私たちAPPF(アジア太平洋平和フォーラム)は、日韓ネットが呼びかけた韓国訪問団に参加し、6月12日から16日まで韓国を訪れました。
韓国では、6月13日が、米軍装甲車によって女子中学生2人がひき殺されてから1周忌、15日が南北共同宣伝3周年ということで、様々な集会が開かれていました。
私たちは集会に参加しながら、その合間を縫って、韓国の民衆団体・労働組合・国会議員と懇談しました。
米国が、「悪の枢軸」として次の標的を北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に定め、日本が有事法制を制定する中で、朝鮮半島での戦争を阻止するためにはどうしたらいいのか。戦争を止めるための日韓のネットワークを作ることはできないか。それが今回の訪韓の課題でした。
以下、少ないページ数ですが、韓国の現状を報告します。

韓国訪問報告
2003年6月12日〜16日



女子中学生追慕1周忌大会
【6月13日 ソウル市庁舎前】

 1年前のこの日、2人の女子中学生、シン・ヒョスンさんとシム・ミソンさんがが、演習中の米軍装甲車によってひき殺されました。
 しかし、米兵犯罪の裁判権は韓国には無く、米軍事法廷は様々な不審点があるこの轢殺を事故と認定し、運転をしていた米兵を無罪にしました。
 この事件をきっかけに、殺された2人を追悼し、韓国法廷での裁判、SOAF(駐屯軍地位協定)の改正、在韓米軍の撤退を求める運動が、キャンドルデモとして始まりました。
 そして一周忌のこの日、ソウル市庁舎前には、学生や労働者、宗教者団体を中心に、2万人を超える民衆が集まったのです。
 この日の集会は、民衆運動出身のロック歌手が反米歌を歌い、芝居があり、踊りがありと、韓国民衆のパワーを十分に感じさせるものでした



●ロウソクを灯すソウルの人々(ソウル市庁舎前広場)


●殺された二人の遺影。


●集会に参加した労働者のグループ。


●高校生くらい?の参加者。


●普段は集会に参加したことのないような女性たちも。


集会には、特定の団体に参加している人だけではなく、
多くの一般市民が参加していました。
また日本の平和集会と異なり、
10代、20代の若い層の参加者が際立っていました。


南北共同宣言記念・前夜祭
【6月14日ソウル・大学路】
 
3年前の6月15日、韓国のキム・デジュン大統領と北朝鮮のキム・ジョンイル国防委員長が会談し、南北の統一に向け「6・15南北共同宣言」を発しました。その6・15の前日、ソウルでは「統一連帯」などの呼びかけで前夜祭が開かれ、3000人以上の学生や市民が参加しました。
 集会は、大学路という一般道路を開放して行われました。道の両側では様々な展示が行われ、中央には舞台が作られました。
 この日の集会のハイライトは、南北を結ぶ京儀線の建設を通して、北と南の若者の交流と恋愛を描いた劇でした。韓国の集会はとにかく演出が凝っています。聞けば87年の民主化宣言以降、集会が合法化される中で「集会文化」が発達し、各民衆団体が演出を競い合っているそうです。



●かなり本格的な劇です。


●集会の最後には、「京儀線に乗って」という歌に合わせて、参加者全員が踊りました。


南北共同宣言記念式典
【6月15日 ソウル】 

非政府団体の主催だが、準公式な式典として開催されました。本来は韓国の諸団体が北朝鮮を訪問する予定でしたが、サーズ問題で訪問できず、南北同時に記念式典を行うことになりまた。式典では、北朝鮮からのメッセージが録音テープで紹介されました。




●韓国民主化・統一運動の著名人たちが演壇にそろいました。


●集会終了後に、日本からの参加者で記念撮影。


自主平和統一決意集会
【6月15日ソウル 米軍基地前】


 ソウルの中心にある米軍基地の前では、雨の降る中、2000人以上の学生たちが集まり、米軍の撤退を求める集会が開かれました。最初、歩道と車道1車線で始まった集会ですが、学生の力によって全ての車線が占拠され、数百メートルにわたって通行止めとなりました。この日も、舞台では歌や踊りが披露されました。一番下の写真は、韓国の民衆が米軍を倒すといった内容のミュージカルです。



●北朝鮮風な歌舞。




少女轢殺の現場
 1年前の6月13日10時ごろ、この場所(下の2枚目の写真で、人が立っているあたり)で、2人の女子中学生が、演習中の米軍装甲車に轢殺されました。2人は友人の誕生会に行く途中だったそうです。
 韓国では車は右側通行。現場はゆるいカーブ。下から走ってきた装甲車が、カーブを曲がったところで、対面から来る別の装甲車に気づき、ハンドルを切った際に少女たちを轢いてしまったそうです。
 この2車線道路は道幅が狭く、大型の装甲車は、よほど低速で注意しながら運転しないとすれ違える余裕はありません。
 スピード違反・前方不注意・飲酒運転・故意の轢殺…。様々な疑問点が浮かぶのですが、韓国に裁判権が無いため、真相は闇の中です。



●轢殺現場に立てられた慰霊碑。


●現場遠景。


●少女たちの中学校の先輩。
Tシャツの胸に「反美(米国) 反戦」の文字。


トラサン駅
 京儀線、韓国側最北の駅・トラサン。日本の植民地時代、朝鮮半島の南北を縦断していた京儀線は、朝鮮戦争によって寸断されてしまいました。
 しかし6・15南北共同宣言後、南北統一の象徴として、京儀線の連結工事が始まりました。今年の6月14日には、南北共同で連結記念式典が行われました。
 駅の構内、憲兵の後ろには「ピョンヤン行き」の乗車口が見えます。
 3枚目の写真は駅建設式典に出席した米国ブッシュ大統領の枕木へのサイン。
かれは、自分のサインがあるこの駅を、自分の手で破壊するのでしょうか。










闘う韓国の学生たち

 韓国の学生運動は戦闘的です。日本の70年安保のころのようなスタイルです。
 



@6・13集会終了間際、マスクで顔を隠し、隊列を組み、シュプレヒコールをしながらアメリカ大使館に向かう学生たちです。
なぜか、数名のオバチャンたちが、機動隊と学生の間に入って歩いています。


赤旗を持つ指揮者の突入命令を待っているところ。


アメリカ大使館の前で、機動隊の阻止線に突入するところ


機動隊が催涙ガスを発射したところです。


6・15米軍基地前での集会で、機動隊とぶつかる学生たちです。





機動隊のかまぼこ車に、落書きをし、風船を結ぶところなど、
いまの日本では考えられません。







上の写真は6・13集会終了後、たまたま入った焼肉やで隣り合わせた学生たちです。集会帰りでした。WPNのバッチを渡し、ジンロを差し入れました。下も同店で居合わせた集会帰りの人たち。韓国の仏教徒グループだそうです。「日本から集会に参加するために来た」と話すと非常に感激してくれましたが、「日本人は有事法制にしっかり反対してください」と、ハッパをかけられてしまいました。


訪問を終えて
 数日の滞在でしたが、様々な人と出会い、議論をしました。彼らの祖国統一への思い。植民地時代の犯罪を清算しないまま北朝鮮を敵視し、有事法制を制定した日本への批判。しかし、議論を通じて日韓の民衆が連帯し、「アジア発」の平和運動を作っていくことでは合意できました。
 今回の訪韓で、韓国の若手研究者を日本に招聘して、シンポジウムを開催する約束ができました。阿部とも子さんと韓国民主党の国会議員との会談では、日韓平和議員連盟の創設議論が進みました。韓国と日本で「朝鮮半島の平和を求める共同集会」を開催することでも合意しました。
 米国のブッシュ大統領が進める戦争態勢作りに、民衆のレベルから反撃していきましょう。


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