『灼熱の時代』、『滅亡と開闢の時代』、『英雄伝説の時代』等、

旧帝国歴四八七年、宇宙歴七九六年初頭に起こったアスターテ会戦から新帝国歴三年、宇宙歴八〇一年七月二十六日、ローエングラム王朝開祖『獅子心帝』ラインハルト、若しくは太祖ラインハルトことラインハルト・フォン・ローエングラムの崩御までの五年余りの時代のうねりの呼称は数あれど、最も広く世間に認知された呼称はやはりこの二つだろう。

『常勝と不敗の時代』若しくは『獅子と魔術師の時代』。

銀河帝国第一王朝、ゴールデンバウム朝を滅亡させしめ、第二王朝ローエングラム朝開闢の祖である『獅子心帝』、『常勝の天才』ことラインハルト・フォン・ローエングラムと自由惑星同盟末期における随一の智将にして同盟史上最大の名将『不敗の魔術師』、『奇跡のヤン』ことヤン・ウェンリー。

この二人を中心として引き起こされたその激動の伝説は時を経て、間もなく半世紀を超えようとしている今尚も色褪せる事はない。

ローエングラム王朝は第二代皇帝アレクサンドル・ジークフリード帝が数多の臣下の力を借りながらも帝国本領、新領土の政治的、経済的、さらには教育的な格差を是正に道筋をつけた後、帝位を退き第三代皇帝クリストフ帝の治世となり、先帝の一大事業を継承した事でその完遂はあと一歩の所まで来ている。

又、対外面では大小様々ないざこざで、幾度となく決裂の危機にあったバーラト自治区との外交関係もここ数年は安定の兆しを見せ、長き平和を老若男女、身分の貴賤関係なく皆が享受している。

又、数十億の人命と引き換えに成立したバーラト自治区も長らく曇り続けていた民主共和制の理念がようやく蘇り、ローエングラム王朝ほどの速度はないが、民主制を任せるに足りる人材の育成も終わりを告げた事で遅ればせながら成長の道を歩もうとしていた。

そんな激烈なる時代を生き残った者達若しくは死しても、輝きを失わぬ勝者達の歴史は私のような歴史学者の端くれが記さずとも数多くの著書、映像作品が世に出回っている。

『獅子心帝』ラインハルトを初めとする、腐敗しきったゴールデンバウム王朝打破を成し遂げ、ローエングラム王朝開闢に力を尽くした『獅子の泉(ルーヴェン・ブルン)の七元帥』をはじめとする開闢の功臣達。

『不敗の魔術師』ヤン・ウェンリーと共に再びかき消される寸前だった民主共和制の灯を守るべく命を賭し、彼の死後もその遺志を受け継いで戦った、通称『ヤン一党』、または『ヤン・ファミリー』の面々。

あるいは滅亡する故国に殉じマル・アデッタで散った同盟軍元帥アルクサンドル・ビュコックを筆頭とする通称『亡国の烈士』達。

彼らを綴った物語はありとあらゆる視点、様々な解釈と共にその数は増加の一途を辿っている。

そんな中私があえて勝者ではなく敗者・・・この時代に呑まれた者、あるいは勝者達の引き立て役としてこの舞台から退場していった敗者達に目を向けたいと思う。

なぜそのような事をするのかと問われれば、歴史は多角的な視線で見るべきだというヤン・ウェンリーの言葉に従ったからである。

勝者の歴史は勝者の都合によって生まれるものである、であれば敗者から見て初めて見える歴史もあるだろう。

ましてや『獅子心帝』ラインハルト、『魔術師』ヤン・ウェンリー、この時代を創り上げた二人の英雄の存在は大きいほどその影も大きくなる。

彼らが眩ければ眩いほどそれによって生じた闇は深く重い。

その影に、闇に光を当てる事によって見えなかった真実も見えてくるかもしれない。

私はあの時代の勝者達を糾弾、弾劾するためにこれを書こうとしているのではない。

何度も書くが、敗者達に視線を向けた歴史にも光を当てたいが為の行為である事を重ねて申し上げる。

何よりも、これはあの時代に英雄達の生き様を間近で見届けてきた私達世代の役割なのだから・・・

 

これは新帝国歴五三年、宇宙歴八五一年七月二十七日に出版されたユリアン・ミンツ生涯最後の著として知られる『敗者達の英雄伝説・・・光に呑まれた人々』から序文の一説である。

十代でヤン・ウェンリーの遺志を受け継ぎ、イゼルローン共和政府軍司令官兼、同共和政府全権大使としてローエングラム王朝とイゼルローン共和政府との講和を成し遂げ、戦後は高校、そして大学に入学、勉学を学び直し教員免許を取得。

卒業後はハイネセン記念大学にて講師として就職、歴史学科教授として定年まで勤め上げ、一方では皇太后ヒルデガルド、成人して親政を開始したアレクサンドル帝の非公式ながら最も信頼を寄せられたオブザーバーとして的確な助言を与え、その功績はローエングラム憲法発布及び立憲議会開設の大きな助けになったと帝国公式文書では称賛している。

そんな多忙な日々の中で四十代に出版した『獅子と魔術師・・・ローエングラム王朝黎明期とゴールデンバウム王朝、自由惑星同盟の落日』は『獅子と魔術師の時代』において復活を遂げようとする帝国と衰退から滅亡の坂道を転げ落ちようとしていた同盟を入念な取材と、膨大な資料そして証言を基に世に出され、全宇宙で紙書籍、電子書籍あわせて一億部と言う一大ベストセラーになった。

更に五十代には彼の最高傑作と名高い『ヤン・ウェンリー録・・・魔術師と呼ばれた人の言葉、思想、素顔』が世に羽ばたいた。

『魔術師』ヤン・ウェンリーの言動や思想、そして一般の人々が知る事のなかった、彼の素顔が余す事無く記され、当時すでに伝説を通り越して『民主共和制の守護神』として神話の領域にまで上り詰めていたヤン・ウェンリーの新たな一面に光を当てた名作として話題となった。

内容が内容だけに帝国本土には一冊たりとも流通はしなかったが、バーラト自治区及び新領土では『獅子と魔術師・・・ローエングラム王朝黎明期とゴールデンバウム王朝、自由惑星同盟の落日』に迫るあるいはそれを凌駕する売り上げを見せ、宇宙の半分だけでもその売り上げは一億五千万部を叩き出した。

そして、定年後の七十代を目前とした時に世に出されたのが『敗者達の英雄伝説・・・光に呑まれた人々』である。

今でこそ上記二冊と合わせて、ユリアン・ミンツの傑作三書と称賛される本書であるが、この作品発売された当初は酷評の嵐であり、かろうじて二刷はされたが絶版、総販売部数は十万部程度に終わった。

没後半世紀を迎えようとしていたとは言え『獅子心帝』ラインハルト、『魔術師』ヤン・ウェンリー、両名の威光は未だ衰えを知らず、それに対するアンチテーゼとも捉えられるこの作は受け入れられなかったのである。

更には特定人物を貶め糾弾する事がジャーナリストの役目と誤認するいわゆるイエロージャーナリズムなどは彼の自宅を突撃取材を敢行して嘲笑交じりに『敗者達の英雄伝説・・・光に呑まれた人々』を出した理由を問いただしたが、ユリアン・ミンツは怒る事も無く、淡々とした口調で

『あの時代の勝者はもちろんの事、敗者にも光を当てる。それこそが私の生涯最期の仕事だからです』

と述べるにとどまった。

生涯最期の仕事と本人が言うように其れから半年後、ユリアン・ミンツは癌により死去した。

享年七十歳だった。

その後、『敗者達の英雄伝説・・・光に呑まれた人々』は人々から忘れ去られ、歴史の闇に葬られるかに思えた。

だが、其れを一変させたのが新帝国歴一五一年、宇宙歴九四九年、当時のローエングラム王朝学芸尚書にして後年ローエングラム文化の最盛期に導いた導き手とされる。アルフレート・メックリンガー(『獅子の泉(ルーヴェン・ブルン)の七元帥』の一人エルネスト・メックリンガーの曾孫に当たる)がこの書を絶賛した事により一気に光が差し込まれた。

『この書はユリアン・ミンツ生涯最高の一冊であり、これによってあの時代の研究を十年単位で進める事が出来た』

『未だ太祖ラインハルト陛下、ヤン・ウェンリーの名声高く彼らに対する批判はおろか疑問すら糾弾される時代だった時に、彼らの敵対者の人生を余す事無く光を当てたユリアン・ミンツの勇気と決断を私は心の底から尊敬する』

時流と言うものは身勝手なもので、アーネスト・メックリンガーが絶賛した翌日には『敗者達の英雄伝説・・・光に呑まれた人々』の問い合わせが全宇宙の書店に殺到。

しかし、元々絶版している上に十万部しか世に出回っていなかった事もあってどこも取り扱いはなく、電子ライブラリにもその不人気ぶりがたたって保存等されているはずもなく奇跡的に帝都フェザーン、旧帝都オーディン、惑星ハイネセンなどの大都市圏惑星の主要図書館に僅かながら保管されていたに過ぎなかった。

又、原本を未だ保管しているユリアン・ミンツの子孫に多くの出版社が再出版の許可を得ようと躍起になっていたのだが、

『曾祖父より死後一五〇年は『敗者達の英雄伝説・・・光に呑まれた人々』を再販しないでほしいと遺言で言い含めています。ですので後五三年お待ち下さい』

ユリアン・ミンツの曾孫ジャック・ミンツはそう述べて全ての出版社を門前払いにしたと言われている。

そういった事情ゆえに『敗者達の英雄伝説・・・光に呑まれた人々』は現在書籍、電子問わずその数は極めて希少であるが、今回、特別にハイネセン記念図書館に寄贈されていた一冊を貸与させていただく事が出来た。

この書から抜粋しつつ、『獅子と魔術師の時代』に翻弄された敗者達の人生とその最期を述べていこうと思う。

(新帝国歴一八三年、宇宙歴九八一年、ロベルト・エドワーズ著、『時代に翻弄された名著達』・・・『敗者達の英雄伝説・・・光に呑まれた人々』編序文より抜粋)

前書き 
   今回の作品は二次創作ですが、別の書籍から抜粋して話を進めていく形を取らせていただきます。
   また、主人公達と敵対した側の人物達に目を向けると言う作品の内容故に明るい内容の話は殆ど出てきません、率直に言えば欝展開、胸糞展開が多数出てくるものと思われます。
   そのような話の苦手な方はくれぐれもご注意下さい。
   それと原作『銀河英雄伝説』の登場人物の中には苗字のみ登場の人物が多数出てきますが、こちらに関しては私の独断と偏見でフルネームを入れていきます。
   これに関しても寛大な眼で閲覧して頂ければ幸いです。

目次へ

ゴールデンバウム王朝編、門閥貴族へ