」

「そうですね・・・もし良ければその線で考えていただければ・・・」

「じゃあ図書館の司書なんてどうです?礼儀正しいし本も量があればそれなりの重量だし。ぴったりだと思いますよ」

「なるほど、それも良いですね」

「雷画爺さんに伝を聞いてみますよ」

「お願します」

「さてそれと・・・間借りだけど・・・皆の意見は」

次の瞬間

『反対!!』

セラ、リーゼリット、メディアを除く女性陣が声を揃えた。

「?ですがランサーの話だとまだ部屋は空いていると聞きましたが、それにここは冬木の魔術師達の憩いの場所と伺っていますが」

不思議そうに尋ねるバゼットに対して、

「た、確かに部屋は空いていますけど、これ以上女性の入居なんて駄目です!」

「右に同じ、それにここに魔術師の比率を集めるのも問題あるわ。到底認められないわ」

必死に姉妹揃って反対の論陣を張る。

「ですが、それを言えばトオサカがここにいるのは何故でしょうか?」

「っ!わ、私と桜は良いのよ!士郎が変な暴走しないように監視しているし、妙な刺客が士郎を襲わないように護衛しているのよ!アルトリアを使って」

「それに家賃も払わないで居候なんて虫が良すぎると思わない?」

イリヤが遠坂姉妹を横目で見ながら(無論凛達は家賃など払っていない。イリヤはセラ、リーゼリット含めて三人分家賃を払っている)皮肉げにそんな事を言ってくる。

「それもそうね。私と宗一郎様も家賃を払っているんだからあなたも払わないと駄目よ」

「なるほどそれは道理です。では私も家賃を払いましょう。そうですね・・・この周辺で最も家賃の高いマンションの二倍でどうでしょうか?」

イリヤの皮肉とメディアの意見にバゼットは当然だと頷き、とんでもない提案をしてくる。

「うぐ・・・私の方の家に間借りさせたくなってきた・・・」

「ね、姉さんそれはまずいですって・・・」

悪魔の囁きに屈しかけた姉を妹が押し留める。

「さらりとすごい金額言ってきましたね・・・」

「当然です。よい環境にはそれなりの金額を支払うのが当然ですから」

ある意味、潔いといえるバゼットの返答に苦笑する士郎。

「・・・そうだな・・・解りました。とりあえず家賃とかは後で相談するとしてとりあえず夕食の準備するか。バゼットさんも食べて行って下さい」

「それは申し訳ありません。では頂くとします」

そう言って一旦相談を区切ると夕食の準備に入る。

が、そこで思い出したように、

「セタンタ、今日何釣って来たんだ?少し見せてくれないか?」

「おう了解」

そう言って士郎とセタンタが居間を外す。

「なるほどな・・・また種類も量も・・・」

セタンタとヘラクレスが釣って来た戦果をみて苦笑気味に頷く。

「どうだい」

「十分過ぎるな。とりあえず活き造りと、鯖もあるから鯖の味噌煮・・・後は冷蔵庫の中身と相談だな・・・それとセタンタ」

「何だ?」

「ああ、少しお前に頼みがある。バゼットなんだけど・・・」

そう言ってひそひそ内緒話を始めた。









そして夕食前、衛宮家に恒例の咆哮が木霊する。

「しーーーーろーーーーーうーーーー!!!!!何よーーーーーーーーーーこの宝塚に出ていそうな女性はーーーーーー!!」

全員爆発は予想していたので耳栓までして(バゼットにまでそれを用意して)防衛体制を整えていた。

それでも暴走した猛虎を押さえ込む役割は士郎であるが。

「藤ねえ落ち着け」

「これが落ち着けるわけ無いでしょう!!一体何時から士郎はこんなにエロエロな子になっちゃったのよ!遠坂さん、桜ちゃんに始まり、アルトリアちゃんにメドゥーサさん、おまけに切嗣さんの娘を自称する小悪魔ロリっこ。(ここでイリヤが『私は正真正銘、キリツグの娘よ!!』と文句を垂れていた)更にツンデレっぽいのと天然っぽいメイドさんで、止めとばかりに外見びしっとしてるけど中身は純情そうな人まで引きずり込んで肉欲に満ちた日々をすごそうとしてるのー!!そんなんじゃ切嗣さんに天国でも地獄でも会わす顔無いじゃないの!!!」

「ひ、一先ず人の話を聞け!この馬鹿虎!!」

何とか鎮火させた士郎は人知れずセタンタにアイコンタクトを贈る。

「なあ、大河の姉ちゃん」

「??はい、なんですか?セタンタさん」

「そんなに変か?俺が女房を連れてくるの」

『はい??』

セタンタの言葉に大河と何も話を聞いていない一堂(宗一郎、ヘラクレス、リーゼリットは除く)はぽかんと口を開ける。

「だからこいつは」

そう言ってセタンタはバゼットの肩を抱き寄せる。

「俺の女房、つい先日結婚したばかりだがな」

「え?ええええっ!そ、そうだったんですか!」

「おうよ。俺の女房でバゼット・フラガ・マクレミッツ。バゼット、この姉ちゃんは士郎の後見人の孫で藤村大河って言うんだ」

ニタニタ笑い更に身体を密接させる。

それにより頬を赤く染め、口を開閉させるだけで言葉を発せられないバゼット。

だが、それが逆に新妻としての初々しさを演出させ、大河を信用させる結果となった。

(ラ、ランサー!!)

(まあいいじゃねえか。俺もお前のようないい女を女房にするの悪くないと思っているからよ)

(で、ですが・・・)

(まあ、実際これが一番自然だからよ。また士郎の親父の知り合いって言うのも手だが、こうも頻繁に来たんじゃ流石に怪しまれるだろ)

(た、確かに・・・)

小声でひそひそ話し合う。

「今日昼急に来たんだよ。聞けばセタンタの奴、新婚だってのにバゼットさんを置いてけぼりにしていたらしいから」

そんな小声の会話を尻目に士郎が大河に事情を説明している(作り話であるが)。

「そうだったの。セタンタさん駄目ですよ奥さんを大事にしないと。それも新婚ほやほやって言うじゃないですか」

「まあ、ぶらぶらするのが性に合っているもんでな」

「バゼットさんも大変ですね」

「え?ええ・・・ですけど・・・夫ですので・・・」

俯き小声で言うバゼット。

それを見て近所のおばちゃん根性で根掘り葉掘り聞きだそうとする大河を士郎が押し留め、賑やかに夕食の時間が過ぎていったのだった。









大河が帰宅するとすぐにバゼットが士郎とセタンタに詰め寄る。

「士郎君!それにランサー!どう言う事ですか!」

「バゼット女房だったら俺の事はセタンタな」

「そ、それは嬉しいですけど・・・それよりも何故私に一言言ってくれなかったんですか!」

「そりゃ俺が止めたんだよ。お前事情知ってて最後までアドリブとか出来るか?」

「そ、それは・・・」

「何も知らなかったからこそあの態度取れただろ?そのお陰で大河の姉ちゃんを信用させたんだから結果オーライじゃねえか」

「はぁ・・・全くサーヴァントであろうと現界していようと変わりませんね・・・セタンタ、解りました。ではその様にしましょう」

「ああ、そうしてくれ。で、士郎大河の姉ちゃんには」

「ああ、凛に頼んで暗示で、しっかりと信じてもらうから」

こうしてバゼットの住居問題は解決したのだった。

「ああちなみに、部屋、バゼットさんとセタンタ相部屋で」

「ええ!!!」

「おうサンキュー」

色々細かい問題は出そうだが・・・









それから数日後・・・

「・・・ただいま帰りました・・・」

この世の絶望を一身に背負ったような重く暗いオーラを背負い込んでバゼットが帰宅してきた。

「あ、ああお帰り・・・」

あまりの暗さに士郎も声を掛けていいものか暫し迷う。

「えっと・・・バゼットさんどうかしましたか・・・」

「やはり私にはまともな労働など無理なのでしょうか・・・」

あれからバゼットは士郎に司書を始めとするいくつかのアルバイトを紹介してもらい面接を次々と受けた。

元々、礼儀もなっているバゼットである、その第一印象は文句無く好印象を得て全てで採用となったのであった。

だが、どう言う訳か長続きしない。

ある居酒屋(士郎がバイトをしているコペンハーゲンではない)では酔ってセクハラまがいの行為に及んだ客に本気のパンチを打ち込み、(これで数メートル先の壁に叩き付けられ重傷を負った)ある事務所では慣れない電話オペレーターの業務中、自然にとんでもない暴言を吐き相手を怒らせ、次々と問題行動を取り、最短では数時間後、長くても半日でくびとなったのだった。

「えっと・・・もしかして・・・」

「はい、司書の仕事もくびとなりました」

「ど、どうして・・・」

「その、図書館と言う空間で余りにもうるさい学生がいたものですから、少し注意をと思い机を叩いたのですが・・・力余って机を叩き割り、床を陥没させたもので・・・」

確かにそんな事をされれば誰でもひく。

ちなみにバゼットが司書として働いた日数三日、これでも新記録である。

「申し訳ありません。せっかく斡旋してもらった職を全て・・・」

「ま、まあ斡旋とまでは行かないさ。俺がしたのはあくまでもバゼットさんに合いそうなアルバイト募集広告探して来ただけだし・・・しかし・・・弱ったな・・・」

士郎の心当たりでバゼットが長続きしそうな職等もう思い浮かばない。

「とりあえず時間が空いていたので賞金付のアームレスリング大会に飛び入り参加して優勝してきました」

そう言って懐から賞金が入っていると思われる金一封(中には多額の現金入り。数時間の労働としては十二分すぎる額である)を士郎に差し出す。

「えーと・・・これで十分食っていけるんじゃないですか・・・」

「ですがこれでは不安定も甚だしい。どうにかして安定した職に就かなければ・・・」

苦悩しながら居間に向かうバゼットを他所に思案に暮れていた士郎だったがそこへ携帯の着信音が鳴り出す。

「あれ?『七星館』から?」

番号を確認して電話に出る。

「もしもし」

『あ、士郎ですか?』

その声は志貴ではなく聞きなれた女性の声だった。

「シオンさん?どうされたんですか?」

『はい先日の件についてです。当事者である士郎にはいち早く伝えねばと思い失礼を承知でこちらの携帯に掛けさせて貰いました』

「何か解りましたか?」

『はい、琥珀の自白剤で吐いた情報ですが全て裏付けが取れました』

「そうですか・・・じゃあ近い内にお礼に行かないといけませんね」

『志貴もこの件には憤慨しておりました。士郎に可能であれば俺も連れて行けとの伝言を預かっていますが』

「ああ、それについては大歓迎だと伝えてください」

『はい解りました』

ひとしきり先日の執行者襲撃未遂事件について話し合う。

『それと士郎、話は変わりますが今度は何時来れそうですか?』

「そうですね・・。ここ最近は『六王権』探索で時間を潰していますから・・・」

それは料理教室ではなく、シオン、琥珀、翡翠、秋葉、さつきを対象とした戦闘訓練である。

志貴やアルクェイド、アルトルージュが指導する事もあるが、そのほとんどが士郎だった。

『確かに士郎には負担をかけて申し訳ないとは思いますが、今のままでは到底『裏七夜』の力を最大限発揮出来ません』

「ですがそれは仕方ないですよ。実戦経験なんてそうそう積めるものじゃないですから」

現状『裏七夜』は深刻な問題に直面していた。

『裏七夜』の実戦部隊は総勢十名、全員異能とも呼べる力を誇っているが、そのうち半分以上の六名の実戦経験が著しく不足していた。

今の所は顕在化した問題ではない。

『七夫人』の全員、並外れた力を持っているので、並みの死者や死徒に負けるはずも無い。

しかし、これが二十七祖級となれば話が違ってくる。

ましてや『六王権』が復活し、その脅威が何時世界を襲うかわからない現状では一刻も早く『裏七夜』全体の実戦経験を底上げしたい。

潜在化の現状にどうにか打破したかった。

『それでも『六王権』の脅威がすぐ近くまで迫っている現状では』

「そうなんですよ・・・あ」

その時士郎は思い出した、自分のすぐ身近に人材がいた事を。

と言うより、何故今まで思い出さなかったのかが不思議なほどだった。

「シオンさん」

『どうしました?士郎、随分と真剣な口調ですが』

「はい、実は『裏七夜』に一人推薦したい人がいるんです」

『士郎がですか?珍しいですね。それで誰なのですか?士郎が推薦するほどです。よほどの人材なのですか?』

「はい実力は折り紙つきです。バゼット・フラガ・マクレミッツなのですが・・・」

『・・・』

「あ、あれ?シオンさん」

名前を聞いた途端無言となったシオンに不審に思いながら声をかける。

『・・・士郎!!

「は、はい!!」

とんでもない大音声に思わず直立不動で答える。

『本当ですか!本当にバゼット・フラガ・マクレミッツを推薦するのですか!!魔術協会封印指定執行者、『伝承保菌者(ゴッズホルダー)』である彼女を!!嘘、法螺、与太話だったらぶち殺しますよ!!』

「お、落ち着いてくださいシオンさん!何気にガラ悪くなっています!!」

『私は!!十分すぎるほど!!落ち着いています!!』

「いや絶対落ち着いていないですから。それと今の話は本当です」

どうにか興奮の極みに陥ったシオンを落ち着かせて事情を説明する。

『そうなのですか・・・協会も馬鹿ですね。一回の任務失敗程度で彼女ほどの有能な人材を放逐するとは』

呆れたように嘆息するシオン。

『で、今彼女は士郎の家にいるのですね。解りました。すぐに向かいます』

「いや、俺の方から行きますよ。バゼットさんを連れて」

『そうは行きません。有能な人材には最大限の礼儀を持って迎えなければなりません。すぐにそちらに向かいます』

「すぐと言うと志貴を使ってですか?」

『はい、丁度志貴もいますから、待機していてほしいのです』

「解りました」

電話が切れた、おそらく志貴に大至急衛宮家に向かってほしいと頼んでいるのだろう。

「バゼットさん」

とりあえず士郎も居間に戻る。

あの剣幕だ、万が一来た時にバゼットがいなければ本当に士郎を射殺しかねない。

「??どうかしたのですか士郎君随分と長い電話だったようですが」

「えっと、バゼットさんスカウトしたい所が見つかりましたよ。まず間違いなくバゼットさん向けの職場が」

「えっ?ど、何処なのでしょうか!」

「あ〜これから」

その語尾に重なるように

「士郎!!」

「・・・来たようです。少し待っていて下さい連れて来ますから」

そう言って士郎は客を迎えるべく玄関に足を向けたのだった。

玄関にはすごい剣幕のシオンと苦笑気味の志貴が立っていた。

「士郎悪いな急に」

「いやこっちこそすまん。とりあえず居間の方にいるから、上がって」

「はい失礼します!」

「邪魔するよ」

シオンは大急ぎでそれでも靴はしっかり並べてからバゼットのいる居間に向かった。

「俺も行かないとな。頭目として新しく入る人材はしっかり確認しておかないと」









数分後、居間は臨時の面接会場となってシオンと志貴がバゼットに幾つかの質問をしていた。

質問といっても、バゼットの戦闘スタイル、彼女の魔術、さらに切り札と言った戦闘に関連した事だけだった。

「えっ?指導ですか?」

そこにシオンの出した提案にバゼットは眼を丸くする。

「はい、そうです。現状私達『裏七夜』は実戦経験が極めて乏しい者が多いのです。私も含めて半分以上がその対象なのです。そこで貴女の実戦経験を伝え訓練を行って貰いたいのです」

「ただ、私の場合間違いなく手がでると思いますが・・・」

「構いません、それすらも組み手の訓練とします。無論実戦部隊として、遊撃員として戦っていただきます。後、報酬は仕事毎の出来高払いでどうでしょうか?」

「・・・解りました。私でもお役に立てるのでしたらお世話になります。色々ご迷惑を掛けると思いますが」

「とんでもありません!おそらく私達の方が貴女に迷惑を掛けることになるでしょう。ですがよろしくお願いします!!」

やり取り僅か数分でバゼットの『裏七夜』加入が決まった。

この様にしてバゼットの暗礁に乗り上げかけていた就職難の問題は解決したのだった。

この日から『七夫人』は壮絶なスパルタ訓練を受ける羽目となったのだがそれはまた別の話である。

戻る