三咲町繁華街。

常日頃から人で賑わう場所であるが、その日はある一ヶ所局地的に殊更賑わっていた。

何故か?

それはその一ヶ所・・・駅前の公園に理由が存在する。

「むぅ〜・・・」

「ぐすっ・・・」

「志貴ちゃんの馬鹿・・・」

「ひどいよ志貴君・・・」

「全くです、志貴は鈍感で朴念仁で・・・」

所在なさげにベンチに座る五人の美女に、人目(特に男性)が集中し、人が固まり始めていた。

無論だが、その五人とはアルクェイド、琥珀、翡翠、アルトルージュ、シオンである。

服装だけ見ると相当に気合を入れているように見える(少なくても琥珀、翡翠、シオンは事実気合を入れて服をコーディネイトしている。アルクェイド、アルトルージュは不明であるが、そもそも普通の服装でも桁違いの美貌なので問題は無い)がその表情は暗く、口々に一人の人物に文句を垂れている。

実はこの日、彼女達は六人揃って郊外の遊園地に遊びに行くつもりでいた。

ところが電車に乗るまさにその寸前、最後の一人・・・七夜志貴であるが・・・に連絡が入った。

ゼルレッチから、死都制圧に至急来てほしいと頼まれ(脅迫と呼んだ方がしっくり来るが)泣く泣くその足で出動する事になったのだ。

他のメンバーには『ごめん、今日はみんなで楽しんできて』と言い残してきたが、遊園地に遊びに行くのではなく志貴と出掛けるのを楽しみにしていた彼女達にとっては肩透かしを食らったも同然だった。

結局、遊園地に行く気にもなれず駅前の公園のベンチに腰掛けて、ひたすらせっかくのデートが台無しになった事への悲嘆と志貴やゼルレッチ(九割は志貴に集中)への文句を垂れていた。

「でもさ、何だって志貴ちゃんわざわざ呼ぶのかな?志貴ちゃんでないと駄目な訳?」

「志貴ちゃんと一緒だったら死都制圧にも喜んで行くんだけど・・・」

「大体、爺やって、志貴をこき使い過ぎなのよ」

「それ言えてるわ。お爺様、志貴君を便利屋扱いしているとしか思えないわ」

だんだんとその矛先はゼルレッチに移り変わりつつあったが。

「はぁ〜せっかくお弁当張り切って作って来たのに無駄になっちゃったな」

「張り切っていたのは琥珀だけだと思いますが・・・」

「そうだよ。私も手伝おうとしていたのに姉さん私に全く手を出させなかったじゃない」

「あ、あはは〜翡翠ちゃんそれ本気で言っているの?」

そんな彼女達を見て幾人かの派手な格好をした男達が近寄る。

「ねえねえ君達暇なの?」

「だったら俺達と遊びに行かない?」

といかにも女性受けする笑顔で話しかけてくる。

だが、志貴以外の男性になど興味も関心も湧かない彼女達にとっては鬱陶しい存在でしかない。

いや、そもそも存在すら認識せず(視線すら向けずに)会話を続ける。

「どうしようか?」

「いやさ、君達・・・」

「志貴がいないんじゃ遊園地に行ったって面白くも無いし」

「では、遊園地に行くのは取り止めにしましょう。チケットも期限はまだありますから」

「だからさ俺達と・・・」

「じゃあ、皆で買い物に行かない?服やアクセサリー買って」

「それよりも・・・」

「それだったら今日の夕飯の」

「それは早すぎます琥珀」

「はううう」

「ねえ・・・」

「うん、決定、じゃ行こうか皆」

翡翠の言葉に全員頷きベンチから立ち上がると市街地に足を向けてその場を立ち去る。

その間終始無視された男達は呆然とその場に立ち竦んでいた。









市街地に到着し、思い思いの店に入り思い思いに品物を吟味していく。

「ねえ、翡翠ちゃんこれ似合うんじゃない?」

「うーん、どっちかと言えばシオンの方が似合いそうなんだけど」

そんな買い物中にも、ナンパ目的の若者が多数声をかけてくる。

だが、それに全く目もくれない。

中にはそんな態度に焦れて。

「おいっ!こっちが良い顔してりゃいい気になりやがって!すかしてんじゃねえぞ!」

強引にこちらを向かせようと肩を掴むが、それも

「何するのよ!」

翡翠であれば見事な一本背負いで投げ飛ばされる。

「ひっ!い、いやああああ!」

これが琥珀であった場合、投げ飛ばされておまけに、『六魚』で蹴り落とされる。

「何触れているのよ!」

「汚い手で触らないで!」

更にアルクェイド、アルトルージュならば片腕の力で軽々と振り回し放り投げる。

「・・・計算済みです」

シオンであるならば、当然の様に男につかまれた肩を軸にして回転し腿の部分で顔面を抑え込み、そこから蹴りを入れる。

それを見て潮が引く様に、男達は翡翠達から距離を置く。

「あれ?なんか歩きやすくなったわね」

「本当ね。どうしたのかしら?」

本気なのか、演技なのか、不思議そう顔で首を傾げる吸血姫姉妹に

「やっと邪魔が消えたのでしょう。それよりも次に行きましょう。今度志貴と行く時には今以上に綺麗になって志貴と釣り合えるようにならないと」

「そうね!早く行こう!」

「うん!」

そう言って改めて駆け出す、翡翠達だった。









その日の夕方、

「ふううううう・・・ただいま〜」

心底から疲れた顔と声で志貴が帰宅してきた。

「お帰り志貴ちゃん」

「ああ、翡翠、今日は本当ごめん」

真っ先に出迎えた翡翠に志貴は、開口一番今日の事を誤る。

「良いよ。別に志貴ちゃんが悪い訳じゃないんだし」

「まあそれでもな。それで今日の夕飯は?」

「今日は姉さんが鮭のムニエル作ったの」

「後は、ご飯にコンソメスープに、サラダだよ」

そこへ琥珀がひょっこり顔を出す。

「お帰り志貴ちゃん」

「ああ、琥珀、ただいま」

「志貴〜おかえりー」

更にアルクェイドが飛びつき、

「アルクちゃんずるいわよ」

アルトルージュが続く。

「いつもどおりとは言え腹が立ちますねやはり」

その光景を見ていつもの様に出遅れたシオンがこめかみを痙攣させながら表情は平静に呟く。

見れば琥珀と翡翠も仮面の笑みと無表情になっている。

その殺気を敏感に感じ取ったのか、慌てて吸血姫姉妹を引き剥がす志貴。

「さあ、飯にしよう」

そして強引に話を変更させた。









「えーーっ!爺や、さしたる規模の死都でもないのに志貴を呼んだの!!」

夕食の食卓にアルクェイドの絶叫が響き渡る。

「本気で志貴君を便利屋扱いしているわね」

呼応してアルトルージュも憤懣やるかたない声を発する。

話は今回強引な召集を受けた件に集中していた。

志貴を脅迫紛いに呼んだのだからどれだけの死都かと思えば、規模は小さく創り出した死徒も二流の小物、どう考えても志貴を強制召集するような相手とは思えない。

少なくともアルクェイド達はそう思った。

「師匠の話が全部本当だと仮定すれば、教会も手が空いてなかったらしくて俺にお鉢が回ってきたらしいけど」

「それでも許せないわ!」

「そうよ!せっかくの志貴のデートを」

どうにか宥めようにも、その怒りの炎は収まる事を知らない。

「ま、師匠には強引に呼んだ報いとして、それなりの報酬はくすねてきたから、これで次の休みに今度こそ全員で行くか。念の為にまた来た時にはアルクェイドとアルトルージュが殴り込みに行くぞって脅しておけば良いだろうし」

その志貴の問い掛けにもちろん全員が了承したのだった。









そして翌週、志貴達の姿は先週行く筈だった遊園地にいた。

人数が二人更に増えて。

「兄さん、今日はありがとうございます」

「いや別に良いけど」

新たな同行人の一人である秋葉の満面の笑みに志貴は頬をかく。

どうやら翡翠達が今日の事を話しているのを有彦が盗み聞きし、それが腐れ縁の四季の耳にも入ったらしい。

『貴様!!他の女を連れて行って秋葉をほったらかしにする気か!!秋葉も誘え!!誘わない場合には貴様を殺すぞ!』

四季の頼み・・・と言うより脅迫に近いを志貴も特に断る必要も意味も無かったのでこれを承諾し、秋葉も誘った。

これに対して秋葉も断る理由も無く、満面の笑みを浮かべて了解した。

更にシオン経由でさつきの耳にも入り、これまたシオン経由で志貴に頼み込んでさつきも加わる事になったのだ。

「ねえねえ!志貴次はあれに乗ろう!」

「志貴ちゃん、その・・・メリーゴーランド一緒に乗ろ?」

「それか七夜君あれにしようよ!」

「い、いや、その前に少し休ませて」

ここに着てから翡翠と一緒にあっちに行ったり、シオンに連れられそっちに向かい、はたまたアルトルージュに引き摺られてこっちにしたりと、ノンストップで乗り物に乗り続けたのだ。

志貴も前回半分は自分のせいでドタキャンしてしまった事に責任を感じていたのか、全員の誘いに快く了解していたのだが、そろそろ一回休憩が必要なようだった。

少しばかり足元がおぼつかない。

「そうですね。皆一回兄さんと一緒に乗ったのですから少し休憩にいたしましょう。このままだと兄さんが倒れてしまいます」

「そうだね。うん、じゃあ志貴ちゃん咽喉渇いたからジュースでも買って来るね」

「ああ、いや俺が行くよ。歩けないほどじゃないし。みんなはベンチに座ってて」

そう言って翡翠を休ませて、自分が行こうとしたが、更にさつきが、

「じゃ、じゃあ、私も行くよ。一人で八人分は大変だし」

さつきの申し出を断ろうかとも思ったのだが、確かに自分を入れて八人分のジュースはかさばるかもしれない。

持てない事も無いが、無理をしてジュースを落としたとあっては大変だし、何より、落とした拍子に缶に穴が開いて、中身が出てしまったとあってはお金もそうだが、何よりジュースももったいない。

「そうだな、じゃあ疲れている所悪いけど弓塚さんお願い」

「うん」

志貴はそう言ってさつきを連れ立って自販機に向かった。

そこにタイミングを見計らったように若者のグループがアルクェイド達に接近を始める。

「ねえねえ、彼女達暇してるの?」

へらへら笑いながら馴れ馴れしく近寄る。

「あいにくですが、連れがジュースを買って来て下さるのを待っている所です」

他の面子が完全に無視する中、秋葉が最低限の礼儀と遠野の令嬢として義務で返事をする。

「連れって、あのなよなよしたひ弱そうなガキか?」

一人がそう言うと残りの若者達がゲラゲラ笑う。

それに対してアルクェイド達の機嫌は一気に急降下し、表情も険しいものになる。

志貴をこき下ろした事に不機嫌になったのは言うまでもない。

「あんなガキよりも俺達と良い所に行こうぜ」

「そうそう、最高に良い思いさせてやるからさ」

下心丸出しで六人に迫る。

「まだ連れがいますので行く事は出来ません」

先程より不機嫌を隠そうともせず、秋葉が応答する。

「大丈夫だって、向こうに行った子もダチが迎えに行っているし、あのガキからも了解はもらうからさ」

だがそこに余計な一言が加わった。

「まああいつが行ったからあのガキみっともなく小便漏らしてへたり込むかもな」

「で、泣きべそかきながら謝り倒すんだぜ」

「そうだそうだ!」

「違いない!」

ゲラゲラ笑うグループだったが、それが止めとなった。

志貴の悪口を言ったのだと理解した六人はその表情に怒りすら込めてベンチから立ち上がる。

「ここじゃ迷惑になりますよアルクェイドさん」

「判っているわよ。まだ志貴とのデート途中なんだから」

「うん、まだ志貴ちゃんと一緒に観覧車にだって乗っていないし」

「ですけど、先程の言葉は到底許容できません」

「そうね」

「あはは〜大丈夫ですよ〜どんな賑やかな所でも死角は必ずありますし」

「安心してください琥珀、ここから一番近い場所は把握済み、ここから二分ほどです」

「じゃあ五分で済むわね」

「では、そこに行きましょう。この方達もよほど私達と遊びたいようですから」

言葉の裏に込められた意味も自分達がこの麗しい美女の逆鱗に触れた事にも、まるで理解していない若者達は、ようやく誘いに乗ったと思い込み、ニヤニヤ笑いながら

「じゃあ行こうか」

「へへへっ、五分といわず今日一日中可愛がってやるって」

「そうそう」

自分達が虎口に自ら飛び込む兎だとも知らず、アルクェイド達について行った。









その頃、自販機でジュースを買おうとした志貴の肩に突然誰かがぶつかった。

「ああすいません。大丈夫ですか」

そう言って振り返るがそれよりも早く

「おい、人にぶつかってすいませんはねえだろ!」

突然そのぶつかった若者が志貴の胸倉を掴む。

「は??」

その言葉に志貴は唖然とした。

おそらくわざとぶつかって志貴に因縁をつけているのだろうが、前世紀の使い古された代物。

それを実際にお目にかかるとは思わなかった。

何より、死徒や死者と命がけで戦っている志貴からしてみれば若者の凄みは滑稽なものにしか見えない。

その為、ひどく冷めた目で若者を一瞥した志貴だったが、何気ない仕草で捕まれた胸倉を放させる。

それを若者はぎょっとした目で志貴を見る。

相手は何気ない仕草だったのに自分はなんの反応も出来なかった。

おまけに自分は渾身の力で掴んでいたのに相手は何気ない仕草でそれを放してしまった。

その瞬間、若者は先程までひ弱なガキだと見ていた志貴に得体の知れない恐怖を感じた。

それは志貴の眼を見た瞬間確信した、ここにいたら殺されると。

「ひ、ひいいいいいい!!」

生物としての生存本能の赴くまま、若者はその場から逃げてしまった。

自分が小便を漏らした事になどまるで気付かず。

「????ね、ねえ七夜君、あの人どうしたんだろう?」

「さあ」

さつきがおそるおそる尋ねてきたが志貴自身は肩を竦める。

内心では

(少し大人気なかったな)

と、思わず殺気をほんの僅か出してしまった自分の行為を反省しながら。

「早く買って行かないと。皆待っているだろうし」

「うん」









ベンチに向かうとそこにアルクェイド達の姿が無い。

「あれ?どうしたんだ」

「あっ志貴ちゃん!」

きょろきょろ周囲を見渡すとそこに翡翠達が駆け寄ってくる。

「どうしたんだ皆して?」

志貴の疑問にシオンがすまし顔で返事を返す。

「すいません志貴、全員でお手洗いに行っていたので」

「ああそうか。それは失礼な事聞いちゃったな、ごめん」

苦笑して頭をかく志貴だったが直ぐに気を取り直して

「はいジュース。適当に選んでいたから好きなのを取って良いから」

そう言って全員の手にジュースが行き渡ると各々飲み始める。

と、暫くすると向こうが不必要に騒いでいるのが見えた。

「??どうしたんだあそこ」

「さあなんだろう?」

「私見て来るね」

そういうやさつきが駆け出す。

直ぐに戻って来ると向こうの状況を説明する。

「なんかね、トイレの裏側で何人かの男性がすごい格好で横たわっていたらしいよ」

「すごい格好?」

「うん詳しくは判らないけど・・・遊園地の人が『警察を呼べ』って言っていたから・・・」

「法律に触れる格好だったんだろう。全く傍迷惑な」

「本当よね」

志貴の言葉に頷く翡翠達。

「さてとじゃ、次はどれにする?」

中身も飲み干して空き缶をゴミ箱にきちんと捨ててから志貴は全員に次の希望を聞く。

「じゃあ、観覧車にしよう!」

「えーっ!私あっちにしたい!」

「はいはい判った判った。まだ時間もある事だし、全員付き合うから。じゃあまずは・・・」

そう言って志貴は後の『七夫人』を連れて歩き出した。

既に先程の騒ぎや因縁をつけてきた若者の事など欠片もおぼえていなかった。

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