【幕開け 】 1人の青年が見晴らしの良い丘から獣人族の村を眺めていた。 青年は赤髪の長髪、長身で逞しい体つきをしていた。 両腕には獣人族の伝統とされるレーグラと呼ばれるタトゥーが施されている。 青年は眼下の村で走り回る子供達を見て、幸せそうに頬が緩んでいた。 彼にとっては、村の全ての人が家族ような存在だった。 辺境の村は決して豊かとは言えず、酪農と森からの採取を主に自給自足を行っている。 大陸の中央部の人間は石やレンガ造りの家で暮らすが、 この村の多くは土を固めた家を使い、 有権者や、倉庫のような一部の建造物のみが木で作られていた。 人口もそれほど多くなく、点在している周辺の集落を全て足しても千人にはとても満たないだろう。 それでもこの村の人々は豊かな文明が無くとも日々に幸せを感じる事ができ、 過剰な欲を持つ事をしない事を青年は知っていた。 青年は自然と共存することを教訓としているこの村を愛していた。 「素敵な村ね、私もそう思うわ」 いつの間にか青年の後ろに少女が立っていた。 少女は一見、エルフのようにも見えたが、服装は大陸中央部の学者や魔術師が好んできるような装いだった。 青年は少女に自分の思考を読まれたのかと思ったのだろうか。 眉をひそめて振り返った。 「藍良か。お前の能力を否定する気は無いが、言葉に出してしまうのは悪い癖だ」 藍良と呼ばれた少女は、このやり取りも幾度も繰り返されたものなのか、その言葉すらも予想していたように棲ました表情を崩さない。 「ごめんなさい。悪気はないの。お久しぶりね、緋炎」 藍良は数歩あるいて緋炎の横に並んだ。 「雪沙と紫音が眠ってからもう100年かしら」 藍良は緋炎に語りかけながら獣人族の村を眺めた。 彼女が見てきた大陸中央部はどこも豊かで活気に溢れていた。 その中央部の人々がこの村をみたら、辺境の田舎とあざ笑うだろうか。 「私は…あの時に何もしなかったわ。この大陸の終焉が見えてしまったから何もしなかったのよ」 藍良達、4人の精霊にはそれぞれの役割があった。 例えるならば紫音は剣、雪沙は盾として大陸のために戦うための力を持つ。 藍良は大陸の未来を予知するための力、緋炎は他の生命に命を分け与える再生の力を持っていた。 「いいえ、それは言い訳ね。私が戦っても紫音には歯が立たない、だから干渉しない。緋炎も同じ考えだったわね」 その言葉が挑発に思えたのだろうか、緋炎の表情にはっきりと怒りが浮かんだ。 緋炎にとってはそれは触れられたくない事だったからだ。 雪沙と紫音の精霊石を護っているとはしても、雪沙に全てを押しつけて自分が何も出来なかった事を緋炎は今でも悔やんでいる。 「…また同じ時代が来るのよ」 その一言で、緋炎は全てを理解した。 未来を見る力を持つ藍良のその言葉の意味は、魔法文明がもう一度訪れるという事。 「もう私とあなたしかいないのよ」 緋炎は堅く拳を握った。 彼の心の中に迷いは無い。 それは藍良の求める通りの決意だろう。 「解かった。大陸の未来は大陸の民の手で決着をつけさせる」 それは緋炎にとっては辛い選択だろう。 藍良は心の中で緋炎に感謝と謝罪をした。 精霊が大陸を導いた神話の時代は終わりに近づいているのかもしれない。 この戦争が藍良と緋炎の最後の役目となる。 藍良はそんな気がした。 そして、数ヵ月後。 獣人族は神である緋色の不死鳥の信託を受け、大陸中央部への侵攻を開始した。 辺境の森に住むエルフ達も精霊の導きを受け、獣人族に味方をする。 彼等の先頭に立つのは炎を操る獣人の青年と、水を操るエルフの少女。 強大な力を持つ二人の存在は大陸の隅々に押しやられていた辺境の民を奮起させた。 古代魔法文明の崩壊から約百年、大陸は再び戦乱の時を刻む。 ------------------------------------------------------------------------------