平成11年2月2日
緞 帳
  時折、劇場に芝居を観に行くことがあります。厳しい稽古を重ねた俳優が大劇場の晴れの舞台で演じる芝居は誠に見ごたえがあり、名演技の連続に自分の身体全体が感動に震えるのを実感致します。
  2時間から3時間に及ぶ芝居が終わると、その日に演じた数十人の俳優が舞台に揃って立ち並び、観客に向かって、感謝の気持ちとしてゆっくりゆっくりとお別れの右手を振り始めると、それに合わせて緞帳(どんちょう・幕のこと)が下がり始めます。
  大劇場の緞帳は、重さは約2d。間口27b。高さが13bもあり、人の背の7倍の高い所から幕は静かにしずかに下りてくるのです。観客は、芝居の余韻を楽しみながら、誰からともなく拍手がわきはじめます。
  大きく手を降る俳優と、ゆっくりと下りてくる緞帳を見つめながら、演じられた芝居に感動している観客の拍手は観客席全体に広がり、私も両手が痛くなるほど拍手をつづけます。
  下がり続ける緞帳は、半分を超し、そしてまた下がって行く。笑顔を振り撒いている俳優の振る手が少しづつ見えなくなって行き、充実した気分の観客の拍手の嵐は一段と大きく万雷の様に鳴り響きます。
20センチ
  ますます緞帳は下がって、俳優の笑顔が見えなくなり腰まで下がっても、俳優達が観客に向かって手を振り続けているのが膝の動きで分かるのです。ですから、観客も負けじと名演技に心からの拍手を続けます。 
  そして、微かにゆれていたその膝も緞帳に隠れ、履物だけしか見えなくなった緞帳は、床までの残り僅かに20a。その時です。何と言うことでしょうか、俳優の一人の足が横を向いてしまったのです。 
  たった20a、たった1秒か2秒の我慢なのに、たった一人が『もう、俺の仕事は終わった!』と横を向いてしまったために、悲しいかな、その芝居の印象が極端に悪くなってしまったのです。 
  緞帳が総て下がり、靴の底が見えなくなるまでが芝居であり、夢の世界であり憧れであったのに、たった一人の手抜きの影響を感じ、カーテンコールの価値の切なさとチームワークの難しさを感じた次第です。 
  僅か一人の『もう良いだろう』の手抜きの為に全員の信頼が失われないように、私達も、お互いを尊重し、励ましあい工夫をし合って一人でも手抜きをする人の無いようにチームワークを大切に致しましょう。 
緞帳メモ
  『緞帳』とは、現代の劇場で、舞台と客席を区切る、地の厚い絵入りや模様入りの上下に開閉する幕。江戸時代、引き幕の使用が許されなかった小芝居や臨時の小屋掛け芝居で用いた。上下に開閉する粗末な幕のこと。
  緞帳を調べ始めたら『貧しい芝居小屋では引き幕が無いために、巻いて上げ下ろしする幕を使用した』と辞典に書いてあり、現代の金銀綾なす豪華な緞帳から比べたら随分と解釈が違うような気がします。辞書によると、歌舞伎でも『小芝居』の別名があるそうです。
  歌舞伎座の緞帳は、京都の西陣などで作り、間口27.5b。高さ6.3b。の大きさで5種類あります。引き幕は3色のものが1枚です。歌舞伎座で引き幕を使う芝居は『忠臣蔵』などの古典に限られ、新作の上演は総て緞帳を使用しています。ですから、辞典のような貧しいという解釈には疑問が残ります。
  帝国劇場の緞帳は3枚で、大きさは、間口22b。高さ8bです。古典を演じる事がないので常設の引き幕は無く、必要なときには大道具係りが用意するそうです。
  五反田ゆうぽうとの舞台は、間口18bですが、緞帳の幅は23b。高さは10bですが、緞帳は13bと余裕を持たせてあり、通常の緞帳が2枚と絞り緞帳が1枚揃えてあります。
  どの劇場も緞帳と幕の数は多く、ゆうぽうとでは、上の他に、暗転幕1枚。引き幕2枚。袖幕2枚。大黒幕1枚。迫り。ブリッジ。バトン等が、奥行き17bの舞台の頭上に列をなしているのです。
  緞帳は、京都西陣の手織りの綴織(ツヅレオリ)です。縦糸は木綿、織が浮き出る横糸には、発色性の良いレーヨンを使います。大きい緞帳の製作日数は10ヶ月〜1年。厚さは1a、1uの重さは5`を超すそうです。
人 格 が
 右足に出て
  蔑
(さげす)まれ


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