「み、みんな! 祭りなんてやってる場合じゃないぞ!」 そう叫び、若者が広場に駆け込んで来たのは、収穫祭真っ最中の夜の事だった。 見るとその若者、村で収穫した作物を街へ届ける仕事を任され、今朝早くに村を出た者の一人だ。 広場に集まった人々が、どうした事かと騒ぐ中、一人の老人が若者に近づく。 「どうした? 何があったんじゃ。」 倒れかけた若者を抱かかえつつ、老人は若者を問い質す。 「ち、長老・・・た、大変なんです!」 「まずは息を整えなさい・・・さぁ、何があった?」 長老と呼ばれた老人は、極めて冷静な態度で若者を落ち着かせる。 「そ、それが、街まで半分くらいまで行った辺りで、武装した連中に襲われたんです!」 「武装した連中とはな・・・盗賊か?」 盗賊が収穫物を襲うのはそれほど珍しい事では無いのだ。 「違います!! 奴らは装備から人数から、どう見てもちゃんとした騎士団です!」 「騎士団じゃと!? それで、一緒に村を出た者はどうした!」 聞くと同時、若者は泣き崩れた。 「村に知らせろって・・・ジョシュとケビンは俺を逃がしてくれたんです・・・」 そうか、と長老は頷き、すっと立ち上がると、広場の全員に力強い声を放つ。 「皆の者! 戦いの準備を! それから伝令を街に向かわせるんじゃ!」 偵察もな、と付け加えると、応と村全体が揺れた。 さっきまで祭りを楽しんでいた村人は、いつの間にか戦士の顔になっていた。 そして三十分と経たずに、男女関係なく村人のほぼ全員が、一流の傭兵を思わせる格好で広場に集まった。 よく見ると、みな通常の兵士よりも肌の露出が多く、また、様々な模様のタトゥーを施している。 そう、ここはその勇猛さで知られる、獣人たちの里なのだ。 「これからの指示は、戦士長のドレイクに一任する。 頼んだぞ、ドレイク」 呼ばれて、一人の男が前に出る。 「よーしお前ら、この俺達に喧嘩を売ろうってバカな奴らに、キツイ灸を据えてやろうぜ!」 あちこちから、力強い相槌が聞こえる。 「この村に攻め入るなんざ、どこの田舎者だ?」「久々の戦だ・・・楽しむとするか」「ねぇ、誰が一番敵を倒せるか、賭けましょうよ」 戦いに対する怯えなど、誰一人として持っていないようだった。 「しかしまた、何でこんな場所を襲ってくるんだ?」 一人の村人が、ふと疑問をこぼす。 「どこの国の奴らか知らねぇが、襲うならどう考えても月読みの街だろうよ」 たしかに、と、村人全員がうーんと唸る。 「まあ良いじゃねえか! こっちとしては良い暇潰しだろうよ!」 そう答えるのはドレイクだ。 「さあ、偵察が戻り次第、作戦と配置を決めるぜ」 偵察が戻ったのは、それから二時間後の事だった。 「ドレイクさん、敵は村から馬で一時間ほどの場所に、陣を張っていました」 「数はどん位だ? 大まかな編成もな」 「二百は居るかと、見た限りだと、近衛歩兵クラスの隊のようです」 そして魔導兵らしき姿もすこし、と、斥候は付け加えた。 魔法は面倒だなぁ、と、ドレイクは頭を掻く。が 「ま、なんとかなるか」と、あっさり悩むのを止めた。 「よーし、んじゃ作戦を言うからな、ミリィはクロー主体のメンバーを連れて、奇襲をやってもらう。派手に動き回ってくれ。」 「あいよっ」 元気良く答えたのは、ミリィと呼ばれた褐色の肌の女の子だ その両腕には、体格には不釣合いの鋼鉄製の鉤爪を装着している。 「ミリィの隊が敵を混乱させている間に、俺が残りのメンバーを率いて一気に敵の大将を殺る。いいな?」 そんじゃいくぞーと、ゆるい掛け声とは裏腹に、まるで東洋の忍のような早さで、獣人達は村を出発した。 「あれが獲物かな?」 草陰から謎の騎士団の陣を窺っているのは、ミリィだ。 その背後には、9人の獣人が控えている。 「うーんと、見張りが・・・ひのふのみの一杯いるなぁ・・・っていうか私ら超囮じゃね!!??」 今更気付いたのかと、部下が呆気に取られる、と、次の瞬間には笑いを堪えるのに必死になっていた。 「お、お前ら〜、これ終わったら全員シバいてやるからね! だから、やられたらだめだよ?」 了解。 と部下が返事を返す。 みな戦いの前とは思えない微笑みを、その顔に浮かべていた。 「そんじゃいくよー! 下手打ったら、全員一週間晩飯抜きだからね!」 「応!」 その瞬間、まるで一陣の風のように、十人の獣人が駆け出した。 同時刻、見張りをしていたダニエルは、風の音聞いた。 音の方に目をやると同時に、隣にいた仲間がどっと倒れる。 そこには紅い目の獣がいた。 笑っていた。 「敵襲だ!」 それが彼の最後の言葉となった。 「よし、ミリィ達がおっぱじめたな」 反対側で待機していたドレイクが、敵陣の異状を聞いたのだ。 「行くぞ! ミリィ達がやられねえうちにな!!  まあそんな事は万が一にも無いだろうけどよ」 どっと笑いが起こり、違いないと皆が同意する。 そんじゃと前置きし、すぅと息を吸う。 「我ら誇り高き獣人の末裔!! 戦いを以て自らを表現する者也! 全ての敵に敬意を!! そして・・・」 「「「鉄槌を!」」」 全員が揃って吼えると同時、皆が疾走を開始した。 敵の突然の襲撃に、謎の騎士団は大混乱に陥っていた。 「隊長! 敵の襲撃です!! 北側から敵が!!」 「落ち着け、そっちはおそらく陽動だ。 別方向から本隊が来るぞ!!」 隊長と呼ばれた男は、名はアスカロンという。 その身に魔の血を引く者だった。 近隣諸国では「黒衣の騎士」と恐れられ、その名を知られている。 「魔導隊に、傀儡兵を出させろ! 敵の陽動にはそれで対応するんだ。 その間に兵を集結して、敵の本隊に備える!」 「はっ! 至急用意させます!」兵は素早くテントから出て行く。 それを見送ったアスカロンは、ふぅと息を吐き、ぐっと目に殺意を込める。 「やはり来たか、戦いしか脳のない犬共め・・・返り討ちにしてやるわ」 あいつも来ているだろうな・・・。 そう呟くと、禍々しい力を放つ剣を腰に携え、自身もテントを後にした。 「余裕っすね、ミリィさん!」 そう言い、4人目の敵を仕留めたのは、最近成人を迎えた若い獣人だ。 「ちょっとカール! 油断してると痛い目見るよ!!」 カールと呼んだ若い獣人を、ミリィは嗜める。 「いやー、でも手応え無さすぎですよ?こいつら」 笑顔でそう言い、カールは次の敵に飛び掛る。 「全く・・・」とミリィは嘆息する。 奇襲なんだから、最初は簡単に行くものなのよね・・・。 だけど・・・敵が混乱から立ち直ったら・・・。 今までの経験上、そこからが大変なのだ。 陽動作戦を何度も経験しているミリィは、それを十分理解していた。 だがカールにとって、これが初陣。すべてが未経験なのだ。 ミリィの脳裏に、一抹の不安が過ぎる。と、その時だった。 「ミリィさん! なんか変な奴らがこっち来ますよ!!」 言われ、カールが見ている方向に目をやる、瞬間、その目に緊張を走らせる。 「くそっ、傀儡兵!! 奴らこんなものまで使うなんて・・・」 「なんすか? それ」 「中身の無い、鎧だけが動いて襲ってくる、上級の魔導師が操る魔法よ。」 見る限り、こちらの何倍もの数が居るようだ。 「みんな! 集合して! 互いにカバーし合うのよ!」 叫ぶと同時、傀儡兵が飛び掛ってくる。 とても中身が無いとは思えない俊敏な動きだ。 「気持ちわりーんだよ! 鎧野郎!!」 カールの爪が、傀儡兵に突き刺さる。 が 「ダメよ! そいつらは鎧に書かれてる呪印を消すか、術者を直接叩かないと!」 鎧に刺さった爪が抜けず、動きが鈍ったカールに、別な傀儡兵が襲い掛かる。 「くそ! 調子に乗ってるんじゃねえ!」 カールは傀儡兵に蹴りを見舞い、なんとか爪を抜き、背後に跳躍して攻撃をかわす。 「ミリィさん、どうすりゃ良いんですか!?」 ミリィは一瞬考え込み、皆に伝える。 「みんな、なんとか時間を稼いで! その間に私が術者を倒すわ!」 了解! と揃った声を背後で聞き、傀儡兵の間を縫う様に疾走する。 必ず近くに術者が居るはず・・・早く見つけないと! 襲い掛かる傀儡兵を適当にあしらい、術者を探す。 走る、走る、走る。 時間が無い。  「誰一人として、死なせるもんか・・・!」 ミリィの隊が傀儡兵と遭遇した頃 ドレイク率いる本隊は、立ち塞がった敵を片端から打ち倒し 他のテントより一回り大きいテントの所まで、敵陣深く切り込んでいた。 「おーし、ここが敵の大将が居る所だろう」 周囲の敵兵を倒し、テントの周辺を制圧しつつ包囲を固める。 そしてドレイクが、テント内部に突入しようとしたまさにその時、背後から声を聞いた。 「その中には誰も居らんよ? 犬共よ」 と同時に、テント周辺の仲間達が一斉に戦いを開始した音が聞こえる。 「ほぅ、どこのどなた様が存じませんが、戦場で見た顔だな・・・誰だっけ?」 放った軽口とは裏腹に、その顔には汗が浮く。 この俺に気配を悟らせず背後を取るとは・・・この顔は確か・・・。 心の中で呟きつつ、酒と女で埋め尽くされている記憶を必死に掻き分け 目の前の敵に関する事を思い出す。 「あー、思い出した。何時ぞやの黒騎士様じゃないの。元気?」 「ああ、おかげさまでな」 にやりと笑い、首筋に走る傷跡を見せる。 「俺が今までやり合った中で、未だに生きてるのはお前だけだぜ? アスカロン!」 「それはこちらの台詞だ、戦鬼ドレイク」 それを聞いたドレイクは、にかっと口に笑いを浮かべ、答える。 「懐かしいぜ・・・その呼び名」 言いつつ、腰溜めに愛用のハルバートを相手に構える。 「それじゃぁ今度こそ、その首頂くぜ!」 身を屈め、アスカロンに疾駆する。 対するアスカロンも、腰から淀みない動きで剣を抜き放ちつつ答える。 「それはこちらの台詞よ・・・!」 空気を震わせる金属音が響き、二人の戦闘が始まった。 「くそっ、倒しても倒しても起き上がってきやがる!」 傀儡兵に行く手を阻まれ、身動きの取れないミリィの隊は追い詰められていた。 普通の人間より人一倍体力を持つ獣人とは言え、全く疲れを知らない傀儡兵相手では やはり疲労という面で、圧倒的に不利な戦いを強いられていた。 ・・・ミリィさん、もう長くは持たないっすよ! そう言う心の声を無視し、カールは戦い続ける。 「もぅ、一体どこに居るのよ!! 術者は!」 ミリィは焦っていた、術者が見つからないのだ。 傀儡兵を操る為に必要な距離は、そう遠くはない。なのにこうまで見付からないというのは異常な事だった。 「なにかトリックを使ってるわね、術者の野郎めぇ!!」 そう言いながら、むぅと口を膨らませ、不満を顔に出す。 「なんとか術者を見つけないと・・・ん?」 手首に暖かさを感じ、見る。 するとそこには、母が誕生日に送ってくれた茜色の腕輪があった。 「なんだろ、うっすら光ってるような・・・そうだ!」 茜色の腕輪とは、魔法鉱石の力を使う事により、闇を払う聖属性をもつホーリーリングになるのだ。 「魔法鉱石は無いけど、精霊の力を借りれば・・・少しは力を引き出せるかも!」 よし、とミリィは気合いを入れ、近くのテントに飛び乗り、精霊達に語りかける。 「天地万物に宿る精霊よ、私の呼び声に答え、力をお貸しください・・・」 獣人族に伝わる古代語の呪文を唱えつつ、手で印を切る。 「力を!!!」 腕輪をはめている手を振りかざし、精霊に再度呼びかける。 すると辺りを、淡い紫とも桃色ともつかない光が包み込む。 その光が、茜色の腕輪に収束されていくと、腕輪の淡い光が見る見る増幅され、やがて強烈な光を放った。 「な、なんだぁこの光は!」 急に辺りを照らした光に驚いたカールは、光の放つ方向をみる。 そこには、光り輝く腕輪をはめたミリィが、イェーイとVサインしながら立っていた。 周りを見ると、傀儡兵達の動きが鈍り、心の無いはずの彼らが、たじろいでいる様に見えた。 「今のうちに体勢を立て直して、もうちょいがんばって!」 そう言うミリィに対して、了解っす! と勢い良く返事を返す。 それを確認したミリィは、よしと頷き 「さー、今のうちに術者を・・・って、なんかおかしいな・・・」 テントの上から、光に狼狽する傀儡兵達を見渡し、その異常に気付いた。 「なーんかアイツだけ平然としてるというか・・・」 傀儡兵の群れの端、一人だけ全く光の影響を受けていない様に見える奴がいた。 「あ・や・しぃ・な・・・」 とぅ! と勢い良くテントを飛び降り、一目散にその怪しい傀儡兵に突進すると、強烈な飛び蹴りを喰らわせた! 「どうだ! これがミリィキックだ!!」 よろよろと起き上がる傀儡兵は、その頭部が取れており、何も無いはずの顔の部分には、禿げ上った頭のおっさんの顔が有った。 「ふっ、良く見破ったな・・・俺の名は」 「チョーップ!!!」 相手の言葉を待たず、鋼鉄製の鉤爪の付いた篭手でチョップを見舞うと、その禿げは白目を剥いて倒れた。 その瞬間、周囲の傀儡兵は、まるで魂が抜けたかのように金属音を響かせて崩れていった。 「ミリィさんやるぅ!」「イェーイ!」「ミリィさん最高!!アホだけど!」 隊のみんなが、口笛を鳴らして喜ぶ。 「最後の一言が余計だ!!」とその部下にもチョップを見舞う。 まったく、と言いながら、ふと手を見ると、いつの間にか光が消えた腕輪には大きな亀裂が入っていた。 「ごめんね・・・母さん。 ありがとう・・・」 腕輪にお礼をいい、軽く撫でると、ミリィは顔を上げる。 「さぁ! ドレイクさんの本隊に合流するよ!」 司令官用のテント周辺では、激しい戦いが続いていた。 個々の実力では勝るとはいえ、数で劣る獣人達は、徐々に劣勢に追い込まれているようだった。 その戦いの中で、一際激しい音を響かせているのは、ドレイクとアスカロンだった。 「どうした? 以前の貴様より、幾分動きが悪いようだが。二年のブランクが影響してるのかな?」 にやりと笑いながら、ドレイクの横薙ぎの一撃を、バックステップで避けるアスカロン。 「うるせぇ関係ねえよ!このゴキブリ野郎!」 怒声を上げるドレイクだったが、まさに図星だった。 ここ二年は長老の頼みで、若い獣人の指導で里に居た為に、戦場での勘が鈍っているのだ。 その間トレーニングは欠かさなかったとはいえ、やはり動きの劣化は否めない。 重いハルバートを、まるで小枝のように振り回すドレイクだが、その攻撃は全て回避されるか、剣で軌道を逸らされてしまう。 ドレイクの強烈な攻撃も、これでは全く意味を為さないのだ。 「以前の貴様は、その強烈な一撃を、まるで忍のように正確に繰り出して来たものだが」 アスカロンは、まるで舞うかのように剣を走らせ、徐々にドレイクを追い詰めていく。 ドレイクの使うハルバートは、その大きさと重さ故、攻撃に回れば有利に働くが、防戦一方となると そのメリットはデメリットとなってしまう。 アスカロンの連撃を何とか凌いでいるのも、それがドレイクの振るうハルバートでだからであり 並みの者ではあっという間に致命傷を負ってしまうだろう。 「こんな戦いは趣味じゃねえんだよ!」 ドレイクは下段から繰り出される逆袈裟切りを石突きで払い退けると、一瞬無防備になった胴体に蹴りを見舞う。 「ぐはっ・・・!!」 肺から空気を漏らしながら、アスカロンは背後に吹き飛ばされた。 「貰ったぁああああ!!」 地面に膝をついたアスカロンに、すかさず大上段からの一撃を放つドレイク。 その攻撃を、間一髪で横に転がりながら回避するアスカロン。 すぐに追い討ちをしようとしたドレイクだが、地面に突き刺さった刃先が、一瞬動きを遅らせる。 その隙をアスカロンは見逃さなかった。 アスカロンが素早く手を振ったと同時、ドレイクは足に衝撃を感じた。 目をやるとそこには、漆黒の短剣が突き刺さっていた。 夜に視認し難くする為に、アサシンが良く使う手だ。 「へっ、黒い短剣とはね・・・黒衣の騎士様にしちゃあ随分必死じゃないの」 膝を付いたドレイクは、にやりと苦痛を笑いでごまかし、短剣を引き抜く。 「貴様相手では、必死にもなるさ。同じ相手に二度も遅れを取るなど、私のプライドが許せん」 「このやり方はプライドが許すのかよ」 「安心しろ、毒は塗ってない」 そりゃどうもと言いながら、ドレイクは立ち上がる。 ちっ、思ったより傷が深いぜ・・・こりゃヤバイな・・・ 獣人族は、その身体能力をフルに生かす戦いを得意とするため、機動力を削がれる足へのダメージは致命的だった。 だがこの状況に置いて、なぜかドレイクは笑った。 「そっちがその気なら、こっちも奥の手を出さないとなぁ!!」 「来るか! 厳しい鍛錬を積んだ獣人のみが行なえるという心体操作術・・・獣化!」 「い・く・ゼ」 ドレイクは両足で地面を踏みしめると、血が全身を猛烈な勢いで巡るのを感じた。 目は紅く染まり、体中の筋肉が張り裂けんばかりに膨れ上がる。 熱くなった筋肉から湯気が立ち上り、それはまるで、具現化した闘気のようだ。 「さあ来い・・・今度は遅れを取らんぞ!!!」 身構えたアスカロンに、獰猛な肉食獣を思わせる咆哮を上げながら、今までとは比較にならない速さで飛び掛る。 繰り出される攻撃は、力任せなさっきまでの攻撃となんら変わりがないが、それはもはや連撃とは言えない速度を持っていた。 その連撃を何とか防いでいるものの、アスカロンが一撃を喰らうのは時間の問題に見えた。 「くっ、この連撃・・・いや乱撃と言うべきか! 二年前のあの時感じた恐怖とまさに同じよ!」 だが、と付け加え、背後に飛んで距離を置くと、アスカロンは妙な構えをした。 「見ろ! これがこの二年間で、私が手に入れた力よ!!」 聞き覚えの無い呪文を叫ぶと同時、アスカロンがその剣を振り上げると、その背後に異様な空間が出現した。 「さあ冥界の王を守る守護者よ! 出でよ!!」 「冥王の使い・・・か!!」 「そうだ! だがそれだけではないぞ!!」 そう言うとアスカロンは、肺から空気を搾り出すように息を吐き出し、印を結ぶ。 すると現れた冥王の使途達に異変が起きた。 その身が漆黒の霧となり、アスカロンの周囲に漂い始めたのだ。 そして徐々に霧は凝縮され、漆黒の鎧を形作っていく。 背後の冥界への扉が消えた時、そこには巨体のドレイクよりなお一回り大きい冥界の騎士が立っていた。 「これが私の奥の手・・・魔装術とでも言おうか!」 黒いオーラを放つ剣を構えるアスカロン。 「さあ!これからが本番だ!!」 その戦いは、熾烈を極めた。 獣化で極限まで身体能力が高められたドレイクの攻撃を、冥界の騎士となったアスカロンを包む魔の装甲が弾く。 ドレイクもまた、常人では捉え切れない速度で繰り出される魔の斬撃を、全て回避するのだ。 だが、両者互角と思えた戦いにも、徐々に変化が見られた。 アスカロンの斬撃が、ドレイクの体を捉え始めたのだ。 体に傷が増えていくドレイク。 「これが貴様の獣化の限界だ、ドレイク!」 アスカロンは続ける。 「外部より力を借りる私の魔装術と違い、肉体の潜在能力を引き出す獣化では、身体の負担に大きな差があるのだ!」 たしかに、ドレイクの体は限界を超えていた。 「くそぉ、男同士のタイマンに、他人の手を借りるなんて汚ねぇぞ!!」 コノヤローと全身で抗議するドレイクに対して、アスカロンは答える。 「貴様の獣化は血の為せる技。 私の魔装術もまた、私に流れる魔の血のお陰だ。何も違いは有るまい?」 さあトドメだ・・・と剣を構えるアスカロン。 「くそっ!!」 すでに限界の身体を軋ませ、身構えるドレイク。 その時だった。 「ミリィキィーック!!!」 突然真横から放たれた蹴りが、アスカロンの脇腹に突き刺さった。 「くっ・・・何者だ!!」 ダメージは殆ど無かったが、やや後退して蹴りの主を確認するアスカロン。 「ミリィキックなんだから、ミリィに決ってるでしょ!」 答えたのは当然ミリィだ。 「ドレイクさん、大丈夫?」 「ちっ、余計な事しやがって・・・」だが 助かった・・・!と、心の中で礼を言い、ミリィの頭に手を乗せるドレイク。 「獣人の人一倍強い絆も血の為せる技だから、助太刀もオッケーだよね?」 ウインクをしながら、そう言い放つミリィ。 「ふっ、だが半人前の獣人一匹来たところで、私をどうにか出来るとでも思っているのかな?お嬢さん」 半人前じゃないもん! と抗議するミリィ。 だが確かに、既に限界のドレイクと、ミリィの二人掛かりで戦っても、勝負の行方は明らかだ。 「へっへー、でも私の役目って、実はもう終わってるんだよね」 満面の笑みで答えるミリィ。 「どういう」「意味だ?」 ドレイクとアスカロンが、同時にミリィに問い掛ける。 それはね・・・と、ドレイクに耳打ちするミリィ。 見る見る不機嫌になるドレイク。 「ちっ、来やがったか・・・」 ドレイクの言葉が言い終わるより早く、それは起こった。 硝子を割ったかのような甲高い音が響き、アスカロンの体に、数え切れない光の矢が刺さったのだ。 「こ、これは!!何者だ!!」 よろよろと体を動かし、周囲を見回すアスカロン。 そこには、弓を構えた大勢のエルフが居た。 「貴様らは・・・」 言い終わる前に、音も無く近づいてきた者が一人、口を開く。 「どうも、月読みの街守備隊・魔弓兵団、遅れ馳せながら参上しました」 そこには、眼鏡を掛けた端正な顔立ちのエルフが立っていた。 「うるせー!! 呼んでねえんだよ腐れエルフ!!」 そう叫んだのはドレイクだ。 「助かりました、カミュさん!」 まぁまぁとドレイクを嗜めながら、ミリィはそのエルフに礼を言う。 膝を付いたアスカロンが、その名前に反応した。 「貴様が・・・月読みの街の守護神・・・魔弾の射手、カミュか!」 「あはは、なんか照れますねぇ」 カミュと呼ばれたエルフは、ポリポリと頬を掻きながらアスカロンに答える。 「それで、如何しますか? 黒衣の騎士さん。 貴方の部下も、あらかた鎮圧しました。」 ですから 「降伏してくれませんかねぇ、穏便に。」 カミュがそう言うと、なるほど、とアスカロンは答え 「確かに、こちらの勝ち目は無さそうだな? だが・・・」 そう言いながらアスカロンは立ち上がり、上空に何か放り投げた。 次の瞬間、甲高い音と光が起こる。 「信号弾? なにを・・・!!」 身構えるカミュ。 「なに、帰りの馬車を呼んだだけさ」 アスカロンがにやりと笑った次の瞬間、辺りに猛烈な突風が巻き起こり、空に巨大な影が浮かんだ。 皆が空を見上げる。 「「カオスドラゴン!!」」 ドレイクとカミュが叫ぶと同時、地響きを鳴らし、地表に降り立つ巨大なドラゴン。 アスカロンがそれに飛び乗ると、一気にドラゴンは飛び上がり、また突風が巻き起こる。 「今回は私の負けとしよう! だが、我々はこの地を諦めた訳では無いぞ? また会おう、ドレイク! そしてカミュよ!」 お嬢さんもね? と付け加え、魔弓兵の攻撃を物ともせず、アスカロンを乗せたドラゴンは飛び去って行った。 「あの野郎・・・あんなモン連れて来てたとはな」 「でもなんで最初から使わなかったんだろー?」 と疑問を口にするミリィ。 「現実的な事を言えば、部下を巻き込むからでしょうが・・・」 そう分析するのはカミュ。 「あいつのプライド・・・なのかもな」 ドレイクがそう言うと、二人は同意した。 ドラゴンの飛び去った空は、いつの間にか白み始めている。 「さぁ、村に帰ろうぜ! ミリィ!」 「はーい!」 そう言い立ち去ろうとするドレイク。 「おっとドレイクさん・・・なにか忘れてませんか?」 眼鏡を位置を直しつつ、ドレイクの肩に手を掛けるカミュ。 「ありがとう!! 助かった!! とか 君は命の恩人だ!!とか無いのかな? ん?」 「う、うるせー。 おめえが来なくても、何とかなったっての!!」 「そんな事言っちゃってー、伝令に向かって`おい!援軍はカミュの奴に頼めよ!、とか言ってたの、聞いちゃったもんねー」 てめー! と言いながら、逃げるミリィを追いかけるドレイク。 やれやれと呆れながらも、二人を見つめるカミュの顔は微笑みを浮かべている。 その光景を、顔を覗かせた太陽から伸びる朝日が、明るく照らし出すのだった・・・。 fin