【ボクの戦記<前編>】 written by 山崎瑞姫 <1> 「いつまでこんな血腥いこと続くのだろうか。。。」 僕は隣にいた兵士に言った 「さぁな、だが戦いが続く限りはお互い食いっぱぐれることはないだろうな」 彼は今同じ野営地に滞在している第17部隊の人間だ。 僕は第22部隊の人間で彼とは今日あったばかりだ。 彼の名前は・・・・何だったか、 聞いたはずだが忘れてしまった。 どうせ明日がわからぬ身の上、 明日には必要なくなるかもしれないことに時間や労力は費やしたくは無い。 「そういえば、“姫様”のご機嫌伺いはていいのか?  お前あの人とは先の大戦のときからの仲だろ?」 「・・・・そうだな、そろそろ様子でも見に行ってくるか・・・」 彼が言う“姫様”とは僕の部隊の部隊長のことだ。 だが、別に王族の人間ではない。 これは、男ばかりの軍人の中で 女性ながらひとつの地位を築いている彼女に対する揶揄でしかない。 性格的に姫なのかというと 「まぁあの人の場合、姫と言うよりも女王とか女帝の方が合ってますけどね」 と彼にいう具合である。 僕は彼にそう言うと姫様のいる陣幕へと向かった。 彼女は数多の戦場を駆け抜けた歴戦の勇である。 しかし、「将籍に入っているものは老いない」という この世界の理により容貌はまだ20になるか否かという程度。 到底、肩書・履歴と見た目が合っていない。 そんな彼女ではあるが時には威厳のある一言を・・・・ 「あら、どうかしたの?」 まだ幼さの残る声が僕に投げかけられた。 部隊長の声だ。 「いえ、隊長の様子が気になったので・・・」 素直にご機嫌伺いなんてバカな答えはしなかった。 しかし、合格点の答えではない。 「ふぅ〜ん、君は私のことが気になるんだ〜。  へぇ〜・・・・」 いや、完全に落第点だな。 彼女の表情は完全にいたずら好きな少女のそれになっていた。 戦場での隊長と部下、そんな関係でしなかった僕と彼女。 だけど・・・・ 僕は彼女のことが好き・・・・だったのかもしれない この気持ちが恋なのか思慕なのか敬愛なのか・・・ まだ僕にはわからない。。。 <2> 「しかし、国境の警備なんて暇ね〜」 隊長は憂鬱そうに言った。 確かに僕達がいる場所は平穏で平和だ。 「はは・・・でもまぁいいじゃないですか。  北部国境警備に当てられた連中のこと考えたら・・・」 この国の北端は完全に雪国だ。 この辺りは暖かくのんびりとしていられるが 北部国境警備なんて任じられたらそうはいかない。 「でもさぁ、私は雪が有る方が面白いと思うんだけど」 「午前中は雪の上で匍匐前進などの訓練、午後は吹雪の雪山で雪中行軍演習、  空いた時間で兵舎の雪下ろし、山の中での狩猟・採集で食料調達・・・」 「・・・・・それは嫌ね」 隊長はそう言うと伸びをして遠くを眺める 「あのさぁ・・・・あんたは今の生活に満足してる?」 「えっ・・・?それはどういう・・・」 急な質問でまともな返事が出来なかった。 「軍人として今ここにいるはずなのに、ただこうして無駄に時間を潰す毎日。  これじゃぁ折角の若さが台無しじゃない!!」 「それは笑うところですか?」 「・・・もう、そんなんじゃないって。私ねぇ、出向募集に立候補しようと思うんだ。  ちょうど友好国が激しい戦の真っ最中らしくてうちの国にも出向依頼が来てるんだって」 僕は改めてこの人の性格を思い出した。 誰よりも楽しいこと好きで、暇を潰すためなら例え戦でも厭わない。 だからこそ、先の大戦が終った後も将籍を残し今もここにいるのだ。 「そうなんですか・・・」 「君はどうする?」 「へっ・・・・・?」 「一緒に来るのかしら?」 「・・・・・・・喜んで」 こうして僕達は出向することとなった。 正式な出向依頼書が届いたのはそれからすぐのことであった。 <3> 「う〜ん、いい気持ち♪」 甲板の先端の方で隊長は楽しそうにしている。 彼女の髪の青は海や空に溶けそうなほど美しく、そして潮風にのってゆらめいていた。 彼女の到底軍人のそれには見えない白い腕がその髪をそっと押さえている。 「やっぱりいいわね〜海は」 彼女が僕の方を振り返りながら言った。 きっと彼女が白いワンピースで麦藁帽子をかぶっていたら、僕は一瞬で恋に落ちていただろう だが・・・ 彼女が纏うのは重々しい黒い鎧、 僕の理想のそれとは対をなす姿。 僕らは観光でここにいるのではない、 海の向こうの国を攻めに行くのだ。 隊長と僕が出向した先は大陸の西部にある国で近年一気に勢力を伸ばしている国だ。 だが、それを阻もうと大陸の北西にある島の小国連合が宣戦布告をしてきたのだ。 大陸中央部に割拠する国々と挟撃されて不利となったこの国は、僕らがいた国に出向依頼をしたのだ。 「さっきとはうってかわって気分が良さそうですね」 隊長はついさっきまで青い顔してダウンしていた。 さっき僕が船の医務室からもらってきた酔い止めを飲むと急に元気になりテンションがあがったのだ。 「いいじゃない、そんな昔のことばかりグチグチ言う男は嫌われるわよ」 彼女はふくれっ面で僕に言った。 そんな彼女の幼いそぶりと戦場での武勇とのギャップは、彼女の魅力なのかもしれない。。。 「あら?島が見えたわ。そろそろ着くわね♪」 島からは激しい金属音が響き、煙が行く筋も昇っている。 戦いは近い。。。 <4> 背中に隊長の体温を感じる。 肩で息をする隊長の身体の振動、そして伝わる鼓動。。。 「完全に囲まれちゃったわね。。。」 隊長と僕の周りを兵士が固めている。 兵士達は白銀の鎧を纏っているため、ほとんど雪と同化しているように見える 「読みが甘かったわ。。。」 僕らは出向先の国の軍師に島の北部の制圧を命じられた。 島の北部は雪に覆われた土地で広い雪原が広がっている。 そしてその中に位置する砦の攻略・・・それが僕らの任務であった。 「状況的に砦は手薄だと思ったのに、まさかこんな伏兵がいたとはね。  敵もなかなかやるわね、天晴れだわ」 「・・・・・・感心している場合じゃないですよ」 隊長は敵が急に攻勢に出たため守備を捨てたと判断し、 少数の部隊で敵砦への突撃を敢行した。 勿論、僕もその中のひとりである。 「まぁいいわ、こんな雑魚さっさと片付けるわよ」 隊長は僕と背中を合わせた体勢から一気に敵の方へ駆け出した 「了解です!!」 僕は手にした剣を握る両手に強く力を入れた。 この得物はこの戦いが始まる前に露天で買った代物だが刀身の黒が雪の白さに映える。 敵が断末魔の叫びを上げるたびに雪原に紅い花が咲いた。。。 <5> 「終りましたね。。。」 僕がそう言うと、隊長は笑みを浮かべて 「そうね・・・。見て、月が綺麗だわ。。。」 と空を仰いだ。 もはや寒さなど気にしない。僕らはつもる雪の上にそのまま腰を下ろしていた。 僕はそのままの体勢で荷物の中をさぐる。 「どうかしたの?」 「いや、これを・・・」 僕は液体の入ったガラスの瓶と小さな2つの器を取り出した。 「あらっ、準備がいいわね」 隊長はひょいと器のひとつを自分の手に取った。 「ついさっき、行商から手に入れたんです。  この辺りの地方のものだそうで。。。」 僕はその器に瓶の中身を注いだ。 「じゃぁ今度は私が」 今度は隊長が僕の器に注ぐ、透明な液体に月が映る。 綺麗な円を描く月、今日は見事な満月の夜。 お互いに軽く器を合わせてから中身を飲み干す。 冷えた身体が温まるのが分かる。 ふたりきりの戦勝の宴が始まる。。。 <後編に続く>