顧問秘書の嘆き

〜第4章〜      

 前日の祈りが功を奏したのか、当日は風が強く、午前中は快晴に恵まれた。わざわざ「午前中は」と書いた理由はお察しの通りで ございます。つまり、午後は曇ったのである。ばっかやろぉ〜。

 朝登校している時は、どう目を凝らしても、雲一つ見当たらない抜けるような青空だった。しいて文句をつけるならば、風が強くて寒い事 だろうか。この分なら天候の心配は全く無い。“地学部初(?)の快晴による観測なるか!?”と新聞の一面記事に載るかと思われるような 異常事態(?)だった………のだが。
 その淡い期待はもろくも崩れ去った。昼休みに窓を覗いてみると………え?雲!?でも夏の本合宿に比べればまだマシか。それに今日は 風が強いから風に流されていくだろ。しかし、雲はそれ以上広がる事こそなかったが、観測する予定の南方面に集中してきた。なんともタチ の悪い天気だ。俺はこれ以上雲が広がらない事を祈りながら午後の授業へと向かった。
 放課後になってからが忙しかった。今週は掃除の当番ではなかったので、SHRが終わってから地学室に直行し、山口先生に言って屋上の 鍵を開けてもらい観測機材(タカハシ P−2)を屋上へ運んだ。だがそれの重いこと重いこと(約16kg)。ひーひー言いながらやっとこ すっとこ運び終え、組み立てにかかった。

  山口先生 「お〜。さみ〜な〜」
  塩野   「先生〜。これで良いんでしたっけ?」
  山口先生 「そうそう。ちゃんとバランスもとっとけよ」
  塩野   「は〜い」

 その後先生は天文台の整備とEM−10(地学部が持つ反射式望遠鏡。結構高性能)の組み立てにかかると言って、ドームの中に 引っ込んだ。下から運んできた望遠鏡が組みあがって月で光軸合わせをしていた所、三田崎がやって来た。

  三田崎 「おお〜少年来んの早いね〜」
  塩野  「オマエ来るのが遅いんだよ!」
  三田崎 「掃除だったんだから仕方ねえだろ」
  塩野  「根性出しゃなんとかなる!!」
  三田崎 「無理。で、なんかする事ある?」
  塩野  「そうだな〜、じゃあこれ合わせといて」

 光軸合わせを交代し、先生が天文台の中にある望遠鏡の整備をやっているのでEM−10を組み立てることにした。ほとんど組み終わり、 本体を装着するのにてこずっていたが、ちょうど上がってきた鈴木先輩に手伝ってもらった。それが終わってからはやることがなかったので、 EM−10を使って飛行中のヘリ(自衛隊)をこっそり観察していた。それにも飽きて下に降りると、望遠鏡の場所が変わっていた。 鈴木先輩と三田崎が先生の指示で変えたようだ。その後、三田崎は望遠鏡の光軸合わせは終わったが、月に向けても何も見えないと言うので 俺は再び交代して確認した。しかし、5分位頑張ったらあっさり合った。若干ではあるが、光軸が合っていなかったらしい。これも終わり 結構寒くなってきたので一旦地学室に退散した。
 地学部に戻るといつもの面々がいた。しばらく先輩と雑談に華を咲かせていたが、鈴木先輩と三田崎が何か買ってきてくれるという。 ここはお言葉に甘え、おにぎりを2個お願いした。
 それからまたしばらくたって、2人が帰ってきた。買ったのはおにぎり2個とポップコーンだったようだ。なんでもポップコーンは観測が 終わった後に地学部のみんなで食べる為に自主的に買ってきたらしい。お二人とも、ありがとうございます。後でゆっくり頂きましょう。
 この後は天気の状態を確かめる為、地学部全員で屋上へと上がった。少し薄雲が気にはなるが観測には申し分無い。よっしゃー!!でも ホントにさびいなあ。そんな中、天文台を見上げると、何やら不審な人影が3、4人!?一体誰だ?

  迫田先輩 「ん?あれ誰だ?」
  塩野   「さあ………」
  迫田先輩 「上に何かある?」
  塩野   「EM−10がありますけど………」
  迫田先輩 「ヘタに触られちゃうとマズイよなあ………」
  塩野   「そんなに神経質にならなくても大丈夫なのでは?」
  迫田先輩 「よし、坊や。下にいって先生持って来い」

 先輩、“持って来い”って………、先生はモノじゃないよっ!!しかもこっちの発言は全く無視ですか!?それに、触れただけで EM−10を破壊できるほどの馬鹿力は持っている人はいないだろうし、大丈夫だと思うけどな。渋りながら下に降りると先生が地学室の 前の廊下を歩いていた所だった。

  塩野 「先生〜、天文台のとこに誰か居て、迫田先輩に“先生呼んで来い”って言われたんで、来てもらえます?」
 一応“先生呼んで来い”と意訳した。そのまま引用してしまうと、文字通りに「先生を持って行く」ハメになるからだ。
  山口先生 「『半から地学室で説明するから戻ってくれ』って言えば良いじゃないか。先生がワザワザいくことねえべ?」
  塩野   「生徒が言うより先生が言った方が説得力あるじゃないですか」
  山口先生 「しょうがないなぁ〜」
 先生は渋りながらも承諾し、屋上に来て下さった。よかった〜。
  山口先生 「おおーい、半から説明会を始めるから、いったん地学室に戻ってくれ〜い」
  ???  「は〜い」

 3、4人の不審な人影はとだけ答えてドームから降りてきた。やれやれ。どうやら3年生らしい。なぜ判ったかというと上履きの色が 青かったからだ(ちなみに2年は緑で、1年はサンダル。俺に言わせりゃどう見ても便所サンダルにしか見えない)。彼らはゴキゲン だったようで、「♪見えないモノを見ようとして〜」と鼻歌を歌っていた。そんなこと言わなくても大丈夫ですよ。雲ってしばらく経って 晴れなければさっさと打ち切りますから。わざわざ見えないものを見ようとはしませんよ、ワッハッハ。
 地学室で先生からちょっとした観測上の諸注意を20分くらい聞いた後、(この時さっき2人が買ってきたポップコーンが何者かによって 開封されていて、地学部内では大騒ぎになった)再び屋上へと上った。薄雲が少し気になるが、十分許容範囲内だ。いや、むしろ観測の度に 曇るのに比べれば最高の天気と言っていいだろう。それより有害なのは、定時制用に設置されている夜間照明だ!!定時制専用なのに 関わらず、全日制の部活が使っている(もちろん許可は取っている?)のだ。あんなもので照らされたら星の光なんざ見えるワケが無い。 確かに今の5時はもう真っ暗だからライト点けなきゃ練習できないのだろうが、こちらにとっては迷惑千万!!!ただでさえ川越街道の 明かりで見えにくいっていうのに、その上これじゃあ………。北極星ですら霞んで見える………。

 さて、そのような事をゆっくり思案する暇も無く、自分といえば望遠鏡を月に合わせることに駆けずり回っていた。モータードライブ (地球の自転によって動く星を自動的に追尾する機械。通称ドライブ)を付けていないので、(EM−10には内蔵されているが、電池が 無かった)合わせてから3分も経つと完全にズレて見えなくなってしまうのだ。いやぁ〜疲れるのなんのって。天文台に設置されている やつはなんとか動くのだが、自転の速度とドライブの速度に微妙な誤差があったので、やはりそのうち見えなくなってしまうのだ。「回す 速さを変えりゃいいじゃないか」とディスプレーの前の皆さんはおっしゃるかも知れませんが、なんせ昭和41年5月からある由緒ある(?) 天文台なもので老朽化が進んでいる(ただの手入れ不足?)のです。そーなんです。そのため、ヘタに電圧を変更して、回転の速度を 変えると接触不良だか機械がご機嫌ナナメになるかして動かなくなるのだ。そのうち先生に直してもらお。ちなみに、俺が奔走している間 他の方々というと……のんびりと空を眺めていた。観測するのはいいのだが、頼むから誰か手伝ってくれよ。
 午後7時をまわり、ついに今日の観測会の主眼である土星を見ることにしたが、一行にライトが消えない。さっさと消せよ!!7時完全 下校だぞ!!あ、もちろん私らは学校の許可を取っているのでノープロブレムなんですがね。
 その後しばらくしてやっといまいましいライトが消え、胸をなでおろしたのだが、そこに見えたのは一面の星空………ではなく、もう お分かりですね?一面の雲!!そんな馬鹿なぁ〜。そんなに悪い事はしてないんだぞぉ〜、多分。
 雲は厚めで見えそうにない。(真夜中まで待っていれば話は別だが)仕方なく土星は諦めて、それまで観ていた月とはくちょう座の デネブの観測を再開することになった。土星の環を期待していた皆様、申し訳ありません。って、なんで俺が謝るんだ?
 月とはくちょう座のデネブの観測を再開したので、こちらの慌ただしい時間が再開した。といっても天文台には迫田先輩がいるので 心配しなかった。その時、他の人というと三田崎は天文台で、鈴木先輩は下でそれぞれの友達と和気あいあいとトークを楽しんでいた。 何か手伝えよ。
 その後は何事も無く終了予定時刻の7時30分を迎え、地学部関係の人以外は下校した。意気揚々(?)と地学室に下りてきた。 我ら地学部は開封されたままほったかされていたポップコーンと、先生が持ってきたチョコ菓子を片手に反省会を行った。もっとも、反省会 というのは名目上の話であって、実際には雑談会になっていたが。それは、食べていたお菓子の批評であったり、妙に哲学的な事で あったりと普通の人はしないような話を数え切れないほどしたが、地学的な話はほとんどなかった。不思議な事だが、普通の人はしない ような話の方が盛り上がるのだ。重ね重ね言っていますが、この部活って…
……変だな………。
 下校途中、ふと曇っている筈の空を見上げてみたが………あれ?おもいっきり晴れてるじゃん!天候はみるみるうちに回復し、最終的には オリオンの小三ッ星まではっきり見えるようになった。おいおい、マジかよ!晴れに縁の無いのは知ってるけど、こりゃ無いだろ〜。 次の観測日は来年の1月21日か。来年はどんな年だろう。相変らず曇り続けるのか、スパイス過剰のエンドレストークが炸裂するのか、 どっちだろうな。いや、どっちもだな。ホントにこんなので来年からやっていけるのでしょうか?来年の事を思って溜息をついた 今日この頃でありました。





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