「んっ・・・志貴おはよう」

ある早朝、衛宮士郎は七夜志貴に朝の挨拶をしていた。

ちなみにここは『七星館』、七夜志貴の屋敷であり『裏七夜』の総本拠地。

例え両親であろうと表の『七つ月』の人間はそうは入れない所であるが、助っ人と言う立場ではあるものの士郎は既に『裏七夜』の一員として志貴や妻である『七夫人』にも認められており顔パスで入れる。

おまけに『七夫人』の料理の先生も彼は勤めている。

おかげで『七夫人』で料理を担当する琥珀とさつきの技術はめきめきと上達し、更には台所に縁などない様に見えるアルクェイド・アルトルージュ・シオン・秋葉もまだ食卓に出せれる段階ではないが、確実な上達を見せている。

いわば仕事上でも私生活でも士郎は志貴達にもはや無くてはならない存在なのだ。

「おはよう士郎・・・あ〜悪かったな。昨夜は」

「気にすんな。むしろ謝るのは俺の方だ」

志貴の心底すまなそうな謝罪に士郎は笑って応じる。

と言うのも昨日、士郎は『七夫人』シオンと秋葉の料理の師事を行い、結局終わったのはすっかり夜も更けた頃、いくらなんでもそれで家に帰すのも失礼かと思いそのまま士郎を泊めたのだ。

「しかし、どうしたんだ?シオンも秋葉も?昨日に限って」

首をかしげる志貴に士郎は

「ああ、ほらバレンタインデーだろ?一月後には。それでチョコレート菓子の作り方を教えてくれって」

「・・・」

志貴の表情が強張る。

そんな志貴に気付かず士郎は話を続ける。

「途中からアルクェイドさん、アルトルージュさんやさつきさん、琥珀さんも来たもんだから時間が延びちまってな」

「なあ・・・士郎、その時翡翠いなかったか?」

恐る恐ると言うか『真なる死神』とは思えない情けない表情で確認を取る。

「へ?翡翠さん?いや、いなかったぞ。というか・・・皆どう言う訳か翡翠さんだけ呼ばなかったな・・・え?」

そこで士郎はある可能性に気付いた。

「なあ・・・志貴・・・もしかして翡翠さんって・・・菓子作りも?」

「ああ・・・」

彼女の殺人料理、最初の犠牲者である志貴は静かに頷く。

それを身をもって思い知らされた士郎も表情が引きつる。

なにしろ志貴は翡翠の手作りチョコで死に掛けたのだ。

理性よりも本能、頭よりも身体が警戒するのも無理らしからぬ事だろう。

「そ、そうか・・・は、話し変えよう」

「そうだな、うん」

これ以上この話しを続けるのは危険と察知した二人は話を変える。

そのあたり流石は歴戦の猛者だろう。

少々情けない所もあるが。

「なあ、そういや志貴お前バレンタインデーってチョコ大量に貰っていたのか?」

「いや、俺は琥珀たち以外からはまったく」

「まったく??それじゃあ琥珀さん達だけ?意外だな。お前ならもっと貰っているって思ったんだがここでも学校でも」

「別に残念とは思っていないさ。量の少ない分愛情の量は桁違いの奴を毎年送られていたし、里じゃあ他の子はそれぞれ俺以外で渡す奴決めていたし。それに・・・うちじゃあバレンタインデーって一種の禁句だから」

「そういえばそうだな・・・皆お前一筋なんだからな。それよりも禁句って・・・どう言う事だ?」

「色々あったんだ。察してくれ・・・」

「あ、ああ・・・でも学生時代はどうして少なかったんだ?」

「ああそれは簡単。俺が女子に嫌われていたから」

「へ?お前が?」









ここから回想に入る。

「よう!!バレンタインデーはまるでもてない七夜」

「冒頭の台詞は余計だ。有彦」

教室に入るなり上機嫌な乾有彦に挨拶を交わされる志貴。

「いやぁ〜かわいそうだねぇ〜七夜君!!せっかくのバレンタインデーにチョコレートをまだ一つも貰っていないとは!俺でも義理をもらっているぞ」

「それかお前が上機嫌の理由は・・・」

はあと呆れ顔でため息をつく志貴。

実際志貴のチョコレートの数は朝とはいえ未だ零。

既にどの生徒も義理とは言えそこそこのチョコレートを貰っている。

無論有彦も例外ではない。

だが、志貴に関してはそれすらなかった。

いや、今年だけではない。

高校に入学してから三年、志貴にチョコを上げたのは彼に盲目的に恋する六人と義理(本人は本命)で一人だけなのだから。

まあそれも当然と言えば当然と言えた。

何しろ家では翡翠・琥珀の巫淨姉妹、アルクェイド・アルトルージュのブリュンスタッド姉妹、更にシオンと五人の女子と同棲している。

それにより志貴には『女誑し』・『女の敵』と言う言葉がしょっちゅう付きまとっていた。

事情も何も知らぬ他の女子生徒が志貴に『女誑し』の色眼鏡で常に見ているのもやむを得ぬ話であろう。

まあ、入学当初に比べれば女子生徒達の態度もだいぶ軟化して少しは話しかけてはくれるようになったが、義理チョコでも自分から進んで志貴に渡そうと考える者などいないというのもまた事実だった。

この状態は結局卒業まで続いたのだが。

「はっはっは!!まあ気にすんな!!これもお前の自業自得だ!」

高笑いしながら志貴の背中をバンバン叩く。

「ったく・・・」

苦笑しながらそれを受ける志貴。

そんな中

「あれ?」

「有彦君何しているの?」

「おおっ翡翠ちゃんに琥珀ちゃん!!おはようございます!!」

「おっはよ〜」

「あら?有彦君おはよう」

「有彦おはようございます」

「アルクェイドさんにアルトルージュさん、シオンさんも!!」

志貴に遅れて入ってきた五人に愛想よく挨拶する有彦。

「あっそうだ。はいこれ」

「はい有彦君」

「いつもお世話になっているから」

「これはささやかなお礼」

「どうぞ。断っておきますがこれは義理チョコと言う奴です」

ふと思い出したように言うと五人はそれぞれチョコレートが入っているだろう包みを出す。

「おおおおっ!!七夜よりも先に俺が!!いやあほんとうわるいねぇ〜本当もてない七夜君」

更に興奮は絶頂し志貴に勝ち誇る有彦。

周りの男子生徒も溜飲を下したかのように志貴に対して嘲笑を浴びせている。

中には「七夜の奴振られたんだぜきっと」や「当然だよな」、「いい気味だ」に「ざまあみやがれ」と小声で囁く者もいた。

だが、全ては甘かった。

「で、志貴ちゃん!!」

「志貴ちゃん」

「志貴!!」

「志貴君」

「あの・・・志貴」

「ん??」

五人は頬を赤らめてカバンからそれを取り出す。

「「「「「はい!!バレンタインデーのチョコレートだよ(です・よ)!!」」」」」

志貴に対して万感の想いを込めたのであろう。

有彦のそれとは比べ物にならない位の大きさと豪華な包みのチョコレートを差し出した。

その瞬間周囲は凍りつく。

先程まで志貴を嘲笑っていた男子生徒も固まっていた。

「どうしたんだ?皆去年も一昨年も家で渡していたのに」

そんな中志貴当人は平然とした表情で全員に尋ねる。

「えへへ・・・今年は学校で渡そうって皆で決めたの」

「うん、志貴ちゃん一杯食べてね。とってもおいしいから」

「なんたって志貴への愛情がたっぷり詰まっているから」

「そうよ志貴君。残したりしたら承知しなんだから」

「大丈夫ですアルトルージュ、志貴が私たちの想いそのものを捨てるなどありえません」

凍てついた周囲の中、会話を続ける志貴達。

「ところで琥珀、翡翠は・・・」

ふと志貴は琥珀に小声で確認を取る。

「大丈夫志貴ちゃん、翡翠ちゃんはチョコの湯せんとかは全くやっていないよ。型を取るのだけで他は私がやっておいたから・・・」

「ありがとう琥珀」

「うん・・・」

何人かがぶるぶる震えだす。

だが、火に油を注ぐ出来事が直ぐやってきた。

「おい志貴いるか?」

「四季??どうしたんだ?」

いきなりやってきた四季に仰天する志貴。

「ああ、本来なら渡す義理じゃねえんだが・・・ほらよ」

そう言うとぶっきらぼうにそれを差し出す。

「へっ?し、四季・・・まさか・・・」

「何想像しているか知らんがそれは秋葉からだ」

「ああ、秋葉からも」

その大きさ紙包み、どれをとっても琥珀達五人並だった。

「それにしてもどうしたんだ?秋葉も去年は渡しに来たと思ったが」

「それをしたかったのは山々の様だったが、今年は浅上でどうしても抜けれねえ行事あったようでな、泣く泣く俺に渡してきたよ『兄さんに必ず渡してくださいって』な。感謝して食えよ。秋葉の手作りだからな」

「ああ、ありがたく食わせてもらうさ」

痙攣は全男子生徒に拡大している。それに止めをさす様に

「志貴ちゃん!!今日のお夕飯はご馳走だから!!」

「うん、それでね・・・志貴ちゃん・・・それと一緒に・・・今夜・・・私達も貰って」

最後まで言う前に

『手前!!!七夜!!!!』

男子生徒が一斉に爆発した。









「・・・でどうなった?」

「俺が鎮圧した」

溜息をつく。

「ご苦労さんだったな」

士郎としてもその様を想像する。

さぞかし大変だっただろう。

ちなみにその時さつきは渡すに渡せず教室の影で悶々としていたらしい。

「それはそうと士郎お前はどうなんだ?」

「俺?俺はお前より色気無いぜ。一昨年までは多少義理チョコ貰った位だし藤ねえにいたっては、毎年チョコをもらうんじゃなくて送っていたから」

「おい普通・・・いや、逆じゃないよな」

「ああ、元々バレンタインデーは女性が男性にだけじゃなくて、家族とか友人もしくは恋人同士がプレゼントを贈り合ってもいい行事だし」

以前その件でエレイシアが結構憤っていたのを志貴は思い出す。

「はは、エレイシア姉さんも怒っていたな“日本人はふざけています!!”って」

「ああ・・・味気も無い話しもすればあのバレンタインデーも日本の菓子業界の企てだって話しは良く聞くな」

「まあ・・・それ言ったらな」

「まあな。更に言えば藤ねえはバレンタインデーの本来の意味なんて知らないし、恐ろしい事に本能でバレンタインデーの本来の意味を探り当てたし」

「・・・前から思っていたが藤村さん本気で地球上の生命体か?」

「断言しかねる」

「そ、そうか・・・で士郎、一昨年まではって・・・去年は何か変化あったのか?」

「ああ、去年は全く。かろうじて凛と桜がくれた位」

「それはまた・・・寂しくなったな」

「まあ藤ねえは相も変わらずだったからそんな寂しさも無かったし、二人がくれたから嬉しかったけど」

気負う訳でもなく自然に士郎は笑う。

だが・・・実はこれには裏が存在していたりした。









再び回想に入る。

「やあ衛宮」

「ああおはよう。慎二」

この日は朝錬を行えない為遅く登校した士郎は教室に入るなり友人の間桐慎二に呼びかけられる。

「衛宮はいくつ貰ったんだい?僕はもう百に届きそうだよ」

得意満面な慎二に対して

「??いくつって?」

何の事か全く判らず聞き返す士郎。

「なんだ?今日が何なのかわからないのかい?かわいそうだなぁ衛宮は」

やや芝居がかった口調と仕草で言う慎二。

「????だから何なんだよ」

「バレンタインデーだよ衛宮」

「・・・ああ〜そういえばあったな」

ようやく合点の言った士郎頷く。

「で、衛宮君はいくつ貰ったんだ?」

「俺か?俺は零だぞ」

「零?ゼロってあの0?」

「ああ、零にあのもくそも無いと思うんだが」

やや憮然と言う士郎。

「はははは、衛宮は本当かわいそうだなぁ〜」

更に嘲笑う慎二、とそこに、

「ええい間桐、お前は衛宮を嘲笑いに来たのか」

そう言って会話に加わるのは柳洞一成。

「何言っているんだい?柳洞は、僕はかわいそうな衛宮を慰めに来ただけじゃないか」

「何を言っておる。今の会話は誰がどう聞いても衛宮をからかっているとしか思えんぞ。喝」

「おお怖い怖い」

そう言って上機嫌で士郎達から離れる慎二。

「全く・・・あいつは・・・衛宮お前もお前だ。間桐の増長を止めようとは思わんのか?」

「ああ、大丈夫だって。慎二の場合はあれが普通だから」

「あれで普通など・・・いや、これ以上言っても詮無い事か・・・まあ、衛宮、バレンタインデーなど異国のバテレンから持ち込まれた異教の行事よ。おまけにこの国の利益主導主義に歪められている。そのようなものに一喜一憂する事などないぞ」

「ああ・・・」

特に気にもしていなかったが取り敢えず一成の言葉に頷いておいた。

ただ、バレンタインデーと言う事で思い出した事もあった。

「やばっ・・・大急ぎで作らないと・・・」







そして夕方、今日は部活とバイトを一足先に切り上げて・・・と言うか休ませて貰って、材料を買い込み(処分特価セールで安く買い込めた)一足先に帰宅していた士郎は夕食準備の傍ら年中行事と化している大河にバイト先の『コペンハーゲン』、そして藤村組、更には今年から新たに凛と桜への感謝の気持ちを込めて、プレゼントのショコラを大急ぎで作っていた。

「よし・・・まあ、菓子作りは余り上手くないけどこんなものか」

そう言う士郎だったがその腕は一流の菓子職人も真っ青の出来栄えだった。

それを小分けにして冷蔵庫に貯蔵する。

「少し地味かもしれんが泥縄式にしては上手くいった方か。で、飯のほうは・・・」

そこへ

「士郎たっだいま〜」

威勢の良い声がする。

「ただいま帰りました」

「お邪魔するわよ衛宮君」

それに続いて遠坂姉妹も上がってくる。

「ああ〜お帰り藤ねえ。桜、凛もお疲れ。夕食も直ぐ出来るから居間で寛いでいてくれ」

「もう寛いでいるわよ〜士郎」

「はあ・・・藤ねえ・・・少しは手伝おうと思わんのか?」

「何言っているのよ〜寛いでいて良いって言ったの士郎じゃないの〜」

「あ〜はいはい、そうだったな」

「すいません先輩手伝いますね」

「ああ、桜は良い。部活で疲れたろう?休んでて良いぞ」

「あ〜!!士郎桜ちゃんだけえこひいき!えこひいき!!私だって弓道部の引率で疲れているのよ〜」

「何を言うか。どうせ弓道場でごろごろしていたくせに。で、一年使ってお茶とかねだっていたんだろ。ついでに無い物ねだりで茶菓子までたかって無いから、部費使って買いに行かせた位はしたんじゃないのか?」

「すごいわね。衛宮君当たりよ。それ」

「やはりな・・・」

もっとも日ごろの大河の行い、そして彼女を知る者からしてみれば簡単にわかることだが。

そして直ぐに夕食も用意されて

「「「「いただきます(ま〜す!!)」」」」

四人の賑やかな食事が始まる。

「ふ〜う、士郎の作る料理は最高!!でさ士郎!!」

「ん?何だ藤ねえ??」

「もうわかっているでしょう?今日が何の日かなんて」

「ああ、よくわかっている」

そういって士郎は冷蔵庫から力作のショコラを出してくる。

「ほら藤ねえ、今年はすっかり忘れていたから余り手の込んだもの作れなかったがこれで我慢して置けよ」

「って言うか、衛宮君あんた藤村先生にチョコ渡していたの?」

驚いて士郎に尋ねる凛。

「ああ、年中行事だぞ。こんなの」

「はあ・・・あんた本当色気無いバレンタインデー送っていたのね・・・」

「姉さん、そんなしみじみ言わなくても・・・」

「まあ、その通りだからな・・・で、色気無いついでと言ったら何だが、二人にもこれ」

そういって二人分のショコラを差し出す。

「へっ?」

「えっ?」

「二人にもお世話になっているからな」

そんな会話の傍ら、

「本当小さいわね〜去年は豪勢なチョコケーキだったのに〜」

ぶつくさ言いながら一粒口に運ぶ。

その瞬間

「・・・う、うううううううう・・・うーーーーーまーーーーーーいーーーーーー!!!!

歓喜の余り大虎が咆哮をあげる。

「士郎!!これ本当に士郎が作ったの?」

「疑うのか?」

「だってこれ美味しいじゃない!!どうせ、どこかお店で買ってきたんでしょ!!」

「あのなあ、そんな時間的にも金銭的にも余裕なんて無いのは、藤ねえの方が良く知っていると思うけど」

「ううっ・・・それはそうなんだけど・・・」

「うそっ!!何よ!この味!!」

「おいしい・・・」

いつの間にか凛と桜もショコラを口に運んでいる。

「あんた菓子作りまでお手の物なの?」

「ずるいです!先輩」

「いや・・・普通の料理に比べたら、これでも下手だぞ」

「下手って、これで下手だったら私達立つ瀬ないじゃないの!!反則よ」

「はい!!!サッカーだったらレッドカード一発退場です!!」

「いや、と言うか、何でずるいとか反則って言われなきゃならないんだ?わからないんだが・・・」

「だって私たちより上手にチョコ作られたんじゃ私達の方が出しづらいじゃないの!!」

「そうです!!」

そう言うと、二人同時にそれを差し出す。

「へ?これって・・・」

「バレンタインデーのチョコよ」

文句あると言わんばかりにふんと横を向く凛(頬は真っ赤に染めて)。

「その・・・先輩に比べると見劣りしちゃいますけど・・・」

俯き気味におずおずと差し出す桜。

「いや、ありがとう二人とも。嬉しいよ」

それに笑顔で感謝する士郎だった。







「で、藤ねえ、これは藤村組の皆に渡してくれ。くれぐれも食うなよ」

帰り際ショコラの入った紙の箱を大河に差し出しながら釘を刺す。

「うっ、・・・た、食べないわよ」

それに対してどもる大河。

「ちなみに親父さんに電話で伝えてあるし数も全部言っているからな。一つなら良いかなんて思うなよ。一つでも足りなかったら藤ねえの小遣い減らすって言っていたからな」

それを聞いた士郎は更にとどめの一言を発する。

「うううううう・・・士郎の意地悪!!!」

「って言うか食う気満々だったな・・・あれだけ食っておいて」

盛大にため息をつく士郎。

「じゃあ凛も桜も気をつけて帰れよ」

「ええ、それとショコラありがとうね」

「大切に食べますね先輩」

「良いってそんな大袈裟な」

桜の言葉に笑って返す士郎。

「じゃあまた明日な。お休み」

「お休み衛宮君」

「おやすみなさい先輩」

二人も帰路に着く。

その途中

「作戦成功ですね、姉さん」

「ええ、まあ、衛宮君からもチョコを貰うって言うのは思わぬ事だったけど」

「はい、お菓子作りまで上手だったんですね先輩って・・・」

「でも、今年渡したのは私と桜だけなんだからインパクトは十分の筈よ」

「はい」

この姉妹の会話がどのような意味を持つのか?

何故士郎が姉妹以外からチョコをもらっていない事を知っているのか?

それを知るには時間を再び朝に戻さなくてはならない。







朝・・・士郎が登校する更に前・・・

「桜首尾は?」

「はい、全て回収しました」

凛の質問に答える桜の手には十個前後の紙包み・・・チョコがある。

「こっちも完了よ。下駄箱にもあったわ」

そう言う凛の手にはやはり六個ほどのチョコがある。

「このチョコどうしますか?」

「そうね・・・捨てたりするとそこからぼろが出かねないし・・・これは義理チョコということで他の男子生徒に渡しましょ」

「はい。先輩へのチョコしか作っていませんし丁度良いですね」

遠坂姉妹が本当に作ったのは共通の想い人、衛宮士郎に対するもののみ。

と言うより士郎へのチョコ作りで大半の時間を割かれた為、他に手を回せられなかっただけなのだが。

「おや、珍しいね」

そんな二人とばったり出くわしたのは美綴綾子。

「!!綾子??」

「あっ、おはようございます美綴先輩」

「どうしたんだ?こんな朝早く・・・ってなるほど・・・そういや今日はその日だったね」

最初不審げに見ていたが手の中のチョコを見てニヤニヤする。

「こ、これは・・・」

「勘違いしないでよ綾子。義理チョコって奴よ」

「はいはいそう言う事にしといてやるよ」

そう言って笑う綾子だったが、その時凛はめさどく、彼女も紙包みを持っているのを見つけた。

「ところで綾子、あんたもチョコあげるの?」

「へ?あ、ああ・・・これは義理だよ義理」

何故か慌てた口調で言い加える。

「ふうん・・・で誰に?」

「ああ、衛宮にね、今年こそは射でぎゃふんって言わせてやるぞって言う決意表明も含めて」

その言葉に表情が一変する姉妹。

そして次の瞬間、すばやくアイコンタクトを取る。

「美綴先輩」

「ん?どうしたのさ桜?」

「・・・」

「・・・」

桜の眼を見た瞬間綾子の眼の焦点が合わなくなる。

「・・・綾子・・・あんたはそのチョコを慎二に渡す・・・そのチョコを慎二に渡す・・・」

更に凛が耳元で同じ言葉を繰り返し囁く。

「・・・あたしは・・・チョコを慎二に渡す・・・」

そう綾子の口から出た瞬間、彼女の眼の焦点が合う。

「じゃあがんばりなさいよ。慎二の奴競争率相当高いようだし」

「ああ、やるだけやるさ」

そう言って立ち去る。

「・・・ナイスよ桜」

「はい、姉さんも」

姉妹で微笑みあう。

傍目からは微笑ましいのだが、その周囲はドス黒いオーラが、その笑い声は『うふふ』よりも『くっくっくっ』といった悪役っぽいものが良く似合っていた。

こうして遠坂姉妹は士郎に渡される筈のチョコを根こそぎ奪い去り、直接渡そうとする女子生徒には暗示で他の人間(主には間桐慎二)に渡す様に仕向け、自分達のチョコの価値を吊り上げていったのである。

そう・・・慎二に送られたチョコの内いくつかは士郎に渡されようとしていた物だった。

こうして目論み(陰謀?もしくは謀略?)は成功し士郎に渡されたのは遠坂姉妹の二枚だけとなった。 

ちなみにそんな事など知る由も無い士郎は二人から手渡されたチョコをじっくり味わっていたのであった。

そして、むろんの事ながらこの事実は遠坂姉妹しか知らない・・・









「・・・で士郎、お前今年もチョコ作るのか?」

「作らざるをおえないだろう。今年作らないなんて藤ねえが知ったら爆発するし」

「それもそうか・・・」

ため息をつく士郎に同情の視線を向ける志貴。

「だが今年は色々と大変じゃないのか?そろそろ『大聖杯』も安定しつつあるんだろ?」

「ああ、それもあるし、更に言えば去年が簡素だったからな、今年はもう少し手の込んだものにしようかと思っているし」

「まあがんばれよ」

「お前もな」

『聖杯戦争』開戦間近の事だった。

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