【ボクの戦記<後編>】 written by 山崎瑞姫 <6> 「さぁてここで問題です」 隊長が芝居がかったような身振りと口調で僕に話しかけてきた。 「何ですか隊長?」 僕は事も無げに・・・いやそういう風に敢えて振舞って言った。 「私たちは戦旅も終えて故郷に戻っているはずよね?」 「そのはずですよね」 「じゃぁ・・・」 「じゃぁ・・・?」 「この状況はどういうことなのか説明してくれない?」 「・・・・無理です」 背中合わせの隊長と僕。 今ここにある状況はまさにあのときの雪の戦場。 だが違うのはここには白い雪など無い、 雷雲に覆われて暗い草原で そしてあの時よりもずっと多い兵士に囲まれているということだ。 「はは・・・これって夢かしら、いや夢よ、夢オチだわ」 隊長は現実逃避して・・・いや、しているかのようにおどけている。 セリフの内容とはうらはらにその語調は余裕である。 目には笑みが浮かんでいるように思えるのは気のせいだろうか・・・? 「まずは・・・敵の包囲の突破が最優先事項かしら」 これが長い夜の始まり そして夜の帳が下りてくる。。。 <7> いつの間にか降り出した雨、その冷たさに身体が凍える。 「斬り伏せた敵兵はざっと1000ってところかしら?  これぞ文字通り一騎当千ってね♪」 隊長は濡れた髪を払いながら言う。 「これで私の称号は【一騎当千の女】ね」 戦闘開始から数時間が経過し、 体力は限界に近いはず・・・しかし隊長はなぜか楽しそうだ。 「少しは敵の陣形が薄くなっているようです。  しかし数的にはまだ・・・・」 僕が隊長に注進しようとしたときだった ガシュッ・・・・ 「・・・きゃっ・・・・・」 短い悲鳴を残して倒れこむ隊長の姿。 僕の網膜に強く焼きつく 隊長の周りがだんだん朱に染まっていく。。。 「・・・たっ・・隊長っっ!!!!」 僕は叫んだ。 だけど隊長は全く反応しなかった。 「やった・・・やった敵将を討ち取ったぞ。  これで俺も・・・・」 隊長の血がしたたる剣を持った兵士は沈黙した その喉元には僕の手から放たれた短刀が深々と刺さっている。 「よくも・・・よくも隊長を・・・・」 クヤシイカ? 「隊長は・・・隊長は・・・」 僕の中の熱い物が沸点を越して煮立っているかんじがする。 ヤツラガニクイカ? 「お前達は・・・・」 ユルセナイカ? 「僕が・・・・」 ヤツラヲナブリコロスチカラガホシイカ? 「許さないっ!!!」 僕は構えた、黒く大きめのその剣を 両手で強く握り締めた。 オマエニチカラヲカシテヤル 「うわぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!!」 僕に何かが憑りついたようなかんじがする。 しかし今はそんなことを考えたりなんてできない、 僕が剣を振るたびに敵兵の4,5人が沈黙する。 ここは地獄絵図の世界 広がるのは緋の世界、鉄の臭い。 <8> 嵐の夜から1ヶ月が過ぎた。。。 あの夜のことははっきりとは覚えていない。 目の前の敵をひたすら斬り倒し、気づけば街にいて捕虜となった。 武器はその時には無くなっていた、きっとどこかで手から抜けていたのだ。 故国は周囲3国による包囲網によって滅んだ。 その戦いの最中に戻った僕と隊長は、訳もわからないままそれに巻き込まれた。 このことを知ったのは捕虜から解放された後のことだ。 隊長は・・・・・。 捕虜から解放された僕はそのまま敵国の軍門に降ることにした。 元々あの国は隊長が戦に加わるために仕官しただけで何の未練も無い。 そして・・・・その隊長はもういない。 ただ何かに忙しくなって 忘れたかっただけなのかもしれない。 僕は一兵卒として戦い続けた。 隊長との旅の経験もあって確実に武勲を上げることができた。 そんな一ヶ月だった。 そしてちょうど一ヶ月目の日、 ひとつの指令が僕に下った。 『辺境の反乱軍を討伐せよ』 それが僕への指令であった。 <9> 戦況は思わしくないようだった。 前線部隊の敗退の情報ばかりが次々届く。 敵軍によほどの武人がいるのか、はたまた智謀に優れた策士がいるのか。。。 戦場は反乱軍決起の地から徐々に街を飲み込んだ。 街の半分ほどが反乱軍に落ちた頃、僕は前線へと着任した。 僕は前線の様子を知るために 退却した部隊の生き残りのいる陣幕に入った。 治療を受けている兵士の様子は尋常でなかった。 始終何かに怯えるかのごとく身体が震え しきりに何かを呟いている。 衛生兵の一人が僕の方に気づくと首を横に振った。 精神が狂いとても話ができる状態ではないらしい。 よほどの恐怖を味わったのだろう。 僕はあきらめてその陣幕を出ようとした時だった。 「奴だ・・・奴が来る。黒甲冑の女がっっっ!!!!!」 兵士は悲鳴のように叫んだ。 「奴は・・・人間じゃねぇ、魔剣を持った悪魔だ!!!」 「・・・・・」 僕の記憶の何かが引っかかった 「こうも全身黒い装備だと威圧感がありますね」 「そうかしら?」 「まるで悪魔か死神か?ってかんじですよ」 「・・・・ふふ、面白いこと言うのね。  もはや老いや死をも超越した存在である私たちは  すでに死神なんかよりもずっと厄介な存在よ」 そういう彼女の笑いは自嘲めいて寂しげだった。 「さて、行きましょうか」 黒い鎧具足に白い肌。 彼女の姿は戦いに身を委ねる美しき堕天使。。。 「・・・・・隊長だ」 僕は前線となっている街の中央部へと駆け出した。 <10> 夜の帳が降り始め、天上の月は街を見下ろす。 その街の中央にある広場は静かであった・・・ 否、遠くには剣戟が響く 彼女はここに来る なぜか僕はそう思っていた 隊長ならこの広場を占領し制圧の拠点にするはず・・・ 長年付き添った故の勘である そして・・・周囲が闇に包まれた頃 彼女はやってきた 黒い鎧具足姿、そしてそれに纏われた白い肌に端正な顔立ち。。。 月に照らし出されたその姿に間違いは無い。 「隊長っっっ!!!!!」 彼女が振り返り、僕はその姿を確認する 「無事だったんですね」 僕は彼女の元へ歩み寄った 「ようやく会えました・・・、  まさか反乱軍の首謀者になっているとは  思ってませんでしたが・・・」 「・・・・・」 ・・・・・隊長の様子がおかしい 「お前は・・・・誰だ?」 っ?! キーーン 金属音が響いた。 彼女が突如放った剣撃を僕は軍に帰順した時の粗末なソードで受け止める しかし、彼女の攻撃を受け止めるには心もとない。 なぜなら。。。 「どうしたんですか隊長?  一体何が・・・・そ、その剣は・・・・」 隊長は二合目、三合目と剣撃を繰り出す そのたびに金属音がこだます。 その手には・・・・黒い剣。 僕が露天で伝説の魔剣のレプリカということで 買ってみた品だが 彼女を覆う禍々しいオーラ・・・ あれは本物なのか。。。 だとすれば彼女は・・・ 「く・・・今の貴女では再会はお預けのようだ、  ここは一旦引きます」 僕は彼女の放った攻撃をソードで弾き 身を翻し退却するしかなかった。。。 <11> 隊長を魔剣の呪縛から解き放つには あの禍々しい魔を討ち払う力が必要だ。。。 そこで僕が最初に思いついたのは 歓楽街で店を出している巫女衆『ムコムコ娘々』であった。 彼女らは極東発祥の巫女で魔を打ち破る力を持っている。 そしてその力の象徴でもある神具・・・ それが対魔霊剣【村雲】 僕は店の前のムコムコ娘々のひとりに、 村雲を見せてもらえるように交渉した。 彼女は快く 「ちょっと待ってるジャン!!」 と言って店に入り そして巫女服に着替えて印を結んだ・・・ すると、 それは現れた 極東の島国で主に使われている 片刃の剣。。。 まさに村雲であった。 僕は彼女に村雲を貸して欲しいと頼んだ、 しかし 「これはムコムコ娘々に伝わる宝ジャン!!  貴方には使えないお!!」 と言った。。。 「だけど・・・これをもっていくモッコシ!!」 と彼女は白銀に輝く剣を僕に渡した。。。 「伝説の剣だお、魔剣と戦うにはちょうどいいお。  貴方にあげるジャン!!」 その剣は確かに魔剣に対抗できそうだった。 もし僕の思っている品ならこれは・・・ セイクリッドクルス。。。 聖魔大戦の遺物にして 魔剣と渡り合える聖剣・・・ <12> 「さて・・・始めましょうか隊長。。。」 それを聞いて僕の眼に映る女性は そっと笑みを浮かべる。 「隊長か・・・不思議ね。貴方にそう言われるのは慣れている、  いや慣れていたような感じがするわ。  だけど・・・今はお互い敵同士、容赦はしない」 彼女は背にした剣を抜き構えた。 毅然とした何者にも媚びないといった固い意志を もったその構えは僕を敵として捉えていた。 緋色の月が僕らを照らす 黒装束の如き形をした彼女は もはや魔剣と一体化している。 そして僕は・・・ 一振りの剣を構えて対峙していた。 これが本物かどうかはわからない。 けれど。。。 僕は彼女を止めてみせる、いや止めなくちゃいけないんだっ!!!! 「お互いに一人ずつ邪魔立ては無し、最高の舞台だと思わない?」 彼女は手を広げておどけてみせた。 「・・・・・・・。」 だけど僕には返す言葉は無い 「・・・・・。 さて。。。そろそろ始めましょう。  その前にひとつだけ貴方に・・・  私をたおすツモリナラバコノヨノスベテノマヲ  ウチホロボスツモリデコイ  ナマハンカナカクゴナラバ・・・フフフ・・・・・」 彼女の笑みが妖しく月明かりに映える そして次の瞬間、僕らはお互いに踏み出した キーーーーーーーン 高い金属音が響く。 僕らの剣は見事に交わり、僕らの力の拮抗を為していた。 「なかなかやるわね・・・」 お互いに相手から弾かれるように飛びのく そして次の攻撃は僕の方が早かった 僕が放った袈裟切りを彼女はバックステップでかわす。 そして反動をつけて僕の中心線を撫で上げるような斬り上げる一撃。 それを僕は身を翻してかわし、 そのまま回転の遠心力をつけて横薙ぎの一撃、 それを彼女は・・・ とお互いに息つく暇など無い剣撃の嵐 お互いの剣が触れるたびに 時に高くキーーーーンと 時に低くグァーーーンと 金属音があたりに響き渡る。 辺りの闇が一層深まった頃・・・ 「そろそろ本気でイカセテモラウ。。。」 彼女を覆う黒いオーラが深まる 「それが魔剣の力なのですか・・・ 、でも僕は負けない・・・・」 「僕はあなたを取り戻すっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」 時が走ることを忘れたように その動きが鈍くなる 僕の体に何かが走る 熱い力がみなぎる そして・・・ お互いが放った剣撃が真正面からぶつかり合う グァァーーーーーーーーーーーーン 今まで出一番大きな金属音が轟いた そして宙を黒と白の剣が舞った。 彼女の体は崩れ その場で膝立ちの状態になった 「・・・・・・・・・」 僕はそんな彼女の方に黙ったまま歩み寄る そして・・・・ 「おかえりなさい・・・・・隊長。いや・・・・・」 僕は彼女を抱きしめながら 初めて彼女を名前で呼んだ・・・・ <13> ラゼリオ公国で起こった反乱は首謀者の投降により沈静化した。 戦火に見舞われた土地も復興が進み、何も無かったの如くにその姿を整える。 その復興に関してはとある老将 (彼は反乱軍の首謀者により捕虜となっていたが後に救出されたという) が特に力を入れていたという。 かくして平穏が再び訪れたに思われたが、それもすぐに戦争により脅かされることとなる。 ところで僕はというと あの後ムコムコ娘々の店に行った。 ムコムコ娘々にセイクリッドクルスについて尋ねるためにだ。 なぜならあのような聖魔大戦の遺物が、そう簡単に転がっているはずが無いからだ。 だが・・・ 「あれは少し前の客人の忘れ物ジャン!!  ちょっとしたシャレのつもりであげただけだお!!」 で片付けられてしまった。 店の忘れ物を簡単に人にあげてしまったいいのか? というツッコミはさすがにしながった。 なにはともあれ、今の世の中の生活のどこかに まだかつての大戦の遺物はあるのだ。 そしてそれらは時として歴史の最前線に現れる。 かつての歴史を繰り返すために。。。 僕の戦いもまたおとぎばなしにある聖剣と魔剣の話そっくりだった。 今、僕の前にはまたひとつの古代の遺物がそびえたっている。。。 全長十数メートルはあるかというシルエットたち。 あれは。。。 そういえば反乱の首謀者のその後を語ってなかった。 彼女はその武勇によりラゼリオ公国に仕官し今も従軍している。 そして。。。 「何かでっかいのが現れたわね。いよいよ面白くなってきたわ♪  さぁ、行くわよっ!!!!」 彼女は大きな黒い剣を肩にかけて正面の兵器に向かって駆け出した。 かつて彼女を蝕んだ剣はもはや彼女の力となり、彼女を縛ることは無くなった。 しかし、彼女の戦闘意欲を引き出してはいることは変わらない・・・ ガァァァァーーーン・・・・ゴォォォォォーーーーーーーン 大きな破壊音と何かが大地にぶつかる音。 目の前の兵器が右足を失い体勢を崩していく。。。 「・・・・そろそろ僕も行こう」 僕は白銀の剣を握り、隊長のもとへ走っていった。 <完>