冬木での『聖杯戦争』が終わり、その後のごたごたが一段落したある日・・・と言うか二月十四日も間近に迫ったある日、衛宮邸のキッチン及び居間は完全に女性に支配されていた。
「リン、そろそろ湯せんが終わります」
「そうみたいね。桜、そこの容器取って」
「ごめんなさい姉さん、今手が離せなくて・・・」
「サクラ、私がリンに渡しますので、自分の作業を続けていて下さい」
「セラ〜その材料寄こして〜」
「はいどうぞお嬢様」
「イリヤ、後どれ位作る?」
「あ、あら?サクラさん、これは如何すればいいのかしら?」
アルトリアと凛、桜とメドゥーサ、イリヤにセラとリズがチームを組んで、更にはメディアも不器用ながらも賢明にチョコレートを作っていた。
更に別の一角においては
「姉さんそろそろ良い?」
「うんこれでオッケー、翡翠ちゃんじゃあこの型に流すね」
「アルクちゃん、牛乳とって」
「これね」
「さつき、ココアパウダーはどうしました?」
「あれ?そこに置いておいた筈なんだけど・・・秋葉ちゃん知らない?」
「ああすいません、私が使ってました。シオンごめんなさいね」
「レンちゃんお手伝い必要?だったらお姉さんが手伝うけど?」
「・・・(こくん)」
『七夫人』の総員とレンに朱鷺恵がやはりチョコ作りに勤しんでいた。
無論、その目的は数日後に迫ったバレンタインデーにそれぞれの想い人に・・・凛達ならば衛宮士郎に、メディアは宗一郎に、『七夫人』と二側室であれば夫、七夜志貴に・・・送る為である。
ちなみに・・・この家の家主である士郎はと言えば、今『七星館』の台所を借りて、もはや毎年の恒例行事となった、お世話になった人に贈るチョコを作っている。
ただし、その量は今年に入り一気に増加した。
何しろ、藤村組の面々、バイト先『コペンハーゲン』の皆、そして『七夫人』、二側室、そして去年から送り始めた凛に桜。
これだけでも大変な量だと言うのに、今年は更に、アルトリア、メドゥーサ、イリヤ、セラ、リズ、メディア、セタンタ、ヘラクレス、宗一郎が新たに加わり、そのチョコ作りに大露になっていた。
まあセタンタ、ヘラクレス、宗一郎に関しては、チョコではなく、酒を一本ずつ用意するつもりでいるが。
ちなみに、当の男性陣はと言えば、セタンタとヘラクレスは港でのんびりと釣りを、宗一郎は学校に出かけている。
そんな訳で衛宮邸をほぼ占拠した一同はただひたすら、『七夫人』達は今年も志貴に『美味しいよ』と言う言葉を貰う為に、凛達・・・特に遠坂姉妹に関しては、今年こそは士郎よりも美味しいチョコをあげる為に、メディアはやはり愛する宗一郎に自分の想いを全て込めたチョコを渡す為、ことさら気合を入れて苦手な料理に精を出していた。
最も、アルトリアとリズに関して言えば、士郎にチョコを渡す事よりもむしろ、士郎から贈られるチョコの方を楽しみにしている感はあったが。
ただし、中には不熱心な者もいる。
「お嬢様、エミヤ様如きにお嬢様の手作りを渡す必要も無いのではないでしょうか?雑誌では義務で渡す殿方には安物のチョコで十分とも聞いています。エミヤ様にはそれで宜しいかと」
セラである。
元々彼女は、士郎に対して好意を持ち合わせてはいない。
何しろ彼はアインツベルンを裏切った衛宮切嗣の養子であり、第四次聖杯戦争後イリヤが得る筈であった切嗣の愛情を不当に独占した男であり、何よりも士郎はアインツベルンの正統な後継者であるイリヤを誑かす『悪い虫』(セラの主観)なのだ。
そこに好意を挟む余地など髪の毛ほどもありはしない。
だが、かの魔導元帥ゼルレッチの愛弟子と言う事もあるので露骨に敵意を表に出す事も出来ず、ひとまず形だけは敬意を払ってはいる。
だが、それはあくまでも表面上であり、それ以上でもそれ以下でも無かったが。
「もう何言っているのよセラ。リンやサクラが本気で作ってシロウに渡そうとしてるのよ。それなのに安物の市販品を渡すなんて敵前逃亡も一緒よ。お爺様が言っていたんだから、『日本においてバレンタインデーは女性達の戦争だ』って」
ある意味、間違っていないが、ある意味、ずれている。
それも致命的に。
と、そこでイリヤの表情に怪しいものが加わった。
「それに・・・シロウは将来私の旦那様になるんだから、私の愛情の篭ったチョコを渡しても問題ないでしょう」
その言葉にセラよりも早く何気なく聞いていた外野が噛み付いた。
「ちょっと待ちなさいよ。そこのちびっ子」
「そうです!いつ先輩がイリヤちゃんと結婚するなんて決まったんですか!」
「あら?リンもサクラも嫉妬?みっともないわよ」
いきり立つ二人をイリヤが冷静な表情で巧みにいなす。
それはいつも通りの事だった。
そして直接言われたセラはと言えば・・・全身に怨念のオーラを漲らせ、ぶつけられぬ怒りを更に溜め込んでいた。
「大変よね〜士郎も」
「うんうん」
それを見ていた人妻である七人は余裕で眺めている。
「それだったら衛宮様も、三人とも奥さんにしてしまえば良いんですよ〜そうすれば万事めでたしめでたしですから〜」
「「「なっ!!」」」
何気にとんでもない事を発言する琥珀に、翡翠がそれに輪をかけてとんでもない事を言った。
「姉さん三人では足りません。後お二人います。アルトリアさんとメドゥーサさんが」
「「!!」」
突然、話を振られた元サーヴァントの二人はまさしく不意を付かれた。
「な、何を言っているんですか!その様な事は」
「そうですね。私達は・・・」
だが、その言葉を遮る様に追い討ちが掛かる。
「ですが、気にはなっているのでしょう?」
シオンの言葉に
「そ、それは・・・たしかに・・・」
「その通りですが・・・」
ごにょごにょと小声で反論らしきものをぶつける二人。
「もう二人とも素直になった方が良いよ」
やや呆れ気味に元英霊である二人を叱責するさつきだったが、そこに意外な事に秋葉が助けを出す。
「まあ良いのではありませんか?この事についてはまた後日と言う事で」
「それもそうですね」
「うん」
秋葉の言葉にあっさりとシオンとさつきが頷き、この話は一旦終わる。
「ねえそう言えばさ」
その話題が終わるかと思われた時、今度はアルクェイドが遠坂姉妹とイリヤに話を向ける。
「あなた達って士郎の何処に惚れたの?」
『なっ!!』
思わぬ言葉に、危うくチョコを流しこんだ型を落としかける所だった。
「い、いきなり何を言うんですか!真祖の姫君!!」
「ん?士郎の何処にあなた達が惹かれたのかなって、純粋に疑問に思っただけだけど」
そんなアルクェイドの表情には悪意とか、からかう為とかそんな意味合いは無い。
ただ純粋に知りたいだけの様だ。
「私はそうね・・・最初はシロウの事が憎いのと愛情がない交ぜになっていたけど、本当に好きになったのは森で私の事を家族って言って私の全部を受け入れてくれた事かしら?ホムンクルスでシロウを殺そうとした私を・・・そんな心の大きさかな?」
そう言って思い出すのは、自分を止める。
ただそれだけの為にバーサーカーと真っ向から戦い、自分を守りきった後、自分を抱きしめてくれた感触とその時の言葉。
その時、イリヤは士郎に心を奪われたのかもしれない。
そして士郎は聖杯の器としての道具だった自分を、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言う一個の人間に変えてくれた。
あたかも母、アイリスフィール・フォン・アインツベルンが衛宮切嗣と出会い恋をして、やがて結ばれたかのように。
「そうなんだ。じゃああなた達は?」
イリヤの言葉にある程度納得したアルクェイドは、次に遠坂姉妹に質問をぶつける。
「そ、それは・・・」
「べ、別に良いじゃないですか。士郎の何処を好きになったって・・・」
「そ、そうです!!何処でも良いじゃないですか!!」
そんな言葉にアルトルージュが追い討ちを掛ける。
「あら?それって士郎君の全部が好きで好きでたまらないって事かしら?そう聞こえるんだけど」
その言葉に姉妹揃って固まる。
「あは〜衛宮様良かったですね〜イリヤさんも凛さんも桜さんも衛宮様にラブラブですよ〜」
「そうですね。衛宮様は志貴ちゃんみたいに、積極的に動くタイプじゃないから少し心配していたんですが」
「志貴君も士郎君みたいに積極的に動くタイプじゃないと思うけどな」
「そうなると桜が高校を卒業した時点で、士郎は三人纏めて娶る事になりますね」
なにやら色々不穏な事を言い合っている外野に凛は声を荒げる。
「だ、だから!勝手に決めないで下さい!!」
「そうです!!先輩との結婚の時期は自分で決めます!!」
「そうなんですか?では結婚の為に中退も辞さないと?」
秋葉の言葉に桜は再度固まる。
「え、えっと・・・それは・・・」
「そ、それよりも!!皆さんはどうなんですか!!」
妹の窮状に助け舟を出すべく凛が質問を返す。
「へっ?それって私達?」
「そうです!前から聞きたかったんですけど、どうして七人全員志貴との結婚を承諾されたんですか?」
ある意味苦し紛れとも言える質問に意外な事にアルトリアも加わった。
「そういえば私も聞きたい事でした。シキと貴女方は傍目から見ても仲睦まじい。ですが自分以外に六人もの妻がいた事に、また七人全員と結婚すると宣言した時シキの優柔不断を苦々しく思わなかったのですか?」
更にイリヤが加勢する。
「それと貴女達ってシキの何処が好きになったの?私達が言ったんだから貴女達だって言う義務があると思うわよ」
その言葉に頷いたのはシオン。
「そうですね。確かに凛達が話して、私達が話さないと言うのも不公平極まりないですね。判りました一つずつ答えましょう」
シオンの言葉に頷く『六夫人』。
「えっとまずはどうして結婚を承諾したかだけど・・・それはやっぱり志貴君の事が好き・・・ううんあの時にはもう愛していたんだと思う」
さつきの言葉に再び頷く。
「私や翡翠ちゃんは子供の頃に初めて志貴ちゃんと会ってから、ずっと心の中で育んで来た想いであり、志貴ちゃんのお嫁さんになるってずっと決めてきたことでしたから」
「うん、だから例え姉さんと一緒でも志貴ちゃんと一緒にいられるなら文句なんて無かったですよ」
「ええ、私や姉さんもそう、まあ最初は志貴には興味本位で接していたけど接すれば接するほど志貴の事を中心に考えていって・・・最後にはもう志貴無しの生活なんて考えられなくなっちゃった」
「ええ、私もアルクちゃんへの対抗とかで志貴君に近付いていったけど、結局は、アルクちゃんと同じで、志貴君の虜になっちゃった」
「私の場合は琥珀や翡翠に近いですね。志貴が初めて見る異性だった事もありましたが、それを抜きにしても志貴の瞳や笑顔に心を奪われたのです」
「私は最初兄さんを、殺そうとしていましたけど、そんな私を兄さんはお兄様と一緒に守ってくれましたから・・・」
「私もそう。死徒になって、志貴君の大切な人を殺しかけたのにそれでも私を助けてくれたから・・・」
そう言う『七夫人』の表情はどれも晴れやかで女性としての喜びに満ち溢れていた。
「じゃあ、そっちのレンとかトキエは?」
「私も今の待遇に文句は無いわよ。志貴君自身に文句なんて一つもないし」
「・・・(こくん)」
レンも朱鷺恵の言葉に同意だと言わんばかりに大きく頷く。
「では特に不平不満はないと」
「ううん、不平不満なんてたくさんあるわよ」
メドゥーサの言葉をアルトルージュが即座に否定する。
そしてアルトルージュの言葉を全員が肯定している。
「えっ?でもシキには・・・」
心底仰天したと言わんばかりにアルトリアが口を開く。
だが、これは全員共通の心情であり、てっきり『不平不満なんで欠片も無い』と言うかと思っていたのだから。
「志貴との結婚に不満はないわよ。でも不平や不満が無いと言う事はイコールじゃないわよ」
アルクェイドの言葉になるほどと思う。
それとこれとは別問題と言う事だろう。
「ではシキの何処が?」
「やっぱり最初はこれだけの人数と全員結婚するって事ね」
アルトルージュの言葉にシオンが同調する。
「はい、やはり私達としては志貴が自分だけを見ていて欲しいと言う欲求がありましたから、最初これほどの人数と同時に結婚すると言われて若干志貴に腹を立てた事は事実です」
「では何故結婚を承諾したのですか?」
その質問への答えは単純だった。
「簡単です。皆重婚への反感以上に志貴ちゃんとの結婚に、心躍らせましたから」
「うんうん、志貴君にこれ以上無い真剣な表情で『結婚してくれ』って言われた時は、改めて志貴君の事ますます好きになっちゃったから」
翡翠の言葉にさつきが同調しながら求婚の時を思い出したのだろうか、うなじまで真っ赤にして、心ここにあらずとばかりに虚空を見つめている。
「それと後は夜の方かな?」
「夜?」
「そうよ志貴とエッ・・・」
「「言わなくて結構です!!判りましたから!!」」
アルクェイドのきわどい言葉をアルトリアとメドゥーサが止める。
しかし予想は出来ていたのだろう。
凛、桜、セラが真っ赤になっている。
「あら?不満と言うと彼淡白なの?」
大人の余裕なのだろう。メディアが代表して質問する。
だが、それに対して
『とんでもない!!!!』
「!!!!・・・(ふるふるふるふるふる)」
『七夫人』は大声で否定し、レンは力の限り首を横に振る。
「志貴すごすぎよ!!」
「あれで淡白だったら本気になった時、私達全員腹上死よ!!」
「・・・(こくこくこく)」
あまりの剣幕に好奇心が湧いたのか凛が恐る恐る尋ねる。
「そんなに・・・すごいの??」
「ええ・・・最初の時は一番すごかったです」
秋葉の言葉に全員大きく首を縦に振る。
「じゃあ不満って何?」
「十日に一回なんですよ。志貴ちゃんと夜に甘い一時過ごせるのは」
琥珀があきらめの中にも若干の不服を浮かべて言う。
「早い話は私達一人づつローテンションを組んで、志貴の相手をしているんです」
「あら?でもそれだったら旦那様に言ったら。彼だったら貴女達の希望叶えてくれるんじゃないの?」
「それもしたいんだけど・・・」
全員顔を見合わせる。
確かに志貴に言えば、ローテンションなど撤廃してくれるだろう。
だが、それをすれば大変な事になるのは、火を見るより明らかなのだから。
「色々大変なのね・・・じゃあ話は終わりにしましょう。シロウに渡すチョコまだ出来ていないんだから」
イリヤの一言で一同はチョコ作りを再開する事になった。
そしてバレンタインデー当日。
「セタンタ、ヘラクレス、葛木先生どうぞ。日頃と『聖杯戦争』でお世話になったお返しです」
「ほう、酒か」
「さすが俺のマスター。わかっているじゃねえか」
「気を使わせたようだな。すまぬ」
士郎は男性陣に日本酒を送ったのを手始めに、次に『七星館』に向かい、『七夫人』にも日頃の感謝の気持ちを込めたチョコを送った。
「衛宮様毎年すいません」
「本来でしたら私達の方がお礼を言わないといけないのに」
その時代表して琥珀とさつきが士郎にお礼を言うのに対して、士郎は特に気にした風も無く。
「ああ気にしないで下さい」
と、そこで琥珀が更に満面の笑みで士郎に尋ねる。
「それとありがとうございました。衛宮様のご指導ですよね?今年は志貴ちゃんがチョコをくれるなんて」
「ああ、そうですよ。『何か皆をあっと驚かせる事はないか』って志貴から相談を受けましてね。それならお前も皆に贈り物したらどうだって事になって、先日『七星館』をお借りした時に志貴と作ったんですよ。で、どうでした?」
その質問に士郎も隠す事無く答えてから、質問する。
「あはは〜少し落ち込んじゃった人が出ちゃって・・・無論皆喜んでいますけど」
琥珀の苦笑交じりの答えに落ち込んだのが誰なのか士郎にも予測は付いた。
「で・・・なんか奥の方騒然としてますけど」
「あっ気にしないで下さい衛宮様」
「う、うんうん。ちょっとした大騒ぎだから、そんなに大変じゃないから」
そういう割には、琥珀もさつきも表情は引き攣っていた。
ここで視線を少し変えてみよう。
士郎が訪れる直前、『七星館』においては
『志貴ちゃん(志貴、志貴君、兄さん)はいバレンタインデー』
「・・・・・・」
『七夫人』及び、レンに朱鷺恵がそれぞれ違う包装を志貴に差し出している。
「ああ、毎年ありがとう皆」
それを笑顔で受け取る志貴。
何時もならここで終わるのだが、今年はここからが本番だった。
「それでな・・・今年は俺からも皆に日頃の感謝の気持ちを込めて・・・」
そう言って差し出したのは九つのチョコレート。
『えっ??』
思わぬ事に全員絶句する。
お返しなど頭の中に存在していなかっただけに、志貴のこの贈り物はまさしく不意打ちだった。
「えっと・・・余計なお世話だったか?」
固まっている全員をややばつの悪そうに見ながら質問する。
それに対する答えは無論だが、
『とんでもない!!!!』
「!!!!・・・(ふるふるふるふるふるふるふるふる)」
「いいえ、嬉しいわ。ありがとうね志貴君」
力の限り首を横に振るレンと断言する『七夫人』、そしてにこやかに笑い志貴にお礼を言う朱鷺恵。
「そうか、良かった。じゃあ食べてみてくれ皆、少し出来栄え悪いかもしれないけど」
料理ならある程度作ったこともあるが、チョコの手作りは始めてである。
上手く出来ているか不安であったが、
「美味しい・・・」
「本当ね・・・」
「やはり志貴の愛情が存分に込められているのでしょうか・・・」
「兄さんが私の為に作ってくれたチョコが不味い筈ありません」
「うん美味しいよ志貴君」
「ええそうね、美味しく出来ているわよ」
「・・・(こくこくこく)」
「嬉しいな、志貴ちゃんの作ってくれたチョコ食べれるなんて」
全員嬉しそうにチョコを口にする。
だが、そんな中違う空気を背負っている者もいた。
「あ、あれ?ひ、翡翠??」
翡翠はチョコを口にするなり重いオーラを背負い、部屋の片隅でいじけていた。
「あ、あららら?どうしたの翡翠?」
「ひ、翡翠ちゃん???」
琥珀達が翡翠に近寄ると
「・・・志貴ちゃんがチョコ作ってくれたのは嬉しいけど・・・あんなに美味しいなんて・・・初めて作った志貴ちゃんが・・・」
ぶつぶつ言っている。
「あっそうか。翡翠、志貴が上手に作れるから落ち込んでいたんだ」
そんな傷心の翡翠にアルクェイドが悪気ゼロ、ただし容赦もゼロの言葉の刃を突き立てる。
「あ、アルクちゃん!!」
アルトルージュが慌てて口を塞ぐが、時既に遅し。
翡翠の周囲だけ深夜の様に暗くなっていた。
だが、不意に翡翠は立ち上がると
「そうだよ・・・志貴ちゃんだって頑張って作れたんだから・・・私だって!!」
『!!!』
不穏な発言に全員顔を蒼ざめる。
「ひ、翡翠を止めろ!!」
志貴の言葉よりも早く全員が翡翠を取り押さえ始めた。
ちょうどこの時、士郎が訪れたのだった。
『七星館』を後にした士郎は、何時のように藤村組、『コペンハーゲン』に次々とチョコをプレゼントする。
そして、帰宅すると今度は受け取る側に変わっていた。
「士郎、はいこれ」
「先輩どうぞ」
「シロウ私からも」
「サクラと同じですが」
「シロウ!はい私の愛情たっぷりのチョコよ!」
「衛宮様に差し上げるのは非常に心苦しいですが」
「シロウはい」
凛から始まり、桜、アルトリア、メドゥーサ、イリヤ、セラ、リズと士郎にチョコを渡す。
その傍らではメディアもまた
「そ、そそそそそそそっ・・・宗一郎様!!こ、ここっここ、これを!!!」
綺麗にラッピングされた小箱を差し出し、宗一郎もまた
「そうか、すまんなメディア」
素っ気無いほど容易く受け取っていた。
それぞれシンプルなものから、凝りに凝ったものまで千差万別だが、中でもセラはインパクトなら最大だろう。
適当に包んだ包装紙を開ければ、製造過程で残ったチョコの残骸が数個、剥き出しで現れたのだから。
「は、はははは・・・」
士郎もこれには苦笑するしかない。
それに対して、あら?ご不満でしょうか?とばかりに冷めた冷笑を浮かべるセラだったが、その笑顔も直ぐに凍てつく事になる。
「さてと、じゃあ俺も」
そう言うと士郎は奥から士郎もチョコを持ってきた。
「去年は地味な物になったのと、今年は凝ったもの作るって藤ねえと約束しちまったからな。少し凝ってみた」
そう何でもない様に言う士郎だったが、場の一同は全員絶句した。
士郎が今年用意したもの、それは一目見ただけでも美味しそうだと直ぐ判るチョコケーキだった。
一昨年も士郎はチョコケーキを作ったようだが、今年はスポンジから自分で作り上げたと言う力の入れよう。
明らかに『少し』と言う領域を水平線の彼方まで追い越している。
出来栄えも今年の方が格段に良いらしく、現にそれを見た大河は直ぐに『うわ〜士郎一昨年より豪華になってる〜』と言った事からも伺える。
更に味も一口食べるなり大河は吼え、アルトリアは餓えた獅子となり、ただ黙々と食べ続けた事から味はどうかなど、察する事が出来るだろう。
士郎は念の為に五個用意したのだが、その内、大河は一個、アルトリアに至っては二個を食べきった。
(無論個と言っても、切り出したものではなく、直径二十一cmそのまま丸ごとである)
そしてその他の面々も士郎のケーキを美味しく頂いたのだが、その出来栄えに驚嘆しながらも、自分達より士郎が上手に作れると言う事実にずーんと暗いオーラを背負っていた。
こうしてこの年のバレンタインデーは若干のサプライズと大騒ぎと共に終わりを迎えた。
それから数週間後、衛宮邸では更なる居候が続々と増えるがそれは別の話となる。