※本文はブログに載せていたショートストーリーを書き直し&追記したものです。  時代は聖魔大戦と魔法文明時代の中間です。  現在の幻想戦記とは人間が幻獣騎兵を操っているという設定の差異があります。  ゲーム本編の時代より古い時代にはこのような国家もあったのでしょう。 ------ 森と水に囲まれた国、ラカールには飛行騎士団という部隊がありました。 ラカールの軍隊は一角獣や天馬、飛竜といった幻獣や竜を使った騎兵隊が特徴です。 飛行騎士団では新人は天馬、実力が認められると地竜や飛竜を与えられます。 その飛行騎士団の一人に、リファという少女がいました。 リファは性格の優しい少女で、戦闘中でも常に天馬の事を気遣っていました。 愛馬に負担がかかると考えたら思い切った行動が出来ず、それがいつも結果的に裏目に出てしまいます。 また、与えられた天馬・ヒューイも臆病な性格で、 それがいつも余計にリファに気遣いをさせていました。 リファの仲間はいつも言います。 「あなたには気の荒いくらいの馬が丁度いいのよ。別の天馬に乗るべきよ」 ですが、リファにはそんな気持ちはまったくありませんでした。 「ヒューイはいい子よ。結果を出せないのは私の力が足りないから」 いつしかラカールは隣国との関係が悪化して、 リファも戦場に狩り出されるようになりました。 天馬騎士隊は元々、斥候や偵察任務を中心としていましたが、 戦闘の激化につれて飛竜騎士隊の援護として戦闘に参加させられるようになります。 そして、ラカールは飛行騎士団の機動力を活かし、 徐々に戦争で優位に立っていきました。 ------ ラカールが隣国に攻め入ろうとした、ある国境戦でリファは『それ』を目にします。 『それ』は空を舞う黒き竜、混沌竜の大群でした。 以前からその国…『謀略の国』と呼ばれる国家では魔獣を使役する技術があり、 リファの国の陸戦兵団からは魔獣と交戦した報告もありました。 しかし、飛行する魔獣の話は聞いた事がありません。 混沌竜も古代の聖魔大戦での記録にあることしかリファも知りませんでした。 リファが呆然としている中、飛竜騎兵達は次々に混沌竜に飛び掛ります。 「リファ!黒竜が恐いのならせめて援護しなさい!」 同期の飛竜騎兵でした。 彼女はリファと違って開戦前から既に飛竜を与えられています。 はっとしたリファは高度を上げ、短弓を構え、飛竜に当たらない位置にいる混沌竜に射掛けます。 他の天馬騎士達も同様に飛竜騎兵の援護に回りました。 通常、飛行騎兵は長槍や騎槍だけ使いますが、 リファの国の天馬騎兵は支援用に短弓の訓練を受けています。 (両手を離して静止状態を取るため、敵に狙われていない状態でしか使えません) 天馬騎士隊の弓攻撃に注意がそれた混沌竜に飛竜騎兵が一斉に突撃し、攻撃を加えます。 しかし、幾度の攻撃を受けながらも混沌竜は落ちませんでした。 鋼のような硬さの鱗、口から吐かれる黒い炎、そして、 混沌竜の咆哮と共に歪む次元、生み出されるのは見えない壁。 古代の戦記にもそれはつづられていました。 『黒の領域』 飛竜騎兵は結局突破口が開けず、次々に傷を負い、重傷を受けた者は撤退を余儀なくされ、 中には混沌竜の吐く黒炎の直撃を受け絶命する者、強力な翼に叩き落される者もいました。 その光景を見るリファは恐怖心に駆られ、戦況を理解しようとする思考さえ止まっていました。 その油断が命取りになったのでしょう。 混沌竜の一匹がリファに目をつけ、襲い掛かりました。 飛竜騎兵の中にはそれに気がついて助けに向かおうとする者もいました。 ですが、自分が戦っている混沌竜を振り切れず、誰も間に合いません。 天馬のヒューイもまた、恐怖に駆られ逃げる事も出来ないままでした。 混沌竜はリファに飛び掛ります。 「・・・!いやっ!!」 リファは避ける余裕もなく、混沌竜に体当たりされました。 全身を駆け巡る痛み、痛みにぐらつく頭、叫ぼうとしても声すら出ませんでした。 『リファ・・・ごめん』 誰かのささやきが聞こえました。 『君はいつも僕に優しくしてくれた。なのに、僕は今まで何もしてあげれなかった』 リファにはその声が誰の声か理解出来ました。 『もう一緒に飛べないかもしれない。でも、せめて最後くらいは君のためになりたい』 リファの天馬、ヒューイ。 いつも一緒にリファと空を飛んだ、臆病な天馬。 その声は紛れも無くヒューイが語ったものだとリファは確信しました。 「・・・め、だよ。ヒューイ」 痛みを堪え、リファは目を開きます。 リファとヒューイは落下し続け、眼下には森が迫ります。 「駄目だよ、ヒューイ!私なんか助からなくてもいい!!」 森が視界を埋める直前、ヒューイはリファを守るように自分の体をクッションにして落ちました。 リファの意識が無くなる直前、最後に聞こえたのは「ドスン」という重い衝撃音でした。 ------ 「面白い事もあるものだのう。天馬が人を守りおった」 その声の主は普通の天馬の倍はあろうかという体躯をしていました。 「落ちる瞬間、この人間は天馬の声が聞こえていたのか・・・。まさかな」 彼の名前はケルブ。 この世界と同時に生まれた、創世の幻獣。 彼は生まれて以来、 大陸に侵攻してきた神と魔族による聖魔大戦を生き残り、 ラカールと謀略の国の国境にある大森林の『聖域の森』と呼ばれる場所に身を潜めていました。 彼が人間を見るのは久しぶりでした。 聖域の森は目に見えない結界が張られており、人間は無意識の内にこの森を避けます。 不意の事故か、もしくは特別な力でも持っていない限りは近づかないはずです。 「非力な人間だ。あの大戦の頃のような神の加護は感じぬな」 聖魔大戦時代の人間族は光の神の強い影響を受けていました。 彼等は神の意思の元に動き、神の力の映し身だったのです。 しかし聖魔大戦の後、光の神が姿を消したため、神の呪縛はもう残ってはいないのでしょう。 「貴様はこの人間に従っておるのか」 ケルブが目を向けたのは傷ついた天馬です。 意識を保っているのがやっとのようですが、 ケルブを強い眼差しで見つめています。 「人が幻獣を使う時代になったのか」 「どうか、この者はお助け下さい!貴方の怒りに触れた罪は私が受けます!」 ヒューイは痛みを堪えてケルブに語りかけました。 本能でケルブがどんなに恐ろしい存在かは理解出来たのです。 ケルブは一見すると一角獣のような角を持つこと以外は天馬をそのまま大きくしたような容姿です。 しかし、周囲に与える威圧感と、計り知れないような魔力を持ち、 魔力や気といった事に敏感な幻獣にとっては、 勇ましい飛竜よりも、恐ろしい混沌竜よりもケルブは強大な存在だと解ります。 ケルブは懇願するヒューイと倒れたリファを交互に見ました。 人間と幻獣が共にいる光景は彼にとって少し信じがたいものがあります。 「構わぬ。この森は精霊の影響が強い。  幻獣の端くれのお前は数日もすれば傷も自然に癒えるだろう。傷が癒えたら人間を連れて去れ」 光の神の影響の無くなった人間。 変わったのは幻獣も同じなのかもしれません。 ケルブにとって目の前で人間を庇う天馬は精霊の言霊に忠実な本来の幻獣の姿には見えませんでした。 「人と幻獣が共に生きるか。それも運命なのかもしれぬ」 ケルブはそう呟くと空を見上げました。 「だが、奴等は人間如きに屈するように非力でもあるまいし、そんな知能があるように思えぬな」 空を我が物のように舞う混沌竜。 ケルブにとってそれを見るのは数百年振りの事でした。 ------ リファとヒューイはそれから3日間を聖域の森で過ごしました。 その間、傷の浅かったリファはヒューイの回復を待ちながら、聖域の森の遺跡の中を見て廻りました。 この地は、魔族を防ぐ為の防衛拠点だったようです。 遺跡の中には所々が壊れてしまっていますが神官文字が所々に刻まれています。 不思議そうに遺跡を眺めるリファにケルブは度々当時の話をしてくれました。 「聖域神殿と呼ばれていた。二百年前だがな」 「貴方はそんな昔から生きているのね」 「そうだ。その頃は人間と戦った事もある」 「どうして?幻獣と人間が戦う必要なんてないじゃない」 ケルブは何かを思いだすように苦い顔をしました。 「人間がこの大陸に攻めてきたからだ、だから戦った」 「気に障ったのならごめんなさい、私はいつもヒューイと一緒にいるから」 ケルブは申し訳無さそうにするリファをじっと見つめました。 何故、人間が幻獣と共存しようとするようになったのか。 「ヒューイは二百年前の幻獣と比べると信じられないくらいに弱いな」 「果敢ではないけれど、私を守ってくれているわ」 聖魔大戦の頃、幻獣は人間達と死闘を繰り広げました。 その頃の幻獣は強い精霊魔法を駆使し、一頭の幻獣が百人の人間の兵を相手にした事もありました。 ケルブの白い体も大戦の頃は朱色に染まり、その姿を見ただけで逃げ出す兵士もいました。 ヒューイや時々、聖域の森の空を飛んでいく天馬や飛竜はケルブから見れば幻獣とは思えないくらい貧弱です。 「俺には理解できない」 幻獣にとって人間とは何になったのでしょうか。 もしかすると、単に戦争の道具として使われているのかもしれません。 それでも天馬のヒューイはリファを信頼し慕っているのです。 また、リファもヒューイを大切な友人として扱っているように思えます。 ケルブにはリファとヒューイの関係は理解できません。 「…明日にはヒューイの傷も癒えるだろう、そうしたら出て行け」 その言葉は、理解出来ないものから逃げたいという気持ちも含んでいたのかもしれません。 翌日、リファとヒューイはケルブに礼を言って空に飛び立ちました。 三日の間、聖域の森から微かに見える空ではラカールの飛兵と混沌竜の戦いが見える事がありました。 戦線は徐々に押されているようで、リファとヒューイはラカール王国の星砂の街に戻るようにしたようです。 飛び立って行くリファとヒューイを見つめながらケルブは考えました。 「俺は時代に取り残されたままだな」 ケルブはそれでいいと自分に言い聞かせるように呟きました。 しかし、ケルブの心にはある迷いが生まれていました。 その迷いは静かに、少しづつ心に広がって行く事をケルブは感じました。 ------ リファとヒューイは星砂の街に戻ってすぐに王国軍の宿営に向かいました。 リファはすぐに星砂の街の防衛部隊に配属され、飛行兵団の仲間達と再会しました。 死亡したと思われていたリファを見た時、仲間達の喜びは大変なものでした。 「リファ、よく帰って来てくれたわ。混沌竜にあなたが落とされた時はもう駄目だと思っていたもの」 「ヒューイが助けてくれたのよ」 リファの仲間は意外そうな顔をしました。 彼女は、以前にリファに別の天馬に乗り換えるように勧めた事があったのです。 「…そう、この子がね。強くなったのね。不思議だわ、帰ってくる前よりも逞しくなったみたい」 幻獣は魔力持つ獣です。 聖域神殿の結界の持つ魔力がヒューイに良い影響を与えた事もあるのかもしれません。 ヒューイの身体能力が強くなっている事は帰ってくるまでにリファも感じていました。 もちろん、ヒューイの自身も精神的な成長によるものもあるでしょう。 「あなたは…。いえ、みんなはボロボロね」 「あははっ…、そうね。そんなこと無い、なんて言えないわね」 飛行兵団の騎士達はみな傷だらけで無傷なのは救護員等の非戦闘員だけです。 そして、非戦闘員の者達も傷つきはしてないものの、疲労が顔に出ていました。 「黒い竜は倒せない事はないんだけど、分が悪い相手よ」 飛行騎士団は緒戦では混沌竜に太刀打ちできなかったものの、 敗北を重ねる内に対抗手段は見つけたようです。 それは混沌竜が自身を守る絶対防衛結界である『黒の領域』の発動が限られた短い時間である事と、 黒の領域の発動に大量の魔力を必要とし、連続発動が行え無い隙を突いた作戦で 弓兵や魔導兵が集中射撃を行い、黒の領域を発動させて、黒の領域が消えた後で飛行騎兵が突撃を行うという単純な連携作戦でした。 この作戦では攻撃の無効化こそ対策は取っていますが、混沌竜のそれ以外の能力については数で押し仕切るしか無いのです。 「今は余裕が無いから…次に黒い竜が現れたらあなたも戦ってもらう事になるわ。せっかく帰って来てくれたのに、そんなに休ませてあげられないのよ」 混沌竜は2〜3日に一度、10体程度の群が現れるそうです。 現れる方角は聖域の森よりも西、おそらくは覇者の砦と呼ばれる古都を首都とする国。カーイン国から向かって来ているそうです。 カーイン国は謀略の国とも呼ばれ、最近では魔族や冥界の獣の使役の研究を行っているという噂があります。 「あんな化け物がそう何度も来るなんて思いたくもないんだけど…ね。リファも覚悟はしておいて」 彼女は飛行兵団用の装備が詰まった皮袋をリファに渡すと、リファに自分達が所属する部隊の次の警戒任務の時間と場所を伝えて仮眠室に向かいました。 おそらくは彼女も体に相当の無理が来ているのでしょう。 リファから見ても目に見えて疲れているように写りました。 リファも宿営所で食事を取り、少し眠る事にしました。 まだ日は明るいですが、聖域の森から星砂の街までの飛行で体力が消耗していた事もあり、彼女はすぐに眠りに落ちていきました。