「・・・で、あの男は本当に信用できるのですか?」
軍服を着た、いかにも職業軍人と思われる壮年の男は通信機越しに怒気を漲らせてそう言う。
階級章から見て大佐であろうか?
「腕は確かだ。君も彼の事は噂だけでも聞いているだろう?」
「無論です閣下。死徒二十七祖の内番外位を含めた三人を滅ぼした、男・・・ですが、奴は我々に対して、『邪魔だから直ぐにここから撤退しろ』と言ったのですよ」
「現実だけ見れば彼の言い分が正論だ。それに埋葬機関第七位や魔術教会の『ミス・ブルー』の推薦を持ってここに来てくれたのだ。そうもぞんざいな扱いは出来ん」
「それはそうですが・・・」
「それに彼が頭を潰してくれる上に、その功績は全て我々に譲渡してくれるんだからな。我々はそれを頂いた方が良い。犠牲は少なければ少ないほど良いのだからな」
「・・・・・・くっ・・・はっ、かしこまりました」
「所定の位置にまで撤退後は待機、不測の事態に備えるように」
通信が終わると男は肩を落とし装甲車両のハッチから顔だけ出し後ろを振り向く。
月光にかすかに照らされた一つの都市。
しかし、そこにはもはや生命は存在しない。
この街に巧妙に潜伏していた死徒の手により大半の人間はその死徒の餌もしくは死者となった。
この事態に被害の拡大を防ぐべく直ぐに彼が率いる特殊部隊が都市に展開。
更に不測の事態に備え、埋葬機関・魔術教会に応援を要請した。
しかしその間、死者の群れに少なからず損害を被り、完全な膠着状態と化した時、一人の男が訪問して来た。
それは眼鏡をかけた日系人と思われる黒髪・黒眼の自分の息子と同い年であろう青年は埋葬機関、魔術教会双方を代表する第七位『弓』、魔法使い『ミス・ブルー』双方の推薦状を手渡すと先の言葉通り、撤退を申し出てきたのだ。
後は自分で終わらせると言い・・・
最初は不服であったが推薦状と共に手渡された命令書に彼の指示に従えと厳命されていた為、それ以上反論出来ず結局は、現在の状況となっていると言う訳だ。
「しかし・・・あの男一人で大丈夫なのか?・・・あの都市は約五十万人規模の大都市だ。そこの死者と死徒を全て始末できると言うのか?」
そう呟くと今度は上層部から届いたあるデータに眼を通した。
そこには一人の男のありとあらゆる情報がぎっしりと詰まっていた。
「・・・埋葬機関すらも危険視する男・・・『シキ・ナナヤ』か・・・」
もう生命の躍動すら感じられない街にそびえたつビルの屋上にその男は静かに佇んでいた。
「ふう・・・頭はあそこか・・・」
そう呟き、眼鏡越しに険しい視線を一つのビルに向ける。
そこはこの都市で最長の高層ビルでこの街を地獄と化した張本人はそこで我が世の春を謳歌している。
「・・・気に食わないな・・・神様に成り上がったつもりか?何とかと煙は高い所が好きだというが・・・」
心底嫌悪に満ちた表情でそのビルを睨み付ける。
ここに到着するまで彼はこの街の悲劇をたくさん見た。
ある家では夫婦であろうか一人の女性の死者が若い男性の血を啜っていた。
ある路地では、一人の男性が幼い男の子を庇う様に死んでいた。
この街には推定五十五万人の老若男女が住んでいた。
その人生も悲喜こもごもとした日常も、得られる筈だった未来すらも!!
あそこでのさばる死徒は奪い取ったと言うのか・・・・
「ゆるさねえ」
彼・・・七夜志貴は死徒に対する怒りとこの街の人々に対する悲しみの無い混ざった表情で助走もつけずビルからビルへと跳躍していた。
信じられない跳躍力と言うべきである。
志貴は助走すらつけず、十数メートルはあろうビルの間隔を飛び越えてしまった。
そのまま志貴は何事も無かったかのように屋上からビル内部に入ろうとしたが、周囲から沸き起こる、人ならざる気配を感じ立ち止まった。
「・・・客か・・・」
そう呟くと今まで掛けていた眼鏡を外し、懐から短刀『七つ夜』を取り出し構える。
そこにいたのは紛れも無い死者である。
数にして四体。
「この程度ならこいつだけで十分か・・・」
そう呟くと自然に体勢を低く取り、姿を消し、次の瞬間には決着がついていた。
姿が消えた瞬間、志貴は地面を這うように一体の死者の足元に接近し、下から上への切り上げで二枚に下ろした。
『閃鞘・伏竜』と呼ばれる『閃の七技』の一つである。
一体を始末すると、再び志貴はその姿を消し今度は二体の体が同時に丸太切りの如く横に三つに分けられた。
最後の一体に関しては一瞬にして、眉間・両肘・両肩口・両膝・両股関節・そして心臓の十箇所を貫かれた。
『閃の七技』の一つ『閃鞘・双狼』・『閃鞘・十星(じゅっせい)』である。
無論全ての死者の点を貫く事も忘れずに、死者達は瞬く間に灰と化した。
所要した時間は僅か三十秒足らず。
志貴は何事も無かったかのように、眼鏡を掛けなおすと灰となる死者達に一礼を施すと、ビルの内部に足を勧めた。
一方先程まで志貴が睨み付けていたビル内部では未だに阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。
と言うのも、死徒は数百名のうら若い女性を捕らえ、直ぐには血を吸わずにこのビルに押し込めるとこの中で鬼ごっこに興じている為であった。
女性達は直ぐに我先にと逃げ出したが、死徒は弄ぶかの様に一人、また一人とその毒牙に掛け、遂に、残された二十人足らずがビルの一室に追い詰められていた。
「けけけ・・・たった二時間かよ暇潰しにもならねえな」
その死徒は優越感に浸った表情でその部屋の更に片隅で震える女性達を見やる、
すでに悲鳴を上げる気力すら失せたのであろう、
彼女達は恐怖に満ちた表情で必死に首を横に振りながら、後ずさる。
もう壁で下がれないにも拘らず。
「まあ良いや、そろそろこの街にも飽きた頃だ、お前らを食って次の獲物を探すとしようか」
そう言い、手近な女性を掴み血を吸おうとした時だった。
コツン・・・コツン・・・
「ん?」
不意にその手を止めた。
この部屋に向かってくる靴音を人間の数百倍の聴力で聞き取った。
「何だ?」そう言って振り返るのと、ドアがまるで豆腐の様に容易く切断されたのは同時だった。
そこには黒いロングコートを羽織る一人の青年が立っていた。
「何だ?貴様」
「・・・貴様を黄泉路に送り込む者・・・外道共に恐怖を教える者」
そう言いながら閉じていた眼を開き、煌々と輝く蒼き眼を死徒に向ける。
「!!!!」
その瞬間、死徒は動く事が出来なくなった。
それほどあの青年の蒼き瞳に恐怖していた。
その恐怖は何だ?
自分は超越種、人間など自分達にとってはただ食料になるだけの存在なのではないのか?
「ふ・・・ふははははは!!!俺とした事がたかが人間に何をびびっているのか・・・随分とでかい口を叩くな脆弱な人間ごときが。そんな貴様が・・・」
「そんな貴様が選ばれた超越種の自分に勝てると思ったのか?・・・だろ?さっさと来い。ありふれた口上を叩いている暇があったら俺が貴様を殺すぞ」
そんな安っぽい挑発にその死徒は容易くのった。
「てめえぇぇぇぇぇ!!!後悔させてやるぅぅぅ!!!」
そう叫ぶと瞬く間に爪を伸ばしその青年に斬りかかる。
しかし次の瞬間青年の姿は消え二回体に衝撃が走り、死徒の両腕は見事に切断されていた。
手にナイフを持ちそれを軽く振りながら先程と同じ場所に何事も無かったかの様に立っていた。
「な・なんだぁぁぁぁぁ!!!!!何で俺の腕が再生しねえんだ!!何で俺がこんな人間ごときに!!!人間ごときに!!人間ごときにぃぃぃぃぃ!!!」
そんな音程の外れた絶叫に一方の青年は冷めた視線で
「その思考自体が貴様が敗北する要因だ」
そう言うと青年は死徒と距離を取ると、持っていたナイフを自らの体を極限まで捻りあげて一気に投擲した。
「・・・極死・・・」
その死徒は咄嗟にナイフこそかわすが・・・
「・・・七夜・・・」
「ひっ!!!」
唄うが如く自らに襲い掛かるその影に捕らえられ、次の瞬間宙を舞った。
しかし次には
「・・・弐式・・・」
形容し難い鈍い音と共に彼は二つに折り曲げられていた。
これを魔技と言わずして何と言えばよいであろうか?
志貴はナイフを投擲後、その力を利用し人間離れした跳躍力で天井ぎりぎりを掠める様にその死徒に飛び掛り首に腕を絡ませた。
そこまでは『極死・七夜』と同じであろう。
しかし、そこから志貴は自分が着地する前に死徒を跳躍の力を利用して舞い上がらせ、自らもその後を追う様に再度跳躍した。
そして片腕で死徒の両足首を、もう片方はそのまま首を、そして両膝を丁度背骨の中心部分に当てそのまま死徒を地面に叩きつけた。
それにより背骨は完全に粉砕され、更に力の余勢を借りて一気に死徒を紙の様に折り曲げてしまった。
その際志貴の指は点を貫く事を忘れずに。
その瞬間死徒は消滅した。
そこから志貴は何事も無かったかの様に眼鏡を掛け、壁に突き刺さったナイフを回収すると、静かに女性達の方に近寄ると静かな声で
「暫く、ここにいると良い。もう少ししたら軍が来る筈だからな」
穏やかに笑い、立ち上がるとその部屋から立ち去った。
志貴はビルを出るとおもむろに懐から小太刀『凶断』を取り出すと、地面に突き刺した。
その瞬間、街のあちこちで親の死徒の消滅に耐え切った死者達が、次々と地面から生えてくる真紅の剣山に串刺しとなり灰と化していく。
魔殺刀『凶断』の具現化能力の一つ『ニードル』は他の能力に比べ用途が限定されてしまう欠点が存在するが、一度発動させてしまえば、全妖力を発動させれば地球全土をその範囲内に収める事も可能であるという、補って余りが多々ある発動範囲の長所を備えている。
その『ニードル』を持ってすれば、この程度の都市位、箱庭に等しい広さしかない。
僅かに二・三分後には街から死者の気配は完全に消えていた。
それから三時間後
「ナナヤ君、全部隊を代表して礼を言わせてくれ。君のお陰でこの街は救われ、僅かであるが生存者を救出する事が出来た。全て君のお陰だ」
そう言い握手を求めて来たのは、最初彼の能力を疑問視していた部隊長の大佐であった。
あれから志貴は手持ちの通信機で後方に後退した部隊に全て終わった事を伝え、その報を聞いた大佐は慌てて再度街に急行した訳である。
見事な結果を差し出した志貴に彼は最初驚愕したが、その後には志貴に対して素直な賞賛を抱き、この握手も感謝の意味を込めての行動だった。
「いえ、これが俺の仕事です。賞賛される謂れはありません」
それに対して志貴は素っ気無く、それでいて照れ臭そうに笑うと静かに大佐の手を握り返す。
「とりあえず、死者の方も大半は浄化したと思いますがまだ数匹生き残っているかもしれません。油断はしないで下さい」
「心配はいらん。我々も職業軍人だ、その様なへまはせんよ。それに後は埋葬機関に浄化の要請も出した。間も無く専門家が到着する手筈となっている」
「そうですね。失礼な事を申し上げました。では俺はこれで」
「ああ、待ちたまえ、部下に空港まで送らせよう」
「いやそこまでは・・・」
「頼む。それ位はさせてくれ。我々にはそれ位しか、君に礼をする事が出来んのだ」
「・・・わかりました。ではお言葉に甘えさせていただきます」
「うむ、そうして貰えると我々も助かる。ではナナヤ君、君の健闘を祈っておるよ」
「はい、大佐殿も御武運を」
そう言い合いながら、大佐の方は手馴れた、志貴の方は気恥ずかしそうにぎこちない、軍隊方式の敬礼をかわすと志貴は、彼の部下に付き添われ街を後にした。
「・・・少し日本人に対する認識を改めないとな」
暫く後、大佐は思い出した様に呟いた。
「あれほどの戦果にも拘らず驕る事も知らず、見返りを要求せぬとは・・・謙虚な青年だ。そう言えば俺が学生の頃習った宗教学の中に仏教の神で彼に相応しい神がいたな。大日如来の代理人として地上に降臨し悪と戦う神・・・確か・・・そうそう『不動明王』だったな・・・」
そう呟きながら彼は朝日が昇り次第に遠ざかる一台の車両に再度敬礼と一礼をした。
後書き
今回の話は『圧倒的に強い志貴を書きたい』と言う欲求で書いたものですが、もう一つ『赤鬼再来』の最後で黄理から継承された七夜の技法を殆ど出してしまおうと思って書きました。
詳しい技の解説は下の解説に書いておりますので読んで下さい。
補足としては『極死・七夜弐式』は空中で弓矢固めを決めて、その後地面に叩きつけると思っていただければ良いです。
解説
『閃の七技』・・・
七夜一族は本来暗殺を生業とした為、真っ向から立ち向かう戦闘法よりも、不意打ち・奇襲戦法に重きを置いた。
そうして先祖から子孫に脈々と受け継がれ完成したのが、『閃鞘』の名を冠した七つの高速奇襲技、『一風』・『八穿』・『七夜』・『八点衝』・『伏竜』・『双狼』・『十星』である。
『極死・七夜』が、七夜の暗殺技法最高傑作とすれば、『閃の七技』は暗殺の芸術品と言っても過言で無いほど、一つ一つの技の完成度は高い。
『閃鞘・伏竜』・・・
標的の足元に蜘蛛の如く忍び寄り、気付く暇を与える事無く、下から切り上げる。
『八穿』とは対となる技。
『閃鞘・双狼』・・・
『閃鞘・七夜』が、縦の高速奇襲に対して、『双狼』は横に展開し敵を切り裂く。
この技が『双狼』と名付けられたのは横一直線上に敵が存在すればどれだけ距離が離れようとも確実に一撃で仕留めることが可能の為、あたかも刺客が二人いるのではと錯覚を覚えさせた為、『双狼』と名付けられた。
『閃鞘・十星』・・・
『八点衝』と同じ、高速で無数の刺突を繰り出す技であるが、『八点衝』が刺突を乱れ打ち、敵の反撃を強制阻止するのに対して、『十星』は、敵の反撃・逃走を防ぐ為、一瞬で腕・足の腱を断ち切りその後、眉間と心臓を貫く。
破壊力としては、『一風』をも凌ぎ、『閃の七技』最強と言われるが、その精密機械の如くの正確さゆえに、習得は容易な事でなく、会得したのは志貴と彼の父七夜黄理を含めて、僅か二十名程と言われている。
『閃鞘・七夜』・・・
そもそも、『閃鞘・七夜』は高速奇襲技であると同時にその特性を活かした高速連続攻撃の技としても重宝されていた。
物語で志貴は『閃鞘・七夜』を一撃加え、まず右腕を切断し、間髪入れず背後から再度『閃鞘・七夜』をもって左腕を切り落とした。
いわば、『閃鞘・七夜』をに連続で繰り出したと思っていただければいいと思われる。
しかし、志貴クラスになれば二連など児戯に等しきもので、その気になれば六連以上をも可能とする。
(現に志貴は七連まで成功している)
また過去の達人の中には最高二十連をも可能とした者も存在したといわれているが真偽は不明である。
『極死・七夜弐式』・・・
志貴の父七夜黄理が軋間紅摩との決闘を制した志貴に最期の継承として託した七夜の技法の中でも秘奥義に数えられる技の一つ。
今まで使用してきた『極死・七夜』は『初式』と呼ばれ、『初式』から派生した『弐式』と、『参式』・『司式』があると言われている。
この『極死・七夜初式』・『弐式』・『参式』・『司式』は七夜最凶の奥義『七夜死奥義』と呼ばれている。
ちなみに『弐式』・『参式』・『司式』には別の正式名称があると言われ、『弐式』は正式には『極死・雷鳴』と呼ばれる。
『参式』に関しては七夜の長い歴史上始祖のみが会得を成功させその後、子孫は誰も会得出来なかった為、口伝のみの言い伝えで『極死・落鳳破』の正式名称のみが伝わりその他は闇に包まれ、『司式』に至っては口伝にすら残されておらず、どの様な技かも知られず存在自体謎に包まれている・・・
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