幻想戦記 Fan made Short Story ――大陸。そう呼ばれるこの世界の歴史は、戦乱で彩られている。 太古、異世界より訪れた光の神と闇の神が、大陸の統治を争い、人間と魔族を生み出して争ったという。神々が訪れる前より存在していたエルフ、獣人を巻き込んで争ったその戦いは、後に聖魔大戦と呼ばれ、語り継がれることになる。 その戦いを制したのは、光の神の軍勢だった。だが、光の神は力を使い果たしてしまい、何処かえ消え去ってしまった。敗れ去った闇の神も、大陸から去り、エルフ、獣人、そして魔族も、辺境や、森林の奥深くへと身を潜めた。 斯くして、大陸の統治者となった人間たちは、やがて神の存在を忘れ、独自の文化を歩んでいく事になる。  聖魔大戦に勝利した、大陸の統治者、人間達は、魔法文明を築いていく。 浮遊都市、魔導機甲、機動兵器――それらが齎す絶大な恩恵により、人間は栄華を極めていく。だが、人間は、その力を用いて、他をも独占しようとした。全てを手中に収めるべく、人間同士で争ったのである。苛烈を極めたその戦いで、人々は禁断の兵器を起動させ、そして暴走させてしまう。――魔導巨兵。技術の結晶たるそれは、その魔神の如き力を以てして、たったの七日七晩で魔法文明を崩壊させるに至った。誰もが全滅を覚悟したその時、そこに光の竜が舞い降りた。神話で謳われた、滅却竜を思わせるその光の竜が、魔導巨兵の胸を貫く。魔導巨兵の胸から、漆黒の宝珠を抉り出し、竜が地に舞い降りる。同時に、厄災を撒き散らしていた、人間の負の結晶が崩れ落ちる。 気が付くと、竜が降り立った場所には、竜の代わりに壊れた機械鎧兵が横たわっていた。そして、戦いを終えた機械鎧兵の元に、白く輝く羽を持つ、一人の女性が舞い降りた。その女性は、機械鎧兵が大事に抱え込んでいた宝玉を手にして、彼に何か語りかけた後に、何処かへと飛び去ったという。この話は、神竜伝説として、今なおよく知られている話の一つである。  魔法文明崩壊後、人間はエルフ、獣人、そして魔族と手を取り、国家を築き始める。神竜伝説を基に、宗教国家を作るもの。魔法文明の再興により、大陸の復興を望むもの。機械と商業によって、覇権を目指すもの。自然と共にあり、世界のとの共存を図るもの。各々が知略によって、自らを守るもの。河川や海等の、水産交易によって発展したもの。辺境より、大陸を蹂躙していくもの。各々が各々の信念に基づいて、やがて、また動乱の時代となり、人々は、己が信念を正しい事を証明するために、争いに身を投じる。 「――そして、その争いを制して、大陸統一を遂げたのが、この国。放牧国家、マーリィってことだよ。今日の授業はここまで。明日は聖魔大戦の神話を教えようかな」 「せんせー、ありがとー! また明日ねーっ!」 「おぉ。気を付けて帰れよー」 ――今、元気に自宅へと駆けていった数人の子供達に先生と呼ばれた俺は本職の教師ではない。 統一を成し遂げたとはいえ、戦乱の傷跡は深く、其処等中荒れ廃れている。 教職に就いていた者たちも、戦死してしまったり、戦乱の恐怖から、気を病んでしまったりした者たちもいる。子供の教育が、回りきらないのだ。 そこで、武術にも、知略にも、統治力にも長けない、人当たりの良さ位しか取り柄のない俺が、こうして子供達に読み書きや、一般教養を教えているのである。まぁ、今のこの現状は、俺達軍人が、民間人を危険に晒してしまったからだ。皆の笑顔が守れるのなら、俺は何だってしてやろう。 「――ふう、さてと……」 子供達を見送り日課を行う。 先ほど、人当たりの良さしか取り柄のないと言ったが、そんな俺にも、誇れるものが一つだけある。 それがこの《アサルトランス》である。俺がこの国の軍に所属する事が決まったとき、掘り出し物市で買った品だ。買った時は錆だらけで、正直使い物にならない状態だったが、毎日毎日、魂を込めて磨き上げたお蔭で、今では曇り一つない輝きを保っている。指揮官用の武器であるこいつを、俺はきっと完全には使いこなせていない。だが、こいつとは、幾度となく死線を潜り抜けてきた。何度も命を預け、そして救われてきた、俺の唯一無二の相棒だ。戦乱が落ち着いた今も、こいつの手入れだけは欠かさない。それが俺の日課であり、この相棒への『お礼』なのだから。 相棒の手入れを一通り終えた後、都市の巡察を開始する。争いが終わったと言え、まだお世辞にも治安が良いとも言える状況ではないし、それに、こうしていると、皆の声が良く聞ける。今はあれが足りないとか、あそこで病気が流行っているとか。そう言った情報を集めて、対処していくのが、俺達の今の主な仕事になっている。 「ふう、今日はこれで終わりか……ん?」 見回りを終え、噴水のある広場で休んでいると、ふと、身の丈に合わないほどの黒い大剣を持った黒い髪の少女が目に留まる。どこか儚げで、それで美しい彼女に、つい目を奪われる。 「……何か?」 不思議そうな顔で、その少女に話しかけられる。どうやら、それほどまでに凝視してしまっていたらしい。 「あ、いや、なんでもないんだ。すまない。その大きな剣が気になってね」 「……そう、何も用がないなら、行くけれど」 「あ、ああ……変な事を聞くが、行くあてはあるのか? あれなら宿を紹介するが…」 つい、こんな事を聞いてしまう。彼女は少し驚いた風な顔をして、そして、微笑む。 「行き先も決まっていない旅の途中だから。心遣いだけ、感謝しておくわ。ありがとう」 そういって、彼女は長い髪を翻し、村の外へと歩いて行った。 ――知れず、俺は彼女に釘付けになり、彼女が見えなくなるまで、ずっと眺めていた。 名前くらい、聞いておけばよかったな。そんな他愛のない事を思いながら、ずっと。 「平原の見回り、ですか?」 ある日、神竜長に呼び出された俺は、首都から少し離れた平原の見回りを命じられた。何でも、敗残兵たちが徒党を組み、商隊を襲っているというのだ。 「ああ、本来なら武官か指揮官を生かせるところなんだが、何分人手が足りていなくてね。何、賊程度ならあの戦いを乗り越えた君なら楽に切り伏せられるだろう。行ってくれるか?」 「わかりました。準備を整え次第、すぐに討伐に当たります」 基本軍属である以上、上官の命令は絶対だ。たとえ無茶な命令だとしても、YES以外の返答は認められない。無能だと自負している自分にはつらいが、やるしかないのだ。 俺に与えられたのは一個小隊。そして、相手は中隊規模であるという。いくら烏合の衆が相手とはいえ、かなりきついものがある。 「こりゃそれなりの覚悟を決めないといけないな…よろしく頼むぜ、相棒」 長年つき添った相棒を手に、騎馬に跨る。 「これより平原に向かい、賊の討伐に当たる! 数は向こうの方が多いが、我らには物の数ではない! マーリィ軽騎団の意地を見せるぞ!」 与えられた兵を、鼓舞する。武力も、知略も、統率力も、他の将達には敵わない俺が、一将として戦えるのは、この鼓舞があってこそだ。一人では何も出来ない俺でも、彼らと共にいれば、精鋭兵ですら退けられると、そう思っている。俺だけでない、ここに居る一人一人が、歴戦の兵なのだから。 「……なんだ、これは……何があったんだ……」 平原に着くと、まず辺りに立ちこめる死臭に顔を顰める。平原に陣取っていたであろう賊達が、漏れず血まみれで、地に臥している。 「これは、剣で一撃、といったところか……」 そして、見た限り、同じ切り傷でほとんどの兵が倒されている。――まさか、この量を一人で? 有り得ない。いくら烏合の衆であっても、数は力だ。一人でどうこうできる数ではない。 異常性に、身体が震える。早く、ここから立ち去らねばならない。脳が、警鐘を上げる。 「ぐ、ぎゃあああああああ!」 呆然としていると後ろから、悲鳴が聞こえる。振り向くと、騎馬が一頭、駆けてきた。 騎手は…居ない。鐙を見れば、うちの国章が彫られている。 「……うちの所の軽騎馬か? 騎手は……まさか!」 騎馬をなだめていると、さらにまた向こうから悲鳴が聞こえる。 目を凝らすと、黒い翼を持った何かが、兵を蹂躙しつつ、こちらに向かってくる。 ――あれは、異常だ。人が、その身で立ち向かえるものではない! 圧倒的な力を感じ、身体が竦み上がる。動けなければいけないのに、縛り付けられたように身体が動かない。 固まっている内に、黒い翼はすぐ目の前まで迫ってきている。やるしかないのか。覚悟を決め、相棒を構える。足を止められた騎兵など、ただの的でしかないが。それでも、無防備よりかは幾分かマシであろう。 圧倒的な暴力が、襲いかかってくる。禍々しい、黒い瘴気で敵の姿は良く見えないが、敵の獲物は大剣らしい。血で紅く染まった大剣が、黒い軌跡を描いて、俺の首を狩らんとする。騎馬を操り、相棒でいなし、それを凌ぐ。――正面から打ち合ったところで、勝てはしないことなどわかっている。一騎討ちでは、武力に優れない俺に勝ち目はない。隙を見て、戦域を離脱する。死んでは元も子もないのだ。今の俺の役目は、生きて帰ってこの事を上官にこの脅威を報告する事だ。迫りくる暴風を、紙一重で避け続ける。 「くっ……」 持久戦では、こちらが不利だ。だが、攻める余力など無い。防戦だけでも精一杯だ。向こうは疲れなど知らないのか、剣戟に衰えが見られない。それどころか、動きを読まれてきたのか、だんだんと剣筋が鋭くなってくる。 「ぐぅっ! っと、くっ……」 避けきれず、騎馬の首が飛ぶ。咄嗟に騎馬から飛び降り、襲い来る二の太刀を防ぐ。圧倒的状況不利。頼んでも居ない増援は期待できない。もはや手詰まり。 ――こうなれば、一か八か…… 「はぁぁぁぁっ!!」 相棒を構え、突撃する。懐に飛び込んで、互いの獲物では不利な距離での至近距離戦を仕掛ける。それを迎え撃つは、黒き力。全てを滅する翼が、襲いかかってくる。 一撃。まずは身を捻って回避。 二撃。相棒で筋を逸らす。 三撃。頬をかすめながらも、なんとかかわしきる。 そして、こちらの番。相棒で、相手の胸目掛けて突く。大剣が、それを迎撃する。 ギィィンと、鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。その後すぐに、肉を裂く音が聞こえた。 勝負は、決した。力負けし、相棒を大きく弾かれた俺は、地に臥している。 「が、はっ……」 胸は大きく袈裟に斬られている。出血量ほど傷は深くなく、致命傷ではないが、次の一撃で、確実に首と胴がお別れすることになるだろう。 相手の顔を見る。靄に包まれて見えづらいが、どうやらこの黒い暴風を駆るのは、黒髪の少女らしい。以前であった、あの少女に似ている。 君は、あの時の少女なのか。名は?血が喉に絡み、上手く言えなかったが、そう問う。 「久しぶりね。そして、お別れよ。死ににいく貴方に教えても意味はないと思うけれど…レイティア。それが、私の名よ。それじゃ、さよなら」 無慈悲に、冷酷なその声と共に、彼女の黒い大剣が振り下ろされる。 ここで、終わりなのか。力が抜けかけた、相棒を握る手を、ぐっと握りしめる。 ――負けたくない。生まれて初めて、そう思えた。此処で負けて、死ぬわけにはいかない。 だが、既に騎馬は無く、もう相棒を構える気力すら、残っていない。 レイティア。彼女はそう名乗った。レイティアといえば、聖魔大戦に出てくる魔剣を扱う少女の名である。村を滅ぼされ、復讐のために魔剣を手にした彼女。聖騎士アレンと剣を交え、そして命を落とした、そんな悲しいお話の少女である。 もし、彼女がその魔剣の少女であったなら……俺には、何かしてあげられたのだろうか。彼女を、護ってあげられたのだろうか。 走馬灯のように、思考が回る。すぐ目の前に、魔剣が迫る。 ――諦める事なんて、出来ない。相棒を握る手に、さらに力を込める。力が欲しい。生き残る力を。この目の前の魔剣に、打ち克つ力を。俺の手に聖剣は無いけれど、彼女を、魔剣から解き放つ力を。 エゴだと思う。きっと、彼女は魔剣から解き放ってほしいだなんて、そんなことは願っていないだろう。でも、彼女が平和に生きられる世界を、作ってやりたい。そう思った。 相棒で、彼女の大剣を受け止める。不思議と、力が湧く。相棒が、力を貸してくれる。 「…まだ、私の剣を正面から受け切れるくらいの余力があったなんて、驚きね。でも、これで終わりよ!」 彼女が、剣を振りかざす。自然と、先程までの恐怖はない。相棒が、力を貸してくれているから。 「うおおおおおっ!!」 相棒を、正面から打ち合わせる。手に持つ相棒が、俺の昂りに呼応するかのように煌めく。 「レイティア! 復讐は何も生まない。それは君が一番わかっているはずだ! 憎しみは憎しみしか呼ばないんだってこと位!」 「貴方に……貴方に何がわかるの! 伝説の騎槍になんか選ばれる、貴方に! 虐げられるものの気持ちなんてわからない!」 「わからないさ。だから、知りたいんだ。君がどんな思いで戦っていたのかを! これから知っていきたいんだ!」 「煩いっ! 温室でぬくぬく育ってきた貴方に、同情なんてされたくないのよ!」 何合も、打ち合う。大剣と騎槍、本来打ち合いには向かない組み合わせの二つが、真っ向から打ち合う。武力で劣るはずのこちらが、競り負けていないのは、運がいいからなのか、彼女が動揺しているのか。そのどちらかなのだろう。 ならば、彼女に勝つには、今このタイミングしかない。 「レイティア。俺は同情なんかで、君にこんなことを言っているんじゃない! 俺は……君と一緒に居たいんだ! だから、俺は君に勝つ!」 「煩いって言ってるでしょう! 大体、初対面なのによくそんな事がっ!」 「そんなことわかってる! それでも、一緒に居たいんだ!」 「っ…とどめよ! もう手加減なんか、しない!」 黒い翼が大きく噴出し、辺りを覆う。禍々しき瘴気が、大剣に集まり、生命全てを滅ぼす黒炎となる。 「俺も、全力でぶつかってやる! 行くぞ!」 相棒に、全ての力を込める。魂の煌めきのように輝いた相棒が、その黒い炎に立ち向かう。 大きく、ギィンと音が響く。濃い黒炎と淡く、しかし力強い煌めきが視界を覆い尽くした。 ――聖魔大戦。光の神が生み出した人間と、闇の神が生み出した魔族。そして、太古の昔からこの大陸に住んでいた、ドワーフとエルフが、三つ巴になって戦った。この大陸最古の戦争。大戦は光の軍勢の勝利で収束し、大陸の覇者は光の神となった。 しかし、力を使い果たした光の神は何処かえ消え、闇の神も大陸を諦めて去った。 生き残ったエルフ、獣人、魔族も戦いをやめ、深い森や辺境に姿を隠した。 人間は大陸の支配者となったものの、やがて光の神の存在を忘れて独自の文化を歩みだした。 そんな戦いの中で、一つ語られる物語がある。 戦争末期に、人間の国で、一つの内乱が勃発した。内乱に巻き込まれたある少女が、目の前で、人間の兵士に自らの家族を殺される。気まぐれに逃がされた彼女は、逃げ込んだ廃教会の中で、復讐を誓う。力なきものが虐げられ、滅ぼされる。そんな世界が、この上なく嫌いだった。廃れた教会の中に封印された、意志を持つ黒き魔剣を手に、彼女は無数の人間を殺めた。魔剣は彼女の哀しみ、憎しみ、怒り、そんな感情を駆り立て、彼女は、感情のままその力を振るった。 そんな彼女の前に、一人の聖騎士が立ちふさがった。聖剣に選ばれし彼は、彼女に魔剣を棄てるよう訴える。しかし、彼女は聞く耳を持たず。彼と剣を交える。そして彼女は、その戦いで命を落とす。 魔剣使いの少女。物語として語られる彼女は様々な形で描かれるが、その全てが、儚くも美しい、そして、悲しい運命を背負った少女として書かれるのが殆どである。 「――よし、今日の授業はここまで。次は神槍の天馬騎士のお話をしよう」 「せんせー、ありがとー! また明日ねーっ!」 「おぉ。気を付けて帰れよー」 ――今、元気に自宅へと駆けていった数人の子供達に先生と呼ばれた俺は本職の教師ではない。 未だ戦乱の傷跡は深く、其処等中荒れ廃れている。 教職に就いていた者たちも、戦死してしまったり、戦乱の恐怖から、気を病んでしまったりした者たちもいる。子供の教育が、回りきらないのだ。 そこで、武術にも、知略にも、統治力にも長けない、人当たりの良さ位しか取り柄のない俺が、こうして子供達に読み書きや、一般教養を教えているのである。まぁ、今のこの現状は、俺達軍人が、民間人を危険に晒してしまったからだ。皆の笑顔が守れるのなら、俺は何だってしてやろう。 「――ふう、さてと……」 子供達を見送り日課を行う。 先ほど、人当たりの良さしか取り柄のないと言ったが、そんな俺にも、誇れるものが二つだけある。 それがこの《エリュシオン》である。俺がある戦いで窮地に陥ったとき、俺の声に応じて、力を発揮してくれた。その身は淡く煌めいて、優しく輝きを放っている。指揮官用の武器であるこいつを、俺はきっと完全には使いこなせていない。だが、こいつとは、幾度となく死線を潜り抜けてきた。何度も命を預け、そして救われてきた、俺の唯一無二の相棒だ。戦乱が落ち着いた今も、こいつの手入れだけは欠かさない。それが俺の日課であり、この相棒への『お礼』なのだから。 そして、もう一つ。俺にはもったいないほどの取り柄がある。 相棒の手入れが終わったらあの噴水のある広場へ行こう。彼女が待っていてくれるのだから… 〜Fin〜 あとがき というわけで無能武将と魔剣少女。いかがでしたでしょうか。ご都合主義たくさんに設定矛盾が多々含まれますが目をつむってくれるとうれしいです… 2012/11/18 ryohy