「親」


「虎、あなたもいよいよ人の親になるそうで」
「は?」
「おめでとうございます。あいにく祝儀の類は持ち合わせておりませんが」
「……あの、白、何云うてるん?」
「そこで部下の皆さんが噂してましたよ」
「はあ?」
聞けば部下達が盛んに頭(かしら)に子供ができた子供ができたと騒いでいるらしい。「んなア
ホな」さっそく事の真偽を確かめに紅虎は部下達の下に顔を出した。「おめでとうございます!」
といきなりどっと云われたが、
「あの、自分ら何か勘違いしてるんちゃう?」
「だって頭といつも一緒にいる美人がそこで赤ちゃん抱いてましたよ」
黒髪のくるくるしたすっごい美人、と部下達が云うのでこっそり宿から顔を出して往来を見てみ
ると、そこにはなるほど赤ん坊をあやす真尋の姿があった。
「どっから拾ってきたんや。ていうか真尋、お前忍者やのに皆に存在ばればれやん……」
当人には聞こえぬ声で呟きながら、とりあえず取って返してあの子供は自分の子ではないとい
うことを紅虎は皆に主張した。
「間違いやから」
「そうなんですか」
皆は納得したらしく見えたが……。
翌朝、顔を洗っているところに白鴉がやって来た。おはよーなどと呑気な挨拶をしていると、
「虎、あなた、人の親になるのではなくて人の子の親になるそうですね」
「は?」
「あなたの結婚相手はバツいち子持ちだと、そこでまた部下の皆さんが噂してましたよ」
「…………」




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「ハエと針」


襖が勢いよく滑って開き、白鴉が現れた。
「あなたの腕なんて疑わしいもんですね」
「何だと、貴様!」
来いと云うからついて行けば、白鴉の部屋に連れて行かれた。何か音がすると思ってみてみれば、
天井の隅にハエが一匹、不恰好に盛んに天井板にぶつかっては騒いでいる。
「あれを見事突き刺して落としたら、その腕を認めてあげてもいいですよ」
「ふん、容易いことを」
とどこからか一本の針を取り出し、黒蠍は手の平に垂直に持って構えた。一瞬の後、風を切って
腕を振った。その扇形の残像から鉄砲玉のように針が飛び出した。
「お見事ですね」
針に貫かれたハエは、あえなくぽとりと畳に落ちた。
「はい、じゃあ、もういいんで、帰ってください」急にあっさりとした口調になって白鴉は云っ
た。あまりにころりと変わったので、
「貴様、もしかして……」
「私の蜉蝣丸はあんなものを切るためにあるのじゃありませんからね。触るのも何だし」
「貴様―!!」




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「お祝いしてね」


明日はクリスマス。
白鴉はホワイトクリームをたっぷりと用いて、紅虎は熟したストロベリーをふんだんに飾って、
黒蠍はイカスミを巧みに混ぜ込んで、それぞれケーキ作りに励んでいる。
と、そこへ、
「ほう、甘い香りがすると思ってきてみれば、ケーキではないか」
現れた厳馬は、三人の前へやって来ると、テーブルの上、完成間近の大きな三つのケーキをまじ
まじと眺めながら、
「いや、よく覚えていたものだな!はっはっは!俺の誕生日が明日、」
その瞬間、重いはずのテーブルがポーンと跳ね上がって、厳馬を直撃した。真ん中にあったスト
ロベリーいっぱいのケーキは彼の顔面にあえなく潰れ、他の二つは床に落ちた。テーブルが派手
な音を立てて転がる。
ケーキの残骸で、何も見えない厳馬の耳に、遠ざかっていく三人の声が聞こえた。
「何であんなんと同(おんな)じ誕生日やねん、キリストはん」
「あやつのために作っていたなどと、思われたくもないわ!」
「ケーキ代が惜しいですね。サンタクロースは現金持ってこないんですか?」




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