「神田殿…」



 掠れた声で呼ばれ、俺はそいつの口元に耳を持っていく。

 俺の隣で、が必死に傷を治そうと錬金術を発動させているが…

次の言葉が、そいつの最期の言葉になるだろう。



「                     」



 唇の端を上げ、俺に挑戦的な笑みを浮かべながらそいつは死んでいった。







あなたのための涙







 イノセンス発見の報告を受け、俺とはフランスへ向かった。

 だが到着した時には、辺り一面地獄と化していた。

 建物は破壊され、木々がなぎ倒されている。

 そして…多くの人の死。

 大半は一般人だが、その中には探索部隊の奴等も含まれていた。

 これだけ殺してるって事は、アクマのレベルも相当なもんかもしれねぇな。

 微かに漂うアクマの気配を辿り、廃墟とした街を駆け抜ける。

 果たしてアクマは…いやがったっ!

 何かに足をのせ、また蹴り上げている。



「エッジさん!!」



 はイノセンスを発動し、瓦礫から剣を練成した。

 俺も六幻を抜き、イノセンスを発動する。

 アクマはレベル2だったが、俺達に勝てるはずねぇだろ。

 俺とは最強のパートナーなんだぜ。

 アクマを破壊した後、は倒れていた人物に近づいた。



「エッジさん!今治しますから…」



 はカバンから飴を取り出し、そいつの口に入れる。

 エッジ……聞き覚えがあるな。

 どこで聞いたか、自分の記憶を辿ってみた。

あぁ確か、の初任務に同行した探索部隊だ。

そしてに好意を抱いている奴の一人。

こいつは俺達が付き合ってからも、を諦めていなかった。

教団にいる時はよくを見ていたし、隣にいる俺を睨んでいた。

そいつが今、死にかけている。

の治癒錬金をもってしても助からないだろう。



殿………お…久し…ぶりです…ね」

「喋っちゃ駄目です!傷に響きます」

「はは…私は…もう……それ…より…これを…」



 エッジはコートの懐に手を入れ、弱々しい腕でそれをに渡した。

 うっすらと輝くそれは、イノセンスに間違いねぇ。



「か…くほ…しま…た……これ…教団に…」



 エッジはにイノセンスを渡そうとするが、は治癒をやめない。

 頬を伝う涙にもかまわず、必死で錬金術を発動させていた。

 悪いが、こいつは助からねぇ。出血が多すぎる。

 いくらでも、失った血は戻せない。

 そんな事よりも、一刻も早くイノセンスを持ってこの場を離れたほうが良い。

 いつ次のアクマがやってくるか判らねぇからだ。



「そいつはもう助からねぇよ。さっさと教団へ戻るぞ」



 イノセンスを掴み、を立たせようとした。

 だがは俺の手を拒み、治癒錬金を止めようとしない。

 何やってんだよ。ここにいるのは危険なんだぞ。



「嫌よ!エッジさんを残して帰れないわ!」

「どうせコイツは死ぬんだぜ」

「だからって、大切な仲間を放っておけないわよっ!」

「コイツはエクソシストじゃねぇんだ!」

「それでも!志は同じ仲間だわ!!」



 続く押し問答に終止符を打ったのはエッジだった。

 再び弱々しく腕を持ち上げると、そっとの頬に触れた。

 お前如きがに触んじゃねぇよ!



…殿。神…田殿の…言うとおり…です。私はもう…」

「諦めません!エッジさんも一緒に帰るんです!」

「その気持ち…だけで………充分です。私は…ずっと貴女を………」

「エッジさん…?」



 死の間際に微笑むエッジ。

 は頬にあるエッジの手をそっと掴む。



「できれば……貴女を幸せにして差し上げたかった………どうか…幸せに」



 エッジの言葉を聞いたは、大きく目を見開いた。

 自分に想いを寄せているとは思ってなかったんだろう。

 チッ。まさか死の直前で言うとはな。

 は生きられる奴が死ぬのを嫌う。

 ましてやこんな事を言われたら、一生の心に残るだろう。

 俺は俺以外の奴が、の心に残るのが嫌なんだよ。

 睨むと、エッジは俺にしか判らないような挑戦的な視線を向けた。



「神田殿…」



 「耳を…」と掠れた声で呼ばれ、俺は口元へ耳を持っていく。

 


 「これで殿の心には貴方だけではなくなった」




 唇の端を上げ、俺に挑戦的な笑みを浮かべながらそいつは死んでいった。

 コイツ…っ!!の性格を知ってわざと言いやがった!

 くそっ。

 舌打ちしながら立ち上がり去ろうとするが、は動かない。

 

「何やってんだ。戻るぞ」

「待って!エッジさんが…探索部隊の人が亡くなったのよ。弔ってあげよう?」



 涙を拭いながらが言う。

 あぁ?何で俺が探索部隊の奴らを弔わなくちゃいけねぇんだ。

 それに死んだのは探索部隊だけじゃない。

 この街の住民だって死んでる。

 そいつら全部を弔うのか?



「全員もできないわ…でも、せめて仲間だけは…」

「そんな時間なんてねぇんだよ」

「何でそんな事を言うの?仲間が死んだのよ。悲しくないの?」

「仲間?こいつらはイノセンスに選ばれなかったハンパ者だぜ」



 そう言うとは目を見開いた。

 何をそんなに驚いてるんだ?



「神田は…悲しいと思わないの?誰かの為に泣かないの…?」

「何で他人の為に泣かなくちゃいけねぇんだ」

「じゃあ………私の時も泣いてくれないの…?」

の為に流す涙なんかあるはずねぇだろ」



 そう言った瞬間、の目に再び涙が浮かぶ。

 泣く理由が判らねぇが、が泣くのは嫌なんだよ。

 涙を拭う為に手をの顔に伸ばすが、それより前には俯いた。

 の頬を伝った涙が、瓦礫に吸収されていく。



「神田は………」



 涙で掠れた声を出しながら、はゆっくりと話し始めた。



「神田は…私の中で特別な存在なの…貴方に何かあったら、私は悲しいわ。
 私は…神田の特別じゃないの…?」



 だんだんと弱々しくなるの声。

 もしかして、さっき俺が言った事を誤解してるのか…?



は俺の特別な存在だ」

「じゃあ何故?何で私の時も泣いてはくれないの?」

「違ぇよ。そういう意味じゃない」



 は俺の最愛の人だ。

 だからこそ、の為に流す涙なんで無いんだ。



は死なねぇし、死なせない。俺が守る」



 俺はもう、のいない世界なんて考えられねぇよ。

 それほどまでに、俺の心の深い所まで入り込んでる。

 そんなを、俺が殺させるはずねぇ。

ずっと守っていく。

 だからの為の涙なんて必要ねぇんだ。

 の涙を拭いながら、そう伝えた。



「神田………ありがとう…」



 エッジと同じように、頬に添えた俺の手をが掴んだ。

 ただ奴と違うのは、が俺の手に頬を預けてくれた事。

 は他人に甘えない。

 これは俺を信頼してくれてる…愛してくれている証拠だろう。



「悪かったな。言葉が足りなかった」



 の顔を上に向け、涙を掬うようにキスをする。

 くすぐったかったのか、は少し身じろいだ。


 最初はの使う術と顔が好みだったから連れてきた。

 けれども、いつしか俺の中で最愛の人になっていた。

 容姿だけじゃねぇ。心も体も全部愛おしい。



…お前は死なせねぇよ」

「うん。あ、あのね…」

「何だ?」

「私も…神田の為の涙を捨てても良い?神田に死んでほしくないの。
 私も神田を守りたいし、守っていくわ。だから…」

はそのままで良い。俺は死なねぇよ。それに…」



 いったん言葉を区切り、の耳へ唇を寄せた。



シてる最中の涙、俺は好きだぜ

「っ〜〜〜〜〜!神田のバカっ///



 真っ赤になりながら、は俺の腕から抜け出した。

 どうやら俺のお姫様は、何時もの調子を取り戻したみたいだな。



 その後、はエッジや探索部隊の奴らの為に、暫く祈っていた。

 



 は大切な人を奪われる痛みを…残される痛みを知っている。

 その痛みを再び味あわせたくねぇんだ。

 祈りを捧げるを見ながら、俺は左胸を押さえていた。










後書き
あらあら…どうしましょう…
ツッコミどころが満載な話しになってしまいましたYO!
リクエストは『ヒロインと、神田さんが大喧嘩。でも最後は仲直りしてラブラブに』だったのですが…
微妙にシリアスに…(汗)
最後…最後はラブラブ…?(聞くなよ私)
あ、最後の「」内は、反転すれば読めますよv

藍利様、こんなので宜しければお納め下さいませ。

藍利様のみ転載可でございます。

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