顧問秘書の嘆き

                 〜第3章〜     


 話は天体観測会の10日ほど前にさかのぼる。まだ精神的ダメージが癒えてない俺はよろよろと地学室に向かっていた。天体観測会実施の 旨を山口先生に報告し、許可を取るためである。先生は虫歯が痛いらしく、「歯医者の予約が入っているから出られないかもしれないな」 と言っていた。甘い物の食べ過ぎか?虫歯はともかく、先生が出られないというのはかなり重大なので、他の人と相談して決めることにした。 個人的な考えでは、自分も望遠鏡ならばなんとか扱えるだろうし、先輩がいればそこそこ天文台も使えるだろう。先生がいないこと発生する デメリットは、曇る可能性が増えるくらいだ。もっとも、それが一番観測する上で恐ろしい点なのだが。

  塩野   「どーもー」   
  三田崎  「あ、来た」
  塩野   「先生居ます?」
  迫田先輩 「いや、居ないよ」

 あいにく先生はいないようだ。俺はこの日しか出られないのに………。先生ってこーゆー日に限っていないんだよな。ここは部活に来てた お馴染みの面々に報告しといてもらお〜っと。

  塩野   「これから俺、あっちの用事でここに来られなくなるから先生に『天体観測会はやります』って報告しておいてもらえる?」
  三田崎  「オッケー」
 ふう。これで一安心。でも三田崎病欠が多いから大丈夫かな?まあ、重大な事だから忘れずにやってくれるだろ。先生はすぐ隣りだから 面倒くさくないだろうしな。
 先生がいつも居る部屋は地学準備室で地学室のすぐ隣りにある。ここで先生は、テストの問題を作ったり、コーヒーを飲んだり、 このページをアップしたり、その他色んなことをしたり………。う〜む。こうやって書いてみるとちょっと羨ましいぞ。ここに入ると俺は 「少年!勝手に人の家に入るな!」という叱責を受ける事になる。家………ですか………。コンロもポットも食料もあるし、確かにその気に なったら住んでいられそうだけど………。
 それからの数日間は、地学室に行けなかった為何があったのかは良く分からないが、どうせ毎度毎度のように迫田先輩の呆れ半分 ボヤキ半分の怒号が廊下に響いているんだろう。1度廊下で聞こえたけどけっこう響くのだ。しっかりドア閉めとかないと。それにしても、 よく今まで他から苦情がこなかったよな………。
 あっちの用事も終わり、久々に地学室に行った。さっさと具体的な観測の計画を話し合っとこ。当日てんてこ舞いになっちゃうからな。 鈴木先輩(部長)居て下さいね。

  塩野   「お久しぶりで〜す」
  迫田先輩 「あれ?なんか来たぞ」
  塩野   「鈴木先輩いま………………せんね」
  迫田先輩 「漫研にでも出てるんじゃないの?」
  塩野   「そうですか………。あーあ。」

 おいおい………………これじゃ話し合いができないじゃんかっ!!どーすんだよ!!(ちなみに、「漫研」というのは「漫画研究部」 の略。)ぶっつけ本番だけは謹んでご免こうむりたいのですが………。と言って、単身漫研部の部室に行くという命知らずなことをする 度胸はないし、第一、部室の場所すらわからない。

  迫田先輩 「どうしたの?」
  塩野   「今度の観測会の事で話し合っておこうかと思ったんですよ〜」
  迫田先輩 「ありゃま、残念」
  塩野   「あ、そうだ、ところで三田崎」
  三田崎  「何?」
  塩野   「先生に言っておいてくれた?」
  三田崎  「何を?」

 何かものすご〜く嫌な予感………。どうか思い過ごしでありますように………。意を決して恐る恐る聞いてみた。

  塩野   「“先生に『天体観測会はやります』って報告しておいて”って頼んだじゃんよ?」
  三田崎  「……………………」

 ん?三田崎サン?その沈黙が意味するものは何ですか?ま………まさか………。

  三田崎  「そうだったっけ?ゴメン。忘れてた」

 俺が最も聞きたくなかった言葉である。“忘れてた”ってどう言うことだ!?俺はてっきり話しているものと思って考えてたんだぞ!! 今から言っても、120%間に合わないな。俺様の計画がぁ〜。このままではストレス性胃腸炎になってしまうかもしれん。帰ったら忘れずに 胃薬飲んどこうっと。

 と、言うワケで、俺が始めて計画した天体観測会は失敗の「し」の字にすら行きつく前に、なし崩し的に終ったのだった。まあ、当日は 雨が降っていたからどっちにしろ駄目だったんだけど………。ホント、何やってんだか………。さてと、気を取り直して、とっとと次の企画 を考えなきゃな。

 それから数日は色々な企画を考えてみたが、どれもピンとこなかった。こうなったら先輩にでも相談してみるか。そうして地学室に行った ところ、迫田先輩が固まって何かを見ていた。どうやら本のようである。

  塩野   「こんちは〜。何見てるんですか?」
  山口先生 「おう少年。天文雑誌見てるんだよ」

 山口先生も居るぞ!こいつぁ好都合だ!

  迫田先輩  「次の観測会の見るものを決めてるんだとさ」

 おおっ!まさに相談しようとしたことではないか!渡りに船とはこのことか!珍しく運がいいぞ!やったぁ!

  塩野   「へえ。で、何を見ることにしたんですか?」
  山口先生 「だーかーらー、それを今決めてるんだって。少年も何か良い案出してくれよぉ」
  塩野   「とりあえずそれ見せてもらえますか?」

 と言って見せてもらいはしたが、実際のところ、見ても良く分からなかった。「見せて下さい」と言ってしまった以上、何か良い案 出さないとな………。

  塩野   「うーん……」

 沈黙が流れたが、この沈黙を破ったのは先生だった。

  山口先生 「それじゃ〜、土星でも見るかぁ」
  迫田先輩 「土星、ですか……」

 と、先生が救いの手(?)を差し伸べてくれた。俺が頭を悩ますことに意味はあったのか?ありがたいけど何か複雑な気分。まあ、 細かいことはどうでもいいや。

  塩野   「1回しかやらないんですか?」
  迫田先輩 「そーだよ」
  塩野   「1回だけじゃ足りないと思うんですけど。部活動やってる人は来れないじゃないですか」
  山口先生 「そうだなあ。3回に増やそうか」
  迫田先輩 「やるとして、何を見ましょうかね?」
  山口先生 「身近な物がいいよな………。よし、月にするか!」
  塩野   「3回目は?」
  山口先生 「少年!他人を頼るな!自分でも何か考えろ!」

 うむ。そりゃ〜ごもっともですな。さてさて、何にしましょうかね………。地学部員以外の人が見に来るし、なるべく分かりやすいものが 良いだろうな。 もっとも、地学部員といえど、3年生の先輩と先生以外は人並みの知識すらないのが現状だが。ホント、こんなので いいんでしょうか……。いやいや、こんな事で悩む時間じゃないよな。何か見るのが簡単で、有名な、冬特有のもの………。う〜む。

  塩野   「冬だし………オリオンがいいんじゃないかと」
  山口先生 「オリオンなぁ〜。じゃあついでに冬の大三角も見るか」
  塩野   「プレアデス(すばる)は見えますかね?」
  山口先生 「見えるだろ」
  迫田先輩 「で、日時はいつにします?」

 そうだった。まだ日にちを決めてなかったな。良さそうな日を考えていたが、山口先生と迫田先輩によって、12月17日に土星、1月21日に月、 2月18日にオリオンと冬の大三角、ということになってしまった。どうせ予定なんてものは入ってないからいいんですがね………。

 そうと決まってからが大変だった。ポスター作りである。デザインから印刷、公表まで全て自分達でやらなければならないのだ。当然と 言えば当然だな。まあ、実質的には先生の仕事と化してしまっているのだが………。というのも、地学部は「曇り男雨女」の集団でもあるが 、俺以外は機械オンチの集団でもあるのだ。三田崎は情報Aが苦手らしく奇妙な事を聞いてくるし、鈴木・大谷先輩にいたっては、パソコンに 触っているのかどうかすら怪しいものだ。でもなぜか天体望遠鏡は扱うことが出来るのだ。う〜ん。やっぱり変だ、この部活。
しかし、ポスターのデザインを決める事自体はそう難しいものでは無いと考えていた。なぜなら、鈴木先輩は漫研にも所属しているからだ。 イラストを描くことぐらい朝飯前だろう。今回は久しぶりに楽できそうだな。人間たるものリフレッシュが肝心じゃ。さあ他の皆さん 頑張って下さいね〜。
 だが、迫田&鈴木先輩が黙っている訳が無かった。俺が地学室でのんびりとトークをしていた時、不意に迫田先輩が白い紙を突きつけて きた。見ると自分で書いたポスターのサンプルらしい。ご苦労様ですな。

  迫田先輩 「坊や〜ちょっと来て」
  塩野   「なんですか?」

 ポスターのサンプルを見せられる。

  迫田先輩 「これ、どう思う?」
  塩野   「う〜ん……これはちょっと……切羽詰った感じがしますね」

 事実、「部員募集中」の文字がこれでもかと言うぐらいでかでかと書いてあり、文章も、ちとシリアス過ぎると言うか、見方を変えれば 悲痛な叫びともとれるようなシロモノだった。こりゃだ〜れも寄りつかないわな。たとえ俺でも。

  迫田先輩 「そこで、このポスターの文章を考えて来い」
  塩野   「ええ〜〜!?」

  鈴木先輩 「どうせ少年はヒマなんでしょ?そのくらいやってよ」
 ところで、地学部の体制はかの有名な万○峰号の国と似たようなもので、早い話が部長の独裁体制である。つまり、鈴木先輩の発言は 絶対的と言う訳だ。実際の所、鈴木先輩はそのような事はたいして言わないため、何か企画するとなると私が取り仕切らなければならない わけだが………。今回は珍しいなぁ。
 適当な文章をごちゃ混ぜにしたものを作ってさっさと提出しようとしたが、鈴木先輩居ないじゃん! よく考えたら今日は火曜日だから図書委員があったのか。仕方ない、次の機会に出直すとするかな。ちなみに、後日分かった事だが、考えた文章はたいして変更されないまま採用されていた。適当に作っただけの文章でよかったのかなぁ………。とにかくこれで後は鈴木先輩の 仕上げを待つのみだ。どんなものになるのか楽しみだな。
 それからまた1週間ほど経ったある日、ポスターができたので貼りに行った。補足すると、自分達が作ったものではなく先生が自主的に 作って下さったものである。パソコンのソフトで作ったものだからキレイ!!さすがは先生です!このポスターを学校の中でも交通量の多い所に貼りつけていった。ついでに、申込書も同じ所に置いた。だが、私の記憶ではポスターを見ていた人は皆無で、申込書が減っている気が全くしなかった。これが現実か………。先生の話では申込書がなかったから30枚ほど足しておいたらしいのだが………。そうだったら いいな。

 観測日の前日、天文台の大掃除をした。当初の予定は天文台の動かし方を覚えるだけだったのだが、あまりにも汚れていたので急遽掃除をすることに したのだ。それにしてもいったい何年分の埃と砂が溜まっていたのだろうか………。あれよあれよと言う間にゴミ袋が埃と砂とガラクタで いっぱいになった。
 予定外の掃除の後は5時の空の明るさなどをみる為、実際に望遠鏡を組み立ててどんな感じか試してみた。だが、それがなかなか難しい。 朝霞高校の屋上は時折突風が吹き荒れ、文字どおり吹き飛ばされかねないのだ。(迫田先輩は「飛ばされるよ〜」とぬかしていたが、実際に 飛ばされたのは油断していた俺だけだった)そんな中でを組み立てるのは一苦労。組み立てるのにたっぷり20分は費やしたが何とかできた。 次に光軸を合わす(光軸を合わせるというのは望遠鏡本体と脇についているファインダーの視野を一致させる事)のだが、いつもは税務大の避雷針でやるところを偶然月があったため、それで合わせた。明日も晴れるって言うし、今回は何かイイ感じじゃん。
 それから天文台を少しいじったり、何時に何が見えるかを確認した。なにはともあれ、準備は整った。後は明日も晴れになることを祈るだけだ。 あ〜した天気にな〜あれ!!





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