欧州・・・英国首都ロンドン、そして、古き『霧の都』として有名なこの街の代名詞にして『魔術協会』総本山である『時計塔』。

そこを肩を怒らせて歩く一人の東洋人の少女がいた。

「全く・・・あの時代錯誤の縦巻きロール・・・」

ぶつぶつ言いながら怒りを露にするその少女は遠坂凛。

日本の霊脈の一つ冬木を管轄する管理人(セカンド・オーナー)であり、五大元素全てを属性として併せ持つ稀有な天才児。

何故彼女がここにいるかと言えば、下見と寄宿する寮の手続きを取る為だった。

来年の春彼女はこの『時計塔』に留学し更なる魔術の秘奥を学ぶ。

(表向きは美術学校の留学となっている)

その為であったのだが・・・予想外のハプニングに見舞われ下宿先を探さなくてはならなくなってしまった。

その最大の原因、それは・・・

「あら?何か似つかわしくないゴキブリが歩いているかと思えば極東のさも卑しいトオサカではありませんの?」

目の前に現れ、いきなり痛烈な言葉を凛に叩きつけたのは、豪奢なドレスを身に纏った凛と同年代と思われる少女。

凛を赤に例えるならこちらは青、凛がルビーならサファイアに例えられるだろうその少女の名はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。

北欧フィンランドにその名を轟かせる魔導の名門エーデルフェルト家の令嬢にして凛と同じく『魔導元帥』ゼルレッチを大師父と仰ぐ弟子の系譜であり、その才能ゆえに将来を嘱望される天才児。

そして・・・かつてルヴィアの祖先は冬木の地で行われた第三次の聖杯戦争に双子揃って参戦し、あろう事か、身内同士で内紛を起こしその結果、姉は死亡。

妹はかろうじて、九死に一生を得て逃げ帰ると言う、大失態を演じた。

それゆえかエーデルフェルトは日本と日本人に極めて強い敵愾心を抱く様になる。

それを逆恨みと世間一般では言うのだが、それを言っても通用しないだろう。

そして凛は彼女と入寮手続きの際に偶然にも出くわし、最初は友好関係を築きつつあったのだが、互いの素性を知った途端、喧嘩を高値で吹っかけ合い、魔術も含めた大喧嘩に発展、受付ロビーを破壊しその結果入寮を断られる羽目となった。

容姿、服装何もかも違うがその中身は何処までも同じだった。

どちらが引き寄せられたのかは全くの不明であるが。

「あら、ご無沙汰しておりますわね。内輪揉めでおめおめと尻尾巻いて逃げた方の子孫さん」

ルヴィアの痛烈な言葉に凛も皮肉たっぷりの言葉で返す。

「・・・」

「・・・」

二人とも睨み合い魔力が渦を巻いている。

ここで誰か止めに入るべきであろうが、それも誰もいない。

遠巻きに眺めているのか?

それとも逃げ出したのか?

いや違う。

周りにいた人間全てがある一角に集まっている。

それに気付いた凛が視線をそちらに向ける。

ルヴィアもそれに気づく。

「何かしら・・・あれ?」

「気になりますわね」

互いの敵愾心をひとまず置いておいてそこに向かう。

既にそこは黒山の人だかりが出来ていた。

「失礼ですが」

ひとまず凛が近くにいた同年代の青年に声を掛ける。

「はい・・・!!!」

振り向いた青年がこちらの顔を見た瞬間二・三歩後ずさる。

よほど、あの事件によって二人の悪名が轟いているのだろう。

見れば二人の事に気付いた大多数が二人に間を空けている。

「・・・この人だかりは何ですの?」

それを察知したのか機嫌が悪そうにルヴィアが質問する。

「い、いえ・・・あ、あの・・・じ、実は『シュバインオーグの代弁者』がここに訪れると言う事でそれを一目見ようと・・・」

「「何ですって!!」」

『ひいっ!!』

凛とルヴィアが同時に大声をあげ、悲鳴が木霊し人だかりはモーゼの如く真っ二つに割れた。

「あの・・・」

「『シュバインオーグの代弁者』・・・ですって?」

『シュバインオーグの代弁者』・・・読んで字の如く、五人の魔法使いの一人キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの言葉を『魔術協会』や『聖堂教会』に伝達するメッセンジャー。

一見すると軽んじられた役割に見える。

だが、それはいかなる弟子の家系よりもゼルレッチに接する者として、彼らの中では後継者に告ぐ栄誉と言われている。

そして今・・・その『代弁者』に任じられているのは二人・・・死徒二十七祖第七位を十年近く前に滅ぼしたと言われ、『直死の魔眼』を持つと言われる悪魔・・・『真なる死神』と、ここ一、二年前に突如として現れ、『真なる死神』とも対等に渡り合える実力を持つとされ、更には最も新しい弟子でありながらゼルレッチの厚い信任を受ける正体不明の魔術師『錬剣師』・・・

「それで」

「どちらが来るんですの!!」

「「それとも両方なの(ですか)!!!」」

二人の剣幕にやや押されそうになるがそれでもその剣幕に押されて

「な、何でも『錬剣師』だとか・・・」

その語尾に重なる様に声がする。

「来た!!」

その言葉に二人は前にでる。

その視線の先には通路をまっすぐに歩く一人の人影がそこにあった。

その身体を白きフード付きのマントですっぽりと覆い、更にはその顔を白いのっぺりとした仮面で隠し尽くし、白人なのか黒人なのか黄色人種なのかも、ましてや男なのか女なのかも全くわからなかった。

眼の部分だけぽっかりと開いているが少し離れている為か奥の眼を見る事は出来ない。

「あれが『錬剣師』・・・」

「あれが『錬剣師』ですの・・・」

二人共に感慨深く呟く。

やはりゼルレッチを大師父として仰ぐだけありさまざまな感情が入り混じっていた。

だが、一方の『錬剣師』はといえば二人の視線に気付いていないのか、そのまま無視して二人を素通りし、奥に進んでいった。









『錬剣師』が招かれた場所、そこは常は弾劾裁判が行われる裁判所だった。

彼を高所から見下ろし、威圧を与えるのが目的かもしれない。

(やれやれ・・・ご苦労様な事だ)

ここで地声を出す訳にも行かず心の中で呆れ気味に『錬剣師』=衛宮士郎は呟き、仮面の内側で溜息をついた。

今回彼が来た理由は魔術協会が要求している『錬剣師』と『真なる死神』の、情報の完全公開及び、二人の協会帰属に関しての返信を師に変わり伝達する為赴いたのだ。

(しっかし・・・なんで本人に行かせるのか・・・)

嫌がらせが一番の目的だろう・・・

それも協会でなく他ならぬ士郎本人に対しての・・・

(ほんと困った師匠達だ)

この『代弁者』に任じられて(押し付けられてから)もう何万回となるであろう溜息をつくと同時に周囲に気配を感じる。

そこには『時計塔』学長を始めとした『魔術協会』の重鎮が所定の席に腰掛けこちらを見下ろしていた。

「良くぞこられた『錬剣師』よ。で魔法使いの返答をお聞かせ頂きたい」

正面に座った院長と思われる壮年の男が口を開く。

「・・・わが師よりの伝言をお伝えする」

士郎も『代弁者』として口調と声色で応対する。

そしてマントの内側から白い手袋をはめた手に握られた紙筒を取り出す。

大きさは学校で出す卒業証書を丸めて入れるものより若干大きいほどのサイズ。

筒より丸めた書簡を取り出すと、それを開く。

「我が師より魔術協会の首脳部へ・・・無用」

そう言うと再び書簡を筒に収めようとする。・

「ま、待たれよ!!」

「・・・何か」

意識して無愛想に応じる

「何かとは何か!!返答は!どうされたか!!」

「先ほど申したとおり・・・無用」

「む、無用・・・」

思わぬ言葉に硬直する場。

その間にも書簡を紙筒に収め直し、それをあろう事か軽く放り投げる。

その紙筒は軽い音を立てて院長の前に転がった。

「それではこれで・・・」

未だに硬直より立ち直らぬ一同を尻目に士郎は身を翻し部屋を後にした。









ドアの閉まる音と共に彼らはようやく我に返った。

「な、何と言う非礼な!!」

「あれが『代弁者』と言うのか!!」

「我らを誰だと思っている!!」

口々に『錬剣師』への文句が沸き起こる。

だが、それを面と向かって言い放った事はない。

やはりバックの魔法使いが怖いのが本音だろう。

「っく・・・それはそうと院長バルトメロイはどうしたのですか?」

「バルトメロイなら何時もの如し、十日前、死徒狩りに大隊を率いて行きおった」

その言葉に再度場は激昂する。

「な・・・院長宜しいのですか!バルトメロイは若輩ながらも院長補佐を任された身!!それがこの様な大事な時に」

「無駄じゃよ。あれに・・・と言うかバルトメロイ家に何を言ってもな・・・」

咆哮の様な抗議に返って来たのは半ば諦めに似た院長の言葉だった・・・









「出てきたぞ・・・」

「随分早いな・・・」

十分ほどで出てきた『錬剣師』を遠巻きに眺めながらそんな事を囁きあう。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

一言も発する事も無く『錬剣師』を凝視する凛とルヴィア。

日頃の敵対関係を棚の上に置いている。

そんな視線をものともせず、黙々と歩き続けていた『錬剣師』であったが、視線が不意に動き凛達の所で止まり足までもが止まった。









(!!!な、何で凛が!!)

その姿を認めた時士郎は危うく地声を発しそうになった。

魔術協会首脳部に代弁を済ませ帰還しようとした矢先、視界の隅に見慣れた姿を見たような気がした。

これを気のせいだと割り切ってしまえば良かったかも知れない。

だが、現実としては半ば機械的に首は動き、視界に見知った顔を捕捉してしまった。

(そ、そういや、留学先の下見をするって先日言っていたな・・・タイミングが悪過ぎる。何でこんな時に・・・)

と、動きが止まっていた事を思い出す。

(や、やばい下手に動かないままでいたらどう思われるか判ったものじゃない・・・取り敢えず、赤の他人の振りして・・・)

なるべく自然に不自然なく歩き出す。

そしてこのまま帰還しようと思っていたのだがそこに新たな来客を迎えてしまった。









「・・・なに?」

「こちらを見ていますわね」

動きが止まり此方を凝視している(と思われる)、『錬剣師』を見て二人とも顔を見合わせる。

「流石に見る眼がありますわね。私が尋常ならざる魔術師だと言う事をよく存じておりますわね。それとも下賎なトウサカがいる事に驚いているのではないのですか?」

「あら、それならむしろみっともない内紛で自滅したエーデルフェルトがまだ存在していたのかと言う方に驚いているのではなくて?」

言葉の応酬の後にらみ合う二人。

と、その時、周囲がざわめき始めた。

「お、おい・・・」

「!!う、嘘だろ!!」

「バ、バルトメロイが・・・」

「現在最高峰の魔術師(ザ・クィーン)だ・・・」

我に返り視線を戻すとそこには『錬剣師』と正面から対峙する一人の少女がいた。









歩を進めようとした士郎の行く末に突如数十名の魔術師が現れ、その行く手を塞ぐ。

(??下手に刺激しない方が良いか・・・)

強行突破も考えたが、直ぐに断念する。

特殊能力こそ持っていないようだがこの魔術師達、全員最上位の王冠(グランド)級。

一対一ならばまだしも一対数十、更にここまでの至近距離では分が悪過ぎる。

(志貴なら問題ないだろうが)

そんな事を考えていると道を塞いでいた魔術師達が二つに割れ、その道を悠然と歩く一人の少女を出迎えた。

(・・・おいおい、更に桁違いなのが出てきたぞ)

唖然とする。

最上位の魔術師がここまで集まっているのにも驚きだが、新たに現れた少女のそれは周囲の魔術師達がどうしようもない小物に思えてしまう程。

栗色の髪をポニーテールにまとめ上げ、皮手袋がはめられたその手には乗馬に良く使う鞭が握られていた。

そしてその身を包む外套は解析した限り聖金属(ミスリル)製の特別品。

そして抑制しているにも拘らず感じるのは桁外れの魔力。

仮面の内側で冷や汗を一滴流す。

下手な死徒など小指の先ほどの実力で消滅できるだろう。

一体何者かと思っていると

「お、おい・・・」

「!!う、嘘だろ!!」

「バ、バルトメロイが・・・」

「現在最高峰の魔術師(ザ・クィーン)だ・・・」

周囲のざわめきが士郎に答えを教えてくれた。

(そうか彼女が・・・現世代の魔道元帥・・・現代最高峰の魔術師(ザ・クィーン)の称号を持つバルトメロイ・ローレライ・・・)

噂には聞いた事がある。

時計塔に君臨する若き女王、魔道の名門中の名門バルトメロイ家の現当主ローレライ。

魔法には至らぬとしても、その実力は届かぬ奇跡に指をかけるほど。

そして・・・彼女が指揮する聖歌隊『クロンの大隊』は魔術協会版埋葬機関と呼んでも差し支えない組織力と戦闘力を兼ね備え、更には彼女自身、単身で二十七祖とも対等に渡り合う魔術協会最強の聖女。

「・・・これは間に合い幸いでした。噂に名高い『錬剣師』とお会い出来るとは・・・虫一匹の駆除を急がせた甲斐があるものです」

言葉とは裏腹にその表情と口調には冷めた、いや凍えるものを感じとっさに士郎は後方に跳ぶ。

それとほぼ同時・・・いや、わずかに遅れて、バルトメロイの手に握られた鞭が一瞬前まで士郎のいた空間を薙ぎ払った。

だが、その鞭より発せられた空気のうねりが風となり士郎のマントを大きくはためかせる。

少しでも躊躇していれば確実に巻き込まれた。

到底鞭の一振りで起こせる風ではない。

更に頭を抱えたい事にこれが実力のわずかな欠片でしかないと言う事。

室内なのでかなり手加減したのだろうが、それを差し引いても桁が違いすぎる。

相手は現在最高峰の魔術師(ザ・クィーン)、対して此方は投影一極に長けた魔術使い。

しかも此方はマントと仮面で素性を隠している。

止めとばかりに今近くには知人がいる。

弱い方にここまでハンデを与えてどうしようと言うのだろうか?

取り敢えず、穏便に話し合いでの解決を試みる。

「・・・バルトメロイ殿、これはどう言う事か?貴殿の礼儀には初対面の相手には攻撃を仕掛けるという事が含まれているのか?」

もっとも、正体が割れる訳には行かないので声色は意識して低くしたままであるが。

「別に他意はありません。人蛭の弟子に自ら進んで落ちぶれた魔術師の実力を少し見てみようと思っただけですので」

その問い掛けに悪びれる気配すら見せず悠然と答えるバルトメロイ。

(しかし・・・度胸があるな、この子)

表面上は無言、しかし、士郎は内心では彼女に感嘆の念を禁じえなかった。

人蛭・・・つまりゼルレッチの事だと思うが・・・などといくら本人がいないにしても弟子の目の前でそう言うとは。

(さて・・・感心している暇もないな・・・どうする?・・・いや、どちらにしろ少し戦うしかないだろう)

今の段階で逃げるのは不可能だろう。

そう判断した士郎は溜息混じりに詠唱を施す。

「投影開始(トーレス・オン)」

口の中で詠唱を唱えその手に一振りの日本刀を創り上げる。

それと同時に周囲から驚きの声が沸き起こった。

「本当に剣を出現させたぞ・・・」

「何処に隠し持っていたんだ?」

まさか投影で創り上げた代物とは誰も思わないだろう。

「ほう・・・何処からでも剣を召還し使いこなす・・・それ故に付けられし異名『錬剣師』・・・虚言や戯言ではなさそうですね・・・しかし・・召還魔術とは興味深い」

それは目の前の最高峰の魔術師も同様のようだった。

(まあ、俺のようなのがそもそもイレギュラーなんだし・・・)

士郎は仮面の内側で苦笑し魔力を通す。

「さて・・・お喋りはここまでにしましょう・・・はあっ!!」

語尾の気合の声と共に噴き出すのは魔力の奔流。

魔術回路の一部を起動させたのだろう。

ブースターの如く加速して鞭を振りかぶる。

それに対抗するように床を蹴りつけ、迫るバルトメロイに肉薄する士郎。

「風よ!!!」

「お上に仇名す破滅の妖刀(村正)!!」

一瞬交錯し、お互いの立場が入れ替わる。

互いに体勢を立て直す。

それと同時に異変が生じたのはまず士郎の方だった。

「!!」

仮面の右上部分が音を立てて砕け散り、更にはマントが何十箇所と切り裂かれた。

とっさに砕けた箇所を右手で覆い隠す。

だが、切り裂かれたマントまではカバーできる筈もなく、裂け目から零れ落ちる士郎自身の髪や皮膚の色が白日の下に晒された。

「おい!見ろ!!」

「赤毛だ・・・」

「それに首の箇所の皮膚の色・・・」

「黄色人種?」

「アジア人か?」

ざわめきに士郎は鋭く舌打ちする。

幸い怪我はないようだが手痛いと思わざるを得ない。

「ふっ、所詮はこの程度ですか。やはり人蛭の弟子、本気となるほどでは無かったようですね」

冷徹に言い放つバルトメロイはと言えば、左の上腕部の外套と服が一箇所切り裂かれていただけ。

表面上はバルトメロイの圧勝に見えた。

「・・・おい、あんた」

だが、士郎はバルトメロイではなく自分の近くにいた大隊の隊員と思われる魔術師に声を掛ける。

「直ぐに彼女に羽織るもの用意してやれ」

そう言うとバルトメロイに背を向け歩き始める。

「何処に行くのです?『錬剣師』尻尾を巻いて逃げ帰るのですか?」

「・・・俺はあくまでも師の代弁でここに赴いただけの事。戦いが目的ではない。それと・・・申し訳ない。久しぶりに発動させたものだから、加減が出来なかった」

そう意味不明な事を言うと、同時に風に覆われ士郎の姿は忽然と消え失せた。

「転移魔術ですか・・・」

「バルトメロイ・・・追いますか?」

「放って置きなさい。今回で『錬剣師』の実力の程は知れました。あの程度なら我々が目くじらを立てる程でもありません」

悠然とそして傲慢に断言ずる。

だが、異変はこの直後起こった。

何か破滅的な異音が響く。

「???」

「!!バ、バルトメロイ」

隊員の一人が文字通り悲鳴を上げる。

先程『錬剣師』に切り裂かれた箇所から聖外套と服が崩壊を始め、数秒後、外套も服も砕け散り、灰と化した。

咄嗟に隊員の一人が自分の着ていた外套を羽織らせる。

更には彼女の周囲を隊員が囲み周囲の視線よりバルトメロイを守る。

「・・・」

歯軋りの音が響く。

人の壁の中で全身を振るわせるバルトメロイ。

それは恥辱であり、怒りであった。

これほどの屈辱早々あるものではない。

公衆の面前で・・・この様な醜態を晒すなど・・・

怒りのあまり魔力が殺意の如く吹き上がる。

「・・・『錬剣師』・・・その名覚えておきましょう・・・・・・そして今度会った時には・・・」

今回の事の賞賛そして・・・この恥辱に相応しき報復を、必ずその身に刻みつけてあげましょう・・・

怒りと暗き喜びに満ち溢れた宣言を読み上げ、隊員に守られる様に奥に消えて行った。









「・・・・・・」

「・・・・・・」

この様を見ていた周囲の魔術師達も『錬剣師』とバルトメロイが退場するとその場を離れ始める。

その中には無論凛とルヴィアの姿もあった。

「それにしても流石は『錬剣師』ですわね。あのバルトメロイの服を一瞬で打ち砕くとは思いませんでしたわ」

「・・・」

感想を述べるルヴィアに対して凛は無言を貫く。

「ミス、トウサカ?どうされたのですか?」

「へっ?別になんでもないわよ。それよりもルヴィア、何であんた私と肩を並べて歩いている訳?」

「!!」

凛の言葉で思い出したように距離を置き戦闘体勢を取る。

「そうでしたわね。貴女と肩を並べなければならない理由などありませんでしたわね。全く・・・ワタクシとして事が・・・」

ぶつぶつ言いながらルヴィアは立ち去る。

「ふう・・・それにしても・・・」

あの赤毛に凛は見覚えがあった。

それは妹ともども押しかけては食事を頂いている家の主であり、凛自身魔術師ではと疑っている人物・・・そして彼女の心に鮮烈過ぎる印象を与え、今も尚彼女を縛り付けている青年・・・

「まさかね・・・」

首を一振りしてその考えを否定する。

しかし、数ヵ月後その考えが実は正しかった事を凛は思い知る事になる・・・









場所を変え、アルクェイドの『千年城』では志貴の素っ頓狂な声が響き渡っていた。

「士郎!!どうしたお前!!」

志貴が驚くのも当然だった。

士郎の姿は仮面は四分の一が砕け、マントはそこかしこ切り裂かれ戦闘後を思わせる。

「どうしたもこうしたも・・・戦うしかない状況に追い込まれただけさ」

仮面を取り、マントを脱ぎながら士郎は盟友に愚痴った。

「しかし、度胸ある奴いるな。『代弁者』の姿のお前に喧嘩売るなんて・・・誰だ?」

「バルトメロイ・ローレライ」

志貴の質問に士郎の答えは簡潔なものだった。

「・・・おいおい、それって現時点では最強の魔術師だろう?良くこの程度で済んだな」

「ああ、『時計塔』内だった事。それに、様子見だった事が重なったおかげさ」

「なるほどな。で、やられっぱなしじゃ無いだろう?」

「やむを得ず『村正』を使った。他の宝具だと派手すぎるし、威力の制御が難しいから」

「確かにな。でもそれ言えばあれは」

「いや、出力を弱くしていればむしろ使い易い。出力を上げるのが難しいんだよ」

「そう言う事か」

「しかし、今回ほどこいつのありがたみを実感した事ないな・・・」

そう言って自身の指に嵌められた指輪を見る。

そこには何か宝石が嵌められていた様だが枠のみが空しく残されていた。

そして実際この指輪には転移魔術の力を込めた宝石が嵌められていた。

行きと帰りの往復分だけ込めて。

それが強化と投影しか、使えない筈の士郎が転移魔術を使った秘密だった。

もっとも使い捨てである以上に、指定した場所しか転移できないので、限定された場面(今回のような)での使用しか出来ない訳だが。

「じゃあ士郎、師匠が待っているから報告しに行くか」

「了解」

そう言って二人はゼルレッチの待つ奥の執務室に歩を進めた。

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