顧問秘書の嘆き

〜第2章〜      

打ち上げが終わってからの数日間はルンルン気分でいた。三田崎には悪いが、会計にならなかったことが相当嬉しかったのだろう。 ところがある日、その気持ちが180度変わる出来事が起きた。やはり物事はそう上手くいかないものである。

 いつものようにいそいそと地学部員の巣窟……………………いや、もとい、部室の地学室へと向かった。地学室の入口の脇には今年から 設置された地学部専用掲示板があり(先生のポケットマネーらしい)主に部員間の連絡に使っている。この日はなぜか貼り紙があったので 目に留まってしまった。ああ、あの時目に留まんなきゃ、少しの間だろうとも幸せな気分のままいられただろうに。
 そこに貼り紙は2枚あり、1枚目には「活動日は火・水・木です」と書いてあった。そういや先輩がそんなこと言ってたっけな。そして もう1枚の紙には「今後の特活(特別活動の略。郊外合宿などを指す)は部長・顧問・顧問秘書の合同協議によって決定して下さい」 と書いてあった。

 まさに天国から地獄とはこのことだろう。俺はその場で呆然と立ち尽くしていた。幸いにも、放課後の地学室前は人通りが少ないので、 このフリーズ状態の俺は誰にも目撃されなかった……と思う。テレビアニメだったらアゴが外れて目がテンになっているところだ。状況を 理解し、行動を起こすまでにたっぷり1分はかかったが、なんとか再起動することができた。
 再起動した後の行動は簡単に想像できるでしょう。地学室に飛び込み、迫田先輩を見つけるや否や問い詰めた。

  塩野   「迫田先輩!あれどういう意味ですか!?」
  迫田先輩 「あれって?」
  塩野   「掲示板にはってあった紙です!」
  迫田先輩 「文字通りだよ。頑張ってね〜」
  塩野   「何がですか!決めるのに何で俺まで協議するんですか!?」
  迫田先輩 「だって顧問が出るんだから顧問秘書である君も当然出るべきだろう?」
  塩野   「う………そりゃ……まあ………」
  迫田先輩 「それに3人でやるんだから負担は少ないって」
  塩野   「そうですかねぇ〜?」
  迫田先輩 「鈴木も山口先生も重大な事だから手伝ってくれるよ」
  塩野   「だといいんですが…………」
  小林先輩 「うるさいよぉ〜。勉強できないじゃんかぁ〜」

 また小林先輩の存在に気付かなかった。今回はしょうがないやな。

  塩野   「あれ?居たんですか?」
  小林先輩 「さっきからずっと居たから〜」

 何故来たのかを聞くと(別に来るなという意味ではないが)、家よりここの方が息抜き出来るし、勉強にも集中しやすいらしい。 息抜きには良いにしても、集中するには最悪の環境(うるさいから)だと思うのだが………。例えるなら、蜂の巣を百個つついたような騒ぎ と言えば良いのだろうか。まあ、人それぞれってやつか。
 他者との協調を重視する(?)俺は迫田先輩へ詰問するのをやめた。これ以上問い詰めてもボロは出さないだろうし、小林先輩の (小野木先輩もいた)勉強の邪魔をしてはいけないと思ったからだ。ここは大人しく引き下がった。

 しかし、引き下がったのがいけなかった。それからまた数日経ったある日、俺は今後の活動方針を協議する為、いまだショックと ダメージから立ち直ってない頭と体に鞭打って地学室へと向かった。この日もなんとなくイヤ〜な予感はしていたのだが。

  塩野   「こんちわ〜」
  鈴木先輩 「坊やだ〜こんにちは〜」

 「坊や」というのは地学部での俺のあだ名である。最初は「ブラックホール」、次に「少年」、最近は少し若返って「坊や」になっている。 (「ブラックホール」からなぜ「少年」に変わったのかは永遠の謎だ)

  塩野   「ところで、今後の特活はどうします?」
  鈴木先輩 「坊やが決めといてよ」
  塩野   「ええ〜〜〜〜!?」

 またも精神的ショックが体を襲った。が、私ゃそのくらいで倒れるほどヤワにゃ出来てないのだ。さすがに「本来はあなたが決める んですよ!」という本音が口から出かかったが言わなかった。大谷先輩と同じく、うっかり言うと後が恐いからだ。それにしてもまた 当たったなあ、イヤ〜な予感。これは…………もしかして………………エスパー?
 しばらくすると山口先生が現れた。地学部の顧問だけあってかなり風変わりでお茶目な先生だ。ちなみに山口先生にも「少年」と呼ばれて いる。地学部の顧問は他にも新井先生がいて、小林先輩の話によると有名な社会の先生らしい。地学室には滅多に来ないが、合宿の時に頼り になる先生である。(念の為書いておきますが「山口先生が頼りにならない」という意味ではありません

  塩野   「あ、先生」
  山口先生 「よお少年。どうした?」
  塩野   「あの…、今後の特活についてどうしようかと思いまして……」
  山口先生 「どうしようかじゃなくて、鈴木と決めりゃ良いじゃないか」
  塩野   「先生とも相談しろと迫田先輩に言われたんですが……」
  山口先生 「合宿とかは生徒主導で企画するモンじゃないか。先生に頼むのは筋違いってモンだべ?」

  この先生の一言で完全にノックアウトした。(貼り紙がワン、鈴木先輩でツー、先生でパンチである)このダメージではプロボクサーでも 生き残れるかどうか。えーと……つまり……ワタシが全て企画して、私が全て仕切ろと?そう思った瞬間ジャジャジャジャ〜ンと、 頭の中でベートーベンの第五がなった。
ただのヒヨッコ1年ボウズに
    いったい何をしろと言うんだあぁぁぁぁ!!!

 またもフリーズしたが今度は30秒で立ち直り、迫田先輩を再び問い詰めようとしたが、急に体中から力が抜けて断念した。 ワシも老衰が進んだのお〜。諺で「信じる者は救われる」とあるが、この瞬間嘘だと悟ったのは言わなくてもお分かり頂けるだろう。 確かに、1つの仕事を3人で分担してやるならば個々の負担は3分の1である。しかし、その理論を信じたのが甘かった。まあ運が悪いと 言ったらそれまでだが……。
 つまり、実質的な副部長業務(顧問秘書の嘆き 〜第1章〜参照)である。だが考えない事にした。 これ以上考えたら、ゴジラですら生き残れるかどうかというようなダメージを受ける可能性があるからだ。おそらく、迫田先輩はこの展開を 全て読んでいたに違いないだろう。亀の甲より年の功。やはり迫田先輩の方が二枚も三枚も上手だったか。レベルあげなきゃな。
 とりあえず他の方々の都合を聞いてまわり、皆の予定がない11月12日に天体観測会を行う事にした。(新月なので星が良く見えるのだ) ちょうど流星群も見える期間なので、もしかしたら流星のおこぼれが拝めるかもしれない。正真正銘、私が始めて計画した企画だ。はてさて うまくいくのかな〜?
 しかし、いきなり問題がっ!なんと天気予報によると………………雨かよ!このままだと最悪、「中止」という緊急事態になりかねない。 な〜んか合宿とか観測会をするときは大抵曇ってるような気が………。やっぱり地学部は「曇り男に雨女」(企画課長のボヤき2参照)の 塊ばかりなのかなぁ。あららら〜。この件は両先生のお力(地学部では珍しい晴れ男)をお借りし、運を天に任せるしかないか。 誰か晴れ男・晴れ女の方がいらっしゃったら入部して下さい。お願いします。

 しかし、またもや問題がっ!!なんと同じ日に「強歩大会」があったのだ!実を言うと、何か行事のような物があった気がしないでも なかったが、私がそのように思った時はほとんど思い過ごしの為、今回も特に気にしないでいたのだ。何故今回に限って当たったの だろうか………。とにかく他の部員に早く知らせなきゃ!!そう思い、強歩大会の事を話したら、「ええ〜!?」とか、「マジかよ〜」とは 言っていたが、「やめようよ〜」と言う人は1人もいなかった。んん?ってコトは昼に20km走った後、夜やるってコトだよな?タフ やねぇ〜、この部活って。実は運動部並かそれ以上の体力があるのかい?まあそうでもないと夜を撤して天体観測なんて出来ないよな。 この件は「根性根性ド根性」の精神でなんとか耐え抜きましょうか………。

 思い出してみれば、生まれてこのかた俺が関与したものは平穏に終った事がほとんどないなぁ。いっつもいっつも一波瀾も二波瀾も起きる よなぁ。お蔭様で気苦労が絶えない。ありがたくない体質だ。中学校の頃から年齢に比例してため息の数も増えているような………。 さてさて、これから大変だ。神様、仏様、イエス様、アラー様お願いします。どうかこれ以降何も起きませんように。もう厄介事はこりごり だ。しかしそう願っても、世の中はそうならないのだった。アーメン。





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