冬木の地においての『聖杯戦争』が『六王権』の手により思わぬ形で終焉を向かえてから数日後、『七夜の里』に見慣れぬ人影が会った。

「こちらです葛木さん」

「ああ、すまぬな七夜」

「いいえ、父さんもお会いするのを楽しみにしています」

志貴に先導されて現在の黄理と真姫夫妻の家に向かうのは葛木宗一郎。

彼は今日七夜黄理と実に十数年ぶりに再会を果たそうとしていた。









事の始まりは志貴が衛宮邸から一旦『七星館』に帰宅した時から遡る。

志貴はその足で黄理の所に向かった。

「父さん」

「志貴か・・・珍しいな。お前がここに来るなんて」

結婚してから志貴は両親の住むこの家にあまり顔を出していない。

『七夫人』や朱鷺恵等は真姫とお茶会をしたり、料理を教わったりしているみたいだが。

前もって言っておくが、決して志貴と両親との仲が不仲になった訳ではない。

隠居生活にも入ったので残りの人生は父と母、夫婦水入らずで生活して欲しいという志貴のささやかな配慮だった。

「うん、少し父さんに聞きたい事があって」

「俺にか?」

「そう、父さん十何年前かに他の人に『八点衝』教えなかった?」

その質問に黄理はすぐに答えた。

「ああ、一人いるぞ。ガキの頃の俺と良く似た坊主でな。どっか他人には思えなくて教えた・・・と言うか、見せただけだがな・・・それがどうかしたのか?」

「実は・・・」

志貴はその経緯を話し始める。

「ほう・・・あの坊主がね・・・」

それを聞きなにやら楽しそうに頷く黄理。

「志貴、そいつを連れて来てくれ。あいつが『八点衝』を極めたのかどうか見てみたい」

と、極めて短いやりとりで宗一郎は『七夜の里』に招かれる事が決定されたと言う訳である。









やがて志貴と宗一郎は里の離れにある一軒家に辿り着く。

夫婦水入らずで暮らしたいという真姫の要請に一族も応えた形だ。

「こちらです」

「ああすまないな」

「父さん!いるんでしょ!葛木さん連れてきたよ!」

志貴の呼びかけに奥から姿を現すのは黄理。

「ああ来たか志貴、それと・・・久しいな坊主」

「ええ、少年と呼ばれるには少々歳を取りましたが、お久しぶりです黄理殿」

不敵に笑う黄理に宗一郎は通常と同じ表情ながら柔らかな微笑を浮かべていた。

玄関先での話もなんだからと三人は客間に上がると直ぐに真姫がお茶を手に現れる。

「いらっしゃいませ葛木様、黄理の妻、七夜真姫と申します。どうぞ粗茶ですが」

「かたじけない奥方殿、頂くとしましょう」

そう言って茶を受け取る。

「じゃあ、俺は『七星館』に戻っているから後は二人で」

「では私も失礼致します。どうぞごゆっくり」

そう言って志貴と真姫は客間から退室する。

それから無言で二人は茶を一口、啜り始める。

それから一息ついてから宗一郎がまず口を開いた。

「・・・お美しい奥方ですな」

「ああ、あれには現役時には苦労させて来たからな。隠居した今となっては女房孝行に勤しんでいる。奥方といえば坊主、志貴から聞いたが何でも英霊か?人でない者を妻とするらしいな」

「はい、あれも私の事を必要としておりますので、朽ちた私の事を求めているのならばそれに応えてやりたいと思いまして」

「なるほどな」

そう言って二人は暫し無言で茶を啜る。

そうして双方同時に飲み干した所で黄理が本題に入る。

「・・・では見せてもらおうか。あの時俺が見せた『八点衝』お前が何処まで己が物としたのか」

「はい」

そう言って二人は揃って立ち上がった。









二人が向かったのは裏手の森のやや開かれた場所。

一見すれば何の変哲も無いように見えるが、良く見れば木々の一部が何か大きな力で抉り取られていたり、枝がへし折られていたりしていた。

「・・・修練の後ですかな?」

「ああ、隠居したがどうも身体がなまって仕方ねえ。あれの眼を盗んで時々な」

「ですが、ご子息の話だと傷が未だ癒えていないとか」

「それは否定しねえが、やはり長年の習性でな」

「なるほど」

そう言いあってから宗一郎は構える。

「では」

「ああ」

―我流・八点大蛇―

鉄拳が大蛇となり空を切る。

「・・・」

その様をただじっと凝視する黄理。

「・・・」

やがて実演を終え、振り返る宗一郎。

その視界にまず入ったのは、満足そうな笑みを浮かべた黄理だった。

「たいしたもんだな坊主、あの日、一回だけ見せた『八点衝』、まさかここまで己の物にするとはな」

「いえ、私はたった一つのことしか出来なかった身、それ故に、この業を磨く事だけが出来たと言うだけの事。賞賛される事ではありません」

「それでもたいしたもんだろ。坊主、もし良ければ志貴や現世代にもそれ見せてやってくれ。一族にもお前と同じ徒手でも殺しを行う奴がいる。いい参考になるだろう」

「相手方が良いと言うのならば、私に異存はありませんが」

「そうか、すまんな。まあそれはそれとして・・・一方的とは言え約束だったな、見せてやる。残り六つを」

そう言いながら、黄理は軋間紅摩との死闘以来、一本のみとなった、己が得物である鉄の撥を懐から取り出す。

「?確かあの時は二本だったと思いましたが」

「ああ、化け物との戦いで一本くれてやってな。その時の戦いを傷がまだ癒えていないのさ」

そう言いながら、静かに構えを取る。

「行くぞ、まずは」

―閃鞘・七夜―

黄理の姿は一陣の風となる。

「次」

―閃鞘・双狼―

黄理は二人に増えて左右対称に一撃を繰り出す。

―閃鞘・八穿―

消えた黄理の姿が上空から現れる。

―閃鞘・伏竜―

逆に地面からわき上がったかのように黄理が現れる。

―閃鞘・十星―

十の高速刺突が空を貫く。

「最後」

―閃鞘・一風―

片隅に無造作に放置されていた人形を頭から地面に叩きつける。

「それとついでだ」

そう言うや、

―我流・連星―

志貴をして会得は出来ないと断言せしめた、黄理の暗殺者人生最高の業も見せた。

「ちっ、やはり傷の影響はまだ残るか・・・動きが鈍って仕方ねえ」

「失礼ですが、あの動きでもですか?」

披露が終わり、忌々しそうに舌打ちした黄理に宗一郎が表情は変えず、やや呆れた口調で尋ねる。

「ああ、足と右腕の動き少しぎこちなかっただろ」

確かに、よく動きを観察すれば黄理の言うとおり、やや動きは遅いだろう。

だが、それは黄理クラスの達人が見てようやく判るもの。

普通の人間から見ればその動きは充分に化け物と呼ぶに相応しいものだった。

「それはそうと・・・黄理殿、最後の業は・・・」

「ああ、『十星』の改良型だ。色々試行錯誤して今の形に行き着いた」

「何故私に?」

「お前が見せた『八点衝』を見て、お前ならもしやと思ってな・・・でどうだ坊主?お前にそのつもりがあるなら、全て教えてやるが」

いたずら小僧のような悪気の無い笑みを浮かべる。

それに釣られたのか宗一郎も口元に笑みを浮かべる。

「それでしたら・・・最後の連星のみを」

「ほう、そう来たか・・・良いだろう、たっぷりしごいてやるから覚悟しておけ坊主」

「お手柔らかにお願いします」









数時間後、里の開けた広場にて志貴を始めとする七夜現世代の暗殺者達が一堂に会していた。

その表情は驚嘆と感心に彩られていた。

宗一郎による『八点大蛇』の実演をその眼に焼き付けた為だ。

当初こそ、不審げに宗一郎を見ていた現世代も『八点大蛇』を目の当たりにしてその評価を変えた。

「どうだ?晃、誠」

黄理は現当主の二人に尋ねる。

「はい、確かに、修練を重ねれば『八点衝』を更に進化させるのも不可能ではありません」

「しかし、盲点だったか。手首や肘の関節を利用して動きを加えるなんて」

二人とも感心しきりだった。

「確かに、『八点衝』の新たな可能性としてはすごい発見だし、大きな一歩だけど・・・晃、誠。あれを会得するには葛木さんの様に両腕の柔軟性が求められるし、得物が俺や誠のならまだしも、晃のだと逆に上手く動かせられないだろ。全員が出来る業となると少し難点が残るぞ」

そんな中志貴は『八点大蛇』を評価しながらも、不安要因を挙げる。

『八点衝』は得物を縦横無尽に振るい範囲を広げる。

『十星』と同じく他の閃技の様に高速移動はないがその単純さと得物を選ばない万能性が最大の利点と言えよう。

だが、『八点大蛇』は柔軟な関節が求められるし、何よりも志貴の得物『七つ夜』や誠の得物『比翼』程の大きさなら片手で構えられるので会得も可能だが、晃の得物である『天雷』は両手持ちの戦斧、その大きさが枷となってしまう。

「そうか・・・それもあったな」

「それに片手で扱えても太刀ほどの長さでもそうだろ」

「そうかその難点もあったな・・・それについては素手の奴専用の業にしておく、それで解決すると思うがどうだ?」

「それが無難だろうね」

「仕方ねえか」

「そうだね。だけど、すごく参考になったね」

「ああ」

「それはそうだな。で、父さん」

「なんだ?」

「葛木さんに残り六つも教えるの?」

「馬鹿言え。『十星』ならまだ可能性は残っているかも知れねえが、『水月』と併用の閃技は不可能だ。あいつももう歳だしな」

「歳と言うか、葛木さん、まだ三十行っていないと思ったけど・・・」

「俺らからしてみれば充分歳だろ?」

七夜から見れば宗一郎の年齢は既にベテランと呼んで差し支えない。

そのことを指摘され志貴も頷く。

「確かに」

「だからあいつの希望を聞いて『連星』だけ教える事にした」

「はあ!『連星』って!あれはもっと無理でしょ!」

精度だけで言えば志貴が独力で編み出した『十星改』を越える、高速精密連撃を宗一郎に教えると聞き志貴は呆れたように父を窘めるが、

「いや、そうあからさまに決め付けるのもどうかと思うがな。志貴、あいつならむしろやれそうな気がする」

「はあ・・・どの道強引に推し進めるんでしょ父さんは」

「そう言う事だ」

「まあ、父さんが決めて葛木さんが了解しているなら俺もとやかく言う資格はないけど・・・」

「けど?」

「あら、御館様随分と楽しそうな事を決められたようですわね」

「・・・母さんにはどう説明するの?」

黄理の後ろから聞こえる妙に重圧の篭った声に前方の志貴の溜息交じりの声が交錯した。

「し、志貴、知っていたならさっさと教えろ」

「父さん、俺が母さんに歯向かえると思う?」

冷や汗交じりの黄理に志貴は悟りきった返答を返す。

事実、眼光一つで死神の呼び声高い息子を黙らせる母に歯向かえる術などある筈も無い。

「志貴、それでも親の応援をするのがこの仕事だろ」

「父さん、どちらの力関係が上だと思っているの?」

「志貴とのお話は終わりですか?では御館様、二、三お話がございますので、ここではなんですから家の方に向かいましょう。志貴、葛木様をお送りして頂戴」

「はい、わかりました。母さん」

有無を言わせない迫力ある笑みを浮かべて志貴にそう言うと真姫は黄理を引き摺るように家へと向かった。

黄理はまさしく蛇に睨まれた蛙状態で動く事は出来ず、志貴も母の指示に頷くしかなかった。









これ以降、葛木宗一郎は本人曰く『気まぐれ』で七夜黄理より技法の伝授と、徒手や短刀を得物とする七夜の暗殺者に『八点大蛇』を伝授していく事になった。

黄理が教えた『連星』が宗一郎の手で更なる魔技へと変貌を遂げるのに数ヵ月を要し、七夜の若者達が『八点大蛇』を七夜の業として組み込むのには数年の年月を必要とした。

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