MeIderuErenの旗が揚がるまで
2話


 ※この物語は、一部の固有名詞を現代の言葉に翻訳しております。

 

 エレンの家出が解決した、次の日の朝。関所の地下、死体安置所にダークエルフの死体が二つ、運び込まれていた。ここは、そもそも国境沿いの事故や事件で亡くなった人を、一時的に置いておく場所。家具もなければ、窓もない。ただ、小さな竜の置物――風竜王をあしらった物が置いてあるのみ。

 関所に詰めている駐屯部隊の隊長ガレンスと魔導師長のパイロンドが入ってくる。ダークエルフの死体の側で待機していたザックが、静かに頭を下げた。ザックは、エレンの捜索を手伝った一人。細身で長身の二十代後半ぐらいの男で、捜索の時はゴブリン2、と呼ばれていた。ちなみに、賭け事が大好きである。

「俺たちが探していた街道よりも、少し西に行った街道の畑に落ちていました」

 死体の上にかけられていた布を外す。左側のダークエルフは、まだ若い顔をしていた。左胸にぽっかりと穴が空いており、その穴も(いびつ)な形をしている。右側のダークエルフは、老人である。首と胴体が、すっぱりと綺麗に切り分けられていた。

「死因は、こっちは見ての通り、一撃で首を落とされたことによるもの。もう一人のほうが・・・」

「左胸を穿(うが)たれているな」

「えぇ、これは検分した奴の証言なんですが、『まるで、素手で心臓を掴み、(えぐ)り出したようだ』・・・と。傷から考えて、背後からドスン! とやったようですが・・・」

 そんなことがありえるのか、ザックの表情はそう言っていた。

「心臓は? 抉り出した心臓は見つかったのですか?」

 パイロンドの言葉に、ザックは首を横に振る。

「見つかってません」

「食べちゃったかもしれませんね」

「えぇ?! 食べるって、マジですか?!」

「隊長、やっぱり隊長が会った女は、魔族で間違いなさそうですね。しかも、ダークエルフがほとんど抵抗した様子がありませんし、片方は背後から・・・ダークエルフの後ろなんて、普通は取れません。相当高位で、ダークエルフ以上の隠密(おんみつ)の高い魔族の可能性がありますね。ランクは、C・・・いえ、Bという可能性も」

 魔族は、その魔力でA〜Eまでランク分けされており、とりわけ特殊な能力を有す魔族には、ランクの後ろに『+』が特殊性により最大三個まで付けられる。Aランクが、『神がかり的な強さの魔族』。Bランクは、『とっても強い魔族』という分類だ。ちなみに、特Aクラスが、『魔王』となる。

「だが、あの魔族には角がなかった。角がない、高位の魔族・・・そんなものが存在するのか?」

 高位の魔族には、高位たる証となる角が生えている。その数は、一本から体中に角が生えている奴まで、まちまちである。だが、生えていないものを、高位の魔族には分類しない。というか、いままで角がなくて高位に分類されるほどの力を持った魔族が確認されていない。

御伽噺(おとぎばなし)でなら、聞いたことがあります。なんでも、角がなくなった魔族は、人間になるそうです」

「ロマンチックな話だね。なら、隊長が見たのは魔族ではなく、純粋に闇属性の女の子なんじゃないですか? 俺的に、これは部がいい賭けだと思いますが?」

 ザックの話は、確かに頷ける所もあるが――女性の年齢は、十代前半だった。その年で、召喚魔術、結界呪法、変身技法、隠密魔術と、多岐に渡る魔導を習得できるのか、という疑問が浮上する。それに女性の武芸は、ガレンスに踏み込ませない境地であった。これだけの技能を十数年で獲得できた、なんていう話は、さすがに無理があるように思えた。

「どちらにせよ、私たちが(たばか)られていたという現実は、確かなものとなりました。とんだ茶番です。これほど、(いきどお)りを感じる無駄な時間というのも、久しぶりです。何者かは知りませんが、いずれきっちりとお話を付けたいものですね」

 パイロンドは、部屋を出て行った。それを、ザックはおっかないものを見るかのように見送っていた。

「・・・マジギレですね。おぉ、怖い」

 肩をすくめて、ぶるぶると震えてみせる。

「ザック、死体は焼却処分しておけ」

「あい、了解」

 ザックに死体の処理を託し、ガレンスは自分の執務室に戻った。電話を取り――。

「風竜王様に繋いでくれ」

 司令室に電話をして、そこから首都ファリエにある風竜王の住まう宮殿に繋いでもらう。が、しかし――。

『ただいま、風竜王様は多忙のため電話に出ることができません』

 と、冷たくあしらわれてしまう。

「いつなら電話に出ることができますか?」

『一ヶ月は電話を取り次ぐな、と申し付かっております』

「そうか、伝言は出来るのか?」

『伝言も受け付けないように言われております』

「なら、ルイメラン国境駐屯部隊隊長ガレンスから電話があった、それだけでも伝えてもらえるか?」

『分かりました』

 さすがに相手は、かつてこのヒュランの王であった存在。無理は言えないので、引き下がるしかなかった。ガレンスは、電話を切った後、叩きつけるように受話器を置いた。

「くそっ! ほとぼりが冷めるまで、応じる気はない、そういうつもりか」

 ガレンスは、今回の『茶番』が、風竜王の使者によるものだと読んでいた。そのため、彼にそのことを問い詰めてみようかと思ったのだが――向こうもそれを察して、雲隠れをしたようである。頼みの綱は完全に断たれてしまった。

 頭を抱えていると、扉を叩く音。

「入れ」

 若い男が入ってくる。彼は、ガレンスの前で最敬礼する。

「報告します! イデル様の帰還は、少なくとも二週間後になるとのことです!」

「なんだとっ?!」

 その一喝に若い男は、可愛そうなほど震え上がっていた。それを見て取って、ガレンスも悪いと思い、大きなため息をついて息を抜いた。

「・・・報告ご苦労。もう一度、伝言だ。二週間以内に出来るだけ戻って来いと伝えろ。下がっていいぞ」

「はっ!」

 若い男は、逃げるように部屋を出て行った。あっちこっちも、問題だらけ。ガレンスは、頭を抱えた。

 

 シャラロル山脈の南側に広がる針葉樹林。人の手が介入していない、そこは古くからの生物が住まう、数少ない古来の森である。季節は、短い夏を目指して、少しずつ雪が溶けていく季節。そんな森に、メイが仕えている主であるイデルの姿があった。

 森の切れ目。空を見渡せる所でテントを張り、イデルは星々が(きらめ)く夜空を見上げていた。吐く息が白く曇る。夏を目指しているとはいえ、気温は冷蔵庫よりも寒い。

「イデル様」

 うっすらと積もる雪を踏みしめ、毛糸の帽子を目深くかぶった少年が歩いてくる。彼の名前は、グレス。イデルに仕え、普段は運転手をしている。

「ガレンス隊長からご返事です」

「なんと言ってきましたか?」

「二週間以内には戻って来い、と」

「そうですか」

 イデルは、その表情をまったく変えることはなかった。夜空を見上げる彼の姿は、それこそ非現実的なものに見えるほど、美しい。その鉄壁な表情に、グレスはやや不満を覚え、表情を曇らせた。

「あの・・・本当に宜しいんですか?」

 本当に、メイとエレンのことを放っておいて、いいのですか?

 彼が、イデルに伝えたかった言葉はこれだ。言葉が足らなくても、十分に伝わる。そのはずだが、イデルの表情は変化しなかった。まるで、表情が凍り付いてしまったかのように――。

「すでに終わってしまったことです。慌てて戻った所で、何も変わりはしませんよ。それよりも、今、助けを求めている人がいる。それを解決してから家に戻っても、遅くはありませんよ」

 イデルが背中を向けたまま話している。彼は、度々こういう風な話し方をする。決して、顔を見せない話し方。決まって、言葉の抑揚が小さくなる。それが何を意味しているのかは、グレスには分からなかった。

「早く終わらせて、戻りましょう」

「はい」

 グレスは、イデルに仕えると誓っている。これ以上、進言する事は出来ず、ただただ彼に従った。心に、少しばかりのしこりを残して。

 

 駐屯部隊の拘留(こうりゅう)室。今そこには、エレンが拘留されていた。最低限の家具しか置いていない、狭くて汚い部屋。その(おもむき)に反するように、テーブルの上には花柄をあしらったティーセットが並べてある。鉄枠をはめられた窓からは、月の光が差し込んでいる。エレンは、そんな室内で椅子に静かに腰掛けており、美しい彫像のようであった。

 鍵が回る音。エレンは、閉じていた瞳を開き、視線を扉へと動かした。

「こんばんは」

 入ってきたのは、メイである。いつも着ているメイド服ではなく、黒のロングスカートと白のブラウスを身に付けている。エレンは、彼女が訪れた事を心から喜び、それを表情に映す。

「お疲れ様です、メイ」

「今日もクタクタだよ。でも、今日は戦利品があるんだよね。じゃじゃ〜ん、ケーキもらっちゃった」

 メイは、白い箱をエレンに見せた。

「まぁ、ケーキ。甘いお砂糖のお菓子ね」

「お砂糖のお菓子? 生クリームっぽいなにか・・・えと、あれ? エルフはケーキ食べない種族なの?」

 メイがエレンの前に座り、エレンはお茶を淹れる。

 エレンの家出が解決した後、メイは二週間の関所の雑務をさせられることになり、エレンはイデルが帰ってくるまで拘留される事となった。エレンが家を出たことで、多大なる損害を出したが、エレンの行動の動機とこれまでの経緯を聞いたメイは、エレンを許すことにした。それ以来、仕事を終えた後、エレンに会いに来るのが日課となっていた。

「フェルムハラートでは、贅沢(ぜいたく)品は一切禁止です。ケーキという名前と内容は(おおむ)ね知っておりましたが、実際に見るのはこれが初めてです」

 フェルムハラートとは、エルフが住まう森の名前だ。現在、鎖国状態である。

「贅沢品が禁止って・・・ケーキも食べられないなんて、私、死んじゃうかも」

「それはそれは、魔性の食べ物でございますね」

 二人の笑い声が、室内を静かに満たす。

「今日は・・・その、悪い話もあってね・・・」

 ケーキを食べ終えた後、メイが罰悪そうな顔でそんな事を言った。初めてのケーキに喜んでいたエレンも、その表情を引き締める。

「イデルのバカ・・・あっ、えと、マスターは、少なくとも二週間は帰って来れない・・・って」

「そうですか」

「どこで何をしているのか知らないけど・・・」

 メイは、いつも溌剌(はつらつ)と笑っているだけに、沈うつな表情は胸に来るものがあった。額を右手で押さえ、かなりの力がこもっている。心の内からあふれ出るものを、まるで抑えているかのような、そんな風にも見えた。

「メイ・・・」

「私のことはいつも二番目で・・・なら・・・どうして私を・・・」

「メイ」

 二度目のエレンの呼びかけで、メイは我に返る。そして、苦笑した。

「ごめんなさい。それにしても酷いよね、どうして、帰ってきてくれないのかな」

「そうですね」

 この場合、メイの言葉を否定するのは、彼女の負担となると考えたエレンは、ただ肯定するのみに留めた。イデルとメイの間にあるものは、エレンには分からない。それでも、なにかそこには常軌を逸した――一種、病的とも取れるなにか深い事情があるようにも、エレンには見えていた。

「私は、何も気にしておりません。だから、メイ。ゆっくりと待っていましょう」

 メイは、ただ静かに頷く。それだけであった。

 

 エレンの家出から二週間が経った。食堂の手伝いから、トイレの掃除まで。ありとあらゆる雑務をこなし続けたメイにも、ようやく解放の時がやってきた。スエルのセクハラに憤り、オムリックの食欲にめげそうになったり、ザックにしつこくデートに誘われたりと、色々とあったが、すべてを終えたとき、なんだか心の整理が付いていたのも事実だった。

 最後の仕事を終えて、メイはガレンスの執務室へと赴いた。

「すべての作業を終えましたので、ご報告いたします」

「よし、よく頑張ったな」

 ガレンスは、娘を思いやるようなそんな顔でメイのことを褒めた。

「メイ、人にはそれぞれ出来ることと出来ない事がある。それを(わきま)えない人間は、いつか大きなしっぺ返しを喰らう事になる。焦る事はないにもない。メイには、メイにしか出来ないことがたくさんある。だから、もうあんな無茶はするな。約束、できるな?」

 あんな無茶とは、エレンの家出の際、ダークエルフ――今となっては、(偽)が付くが、それが召喚したゴーストとの戦いで、ゴーストに斬りかかったことを指す。結果的に、メイの行動で事態は好転したが、結果が物を言う話ではない。メイは、大人しくしているという約束を破って、行動を起こした。それは、約束したガレンスやパイロンドに対する、裏切り以外のなにものでもない。そのため、メイは関所の雑務二週間タダ働きという、罰を負う事となった。

「はい。本当にご迷惑をお掛けいたしました」

 素直に謝るメイの頭を、ガレンスは無骨な手で撫でた。その大きな手は、メイの心に穏やかな優しさをもたらす。

「メイ、これを」

 ガレンスが、茶封筒を手渡す。

「これは?」

 中身は、お金。メイは、驚いて茶封筒をガレンスに押し返した。

「こんなもの受け取れません!」

「勘違いするな。それは、報酬ではない。二週間頑張ったメイへのお小遣いだ。何か、美味しいものを食べなさい」

「・・・本当にいいんですか?」

「遠慮するな」

 ガレンスの顔を一度(うかが)う。ガレンスは、安心させるように静かに頷いた。それだけで十分だった。

「ありがとうございます」

「それでいい」

 メイは、茶封筒を抱いて深々と頭を下げた。

 執務室を出て、もう一度頭を扉に向かって下げる。そんな彼女に、声がかかった。

「メイちゃん、お勤めご苦労さん!」

 エレンの家出騒動の時に力を貸してくれたレックが、手を振っている。その側には、同じくエレンの家出騒動に出動した隊員の姿があった。

「やっと、終わりました」

「あぁ、でもメイちゃんが居なくなると、また寂しい日々が」

 と語るのは、スエル。セクハラの常習犯だ。

「もうこの悲しみは、メイちゃんが嫁にでも来ないと・・・」

「お前は黙ってろ」

 レックがスエルの頭を押さえると、オムリックがそのスエルをひょいっと肩に担ぐ。

「先に運んどく」

「おう。まぁ、途中でゴミ箱に捨ててもOKですよ」

「粗大ゴミそのものだからな」

 レックの言葉に、ザックも同意する。

「・・・お前ら、覚えてろ」

 呪いの言葉を残して、スエルはオムリックに運ばれていった。

「話の腰が折れたけど、メイちゃん、メシを食いに行こうぜ。今日は、お祝いだ!」

「会計はスエルに押し付けるから、タダメシ万歳だぜ」

「おっ? それいいな。たまには、良いこと言うじゃねぇか」

「お前と違って、俺は賢いからな」

「ギャンブル馬鹿の分際で、そんなに賢いなら今度カードで俺に勝って見せてくださいよ」

「あれは、お前がイカサマするからだ」

「してねぇし!」

「なんか、いつも頼まない高い奴でも頼んじゃおうかな」

「よし、メイちゃんも乗り気だねぇ」

 レックとメイが声をあげて笑い、ザックはクールに声を上げずに笑う。そうしていると、執務室の扉が開いた。

「お前ら」

 執務室から出てきたガレンスに、 レックとザックは無駄のない動きで直立、敬礼する。ちゃっかりメイもその隣で敬礼していた。

「我々は、特段怪しいことは何もしておりません!」

「別にそういう事を言ってるわけではない。門限は七時だ。それまでに家まで送ること」

「七時って・・・あと、二時間もないっす・・・ないですよ」

「レック、お前、今から夜警がしたいのか?」

「いいえ、とんでもありません! 門限は七時! 了解しました」

「門限七時、了解です!」

 ザックも復唱する。

「門限七時、了解しました!」

 そして、何故かメイまでも復唱していた。ガレンスの存在は、隊員でもない人間でも緊張させるのだろう。

「よし行け。くれぐれもはめを外すなよ」

 こうやって、メイの関所の仕事は終わりを迎えた。

 

 そして――。

 それから三日後、イデルが帰還した。

 

 関所の執務室。グレスを(ともな)って部屋に入ってきたイデルを、ガレンスは睨み付けた。

「ようやく帰って来たか」

「お久し振りです、ガレンス隊長」

 イデルは、静かに頭を下げた。

「とりあえず、遠征ご苦労だったと、言っておこう。サイクロプスは倒せたのか?」

 サイクロプスとは、イデルが討伐に行っていたモンスターの名前だ。一つ目の巨人で、飽くなき食欲で森を荒らす、害獣である。サイクロプスの発生のため、シャラロル山脈付近の森では、狩りができなくなっていたのだ。

「はい、問題なく」

「そうか。さすがだな」

「いいえ、とんでもありません」

 イデルの態度は、ガレンスにとっては腹立たしいものだった。そう、彼の態度が慇懃(いんぎん)無礼に見えるのだ。

「私が留守の間、メイとエレンが迷惑をかけてしまったようで、心よりお詫び申し上げます。二度とこのようなことがないよう、厳重に注意いたします」

「・・・イデル、私は忠告をしたはずだな」

「何度も承っております」

「お前の言葉には、まるで誠意がない!」

 ガレンスが、机を強く叩いた。

「あの子を守っていく気がないなら、もう手を引け。引き取り先は、俺が責任を持って探す」

「それは出来ません」

「なら、遠征を止めろ。仕事なら、この町でもいくらでもある」

「それも出来ません」

「イデル・・・!」

「隊長」

 立ち上がろうとするガレンスを、パイロンドが言葉で静止した。パイロンドの言葉は冷たい音色を帯びており、ガレンスの熱くなった心に良く響いた。

「彼に感情をぶつけても無駄ですよ」

「・・・そうだったな」

 ガレンスは、大きく息を吸い込み、きっとイデルを睨みなおした。

「出来ない理由を聞こうか。メイを手放せない理由と、遠征を止められない理由、両方だ」

「メイは、私が助けました。助けた以上、責任は果たさなければならない。ただ、それだけのことです。遠征については、助けを求めている人がいる限り、私は戦い続けなければなりませんので。それが、私に出来ることだから」

「嵐の災厄は、何もお前の責任で起こったわけではないだろう?」

 ガレンスの言葉に、イデルの表情が少しばかり、ほんの僅かな動きを見せた。

 嵐の災厄。八年前、首都ファリエで起こった、大災害のことだ。突然、首都の中央で発生した竜巻は、首都の中央部をほぼ壊滅させた。イデルもメイも、その嵐の災厄の数少ない生存者だ。

「かつて、風竜王の騎士であった私には、あの災厄を止められなかった責任があるんです」

 風竜王の騎士。それは、風属性の王である風竜王に仕える、風竜王の加護を受けた騎士の事。イデルが辞めて以降は、空席となっている。

「納得がいかん」

 それは、ガレンスの正直な言葉だった。ここで、イデルと嵐の災厄の事を根掘り葉掘り聞きだしてもいい。だが、そこまで干渉することを、ガレンスは躊躇(ためら)った。なにせ、嵐の災厄は国の正式発表でも、『突発的な自然現象によるもの』となっている。国が隠しているようなことを、たかが駐屯部隊の隊長如きに、聞けるはずがない。

「そうでしょうね。上手く説明できていませんし・・・でも、私は私で、今回のことは本当に反省しています。もう少し、猶予をいただけませんか? それが出来ないならば、私を殺してください。私には、このような生き方しか、もう出来ないんです」

 イデルの瞳は、切なさを帯びており、冗談を言っているようにはまるで見えなかった。まだ若い彼に、そこまで言わせる何かがあった――ガレンスは、そのことを察し、少しばかり目を閉じた。

 何があったかは分からない。だが、イデルもまた何かしら傷を負い、このような不器用な生き方をしている。もし、彼からメイを取り上げようとするならば、本気で彼を倒さなければならなくなるだろう。そうまでして守りたいものが、メイにある。

 ガレンスは、ふと思い出した。イデルが、初めてメイと共にこの執務室を訪れた日のことを。

 その日は、冷たい雨が降っていた。ガレンスの手元には、一枚の手紙。それは、首都ファリエで議員を務めている男――イデルの父から送られたものだった。

『息子を頼む』

 要約するとそんな内容で、さすがにガレンスも『甘やかしすぎじゃないのか? これだから貴族は』と、せせら笑っていた。しかし、実際やってきたイデルを見て、ガレンスは手紙の本当の意味を知った。

 目の前に立っていたのは、死人だった。覇気もなく、言葉に抑揚もない。瞳は濁り、頬はこげ、服装だけは立派なものを着ているため、それはなんだかとても不気味な姿に見えた。そんな彼であるが、口を一文字に結び(うつむ)いているメイに話しかけるときだけは、その瞳に輝きを宿していた。まるで、大切な大切な宝物を愛でるような――いや、(すが)っているような、そんな風にガレンスには見えた。

 彼が、風竜王の騎士を勤めていたという噂を聞いたのは、それから随分と後のことである。その時の驚愕(きょうがく)を、ガレンスは今でも忘れられない。ガレンスは、風竜王の騎士であった頃のイデルを見たことがあったのだ。最年少で風竜王の騎士となった彼の着任式のときに、ガレンスも出席していた。美しい少年だった彼と、今の死人のような彼が、同一人物であった事に気付けないほど、彼はすっかりと変わってしまっていたのだ。

 八年が経って、すっかりとイデルもメイもあの頃の面影を残さないようになっていたが、その中身までもが完全に変わってしまったなんてことは、あえりない。

「・・・そうか。分かった。イデル、あの子をあまり悲しませないでやってくれ」

「はい」

「それと、エレンのことも背負うつもりなのか?」

「助けた以上、最後まで背負います」

「彼女は、メイとは違う。厄介な事になるぞ」

「ですね。もう少し考える余裕があると思っていたのですが、エレンがあんなに早く行動を起こすなんて、予想外でした。彼女の事情は、もうご存知で?」

「あぁ、彼女の証言だけだが、把握している」

「今のエルフの在り方に従い、エレンが殺されるのを私はどうしても黙って見ていることは出来ません。以前お話したとおり、すでに風竜王様の許可を頂いて、亡命の手続きも進んでいます。彼女が自立できるまでは、面倒を見ようと思います」

 ガレンスは、肩をすくめる。

「まったく、今度はそこのグレス君のように、手続きが面倒ではない人を招いてもらいたいものだな」

「そうですね。私も面倒ごとは、本来は嫌いです」

「イデルさん、お支払いの請求書を後でお渡ししますので、きっちりお支払いしてください。それと、メイさんは私に大きなカシを作ったので、後々あなたにもそれを負ってもらおうと思っております。異論、ございませんよね?」

 話が一段落ついたのを見計らって、パイロンドが口を開く。

「はい。しばらくは家を開ける予定がありませんので、なんでもお受けいたします」

「なんでも、ですか?」

「えぇ」

 パイロンドが含みのある言い方をしたため、イデルは少し不思議に思った。実は、メイもパイロンドに全く同じことを言っていた。似たもの同士ですね、なんてことをパイロンドは思いつつも、含ませたまま説明はしなかった。

「良かったな、パイロンド。竜も殺せる男が、なんでもしてくれるらしいぞ」

「ですね。何をしてもらいましょうかね。迷いますね」

「このたびは、本当にお世話になりました」

 イデルが深々と頭を下げると、グレスも合わせて頭を下げた。こうやってメイとエレンは、イデルの屋敷に留まる事となった。

 

 エレンを連れて、イデルとグレスは、屋敷へと向かった。エレンは、『自分がいることで迷惑がかかるのでは?』と心配したが、イデルは『そんなことはありません』と一蹴(いっしゅう)。彼の言葉を断る必要もないし、再びメイと一緒に居られるならば、その方がいいと、イデルと共に行くことを選んだ。

「イデル様、本当に『なんでも』なんて言って宜しかったんですか?」

 車を運転しながら、グレスが聞く。車は、ガソリンを動力に走っている、ガソリン自体が高級品であるため、今この国ではお金持ちか、軍隊しか使っていない。魔力を動力源にしていないのは、風竜王によって魔力を使った動力源の開発は禁止されているからだ。

「別に構いません。風竜王様が押し付けて来る厄介ごとに比べれば、些細(ささい)な事です」

 グレスは、内心『どっちも同じぐらい厄介な気がするんだけどな』、なんてこと思っていたが、口にはしなかった。したところで、イデルが聞いてくれるわけがないからだ。

 関所から坂を登ること、五分程度。古い門柱を通って、屋敷に到着する。グレスは、イデルとエレンを降ろして、車を車庫へ停めに向かった。

「ん? メイ・・・は、何をしているんでしょう?」

 さてエレンを案内しようとした時、玄関の屋根に上り、大工と作業をしているメイの姿を見つける。何か、木の板のようなものを、屋根の上に取り付けようとしているようだ。

「あ、イデル! お帰りなさい! 良かった、エレンも一緒だ」

 嬉しさのあまり、メイは『マスター』と呼ばずイデルの名前を呼び捨てにしている。時にあることなので、イデルも大して気にはしていない。器用にはしごを使って、メイが屋根の上から降りてくる。今日は、メイド服ではなく無骨な作業服を着ている。この服も、一応メイの自前だ。汚れが酷いところや、スカートでは作業が出来ない所では、作業服を着ているのだ。

「屋根の上に登って、何をしていたんですか? あまり、危ない事は感心しませんね」

「別に、あれぐらい全然危なくない・・・ですよ。それよりも見てください!」

 興奮のあまり、言葉を改めるのを忘れていた事を思い出し、取って付けたように改める。メイが指差した先には、今しがた大工が付けたばかりの木の板――大きな横に長い長方形の看板の姿があった。

「メイ・・・デル・・・エレン」

「私とマスターとエレンで、『MeIderuEren』です」

「メイデルエレン・・・素敵な名前ですね」

「そうですね。メイ、ありがとう」

 MeIderuErenと描かれた看板の下で、メイは得意げに笑った。そんな折、グレスが車庫から帰って来た。彼も看板のことに気づき――。

「メイデルエレンですか。よく考えたものですね」

 と、驚いていたが、どこか表情が優れない。そのことに、誰もこの時は気付いていなかった。

「本当に素敵な名前ですね」

「そんなに褒めないでくださいよ・・・ん? あれ? グレスさん、グレスさん? グレス・・・あ」

「グレスの名前がありませんね」

「別に僕の名前なんて、必要ないんじゃないですか? えぇ、まったく必要ないと思いますよ。基本、影が薄いし、ヒキコモリだし、目立ちませんしね・・・」

「ちょ、ちょっと待ってて! すいません! ペンキ! ペンキを貸してください! 何色でもいいから!!」

 結局、看板は黒のペンキで『とグレス』とメイの直筆で追加された。その取って付けたような文字が、全体のデザインを台無しにしてはいたが、それはそれで味のある、暖かい看板となった。

 

 八年前の災厄で孤児となった、メイ。

 風竜王の騎士を辞めた男、イデル。

 フェルムハラートを負われた死罪人のエルフ、エレン。

 行き所をなくした所を拾われた、グレス。

 

 ここに、不思議な共同体は完成したのである。

 

 

 ヒュラン国首都ファリエの郊外。風竜王の宮殿にて――。

「無事、はぐれエルフはイデルの所に引き取られたか」

 白い石で出来た椅子に座り、部屋の中央に立つ少女と風竜王は話をしていた。その少女は、エレンの家出の際、ダークエルフに(ふん)していた少女である。

「何とか、元の鞘に納まってくれましたよ。あそこまでして、エレンを手放されたら、イデルの奴をぶん殴ってたかも」

「それもそうだが、もう少しシンプルにやれなかったのか?」

「シンプル? ちゃんと、問題なくやりましたよ」

「ガレンスから問い合わせの電話があったんだが。お前、ダークエルフの死体、処分しなかっただろう?」

「・・・そうでしたっけ? もう、年を取ると色々と忘れちゃって、困っちゃうなぁ」

「そんな台詞は、せめて俺の十分の一は生きてから言え」

「えぇー、風竜王とはランクが違うと思うんだけど。ちゃんと、良いところに納まったんだから、細かいことはなしにしてよ。無駄にでかいんだから、それぐらいいでしょう?」

「まっ、そうだな。困るのは、イデルだしな!」

「そうそう、どうせ困るのはイデルだもん!」

 二人の無責任な笑い声が、部屋に響く。

「それはそれとして、次の一手はもう考えてあるんでしょ?」

「なんとなくだがな。ただ、お前の演技力がなぁ・・・しょぼくて、どうしたものか悩みどころだ」

「うわっ、しょぼいとか言わないでよ。だいたい、私は享年十二歳なのよ? 学校にも行ってなかったから、これでも頑張ったほうだと思うでしょ?」

「ならお前、学校に通わないか?」

「・・・へっ?」

 急な話の展開に、少女は目をぱちくりさせる。

「丁度、うってつけの学校が近くにあることだしな」

「・・・別にいいけど、イデルが困るよ」

「別にいいだろう? イデルが困っても」

「まぁ、それもそうですね。それに私、あのメイって子に前から興味があったんだ。学校、なんとかしてくれるの? 本当に?」

「あぁ、任せろ。面白くなるゾ」

「じゃ、連絡待ってるからね」

 少女の姿が、無数の小さなこうもりに姿を変わり、飛んでいく。実際の彼女は、イデルたちが居る町マリュヘルにあり、今までのは使い魔を通して会話をしていただけなのだ。

「とりあえずは、イブマリオに演技力を磨いてもらうとして、準備が出来るまでフェルムハラートの連中の頭を押さえておかないとな。外務省の連中に見つからないようにしないとなぁ・・・アイツ等、俺が動くとピリピリするし。だが、久し振りに楽しくなりそうだ」

 風竜王が動く。それは、厄介ごとが動くという事。

 

 イデルたちの知らない所で、密かに事は進みだした。

 

 

 END

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