平成11年8月31日
いつもご協力下さいまして有り難うございます。
  例年に比べて暑い夏ですねぇ。最近は少し涼しさを感じる日もありますが、何と言っても9月の中旬までは油断が出来ず、まだまだ残暑は続くことでしょう。時節柄、体調にご留意下さい。
アルマーニ
  新しく外交の人達が加わって、新鮮な刺激が数多く発生し、好奇心旺盛な私には嬉しい限りです。
  先日外交の彼らから「ズボンは『ビシッ!』としたラインの外に『ラインが有るような無いような、それでいて何となく付いている仕上げ』は出来ないでしょうか?」と質問されました。
  「ハッキリ付き過ぎたラインは、アルマーニの服に似合わないので、何とかなりませんでしょうか?」と続くと、私も「そう言えば、あの服を売っていた店ではソフトなラインだった!」と気付くのです。
  思えば、コール天や別珍に付けるラインも同様であり、視点が違えば状態は変わる。総ての物事は『蟻の目』と『鷹の目』の幅広く感性豊かな視野が必要であり、外交の人達のお陰で今日も新しい課題が出現し、それが、ポプラに関連する皆様の飛躍と発展に繋がればと、清らかな瞳を輝かせながら思い巡らす熱帯夜です。
大 自 然
  時々お知らせしていますように、私の郷里は長野県の田舎です。
  私が子供の頃は、太平洋戦争が終結して、勤勉な日本人が懸命に立ち上がろうと努力している貧しい時代で、食べ物や家具・衣類から雑品に至るまで物資はとぼしく、今の北朝鮮のような状況でした。
  当時の田舎の堤防は、コンクリートは手に入らず『八番線』という径4ミリの太い針金で組んだ網に大きめな石を詰め込んだ『蛇籠(ジャカゴ)』と呼ばれる粗末な設備を土手に並べて川の氾濫を防いでいたのです。
  しかし、当時被害が甚大に出た『伊勢湾台風』や『室戸台風』のような破壊力のある台風や大雨の場合には、普段穏やかな川の水量は百倍にも達する激流となり、簡素な堤防では川の氾濫を防ぐ事は出来ません。
  台風襲来となれば、住民が総出で川の状況を監視し『危険!』と判断が下れば、大人達は、山から枝と葉の良く茂った幹の太さ10a程度で、高さ5〜10bほどの木を切り出して根本に縄を縛り付けます。
  そして、縄の片方を大木か大石にしばりつけ、木を蛇籠の脇から濁流渦巻く川に添って流します。その木を何本か川に投入すると、枝と葉のクッションで激流が幾分穏やかになるのです。
  もちろん、住宅や田畑を守るためのその作業は命がけであり、必死に働く大人達の『子供は、こっちに来るんじゃねぇ!』と怒鳴る言葉を子供達は震えながら聞き、大人達が身をもって示す状況が、台風の脅威と大自然の怖さ恐ろしさを骨身にしみる教訓になっていました。
  先日、丹沢で大きな水害があり、沢山の大切な命が奪われました。私は思うのです。度重なる警告と鳴り続けるサイレンを無視する自信過剰の浅はかさは、立派な堤防。有り余る物資。それなりに責任をとってくれる政府と自治体。そして、自由と個人の尊重への過信からではなかろうかと。
  それらを考えるときに、『自分の身体は、自分で守る』という原則が、何時の間にか『誰かが守ってくれるのが当たり前』という身勝手な解釈になってしまった様にも思えるのです。
  今回の事故で、亡くなられた人にはお気の毒ですが、大自然の恐ろしさをわきまえぬ軽率、無知・無力。そして、自然の脅威と『他力本願』の日本人の平和ボケの反省を、つくづくと思いながら・・・合掌。
激 流 が
 中洲で泣かす
    酷 な 夏
有る様で
 無い様な線が
    存 在 し  


Copyright(C) Taketosi Nakajima 1997-2003