俺が最初に見つけたんだ…

 だから貴女は俺のモノ。




日常の裏側






殿ーー。おはようでござる〜〜」

「あ、幸村さん。おはようございます」



 朝声を掛ければ、笑顔で殿は返してくれる。

 彼女の笑顔は暖かく、見ている人を幸せにしてくれる。

 俺もその一人だ。

 戦を知らない、白い…純真な殿。

 初めは『何故』と言う疑問が浮かんだから連れてきた。

 だがいつの間にか俺の心の中に住んでいる。

 愛おしい…何より大切な女子。

 手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、俺はまだ手を伸ばせない…



「幸村さん?どうかされたんですか?」

「へ?何がだ?」

「何だか眉間にしわがよってますよ。もしかして体調不良ですか?」



 「熱でもあるのかな?」と、殿が額に手を当ててくる。

 これが俺が殿に触れられない理由の一つだ。

 殿は俺を子ども扱いする。

 どうやら殿には俺と同い年の弟がいるらしい。

 弟君と俺を重ねているのだろう。



「某は元気でござるよ。これからお館様に稽古をつけてもらうのだ!」

「そうなんですね!風邪とかじゃなくて良かった」

殿はこれからどうするのだ?」

「私はこれから佐助さんの所に行くんです」

「佐助の所へ?」

「はい。何でも手伝って欲しい書類があるとかで…」

「あやつ…自分の仕事を手伝って貰おうとは…弛んでおるな」

「まぁ良いじゃないですか。佐助さんも普段忙しそうなんですし」

「それはそうなのだが…あまり佐助を甘やかしてはいけない」

「ふふ。判りました。では私はこれで失礼致しますね」



 歩いて行く殿の背中を見送る。

 『これから佐助は殿と一緒にいる』

 そう考えると、胸に痛みが走った。

 何とも言えない気持ちを抱えたままで始めた鍛錬は、散々なものだった。



「幸村ぁ!注意散漫でどうする!死にたいのかっ!」

「はっ!申し訳ありませぬ」

「………まぁ良い。それよりもどうしたのだ?今日は鍛錬に身が入ってないぞ」

「お館様…お伺いしたい事がございます」

「何じゃ?言うてみよ」

殿の事なのですが…これからどうするのでしょうか?」



 殿は異世界からやってきた。

 しかもどうやって来たのか知らぬと言っていた。

 ならば帰る方法も判らぬと言うこと。

 もしこの世界に残る事にしたら、殿は…



「その事じゃが、以前と話をした事がある」

「で、殿は何と?」

「『その時は、この世界に骨を埋めますよ』と笑って言っておった。
 じゃが…その時の笑顔が哀しげでな。
 もしかしたら元の世界に帰れない事を悟っておるのかもしれぬ」



 無理もない。

 せめて来た方法を知っておれば、同じ方法で帰れるかもしれぬが…

 そうでないのなら、雲を掴む思いなのだろう。



「それでじゃが…がこの世界…甲斐に残ると言うなら縁談の話をしようかと思っておる」

「縁談…でございますか?」

「まぁに話してからになるが…
 ワシがいなくなってもが安心して生活するには、縁談が一番だと思うのだ。
 ワシの娘として嫁がせるから、良い縁があるじゃろうて」



 お館様は笑って仰るが…

 殿が嫁いで行く?俺をおいて…?

 最初に殿を見つけたのは俺だ。

 俺の傍からいなくなるなど許せぬ。



「お館様。殿ですが、某の妻にはできませぬか?」

「何?幸村の妻にとな?」

「はっ。お館様の娘を某にとは畏れ多い事ですが、
 某、殿が傍にいない事など考えられない所存にございます」

「ふむ。そこまで思っているならを任せる。
 ただあくまでもの意思が最優先だ。
 が元の世界に戻りたいと思うておるのなら、この話をするな」

「御意」

「では戻るとしようかの」



 お館様に付いて、俺も鍛錬場を後にする。

 これで殿が他の男の所へ嫁ぐ事はなくなった。

 後はゆっくりと俺を『男』だと認識してもらえれば良い。

 焦らずじっくりと事を運ぶつもりだったのだが…

 あの戦が…俺の命運を大きく変えた。



 奥州の竜…伊達政宗殿との戦。

 あの戦は、武田の負けであった。

 噂に違わず伊達軍は強かった。

 武田の負けが明らかになったとき、俺が真っ先に浮かんだのは殿のこと。

 何としてでも無事に連れて行かねば。

 そう思い、殿の部屋にひた走る。

 果たして殿は部屋にいた。

 怯えた表情だった殿が俺を見た瞬間に浮かべた安堵の表情。

 走っているときに、繋いだ手に込められた力。

 不謹慎ながら、それらも愛おしいと思った。

 だが………

 武田が負け伊達に降るとき、殿が奥州へ行く事になった。

 政宗殿が殿を気に入ったから………

 どうやら政宗殿と殿の間には、不思議な縁があるらしい。

 その証拠に、殿を見つめる政宗殿の眼差しが凄く優しい。

 俺には入っていけない縁。

 それが俺の胸を締め付ける。

 殿は誰にも渡さない。俺のモノだ。























 + + + + + 
























 深夜。

 誰もが寝静まった静かな夜。

 今宵は新月で、月すら出ていない。

 俺の姿を隠してくれるにはちょうど良い。

 気配を殺し、俺は殿の部屋に入った。

 規則正しい寝息が聞こえてくる。

 俺はそっと殿に近付き、頬に触れた。



「ん…」



 小さく身じろぐも、殿は起きる気配はなかった。

 あの戦がなければ…武田が勝てば殿は俺の妻になっていただろう。

 だが、過去を振り返っても仕方がない。

 如何に殿を手にいれるか…だ。




 ………そうだな。




 殿の弟君の立場を利用させて貰おうか。

 傍にいるのが当たり前の存在になり、誰よりも殿に近くにいよう。

 佐助はもちろん、政宗殿にも渡さぬ。

 殿は俺のモノだ。



、愛している」



 夢の中にいる愛しき人にそっと囁き、俺は唇を重ねた。









後書き
突発的に書きたくなった幸村夢です。
本当は狂愛を書こうとしたんですが…
ただのシリアス夢(?)になっちゃいましたねぇ。
いつもは甘い夢を書いてるんですが…
こういう夢はいかがですか?
いつもみたいに、蜂蜜を吐くくらい甘い方がいいのかな?

でも、書いてて楽しかったのは秘密です(笑)


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