ある日、秋葉に突然呼び出された。
「兄さん、お話があります」
「何だ?秋葉急に」
「琥珀から聞きましたが、兄さん急に金銭の無心に来られたようですね」
「うぐ!!」
そう、俺はある目的の為、琥珀さんに金の無心・・・様は借金の申し込みに行ったのだ。
ただその時に琥珀さんが
「それでしたら私の作った新薬の実験台に・・・」
この台詞を皆まで言わせず俺は速攻で断った。
それにしても・・・琥珀さん・・・これは仕返しですか?
念には念を入れて秋葉には黙っていてくれとお願いしたのに・・・
「で、どうなのですか?兄さん」
「あ、ああ、そうだ。ちょっと急に入用が出来てな」
「どうして私に言って下さらないのでしょうか?」
(そう来ると思ったからだよ・・・)
俺は心の中で慟哭した。
秋葉に頼むと必ずその使い道から全て吐かされる。
しかし、今回に関しては秋葉には頼みにくい事情があったから琥珀さんにお願いしたのだが・・・
「今回はそんなに、まとまった額じゃなかったから、お前の手をわずわらせるものどうかと思ってな」
「あら、私は別に構いませんよ。で、今回はどなたの為にお使いになられるのですか?」
やっぱり・・・
秋葉は十中八九、アルクェイドか先輩の為に使うと思っている。
しかし、あの二人に関しては今まで貯めてきた貯金を切り崩しながら出している。
「今回は・・・強いて言えば俺の為に使う」
ここは下手に言い訳しても無用の疑惑を招く。
それなら、ある程度本当の部分を言うしかないだろうな。
「??兄さんの」
「ああ、所用があってな」
俺のはぐらかした台詞に秋葉の眉がつり上がる。
「で、所用とは何なのでしょうか?」
「それは・・・言う事は出来ない」
「あら、どうしてでしょうか?」
「何でもかんでもお前に報告しなきゃいけない義務はないと俺は思うが」
「あります!!兄さんはただでさえ体が弱いのですから、私達に居場所を知らせないといけません!!」
・・・そう言われるとこちらとしては反論できないのは事実だが・・・
ただそれでもあの事は秋葉には教える気は無かった。
そうなれば付いてくる事は目に見えていたから・・・
「さあ、話してもらいましょうか兄さん!!」
「・・・ふう・・・」
どうしても目的を言わせようとする秋葉に、俺は溜息を吐くと静かに立ち上がった。
「じゃあいいよ秋葉、何とか金銭は俺の方で用意するから」
そう言うと、居間を後にした。
「兄さんお待ちなさい!!!話は終わっていませんよ!!!」
そういう秋葉の声を背中で聞きながら。
それから一週間後、俺はアルクェイド、先輩の誘いやらを全て断り、早朝から列車に乗っていた。
旅費の方は、今までの貯金の大半を使い何とか用意する事が出来た。
秋葉達には、また色々と詮索されたくなかったから『ぶらりと一人旅してくる』と言って・・・と言うより書置きのみ残して屋敷から脱走してきた。
今頃は大騒ぎだろう。
下手をしたら帰ってきたら殺されるかもしれない。
(ただそれでもな・・・)
ちなみにアルクェイドと、先輩にはこの事は話してもいない。
二人とも言えばついて来るのが目に見えている。
そしてそうなれば、他の全員もついて来るのが用意に予想できた。
(今回だけは誰にも邪魔されたくないから・・・)
そう思い返してから静かに目を閉じた。
昼過ぎになり俺はようやく、目的の駅に到着した。
「んーーー長かったなーさてと」
軽く伸びをすると俺はここで一軒のみであろうスーパーで必要な物を買い揃える。
「さあ、いくか・・・この時間だと到着は夜だろうな」
そう言うと俺は歩き始めた。
夜も帳を過ぎて、俺はある山道を歩いていた。
暗い山道は危険と言うのが常識だが俺はそんな事気にしない。
ここは俺達にしてみれば箱庭、何処に何があるか?
目を閉じていたってわかる。
ここは『七夜の森』。
わずか六年間だが俺が・・・七夜志貴が暮らし一番好きだった場所・・・七夜一族の住処であり墓標となった場所。
道なき道を・・・よく見れば一族の為に用意された道を進み、時折襲来する罠を回避しながら俺が到着したのは開けた草原・・・そこを俺は更に過ぎると木々に囲まれた広間についた。
そしてこここそが、目的地。
俺は荷物からまず花束を出すと、中央部にそれを置く。
「父さん・・・母さん・・・それに皆・・・墓参りに来たよ」
そう今日は七夜が滅ぼされた命日・・・
「さてと・・・今日は上手い酒も持ってきたよ。飲んでくれるだろ?皆」
そう言うと俺は草原に腰掛け、今度は紙パック状の日本酒と、紙コップ更にはつまみを各種取り出し、紙コップ一つずつに酒を注ぐ。
「はい皆・・・今夜は朝まで飲み明かそうか?」
「・・・ああそれも悪くないな」
「もう、御館様まで、志貴はまだ未成年なんですから」
「かてえ事を言うな。せっかく志貴が来たんだ、少しくれえは良いだろう」
俺のそんな声に陽炎の様に姿を表したのは二人の男女、二人とも黒装束を身に纏い俺に穏やかな笑みを浮かべている。
「・・・父さん・・・母さん・・・ただいま」
「ああ・・・よく帰って来たな。志貴」
「お帰りなさい・・・志貴」
俺は涙を堪えながら目の前に現れた本当の父・・・七夜黄理と母・・・七夜真姫に声を掛け、父さんは不器用にしかし静かなそれでいて優しく笑い・・・母さんは眼に涙を溜めて俺に微笑みかけてくれた。
俺達三人は、そのまま草原に腰掛けて月明かりの中酒を飲み始めた。
「まさか夢にも思わなかったな・・・」
上手そうに一杯の酒を飲み干すと感慨深げに父さんはそう呟く。
「?何がだい。父さん」
俺の問いに母さんが答える。
「私達は死して霊魂となっても貴方を見続けてきたわ。そう、貴方が遠野の家で暮らす様も、貴方がその双眸に宿る死を支配する眼を持った経緯も、そして・・・私達の事を忘れてしまった事も・・・」
そこまで言うと母さんは少し言葉を詰まらせた。
その時の事を思い返しているのだろう。
「・・・母さん・・・」
俺は胸が痛くなった。
しかし、母さんは今度は笑顔で
「でも、貴方は信じられないほど穏やかで真っ直ぐに育ってくれた。そして、私達の事も思い出してくれた・・・それだけでも嬉しいのに・・・」
「まさかこうやってお前が墓参りに来て更にはお前と酒を飲み交わせるなんてな・・・もし神がいるとすれば粋な計らいをしてくれる」
「ええ、私としては貴方を最初に救ってくれたあの女性に、お礼を言いたいわ」
「先生のこと?」
「ああ、そうだ」
「それに志貴をこれまで守り、慈しみそして・・・愛してくれた人達にも私はお礼を言いたい。志貴が今日まで生きてきたのもその人達のおかげなのですから」
「そうだね・・・次の墓参りの時には何人か連れてくるよ」
「ああ、そうしてくれ」
「それにしても・・・」
俺は辺りを見渡した。
「父さん。他の皆は?」
「ん?他の奴らも来ているぞ」
しかし、この周囲には気配は無い。
「他の方々は気をきかせて他で志貴の持って来てくれたお酒を飲んでいるわよ」
「俺達三人親子水入らずを邪魔する気はないと言ってな」
そう言われて周りを見渡すと、確かに最初注いだ酒が無くなっている。
「そっか・・・」
「それで志貴、話は変わるが・・・」
「ん?何父さん」
突然父さんの表情が真剣なものに変わった。
見ると母さんも真剣な表情で俺を見る。
すっと俺も表情を改めて次の台詞を待つ。
よほど重要な事なのだろう。
「お前・・・」
「うん、」
「・・・七夜を復活させる気はあるか?」
「七夜って・・・暗殺者としての?それとも退魔としての?」
「ああ・・・両方だ」
「・・・それに関しては何とも言えない。俺はあの時は自分の身を守る為もあったけど、何よりもアルクェイドや先輩に秋葉それに翡翠と琥珀さんを助けたかったから守りたかったから戦ったけど・・・俺は・・・」
「元々お前は殺しや戦うのが嫌いだったからな」
「うん・・・こんなのじゃ七夜失格かもしれないけど」
「でも、志貴・・・貴方ほど矛盾を抱え込んだ存在はいないわ」
「えっ?」
「ああ、お前は殺しを嫌いながら歴代の七夜でも並ぶ者がいないほど七夜の技法を極めてしまった」
「・・・」
「そして極め付けはお前の眼に宿る死を完全に支配した眼、確か・・・『直死の魔眼』だったか・・・闇の仕事を嫌いながらお前は闇に生きるに相応しい力を有してしまった。それでもお前は日の下でで生きていくのか?それを有するが為に生涯己が命を狙われようとも」
「・・・そうかも知れない。それでも俺は俺らしく生きるさ。守る者の為に技法とこの眼を使い、穏やかに生きていく為に、何より後悔しない為に」
「そうか・・・志貴、お前がそう望むならそう生きろ。お前なら、もしかしたら完遂させるだろうからな・・・」
「父さん・・・ありがとう」
「さてと・・・志貴実はもう一つ聞きたいが・・・」
「今度は何?」
「お前・・・」
そこまで言うと父さんはにやりと笑った。
「嫁は誰にする気だ?」
「!!!!ぶっ!」
思わず口に含んだ酒を噴き出してしまった。
「と、とととと・・・父さん!!!」
「志貴何を驚いている?」
「そうですよ志貴。さっきも言ったでしょう?『貴方を見続けてきた』と。全て見てきたんですよ」
そう言いながら母さんがいたずらっぽく笑う。
「しかし、稀代の暗殺者一族の七夜に稀代の女たらしが生まれるとはな」
「ええ、私も母親として少しショックでしたわ」
「お、女たらしって何なの!!」
「お前の事だ志貴」
「貴方の事よ志貴」
「何で!!」
「女と見れば年齢・立場・果ては種族の違い関係なく挙句には魔であろうとも徐々に魅了して引き寄せて最終的にはやる事をやるんだからそれを女たらしと言わずして何と言うんだ?」
「ええ、おまけに志貴の場合無意識でそれを行うのですから、悪質極まります」
「俺達が知る限り、真祖と呼ばれる魔の一族の姫に西洋の退魔組織の一員、俺達を滅ぼした遠野の一人娘、巫浄の血を継いだ双子姉妹、更に使い魔、最近では錬金術師まで陥落させたな」
「ですが御館様、この調子ですと、それすらも氷山の一角の可能性がありえます」
「そうだな・・・この際一族総出で調べようか?真姫」
「いい考えですわ御館様」
「・・・勘弁して下さい。それだけは御願いします。父さん、母さん」
俺は半泣きでそれを辞退した。
それを知ったら自己嫌悪で立ち直るのは不可能だから・・・
それからありふれた事、俺が子供だった時の事、父さん達の事を話していく内に、草原がうっすらと照らされ始めた。
朝が訪れようとしているのだ。
「・・・どうやらお別れの時間だな志貴」
「うん・・・」
「志貴」
「えっ?母さん・・・」
突然俺は母さんに抱きしめられた。
「志貴・・・忘れないでね。私達はこれからもずっと貴方を見守り続けるわ。私達に会いたかったら、いつでもここに来なさい。遠慮なんかする必要は無いわ。貴方は・・・私の・・・私と御館様の子・・・私にとって自慢の息子だもの・・・」
「うん・・・母さん・・・また来るよ。今度は俺の大切な人達を連れてここに」
「志貴・・・本当に今日は楽しかった。『一夜の夢』と言う言葉があるけど私にとって今日は最高の夢だったわ」
そう言うと母さんは俺から離れると今度は父さんが俺の頭に手を載せ、
「志貴あいつが言ったが、俺達は常にお前と共にいる。苦しい時、道に迷う時には何時でも俺達を呼べ。道標となってやる。頼り無い導かも知れねえがな」
「ううん・・・ありがとう父さん」
「さて・・・これで一時の別れだ・・・志貴・・・」
「志貴・・・また・・・会いましょうね・・・」
「父さん・・・母さん・・・また来るよ・・・」
その言葉と共に太陽が昇り父さんと母さんは微笑みながらその姿を消えた。
その瞬間俺の両目から大粒の涙を零し、暫く蹲り泣いた。
父さんと母さんの温かい言葉にかみ締めながら・・・
俺は一夜の宴のゴミをまとめると、用意していたライターで燃やし、火の後始末まで終わらせると静かにここを後にした。
今度は皆を連れてこようか?
俺が俺であり続けられる、かけがえの無い場所・・・父や母が見守ってくれると言ってくれた場所・・・七夜志貴として・・・遠野志貴としての始まりの場所に・・・
「さてと、帰るか・・・また騒がしくなるけどな・・・それに今日の事を説明しないと・・・」
その説明の困難さにやや、表情を歪めたがそれでも晴れ晴れとした気分で俺は森を降りて行った。
さて、案の定と言うか・・・戻った瞬間より俺の周りには騒々しい日常が開幕していた。
「しぃきぃ〜〜〜〜〜!!!!」
眼を金色としたアルクェイドに襲い掛かれて
「逃がしませんよ!!!遠野君!!!」
先輩には黒鍵を先程から絨毯爆撃の如く投下され、
「兄さん!!!何処に行っていたんですかーーーーー!!!!」
髪を真っ赤にしたそれでいて眼に涙を溜めた秋葉の略奪を間一髪で回避し
「志貴様!逃がしません!!」
眼が完全にいっている翡翠の洗脳から逃げ出し
「あは〜翡翠ちゃんを泣かせた志貴さんは死刑執行で〜す」
危険極まりない台詞を、満面の笑顔で吐く琥珀さんの投入する、見たくも無い怪植物の猛攻をどうにかかわして
俺は逃げる。
ただひたすら。
落ち着いたら話すとしよう。
今の五人には何言っても通用しないから。
そうやってこれから先も生きていこう。
大切なお姫様を・・・先輩を・・・妹を・・・家族を守り抜く為に闇の力を使おう。
その心の内に父と母の温もりを抱いて生きていこう。
俺が自分の思うがままに選んだ道だから。
後書き
最初はもうちょっとしんみりした話になる予定でしたが、やはりこの五人にはそれは似合いませんでした。
最後はどたばたしてしまいました。
実は最初は、『墓参りに来た志貴を追ってきたアルクェイド達を黄理達七夜の霊魂が攻撃を仕掛け・・・』
と言う風な話にしようかなとも考えましたが、それは余りにと思い、今回の話しに変えました。
また、最初は一升瓶と湯飲み茶碗にしようかなとも思いましたが、流石それ持ってあの森の突破にはきついだろ!と考えなおして紙のボトルと紙コップとしました
また志貴が何故一人だけで墓参りに行くのかについてはそれぞれ理由があって、以下の通りです。
秋葉・・・父親が行った大罪の証を見せたくなかった。
翡翠・琥珀・・・感応能力以外は普通の人である二人に罠だらけの森は危険過ぎる。
シエル・アルクェイド・・・時と場所を弁えると思うが、どちらかに知れると必ず片方に知られる。
そうなれば、当然大喧嘩となるので墓参りどころで無くなる可能性が極めて大。
と言った所の理由で今回は志貴一人で行く事になりました。
えっ?レンは?
えーーーーーーーーーーーーーー
単純に忘れです。
すいません。
感想待っています。
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