【戦いの追憶<前編>】 written by 山崎瑞姫 <1> 雨が私をうちつけていた それは無慈悲に傷を痛めつける ―雨ってもっと優しいものじゃないかしら? ―だって慈悲の代名詞みたいなものでしょ? 私を包む紅い水溜り、 そして鼻をつく鉄のにおい。。。 それらはここが現実であることを主張する ―私は一体何をしていたのだろう? これは別に自省的な意味ではない 本当に“何をしていたのか?”が思い出せない 頭がズキズキと痛む さっきからずっと地べたの上でうつぶせのまま ただ頭の中だけが動いている・・・そんな感触 全身の痛みをグッと堪えながら身体を起こす その時に私が纏った硬い感触に気づく 黒くて鈍い光を宿す鎧具足、 戦場に赴くものの格好であるが 単なる一兵卒の者でないことということを 理解するのは難しくない ―私はこれを纏うような身分のものだったのか・・・? それさえも答えが出せない自分がいる とても情けない その自分の憐れさに追いうちするような事実に気づく ―私は誰だ・・・? これは全てを失った一人の女の物語。。。 <2> 全くもって情けない 自身のことを忘れてしまうなんて。。。 そんなことを考えながら周囲を見渡す 自分の証を求めていた ―だが、何もみつからない 急に寒気を覚えた 先刻よりは弱まっているとはいえ 雨は相変わらず私に降っていた 着衣を濡らす水滴は私から少しずつ だが確実にぬくもりを奪っていく 幸い少し先に木が見えた そこに向かって暗い平原を私は歩く その木の下までもう一歩というところで 私は何か硬いものにつまずいた その何かを私はそっと持ち上げる ・・・・黒く、そして怪しげな艶のある剣 柄に残る体温 その違和感から“自分のものではない” ことだけはわかった 暗い平原でみつけた同胞 そんな気がした 私は同胞を抱きしめて 木にもたれた その腕に力が入る その剣に何かを感じているのか? それともこれ以上何も失うまいとしているのか? 私にはわからなかった。。。 そうして闇は深まり 深い眠りに落ちた 願わくば次に目覚めるときに 全てが戻っていってほしい。。。 <3> 「・・・ちょう・・・・・陣に・・・が・・・・」 鎧の男は私に向かって何か言っている だが何を言っているのかがハッキリと聞き取れない 「それでいい、敵を中央砦に引き付けて  隙を見て左右から挟撃すれば一気に敵を叩ける。  古典的だが、最後の突撃を敢行しているやつらには  これで丁度いい」 私の意思とは裏腹に口から男に対して指示がなされる 「・・・ほど、さすがは・・・・」 男は私の口から出た言葉に感心しているようだった そして男は踵を返し陣を去っていった 男の振り向きざまに見えた黒い剣。。。 どこかで見たような・・・ 「お姉ちゃんっ!!!」 反射的に後ろを見る だがそこには誰もいない それどころか完全な空白で “何もない” 正面に向きなおす やはりそこにも“何もなかった” 「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!!」 私を呼んでいるだろう声はだんだん大きくなって。。。 「お姉ちゃん!!!!!!!」 私の眼にまだ幼い少女が映った 栗色をした髪を揺らす姿が愛らしい雰囲気の少女だ 「やっと気がついたんだね。まだ痛むところはある?」 辺りを見渡す 部屋の様子からどこかの家の寝室のようだ 私の身体は着替えさせられて 傷口には手当てが施されていた 「あぁ大丈夫だ」 まだ少し傷が痛む 少女は私の声を聞いて顔に安堵の色を見せた 「良かった。血まみれで倒れてたからびっくりしちゃった。  今お爺ちゃんを呼んでくるから待っててね」 少女は小走りで部屋を出て行った ・・・・・さっきの夢は何だのか? 夢の男が持っていた剣 おそらくあれは私が見つけた剣と同じもの あれは私の記憶で剣の持ち主は私の知り合いなのか? ダメだ、思い出せない。。。 <4> その老人が現れたのは少女が部屋を出てから すぐのことであった。 「気分はどうかね?」 「ええ、悪くは無いです・・・」 老人の問いに私は答えた。 「そうか、それはよかった。君は一見軍人のようだが  どこの部隊の者かね?」 老人の眼がわずかに鋭くなった気がした 「・・・・・」 私は答えなかった。 むしろ答えられないというのが現実。 まぁ自分の素性を知っていたとして ここが敵地で、部隊名を言った瞬間に 捕虜とならない保証はないのだけれど・・・。 私が無言でいると老人はゆっくりと話し出した 「どうやら怪我の影響で混乱しているみたいじゃな。  私はラゼリオ公国軍のベルディウスという者だ。  ・・・とはいっても今は孫娘と一緒に暮らしている  隠居老人でしかないがね。」 老人・・・ベルディウスのセリフを反芻してみる だが私の記憶にひっかかるような言葉は無い。 私は自分の現状を素直にベルディウスに言うことにした 「実は・・・・・・」 「・・・・ふむ、記憶を失ってしまったとは。。。」 ベルディウスはしばらく考えるようなそぶりをしたが すぐに何か思ったかのように私に提案した 「それなら何か思い出すまでここにいるがいい、  君の持ち物などからおそらくは軍人じゃろうから  私は昔の知り合い筋から行方不明の軍人がいないか調べてこよう。  リリィあとのことは任せたよ」 「うん、私に任せておいて♪」 先ほどの少女が小さな胸を張って言った。 「と・・・君の名前を決めておこう。。。  呼び名がないと不便だからね。とりあえず何か思い出すまでは  リナリアと呼ばせてもらうことにしよう」 「リナリア・・・・」 私は自分に与えられたかりそめの名の響きを静かに感じていた <5> ベルディウス老が家を出てからは 私はしばらくリリィと話をしていた。 どうやらここはラゼリオ公国の北部の平原らしい。 リリィは両親がなく、祖父のベルディウス老とずっと 暮らしているそうだ。 私はリリィとの話が途切れると窓から外を眺めた。 リリィの話に出てきた地名に一切覚えが無い。 本当に私は全てを忘れてしまっているのだ。。。 「リナお姉ちゃん!!リナお姉ちゃん・・・・?」 私がふと我に帰るとリリィが私の顔をのぞいていた。 まだ『リナリア』という名前に慣れない・・・。 「リナお姉ちゃんって・・・お母さんみたい。。。」 「っ?!」 リリィの急な言葉に私は一瞬驚いた 「だってその服着てる姿、昔のお母さんそっくり」 私は自分の服を改めて確かめる。 暗めの赤を基調とした生地のスカートとベストを組合したような この服は村娘の着るような服であった。 記憶を失っているものの自分がこういう服を ほとんど着ない人間であったような気がするので 違和感は感じる、しかし嫌では無かった。。。 「それ・・・お母さんの服なの。リナお姉ちゃんにぴったりだね」 その言葉がわずかに寂しげに聞こえたのは気のせいだろうか。。。 「リナお姉ちゃん・・・・」 リリィが少し小さめの声で話す 「どうしたんだいリリィ?」 「これからずっとここにいてくれる?」 「・・・・・・・あぁ」 記憶を取り戻したら急いでやらねばいけない使命があるかもしれない・・・。 もしかしたらこんなところにいてはならないかもしれない・・・。 でも私はリリィと約束したのだった・・・。 <後編に続く>