第四次聖杯戦争は終わった。

冬木市に前代未聞の被害を与えて・・・

キャスターのマスター雨生龍之介の手で行われた連続殺人に端を発し、更にキャスターと契約を交わしたことで行われた児童連続誘拐、及び未遂に終わったものの、キャスターの暴走で召還された海魔生物の暴走は聖杯戦争の枠組みすら崩壊させかねない危険をはらんでいたし、止めとして、終戦時に起こった新都大火災。

これにより新都地区の大被害はもとより人的な被害も五百人を越える過去三回の聖杯戦争と比較するのが馬鹿馬鹿しいほどの大惨事となった。

そんな中、聖堂教会より正式に冬木地区の教会管理を任せられた言峰綺礼は聖堂教会、魔術協会双方に提出する聖杯戦争の報告書と平行してある調査を聖杯戦争のスタッフに命じて行わせていた。

それは彼の父であり、前教会管理及び聖杯戦争監督役、言峰璃正殺害事件である。

今回の聖杯戦争最大の激戦と呼んで差し支えない、未遠川での攻防戦直後、何者かに璃正が殺害された。

その遺体にはキャスター討伐の報奨として与えられたと思われる予備令呪が一つ消失していた事からキャスター討伐に加わったマスターの内誰かが、報酬の令呪を入手した後、他のマスターに令呪が渡るのを防ぐ為、今回の凶行に及んだものと推察された。

ちなみに聖堂教会の息がかかった監察医の手による検死の結果、死因は背中から打ち込まれた銃弾が心臓を貫いた事による、失血性ショック死。

遺体から摘出された銃弾から三十八口径の拳銃から発射された事も判明した。

そして傷跡の角度から璃正が立っていた時に椅子に座った状態の犯人が斜め上から発砲したのだと報告書は纏められていた。

当初綺礼はこの凶行を衛宮切嗣による犯行かと疑ったが、直ぐにその考えを打ち消した。

まず璃正が背中から銃弾を撃ちこまれていたと言う点に注目した。

あの父が、見ず知らずの相手にそう易々と背中を見せるだろうか?

答えは否である。

何しろセイバー・・・すなわちアインツベルンのマスターはあの当時は、未だ、あのホムンクルスの女・・・アイリスフィール・フォン・アインツベルンであろうと時臣と璃正は認識していた。

その父が、突然見ず知らずの男が現れて自分が本当のセイバーのマスターだと宣言した事を容易く信じ、令呪を渡し、その上背中を向けて無防備な姿を晒すなどありえる筈が無い。

では遠距離からの狙撃?

否、それも検死結果が明確に否定している。

銃弾は璃正神父の近距離で構えた拳銃から撃ち込まれたと推測されると記述されている。

仮に遠距離での狙撃の可能性を問うてみた所、弾丸から推察して、教会入り口から、一発で標的を殺害する狙撃も射撃の名手なら可能であるが、距離から推察された銃弾の着弾の深さの計算が合わない。

そして、仮に狙撃銃などで撃たれた場合、まず銃弾の口径が合わない為まず不可能と言う事だった。

そうなるとやはり近距離からの射撃と結論が結び付く。

だが、もっと有力な証拠が無い限り切嗣が有力容疑者のままであると言う事実に変わりは無い。

そこにスタッフの一人から連絡が届いた。









「これは?」

綺礼の元に届けられたのはビニール袋に包まれた一丁の拳銃だった。

「はい、新都郊外の廃工場で発見しました・・・ケイネス・エルメロイ・アーチボルトとソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの死体が発見された廃工場内でです」

その報告に綺礼の眉がピクリと動く。

よく観察してみれば拳銃は三十八口径。

鑑識の報告にあった璃正殺害に使われた拳銃もまた三十八口径。

「この拳銃を直ぐに例の鑑識に渡してくれ」

「判りました」

スタッフが退出すると同時に今度は別のスタッフが入っていた。

「どうかしたのかね?」

「綺礼神父、鑑識から連絡が。璃正神父殺害事、教会の床に璃正神父、綺礼神父の足跡以外にもう一つ気になる事が・・・」

「気になる事とは?」

「はい、璃正神父の血液によって出来た車輪のタイヤ痕が発見されたと」

「車輪?手押し車などのそれか?」

「いえ、まだ断定は出来ていません。ただ、一輪車ではなく、四輪タイプのものではないかと。ですが、教会周辺にそれに該当する物はないと言う事です」

その時、綺礼の脳裏に閃くものがあった。

「・・・そういえばケイネス・エルメロイ・アーチボルトの遺体のそばに車椅子があったと報告があったな」

「??はい、発見時銃撃によって破壊された状態でしたが」

「まだ残っているか?」

「はい、まだ保管しています。許可が下り次第処分いたしますが」

「いや、その車椅子を鑑識に。徹底的な調査とその発見された車輪痕との照合を依頼してくれ」

「はい」









そして、更に数日後・・・報告書の提出も終わり今度は時臣の遺言状の執行と刻印の摘出及び、その後の管理と凛への移植に関しての詰めを行っていた時、例の報告書が届けられた。

それによると・・・

『まず、教会より提出された拳銃についてであるが・・・提出当時リボルバー内の弾丸は一発だけ発砲されていた。更に、拳銃の旋条痕が璃正神父より摘出された弾丸と完全に一致。以上の結果から璃正神父殺害に使用された凶器は先の拳銃だと確定された』

最初の内容に綺礼は静かに頷く。

『更に拳銃より指紋が一つ検出されたが、この指紋を神父より提出された複数の人物の指紋と照合した所、殺害されたケイネス・エルメロイ・アーチボルトのものと一致。発砲したか否かは不明として件の拳銃を所有していた可能性は極めて高い』

「・・・」

一つ頷く。

「・・・父の殺害に使用された拳銃をケイネス・エルメロイ・アーチボルトが所有していた・・・これだけでも充分ケイネス・・エルメロイアーチボルトが父の殺害犯だと言う証拠にはなる・・・が、まだ足りん。魔術協会の石頭を納得させられるにはもう一押し、決定的な証拠が必要だ」

綺礼自身僅か三年ほどだとしても時臣の下で師事を受けていた身だ。

魔術師と言う人種の科学技術への蔑視、軽視と言うものはいやと言うほど目の当たりにしてきた。

これだけを提出してもまだこの報告書を否定する者が出てくるだろう。

もう一つ、決定的な証拠が必要だった。









それから一週間後、綺礼の姿はロンドン『時計塔』にあった。

と言うのも、終戦直後に移送された遠坂時臣の遺体から魔術刻印の摘出を行う旨が通達された為、その立会いに赴いたのだ。

最も、時臣が生前作成した遺言状は、一部の隙のない完璧なもので、綺礼は特に何をする訳でもなく、ただ立ち会っただけだった。

それも何の異常なく終わり、正統な後継者である凛への刻印の移植は段階的に行われる事等の決定も滞りなく完了し、後は日本に帰国するのみと誰もが思っていたのだが、ここで綺礼は何故か院長を含めた協会の最高幹部との面会を申し込んだ。

当初は諸事の事情で断る姿勢を見せていたが、次の言葉に誰もが色を失った。

『聖杯戦争前監督役、言峰璃正殺害犯ですが、極めて高い可能性でケイネス・エルメロイ・アーチボルトだと推察されます』









「それで・・・」

急遽集まった協会の最高幹部の一人が怒りとあからさまな侮蔑と共に悪意に満ちた言葉を発した。

「どの様な根拠で君はかのロード・エルメロイに監督役暗殺などと言う濡れ衣を着せようと言うのかね?」

「そうだ!今回の聖杯戦争では・・・まあ残念な結果に終わったが、それでもあまりにも卑劣だとは思わないのかね?故人に汚名を被せて自分達の無能を隠すなど」

ちなみに面会の場所は主に弾劾裁判などに使用する会議室で綺礼を見下ろす様に協会の最高幹部達が顔を揃えている。

「無論証拠もございます。まずはこれをご覧下さい」

そう言ってまず提出したのは件の拳銃。

「これは前監督役言峰璃正殺害に使用された拳銃です。これが、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの遺体が発見された現場近くの廃工場内で見つかりました」

「何故これが殺害に使用された物だと断言できる!」

「璃正監督役の遺体より摘出された弾丸と、その拳銃より発射された弾丸の旋条痕が完全に一致しました」

「???何だねその旋条痕とは」

予想していた質問に綺礼は淀みなく質問に答える。

「銃口の内側には発射した弾丸の軌道を安定させる為に溝が出来ています。発砲と同時に回転した弾丸はその溝に沿って回転する為、弾丸にはその溝の痕が残ります。それが旋条痕で、これは一つたりとも同じ物はありません。その為、銃の指紋とも呼ばれています。これは協会の息がかかった鑑識が行っておりその正当性には疑う余地はありません」

鑑識からの説明を淀みなく述べる綺礼。

その言葉にひそひそ小声で話し合うが一人が反論を返す。

「仮に前監督役の殺害にその下等な道具が用いられたとして、それをロード・エルメロイがなぜ使用したというのか?」

「この拳銃よりケイネス・エルメロイ・アーチボルト本人の指紋が検出されました。また発見時、拳銃のリボルバー部分を鑑識立会いの下、調査しました所、一発だけ発射されていた事もあわせて申し上げておきます」

だが、それでもその報告を信じる者は多くなかった。

「別の人間がロード・エルメロイに罪を着せる為にそれを持たせたという可能性は無いのかね!」

「そ、そうだ!その可能性は考慮しているのかね!」

「そういえばロード・エルメロイと婚約者であるソラウ嬢はこの下劣な道具による射殺らしいではないか。その人物が前監督役の殺害に及び、その後ロード・エルメロイに罪を着せる為にこれを置いたのではないのか!」

「その可能性には思い及ばなかったのか!」

「全く嘆かわしい。教会の監督役など所詮この程度か」

怒号、罵倒、嘲笑が渦巻く中綺礼は表情一つ変えていなかった。

この程度は予想出来ていた事。

だが、ここから先がいわば切り札。

やかましく騒ぎ立てる輩を黙らせる為の。

「・・・そしてこの販売ルートを調べた所、意外な人物との接触に成功しました」

「意外な人物?誰だ?」

「どうせたいした奴ではあるまい」

「そうだな。もう聞くまでもあるまい」

「全く、時間の無駄であったな」

綺礼の言葉に誰も耳を貸さず、そう言って席を立とうとした時、次の綺礼の一言に全員の動きが止まった。

人形遣い『ミス・オレンジ』です」

『!!!』

だらけきった周囲の空気が一瞬にして硬直した。

「い、今!何と言った!」

「・・・『ミス・オレンジ』、本名蒼崎橙子と接触したと申し上げました」

「な、ななな・・・」

全員が言葉を失う。

当然といえば当然。

蒼崎橙子、聖杯戦争終戦直後、封印指定に認定された今代最高位の人形遣い。

本人もいち早くそれを察したか協会の追跡を振り切り、行方をくらませた。

「ほ、本当に接触したのか!『オレンジ』と」

「はい、向こうが指定した場所で面会する、現在の行方などは一切聞かないのを条件に」

「そ、それで!」

つい一分前までの弛緩しきった空気は完全に霧散していた。

「件の拳銃は彼女が仲介となりある裏ルートから弾かれた物がケイネス・エルメロイ・アーチボルトの手に渡っていたようです」

「だが、何故ロード・エルメロイは『オレンジ』と」

「彼女に全身の機能回復を依頼する為だそうです」

「なに?それはどう言う」

「『オレンジ』の話によると、面会時、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはほぼ全身の神経及び筋肉が崩壊、手足は全く動かない状態で、更に魔術回路すら壊滅していたとの話です。同席していたソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの話だと当時の詳細は不明ですが、聖杯戦争時のアクシデントにより魔術行使中、魔力の暴走が起こり現状となったと」

平然と報告を告げる綺礼だったが半分は嘘である。

実際は聖杯戦争時、小細工を弄するアインツベルンが擁する魔術師もどきの鼠にやられたとケイネスは橙子に告げており、彼女も隠す必要も無く綺礼に事実を告げていた。

その上ケイネスから聞いた風貌から、犯人が『魔術師殺し』の悪名高い衛宮切嗣の可能性が高いだろうと私見も一緒に告げていた。

綺礼も死体傍に捨てられていた自己強制証文(セルフギアス・スクロール)から切嗣の存在は認知していた。

だが、目の前の幹部達にその様な事を言えば切嗣を槍玉に挙げるだろう。

憎悪し尽くした相手とは言え・・・いや、だからこそ切嗣に言われ無き罪を着せる気はなかった。

矛盾しているようにも思えるがそれが言峰綺礼と言う男の本質だった。

「ぼ、暴走??」

ざわめきが更に大きくなる。

神童と呼ばれ天才と持て囃されたロード・エルメロイが魔術師として初歩中の初歩のミスを犯したと言う事に、騒然となった。

「一先ず、両腕の機能だけは回復し手持ちの材料の関係で残りは後日となったのですが、その日の内にケイネス・エルメロイ・アーチボルトは死亡しました。それで問題の拳銃は面会の際に手渡されました。もはやケイネス・エルメロイ・アーチボルト本人は魔術の行使は出来ない為止む無く、最低限の身の守りの為に注文したそうです」

その言葉に顔を見合わせる。

「そ、その報告が本当なら一応凶器の話は辻褄が合うが・・・」

「だ、だが、ロード・エルメロイが実際に教会に赴いたのかどうかの確証は無いのではないのか?」

「そ、そうだな、ロード・エルメロイは動けない状況だったのだろう」

「はい、あくまでも『オレンジ』の手で回復したのは両腕の機能だけです。ですが、最後にこれをご覧下さい」

そう言って綺礼は最後の証拠を提示した。

それはあの車椅子だった。

「??それは?」

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの遺体傍に放置されていた物です。指紋などから死ぬ直前までケイネス・エルメロイ・アーチボルト本人が座っていた物と推察されます」

「だが、ロード・エルメロイは立てなかったのでは」

「彼本人はそうだとしても婚約者のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリがいましたし、ランサーのサーヴァントもいたのです。彼らの力を借りれば車椅子に乗る事も不可能ではありません」

「な、なるほど、それで、その車椅子がどうしたと」

「璃正神父殺害直後、鑑識に直ぐに調べてもらいました所、璃正神父と私以外にもう一つ血が付着した為に床に残ったタイヤ痕が残されていました。調査しました所、そのタイヤ痕と、この車椅子の車輪とが完全に一致しました。更に車輪に僅かながら血液が付着しておりました。これも血液型、更にDNA・・・つまり遺伝子の事ですが、これも璃正神父の血液と一致しました。これら複数の証拠から、言峰璃正神父殺害の犯人がケイネス・エルメロイ・アーチボルトだと確信するに至り報告に上がった次第です。後は本人の自供があれば完全ですが、既に自供は得られませんので完全な確証ではありませんでしたが」

最後にそう締めくくり綺礼は一礼した。

「最後となりましたが、今回はお忙しい中、貴重な時間を割いて頂いた事に感謝いたします」

丁重と言う他無い言葉を告げながら。









この知らせは直ぐに『時計塔』を駆け巡った。

もちろんだが激震が走ったのは言うまでもないだろう。

天才と呼ばれた男が監督役を暗殺、それも魔術ではなく、拳銃などと言う下等かつ下劣な手段を持って実行するなど考えられない、いや考えたくなかった。

それはロード・エルメロイの名声を地に堕としめるだけでなく、魔術協会の名誉に二重に泥を塗ったも同然の事だった。

院長は即座に死後にも拘らずケイネスを降霊科講師から解雇及び魔術協会からの除名を決定した。

流石に協会と繋がる警察関係者立会いの下、ここまで各個たる証拠を揃えられた以上、いくら科学技術を軽視していても無視出来なかった。

ここで既に死者だとは言え、ケイネスの名を残すとなれば監督役を派遣した聖堂教会との関係が悪化しかねない。

反目しあっている間柄とは言え、対立を表立ったものにしたくは無い。

それ故の決定だった。

更にケイネスの恩師であった降霊科学部長を勤めるソフィアリ家はこの知らせに激怒、

院長の決定より早く、ケイネスの名を弟子から抹消、更に娘ソラウとの婚約を破棄と、アーチボルト家との交流断絶を宣言。

そして、止めとばかりにかねてから交友のあった名門中の名門バルトメロイも、断絶とまでは行かないものの暫く交流を差し控えるようになった。

こうしてケイネス・エルメロイ・アーチボルトの名は神童、天才、稀代の秀才の名声から、恥晒し、魔術師の面汚し、アーチボルト家が生み出した最低の屑と言う、永久に罵声と嘲笑の対象とされる事になった。

だが、当のアーチボルト家はと言うと、未だケイネスの魔術刻印を摘出していなかった為、ケイネスをアーチボルト家から永久に追放する旨を出しただけに留まり、ケイネスの遺体を未だに邸宅内に安置したままだった。

しかしこれが更なる痛手となった。

いくら魔術刻印摘出の為だとの旨を宣言しても周囲には『卑劣者を庇う』口実にしか写らなかった。

それによってアーチボルト家の評価は更に下落していった。

刻印摘出も終わりケイネスの遺体を公共墓地の片隅に放棄同然に埋葬も終わり、火中の栗を拾わせる意味合いで末席にいた少女にアーチボルト家の後継に据えた時には、既にアーチボルト家は没落寸前だった。

更にケイネス個人が積み重ねてきた数多くの研究も未整理のまま放置され、辛うじてアーチボルト家がケイネスの研究室を押さえたお陰で未整理のままとなっているが、このままでは全て四散する危機すら孕んでいた。

このままアーチボルト家は完全に忘れ去られるかと思われた。

日本からのこのこ帰国してきた最も無能な元弟子の一人が特異極まる才能でケイネスの研究の数々を整理、再解釈、分類系統の統合を行い『ロード・ケイネス秘術大全』と言う一冊の魔術書に再編されるまでは。









ロンドン郊外の公共墓地、その片隅の手入れすらされていない半ば朽ちかけた墓所。

表向き身元不明者として埋葬された為に、名前すらも記されていないその墓に、不釣り合いなほどの真新しい花束が供えられていた。

「・・・ふん」

「あら、ロード・エルメロイU世、今までどちらに?生徒さん達探していましたよ」

「別に、少し散歩に出ていただけだ」

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